第373話 挨拶回り:人外枠
大変遅くなりました。金曜分ですm(_ _)m
ベラーキの村で一泊させてもらった後、僕らは村のみんなに見送られながら大森林へと向かった。
ほぼほぼ弾丸ツアーのようになっているけれど、今日からは人外枠の方々に挨拶回りをするのだ。
いつものように森の淵で二礼二拍手一礼すると感覚が消失し、視界が回復するとそこは大きな木造の神殿の中だった。
そして目の前に、凄まじい気配を纏った蜘蛛人族に見える方々が立っている。
真っ白な肌に漆黒の蜘蛛の下半身を持つ絶世の美少女。この森の最奥にある大龍穴を支配する神、蜘蛛の神獣様だ。
その両脇には、アラク様より年上に見える眷属のお姉様方がお二人ずつ控えている。
「お招きありがとうございます。アラク様、眷属の皆様方。新年明けましておめでとうございます」
全員で揃って頭を下げると、アラク様は孫を出迎えるおばあちゃんのような表情で笑った。
「うむ、よぉ来たの! しかしもう年が明けたのかえ? お主らの暦じゃと、今は1000年くらいじゃったかの?」
「--えっと、今は聖暦1258年ですね……」
お約束のような、しかしスケールの違うご長寿ジョークに一瞬戸惑ってしまった。
「おぉ、そうじゃったか。ほれほれ、まぁ座るが良いぞ」
僕らが進められるままに座布団に座らせてもらう中、シャムは嬉しそうにアラク様の元へ向かう。この場におけるシャムの定位置はアラク様の膝の上なのだ。
それから僕らは、南極での旅について話したり、お土産を献上したり、一緒に昼食を食べたりして楽しい時間を過ごさせてもらった。
そしてデザートにと作ってきたチョコケーキをみんなで食べる段階になって、僕らは次の目的地が魔獣大陸である事をアラク様に伝えた。
「お主らの事は見ておった故、あそこに行くことは知っておったのじゃが…… 妾が絡繰も治せれば良かったんじゃがのぉ……」
アラク様が申し訳なさそうに目尻を下げてシャムの頭を撫でる。
「アラク様、気にしないで欲しいであります。いつも助けてくれるだけで大感謝なのであります」
「ほっほっほっ、そうかえ、そうかえ。お、ほっぺたにチョコレートが着いとるぞ?」
甲斐甲斐しくシャムのほっぺを拭ってくれるアラク様。二人ともにこにこ笑顔で、本当に孫とおばあちゃんのような感じだ。
因みにアラク様のほっぺにも同じようにクリームがついていたのだけれど、眷属の方が流れるような動きで拭っていた。
彼女達からは未だに名前も教えて貰っていないけれど、チョコケーキは美味しそうに食べてくれている。なんか、この空間平和だな。
「--アラク様。神たる貴方様から見ても、魔獣大陸は危険な場所なのでしょうか……?」
ヴァイオレット様の質問に、アラク様は表情を真剣なものに変えて頷いた。
「うむ…… 面倒を見とる奴のやり方が他の大陸とはちと違うのでな。大陸中に魔素が満ちておって、魔獣も魔窟も増え放題じゃ。
お主らも腕を上げたが、やはり人の身には少々辛い場所じゃろうなぁ」
「あの…… その魔獣大陸におられる方というのは、アラク様のご友人なのでしょうか? 勇魚の神獣様のような……」
僕も気になった事をプルーナさんが質問してくれた。やっぱり魔獣大陸にも神様が居たのだ。そして、どうやらあまり人類を省みる方でも無さそうだ。
--ん? というか今、アラク様達神様のお仕事の一端が明らかになったのか……!?
「うーん。同胞ではあるのじゃが、勇魚のと違って友とは言えんのぉ。何せ考え方が違いすぎる故……
タツヒトの故郷風に言うと、思想が強いとでも言うんじゃろうか? この星の命脈に調和を齎す事を、何やら自然の摂理に反するとか考えておる感じなんじゃよなぁ……」
「ふーん。それって、魔獣大陸の神様は仕事してにゃいってことにゃんですかにゃ?」
「ちょっ、ゼルさん……!」
なんかめちゃくちゃ重要な情報が出た気がしたけど、ゼルさんの不遜発言でそれどころじゃ無くなった。
「ほっほっほっ、まぁそうとも言えるの。そん訳じゃから、ともかくしっかりと準備をして、向こうでは慎重に行動する事じゃな。とにかく魔物の数が多いでな。
強大な個の力も数の力には勝てん…… お主達ならよく知っておろう?」
アラク様は、ほんの少しだけ寂しそうに忠告してくれた。おそらく彼女の眷属、邪神死を紡ぐ蜘蛛を、僕らが集団で倒した事を言っておられるのだ。
確かに、魔獣大陸で僕らがその逆をやられても全くおかしくない。
「--はい。肝に銘じておきます……」
その後、場の空気はまた明るいものに戻り、ケーキを食べ終えて珈琲を飲み終えた所でお開きとなった。
アラク様に送り先を聞かれたので、いつものように大森林に住む知人の名前を出すと、彼女はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「むふっ、少々驚くことになるやもしれんのぅ」
「へ? それってどういう--」
「ではさらばじゃ!」
満面の笑みを浮かべたアラク様と無表情の眷属の方々に見送られ、僕らが次に転移したのは大森林の深部だった。
とは言っても、僕らの目の前の森は大部分が拓かれ、深い掘りと三重の防壁を備える巨大な城塞都市が存在していた。
ちょっと目を疑うような光景だし、この中に住む住人は人類では無い。ここは人型魔物の王国なのだ。
「ゲギャッ! ゲギャギャギャッ!」
物見台に居た小緑鬼が僕ら発見し、奥へと引っこんでいく。
暫くすると城門を兼ねるはね橋が下され、中から見覚えのある立派な体格の食人鬼が現れた。
彼はゆっくりと僕らの元へ歩み寄ると、綺麗なお辞儀をした。僕らもそれにお辞儀で返す。
「出迎えありがとうございます。エラフ君…… えっと、エラフ王にお取り継ぎ頂けますか?」
「ハイ。ドウゾ、此方へ。王ノ元ヘ、案内スル」
「「……!」」
背を向けて歩き出す彼に、僕らは驚きから一瞬硬直してしまった。
数ヶ月前は魔物特有の唸り声しか話さなかった彼が、はっきりと人類の言葉、王国語を話したのだ。
「お、驚きましたわぁ…… 貴方まで王国語を話せるなんて、えっと、お妃様から習いましたの?」
「ハイ、妃カラ」
「そ、そぉ…… 頑張りましたのね」
「ゴルルルッ……」
キアニィさんの言葉に、彼は少し嬉しそうに喉を鳴らした。
そのまま彼の後をついていくと、防壁の中には住人の人型魔物達だけでなく、ちらほらと馬人族や蜘蛛人族も居た。
彼女達はどうやら商人のようで、多少緊張に顔を引き攣らせながらも魔物と言葉を交わしている。これも数ヶ月前には見られなかったかなり衝撃的な光景だ。
けれど、その日の衝撃はそれで終わりじゃなかった。中心部の砦の中にある広間に通され、この国の王様達と対面した時、僕らは言葉を失ってしまった。
「「……!?」」
「タツヒト! 待ッテイタゾ!」
「皆さんいらっしゃいっス!」
目の前には一体の魔物と一人の女性。
刀傷の入った頬を嬉しそうに歪める緑色の巨体は、緑鬼のエラフ君だ。ここの王様でもある。
同じく笑顔で僕らを出迎えてくれた小柄な黒髪の女性が、只人のマガリさんだ。エラフ君の番、つまりはここのお妃様でもある。
で、僕らの驚きの原因は彼女である。彼女の下腹部は、服の上からでも分かるくらいに大きく膨らんでいたのだ。
「ふ、二人ともお久しぶりです…… あの、マガリさん。もしかして、ご懐妊ですか……?」
「あ、やっぱり分かるっスか? うふふっ、そーなんすよ! 六ヶ月ってとこっスかねー?」
「「……」」
嬉しそうに、そして愛おしそうに自身のお腹を撫でる彼女に、全員が再び無言になる。
いや…… だって魔物と人類とでは子供は作れない筈だし、そうすると父親はエラフ君では無い訳で……
しかし当のマガリさんは、僕らの気まずそうな様子に気づくと笑い出してしまった。
「あはは、心配しなくていいっスよ。エラフの子っスから!」
「アァ。タツヒト、俺達ハ毎日欠カサズ祈リヲ捧ゲテイルガ、オ前カラモカノ神ニオ礼ヲ伝エテクレナイカ? 多分、コノ指輪ノオ陰ダ」
エラフ君とマガリさんは、僕らに見えるように揃って左手を掲げた。
その薬指には、不思議な光沢を帯びた純白の指輪が嵌っていた。そうか……! 彼らの結婚式の時にアラク様がくれた指輪、あれの力だ!
種族の壁を越えるなんてさすがは神器。アラク様も粋な事をされるお方だ。
「な、なるほど……! おめでとうエラフ君、マガリさん! アラク様には、後で念入りにお礼を伝えておくから!」
「あ、ロスニアさん。良ければこの子が元気に育ってるか診てもらえるっスか? アタシ、妊娠するのは初めてで」
「は、はい……! --えっと、母子共にとても健康です。きっと、丈夫なお子さんが産まれますよ」
「やった…… ありがとうっス! これでひとまず安心っス!」
「「お、おぉ……!」」
緊張から解放され、女性陣がマガリさんの元へ向かって次々に祝福の言葉を贈り始めた。
「エラフ君もお父さんかぁ…… なんだかこう、上手く言葉にできないけど、とにかくすごいね」
チラリと隣に立つエラフ君の表情を伺うと、凶悪な顔を優しげに歪めながらマガリさんを見つめていた。
「ウン、凄イコトダ。 --タツヒト。アノ子ガ生マレタラ、是非オ前ニモ抱イテホシイ。オ前ハ俺ガ知ル最モ強イ男ダ。アノ子モ、オ前ノヨウニ逞シク育ッテ欲シイト思ウ」
「……! もちろん……! その子に会うために、絶対にまたここに来るよ!」
挨拶回りの最後に、生きてここへ帰ってくるための大きな理由がまた一つ生まれた。
僕はなんだか泣きそうになりながら、エラフ君の大きな手を握った。
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【月〜金曜日の19時以降に投稿予定】
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