第379話 黒翼の天使(1)
大変遅くなりました。月曜分ですm(_ _)m
何とかGWで更新ペースを戻さなければ……
魔獣大陸に転移からひたすら南東に歩みを進め、もう二週間程が経過した。
気温は下がり続け、乾いた地面と枯れかけた草木で全体的に茶色が強かった景色は、うっすらと降り積もった雪で急速に白くなっていた。
地形にも変化が生じていて、平坦だった地面に起伏が見られ始めた。小さく見えていた山脈も少しずつ大きくなって来ている気がする。
シャムの観測によると、もう旅程の三分の二は消化しているらしい。
本当はもっと移動速度を上げたいんだけど、魔物の襲撃が更に激しさを増し、位階の水準も高くなってきているので難しいところだ。
ちなみに、マーイー族にはあの後も幾度となく襲われたけど、最初に全力の威嚇を放つ事でなんとか戦闘は避けられている。
彼女達だって何も紫宝級や青鏡級の実力者を獲物にしたいわけじゃ無いのだ。
最初の遭遇戦では、僕が中途半端な対応をしてしまったのが良くなかった。あの大地が血に染まった凄惨な光景はまだ脳裏から離れない……
そんな訳で、トラブルばかりで予定より時間はかかっているけれど、僕らは着実に目的の山岳地帯に近づいていた。
食料に関しても、相変わらず襲ってくる魔物を狩ることで確保できている。今も、さっき仕留めた牛型の魔物をみんなで解体しているところだ。
「む。この魔物、意外に脂が乗ってるな。見てくれキアニィ、とても美味しそうだぞ?」
「--え? ええ、楽しみですわぁ……」
嬉しそうに牛型魔物の切り身を掲げるヴァイオレット様に対して、キアニィさんの返答には覇気が無い。
岩帯獣の群れから襲撃を受けた夜、彼女が気絶させたマーイー族一人は血の跡だけを残して消えてしまった。
まず間違い無く、他の逃げた二人と一緒に岩帯獣達にやられてしまったのだ。
元暗殺者で現在は足を洗った彼女は、それを自分の過失だと殊更に気に病んでいる。
勿論僕らはキアニィさんのせいでは無いと言ったのだけれど、そう割り切れるものでも無い。 --本当にこの大陸は厳しい場所だ。
「ふぅ…… 解体もあらかた終わりましたね。プルーナさん。調理器具をお願いできますか?」
「はい、ちょっとお待ちくださいね」
プルーナさんが手を振ると地面が隆起し、あっという間に二口の竈門と、大きな深鍋とフライパンまで出現した。
いやー、本当に土魔法が便利すぎる。ちょっと羨ましいくらいだ。
僕は彼女のお礼を言うと、竈門に火魔法を放って早速昼食を作り始めた。
ちなみに、大きな懸念点だった飲料水の確保については雪のおかげで解決した。
シャムの地図上にあった水源は、殆ど枯れているか強力な魔物が陣取っていて使えなかったので本当に助かった。
もし雪すら無かったら、最悪魔物の血を啜るはめなっていたかもれない……
みんなに雪を集めてもらってお湯を沸かし、重い石製のフライパンを振るう。そうして調理は一時間ほどで完了した。
本日のメニューは、牛骨で出汁をとった乾燥野菜のスープ、極厚サーロンステーキ、それと乾パンだ。
「よし…… みなさん、手を洗って下さい! 昼食が出来ましたよ!」
「お、待ってたにゃ! いい匂いだにゃ〜」
「あぁ、神よ。今日の糧に感謝いたします。勿論タツヒトさんにも!」
車座に座ったみんなが、僕の作った料理を美味しい美味しいと笑顔で頬張ってくれる。こう、何とも嬉しくなる光景だ。
魔獣大陸では殆どの時間は気を張っていないといけないけれど、周囲の魔物を一掃してみんなで食事を摂るこの時間は本当に心が安らぐ。
先ほどは沈んだ雰囲気だったキアニィさんも、今は元気にステーキをお代わりしてくれている。よかった。
「あ、そうだ。ねぇシャム。シャムの地図には、さすがにナパのどこに村があるかなんて描いてないよね?」
マーイー族から得た情報によると、ナパと呼ばれる人類が住んでいる土地は、目的とする山岳地帯を含む山々に囲まれた場所らしい。
それで、ナパはものすごく広いそうで。その中で手がかりもなく人里を探すのはちょっと大変そうなのだ。
「もぐもぐ…… はい、そこまで詳細な情報は無かったであります。それとタツヒト。シャムの地図は古代の時点のものなので、記載があったとしても使えないと思うであります……」
「あ、そりゃそっか…… そんなに永い間、同じ所に村があるなんて限らないからね」
「ふむ。山岳地帯で遺跡の探索する前に、どこか人里で体勢を立て直したい所が……」
「お野菜や乾パンの残りはもう心元無いですものねぇ。お肉は手に入りますけどそれだけじゃ--」
ビリッ……
ヴァイオレット様とキアニィさんの会話の途中で、僕も含めた戦士型のみんなが弾かれたように西の空を仰いだ。
見られた感覚があったのだ。それも、かなり強い気配と共に……!
曇り空に目を凝らすと、空の中に黒い点のようなものを見つけた。あれだ。
その点は急速にこちらへと向かって来ているらしく、視界の中で段々と大きくなって来ている。
「鳥型の魔物か……? みんな、迎撃陣形を!」
「「応!」」
食事を中断したみんなが西の空に向かって布陣する。すると、弓を引き絞る音と共にシャムが叫んだ。
「タツヒト! 先にこちらから仕掛けるでありますか!?」
「うん、近寄られる前に-- あれ……? ちょ、ちょっと待って! あれ、多分人だよ!」
雷撃を放つつもりで練っていた魔力を慌てて引っ込める。
だいぶ大きくなった黒いシルエットは確かに鳥に近い。しかし、頭や胴体、足の形が人のそれだったのだ。
「鳥人族ですか……!? でも、またマーイー族みたいな人かも……」
「プルーナさん、確かにその可能性は捨てきれないね…… 全員、陣形はそのまま! 武器は下げて、合図するまで攻撃は控えて下さい!」
最低限の警戒状態に移行し、緊張しながら空を見上げる事暫し。その鳥人族らしき影は僕らの上空に到達した。最初の気配から一貫して、向こうからは殺気が感じられない。
目を凝らすと、彼女の体が青く発光していることが分かる。青鏡級の手練だったのか。道理で強い気配がした訳だ。
普通の鳥人族は高所からハングライダーのように滑空することはできるけど、体が重いので鳥のように飛ぶことはできない。
最初に感じた気配と彼女の飛び方を見るに、おそらくゼルさんのように軽躯を納めた高位階の戦士型なのだ。
あれ、でも魔法の気配も感じる…… と言うことは、万能型の風魔法使いか……!?
彼女はそのまま大きく旋回しながら高度を落とし、僕らの前の少し離れた場所へふわりと着地した。
その姿に全員が息を呑む。
降り立ったのはやはり鳥人族だった。二の腕の半ばから羽毛が生えた両腕は翼になっていて、折り畳まれた翼の関節部分には親指、人差し指、中指の三本が生えている。
脚は逆関節の鳥脚で、膝上は羽毛に覆われていて、膝下は硬そうな皮膚が露出している。足先の爪は鋭い。
ただ、それだけならみんなここまで驚かない。僕らが目を奪われた理由は彼女の神秘的なまでの美しさにあった。
彼女の体は、その長髪、肌、羽毛、爪に至るまでの全が、黒真珠のような艶やかな黒色だったのだ。
加えて、長身としなやかな肢体が生み出す所作はとても優美で、全くぶれない体幹からは身体能力の高さも窺える。
さらにはその装備。白を基調とした防具や光沢のある衣服が彼女本来の色に映え、神々しささえ感じられる。
まさに黒翼の天使。歴戦の冒険者である僕らが、一瞬警戒を忘れてしまうほどの美しさだった。
言葉を発せずにいる僕らに、彼女はその異様に整った美貌を向けてゆっくりと口を開いた。
「ねーねー! 君達こんなとこで何してんの? てか見ない顔だけど、どこ住み? あ、あーしはアゥル村のティルヒル。よろー」
--笑顔と共に発せられたのは、めちゃくちゃ砕けたフレンドリーな言葉。どうやらこの天使様は、黒ギャルさんでもあったらしい。
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