第037話 呼吸する洞窟
強敵との戦いの後はいつものことだけど、割と体がボロボロだ。
「ゴホッゴホッ、いてて……」
体中が満遍なく痛いけど、咳をすると血が出て肋骨に響くし、お腹もめちゃくちゃ痛い。
多分肋骨にひびが入っていて、内臓も損傷してるっぽい。
今回もきちんと治療薬を持ってきているので、さっさと治してしまおう。
ポーチから古代遺跡産の高い治療薬を取り出そうとして、はたと止まる。
そういえば僕、市販の治療薬使ったこと無かったな。
ちょうど裂傷用と骨折用の市販薬も持ってきているし、そこまで重症じゃ無い気がするのでこっちを使ってみようか。
僕はその場に座り込み、裂傷用の治療薬を飲み込んで、服をはだけて骨折用の治療薬を肋骨のあたりにふりかけた。
するといつものくすぐったい感覚が襲ってきて、体内から微かに泡の弾けるような音がし始めた。
そのまま数分間待っていると感覚や音がおさまると、肋骨やお腹のあたりの痛みが引いた。
「おぉ。なんだ、ちゃんと治るじゃん」
市販薬も十分使えるなー。そう思って立ちあがろうとしたらずっこけた。
あれ、なんか全身がだるくて足に上手く力が入らない。
そういえば以前、ベテラン冒険者のイネスさんから聞いたな。重症者に市販の治療薬を使うと衰弱死してしまうことがあるって。
これがそうなのか。気合いを入れてもう一度立ちあがろうとしたら今度は立てた。
けれど、疲労感や空腹感がかなり強い。確かに、僕の症状でこれなら、重症の人が衰弱死してしまうのも頷けるな。
この状態では何も手につかない。
僕はポーチから取り出した非常食を齧りながら、体力が回復するまで少し休憩することにした。
「しかし、これどうやって剥ぎ取ろう」
30分ほど経った後。疲労感も和らいできたので、さあアクアングゥイスから素材を剥ぎ取ろうと思ったのだけれども……
目の前のには巨大で複雑な固結びと化した大蛇が転がっていて、少し途方に暮れてしまった。
さすがにこのままじゃ綺麗に剥ぎ取れないし、ほぐすかぁ。
あれ、死後硬直っていつ頃から始まるんだっけ……?
や、やばい。このまま硬直されてたら絶対解せないぞ……!
「ふんぐぐぐぐぅっ」
僕は急いでアクアングゥイスに取り付くと、一人で巨大な知恵の輪を解き始めた。
くそぅ。こいつは死してなお僕にタイムアタックを強いるのか。
30分ほど格闘して汗だくになった結果、ようやく一本の紐状に戻すことができた。
僕はまず口に刺さった槍を回収した。
よかった、穂先も曲がってないし、柄も折れていない。
あんなにびったんびったんやられたのに、さすが高い槍は違う。
そして解体用兼予備の穂先用のナイフで皮を剥ごうとしたのだけれど、全く刃が立たなかった。
仕方ないので、緑鋼製の槍の穂先を使い、鱗の隙間を通してなんとか皮を剥いだ。
もちろん全部は無理なので、とりあえず持っていける分だけ切り取った。
続いて魔核だけど、心臓付近から取り出したそれはかなりの大きさだった。
「でっか。これは高く売れそう」
一ヶ月ほど前に対峙した強敵、アルボルマンティスの魔核は、確かビー玉くらいの大きさだった。
今回のは500円玉くらいあるし、なんだか透明度も高い気がする。
よし、残りの皮とかは後日冒険者の人達に回収を協力してもらおう。それまで他の魔物に荒らされずに残ってればいいけど……
その辺の蔦を使って丸めた蛇皮を背負い、疲労感の残る体に鞭を打って村への帰路に着く。
まだ日は高いけど、もう冬なのであと1〜2時間で森の中は暗くなってしまう。急がないと。
あれ、でもちょっとおかしいな。なぜか来る時とは違ってあまり魔物の姿を見ない。
この世界では魔物の脅威度が高いということには何度か触れたけど、これは魔物の数がやたらと多いことにも原因がある。
なんでそんなに数が多いのかというと、連中は周囲に十分な魔力があればご飯も少なくて済むし、繁殖も成長も活発になるからだ。
平たく言うと、この森のように魔力が豊富な環境、すなわち魔物の領域だと、普通は狩っても狩っても魔物が居なくならないのである。
実はこれは悪いことばかりでは無い。
作物が凶作だったり家畜が病気で全滅したりしても、魔物を狩ることができれば人類は生きていけるからだ。
もちろんつい最近僕が思い知ったように、手頃な魔物ばかりを狙って狩ると言うのはかなり難しい。
予想外の場所に想定以上の強さを持つ魔物が現れるなんてことは、よくある話だ。
あと最近知った話では、位階の高い冒険者には豊富な魔力が含まれているので、強い魔物から見たらご馳走に見えるらしい。
魔物を狩るには位階を上げて強くなるしか無いけど、位階を上げると強い魔物に狙われやすくなる…… 人生ままならないよね。
だいぶ脱線したけど、そんな理由でいきなり魔物の姿が見えなくなると言うのは普通はあり得ない。
周りのやつらが逃げ散ってしまうくらい強い魔物がいるとかだったらやだなぁ……
いつもより警戒しながら村への帰り道を歩いていると、遠くの木陰にやっと魔物を見つけた。
「あ、オークだ。ん、なんだあれ?」
こちらからはよく見え無いけど、オークはこんもりとした盛り土のようなものの影に入ってしまった。
なんか不自然な地形だな…… それにあんな盛り土みたいなものこの辺にあったっけ?
早く村に帰らないといけなかったのだけれど、好奇心に負けて慎重にその盛り土に近寄ることにした。
盛り土に近寄ってみる高さは2mほどで、表面に苔や草も生えておらず、つい最近作りましたという感じだ。
反対側にゆっくりと回り込んでみたところ、とオークの影は無く、代わりにぽっかりと大きな穴が空いていた。
穴に向かって風が流れ込んでいるのを感じる。オークはこの中に入っていったらしい。
「やっぱりおかしい。来るときにこんなものがあったら絶対気づいたはずだよ」
少し中に入って確かめてみようかと踏み出す直前、洞窟に流れ込んでいた風がぴたりと止まった。
まるでスイッチを切ったかのように風が止まったので驚いていると、今度は逆に洞窟から風が噴き出した。
これは……その瞬間、僕は以前村の冒険者たちに聞いた話を思い出した。
気づいたらある日突然できていて、魔物を呼び込み、そして呼吸するように風向きが変わる洞窟。
「魔窟…… ダンジョンだこれ」
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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