第372話 挨拶回り:人類枠
大変遅くなりました、木曜分ですm(_ _)m
メームさん達との会食の翌日。僕らは猊下の忠告に従い、朝から近隣の知人達への挨拶回りに出かける事にした。
大晦日の今日は吐く息も白く、聖都は生誕祭を祝う街の人達で賑わっている。大通りが人でごった返す中、僕らも彼女達と同じ方向、大聖堂へと向かっていた。
ただその目的はお祈りでは無く、転移魔法陣でヴァイオレット様の実家へ向かうためだ。
久しぶりに家族に会えるとあってか、ヴァイオレット様はとても機嫌良さそうにみんなとおしゃべりをしている。
いや、彼女だけじゃない。今朝は大人組全員の肌艶が良く、いつにも増してご機嫌に見える。一方、僕の頬は若干痩けていて、足取りも少し重い。
「あの、タツヒトさん…… 大丈夫ですか……?」
心配そうに、かつちょっと赤い顔で声をかけてくれるプルーナさんに、僕は頑張って笑顔を作って見せた。
「あぁ、プルーナさん…… 大丈夫、後一時間もすれば回復するよ……」
なんでこんなにヘロヘロなのかというと、昨晩はメームさんを含む大人組全員で爛れた夜を過ごしたからだ。
一昨日まで僕らが居た南極では、宿も無い村に居候させてもらっていたのでそういった事を控えていた。なので、昨日はとにかく凄かった。
ちなみにメームさんはベッドから起き上がれず、まだ宿で眠っている。久しぶりで無茶しすぎたとの事だった。
その、そこまで頑張ってくれて嬉しい反面、時間が空いてしまった事への申し訳なさもひしひしと感じる。
「むぅ。シャムも早く夜の戦場に参戦したいであります。このままでは戦績が開く一方であります……!」
シャムのそんな台詞に、談笑していたみんなが歩みを止める。そ、そんな語彙どこから持ってきたの……?
シャムの隣を歩いていたキアニィさんが、全員を代表して彼女にに問いかける。
「えっと、シャム。その物言い、一体誰から教わったんですのぉ?」
「へ? ゼルであります」
「--ゼルさん……」
やっぱりかと思ってゼルさんの方に視線を向けると、彼女は思いっきり顔を横に背けた。
また教育に悪い事を…… と思ったけど、その権化たる僕には何も言う資格が無かった。
「い、いにゃぁ…… こーいう事を教えるのも、ウチら大人の女の仕事だと思うにゃ……
あ! ほら、大聖堂が見えてきたにゃ! 細かいことは置いておいて、早く行くにゃ!」
みんなの視線から逃れるように走っていく彼女を、僕らは苦笑しながら追いかけた。
その後馬人族の王国に転移した僕らは、国内の知人の元を訪ね歩いた。
まずは予定通りヴァイオレット様のご実家、ヴァロンソル侯爵領の領都クリンヴィオレだ。
ローズモンド侯爵を始めとしたヴァイオレット様のご家族は、突然訪ねてきた僕らを笑顔で迎えてくれた。
彼女達から聞いた感じだと、領内はかなり安定していて、大狂溢や四八戦争の影響はほぼ払拭されたようだった。
ちなみに、王都の方はほんの少しだけごたついているそうだ。まぁ、つい最近王様が変わったばかりなので無理もないか。
僕らと色々と関わりのあったマリアンヌ三世陛下は、諸々の事情から数ヶ月前に王座を退かれた。
そして、長年の政務や心労が祟って体調を崩したそうで、現在は元側近のケヴィン様と田舎で静養されている。
でも一度みんなでお見舞いに伺った際には、体調が悪いようには見えなかったんだよね。
それに、何か憑き物が落ちたような、満足しきって今にも消えてしまいそうな表情が気になった。 --まぁ、シャムが復活したらまたお見舞いに伺おう。
領主の館で一泊させてもらった後は、都市内の元同僚などの知人の所にも顔を出し、今度は南へと向かった。
見えてきたのは高い円形の防壁に囲まれた開拓村、僕とヴァイオレット様の第二の故郷であるベラーキだ。
村に入れてもらう際、警備についていた初見の冒険者パーティーの人達と一悶着あったけど、『白の狩人』だと名乗るとすぐに村の中へ入れてくれた。
彼女達はこの村に所縁のある僕らの噂を色々と知っていて、握手まで求められてしまった。
話を聞いてみると、彼女達は以前ここを守ってくれていた『深緑の風』の後釜らしかった。
『深緑の風』は、馬人族の風魔法使い、イネスさんがリーダーを務める冒険者パーティーだ。
イネスさん達は半ば休暇のつもりでここに居てくれていたらしいけど、ついに旅立ってしまったらしい。
しかも、この世界における僕の義理の姉上達、リゼット義姉さんとクロエ義姉さんまで彼女達について行ってしまったそうだ。
なんでも、僕らの噂に触発されて自分達を鍛え直すためだとか…… 彼女達にも会っておきたかったので、正直かなり寂しい。
けれど、変わらずに待っていてくれた人達もいる。騒ぎを聞きつけた村の人達が、僕らを目にして集まってきてくれた。
「--ヴァイオレット様、タツヒトお兄ちゃん、みんなも! おかえりなさい!」
その時、人垣の間を縫って小柄な人影が弾丸のように飛び出してきた。
ヴァイオレット様は彼女をふんわりと受け止めると、愛おしそうに微笑んだ。
「ただいまエマ。また時間が空いてすまなかったな」
「ううん! ねぇ、今日はみんな泊まっていくんでしょ? 私、みんなと生誕祭をお祝いしたい!」
とびきりの笑顔を僕らに向けてくれるのは、僕がこの世界は初めて出会った只人の女の子。この村のアイドルのエマちゃんだ。
妹のリリアちゃんが生まれてからさらに一年、背も伸びて急激に大人びてきている。
「うん、もちろん! お土産もいっぱい買ってきたよ。リリアちゃんは元気?」
「やった! リリアも元気だよ! ほら!」
エマちゃんが指す方を見ると、人垣の中から彼女のご両親が歩み出て、僕らに会釈してくれた。
そして彼女達の足元には居るのが、大人の膝丈ほどの小さな馬人族のお子さん、エマちゃんによく似たリリアちゃんだ。
確かまだ一歳になったばかりのはずだけど、お父さんに手を引かれながらもよちよちと自分の足で歩いてる。数ヶ月前に来たときは掴まり立ちがやっとだったのに……!
不思議そうに僕らを見上げる彼女の顔には純粋無垢な笑顔。そのあまりにも可愛らしい様子に、女性陣から黄色い悲鳴が上がる。僕も上げそうになった。
「わぁ…… リリアちゃん、もう歩けるんですね! あぁ、なんて愛らしい…… 神の愛を感じます!」
「リリア! 言語能力は向上したでありますか? シャムお姉ちゃんて言って欲しいであります!」
「うー…… あぶー?」
「……! プルーナ、今リリアが、シャムー、と発音したであります!」
「シャ、シャムちゃん、ちょっと落ち着いて。流石に恣意的に過ぎるよ…… でも、本当に可愛いね!」
そのまま、誰がリリアちゃんに最初に名前を呼んでもらえるか大会が始まり、ちょっと収集がつかなくなった。
しかし、そこへちょうどよく村長夫妻が現れ、苦笑気味にその場を納めてくれた。さすがこの村の長。
その後はみんなで生誕祭のお祝いをして、思い出話や土産話に興じながらご馳走を楽しんだ。
そうして夜も更け、エマちゃん達が寝静まった後、僕らは村長夫妻の家で次の目的地について話していた。
「--魔獣大陸かぁ。そりゃぁ、いくらおめぇら『白の狩人』でも手に余るんじゃねぇか?」
山賊の親分のような見た目のボドワン村長が、その凶悪な相貌に心配げな表情を浮かべる。
「はい…… 必ず帰って来ると言いたいところなのですが、今回ばかりは難しいかもしれません。なので、村長達にはお伝えしておこうと……」
「そんな…… --でも、もう覚悟を決めてしまっているのね……?」
村長の奥さんのクレールさんが、僕らの顔を見て少し諦め気味に呟く。
「あぁ。すまないボドワン村長、クレール殿。そしてもしもの時は、エマ達には上手く言っておいて欲しい。私からは、とても伝えられない……」
「--分かりやした、ヴァイオレット様。しかし、魔獣大陸ともなれば、行って帰って来るだけでも相当掛かると思いやす。
そんで、『白の狩人』が魔獣大陸で踏ん張っているのか、道半ばで倒れたのか、あっしらには知る術はありやせん。
だから、あっしらはいつまでも帰りを待っていやすよ。十年でも、二十年でも」
「村長…… ありがとうございます。なるべく早く、村長に白髪が生える前には帰って来るようにしますよ」
「はっ…… がははっ! おいおい、だったらすぐじゃねぇか! 心配して損したぜ!」
豪快な村長の笑い声に、その場の全員が釣られたように噴き出す。
そうだよね。僕らはちょっとネガティブになり過ぎていたのかも知れない。
今回が今まで一番厳しい旅になるは確実だ。それでも、こうして待ってくれている人達がいるんだ。必ず生きて帰ってこなければ……!
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