第375話 大陸茸樹怪
大変遅くなりました。火曜分ですm(_ _)m
2025年4月25日 話数が第3745話というアホみたいな数字になっていたので修正
転移先はいつもの様に真っ暗な石造りの部屋だった。
明かりを灯して暗闇の中を進み、部屋を出た先に伸びるやや傾斜のついた洞窟を登った先は行き止まりだった。
叩いてみると突き当たりの石壁は薄く、僕らはそれを破って慎重に遺跡の外へと出た。
「「おぉ……!」」
すぐにでも魔物が襲いかかってくる。そう思って身構えていたはずだったのに、全員が目の前の光景に感嘆の声を上げた。
眼前に広がっていたのは青く高い空と、見渡す限りどこまでも続く荒野だった。
地面に起伏がほとんどないので、地平線の先まで本当に何もない事がわかる。唯一、遥か遠くの方に山脈が見えるくらいだ。
乾いた地面には背の低い草木が疎に生えているのだけれど、どれも枯れかけたように茶色い。
ただただ広大な大自然が広がっている。それだけなのに、何か圧倒されてしまうような光景だ。
「すごい…… 砂漠やら南極やらいろんな所を旅してきましたけど、そのどれとも違った絶景ですね」
「あぁ、素晴らしいな…… --しかし、こう平坦で広大な場所に来ると、何やらう体がずうずしてしまうな……」
「あ、ヴァイオレットもかにゃ? ウチもそんな感じだにゃ。脚がそわそわするにゃ」
馬人族と猟豹人族の二人が、ちょっと落ち着きのない様子で地平線の先を見つめている。
種族柄、ここは二人にとってテンションが上がってしまう環境なのかも。それだけにちょっと申し訳ないな……
「すみませんヴァイオレット様。荷物、重く無いですか?」
今回の旅では水や食料などの物資を現地調達できない可能性があったので、ヴァイオレット様には物資を満載した荷車を引いてもらっている。
みんなもそれぞれ大きめのリュックを背負っているのだけれど、彼女一人でその何倍もの荷物を運んでくれているのだ。
この広い大地を自由に走り回るには結構邪魔だろう。
「ん? ふふっ、大丈夫だ。この程度全く負担にならない。しかし、タツヒトはいつも我々亜人を優しく扱ってくれるな。君らしくて好ましいよ」
「あ…… そ、そうですか……」
微笑みながら僕の目を見つめ返すヴァイオレット様。そんな彼女を直視できなくて、思わず目を逸らしてしまった。
出会ってからもう二年以上経つのに、こちとら今でもトキメキっぱなしだ。顔が熱い。
「--タツヒト。ウチ、か弱くてこんにゃ重い荷物持てにゃいにゃ。優しくして欲しいにゃ」
「ゼル…… あなた、荷物を軽くする軽躯を使えるじゃないですか……」
「にゃっ! ロスニア、邪魔するんじゃにゃいにゃ!」
いつもの二人の掛け合いに小さく笑いが起こる。しかし、ここにいるのは全員が歴戦の冒険者だ。みんなすぐにすぐに気を引き締めなおし、周囲の観察へ戻った。
ちらりと後ろを振り返ると、そこには高さ数mの岩壁が見渡す限りに続いていて、遺跡の入り口はそこにぽっかりと空いている。
この平坦な荒野に似つかわしく無い地形だけど、地震か何かで断層が生じて、地面が隆起したんだろう。
それにしても…… ここ結構寒いな。冷蔵庫の中のような気温と強い風のせいだろう。夜はさらに冷えそうだ。
「むぅ…… 湿度はかなり低めでありますね。ペトリアの情報によるとここは魔獣大陸の中でもまだ西側、海寄りの場所であります。
そしてシャムの計算によると、目的地はここからおよそ1200イング南東の山岳地帯であります。
より乾燥した環境が待ち受けていると予想されるので、水場を見つけ次第積極的に給水していく事を推奨するであります!」
「賛成だよ、シャムちゃん。あ…… 今気づきましたけど、所々に盛り土のようなものが見えますね。あれってもしかして……?」
プルーナさんの指摘に視線を手前側に移すと、確かに視界の範囲内だけでも十数個、荒野の所々に不自然な土の盛り上がりが存在していた。
目を凝らすと盛り土のいくつかには黒々とした穴が空いている。
「うん…… 魔窟の入り口で間違い無いと思うよ。前情報通り、魔窟の密集度合いとしてはかなり異常だね…… これは人類が住めないわけだ」
「……みんな、ちょっとお待ちになって。事前情報だと、ここはどこもかしこも魔物で溢れているというお話でしたわぁ。
でも、見渡す限り魔物どころか小動物すら見当たりませんわぁ。何かが起こって--」
僕らの中でも特に警戒を厳にしていたキアニィさんが、台詞の途中で突然後ろを振り返った。
それと同時に辺りが急に暗くなり、背中に嫌な感覚が走る。彼女に続き、その場の全員が弾かれたように後ろを振り返った。
「「……!?」」
目に飛び込んできたのは、視界いっぱいの茶色だった。
最初はそれが何か理解できなかった。元々背後にあった石壁のすぐ向こう側、先ほどまでは青空が見えて空間が、茶色く塗りつぶされている。
空の青を探すように視線が自然と上に向かう。見上げるような角度になってようやく青空が覗き、やっと状況が理解できた。
僕らの背後に突如として途方もなく巨大な壁が出現し、僕らはその影の中にいるのだ。
けど、一体なぜ……!? さっき見た時はこんなの無かったのに……!?
理解不能な状況に全員が固まっていると、壁に変化が生じた。
壁がうねる様に蠢きながら、徐々にその高さを減らしていくのだ。
--ん? いや違う。これは…… こっちに倒れてきている!?
「は…… 走って!!」
僕の叫びと同時に、キアニィさんがロスニアさんを、ゼルさんがプルーナさんを引っ掴み、全員が全速力で駆け出した。
最初は緩やかに倒れていた壁は、重力に引かれて徐々に加速して行った。
--ごぉぉぉぉっ……!
後ろから巨大な風切り音が迫る。あんな質量に直撃されたら、絶対に助からない……!
追い付かれまいと、僕らは身体強化を最大化させ、地面を砕く勢いで必死に走った。そして。
ズガァァァァンッ!!
僕らがほんの数秒前に走りぬけた場所に、途方も無い衝撃と爆音を轟かせながら壁が倒れ込んだ。
濛々と砂埃が舞い、地面が波打って転びそうになる。
そんな中チラリと後ろを振り返ると、ようやく壁の正体が判明した。
「き、茸……!?」
地平線を埋め尽くす茶色い不定形の何か。その上に、数えきれないほどの巨大な茸が生えていたのだ。
どうやら僕が最初に壁だと思ったのは、奴の裏側、数多の茸の根っことも言える部分だったようだ。
恐らく、奴は最初から石壁の向こう側に存在していて、僕らを捕らえるためにあんなダイナミックな方法を取ったのだろう。
今も粘菌の様な不定形の根っこを動かしてこちらに向かってきているけれど、その速度は徒歩よりも遅い。
よし、これなら逃げ切れる……!
ギョルルッ!
そう思った矢先。粘菌状の足場から生えた茸の何本かが、枝分かれしながら高速でこちらに伸長した。
その茸の触手が最後尾を走っていたヴァイオレット様に追いすがり、彼女が牽く荷車に絡みついた。
「うぐっ……!?」
急制動をかけられたヴァイオレット様が呻く。さらに枝分かれした触手が、ヴァイオレット様にまで絡みつこうとする。させない……!
「ヴァイオレット様!」
急ターンして彼女の元へ駆け寄った僕は、彼女と荷車とを繋いでいた皮のベルトを槍で切断した。
解放されたヴァイオレット様の目が、触手に拿捕されてしまった荷車に止まる。
「あっ……」
「だめです! 諦めましょう!」
僕は彼女の手を取ると、尚も追い縋る触手の気配を感じながら地面を蹴った。
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