第369話 あれから一年後
章の初めから更新が遅くなってしまいすみません。。。16章開始です。
前章のあらすじ:
海洋国家ハルリカ連邦へと飛んだタツヒト達一行。海に沈んでしまった古代遺跡を探索する一行の前に、蛸人族の天才水魔法使い、アスルが現れ、誤解から戦闘となってしまう。その後和解した一行と彼女は、彼女の仕事と遺跡探索を相互に手伝う事に。領海警備、アスルと家族との確執、海底魔窟討伐。激しい日々を共に過ごし、一行がアスルと心を通わせる中、彼女の親友が古代兵器に寄生されてしまう。人を喰らう巨大な海の悪魔へと変貌してしまった親友を、一行は周辺国の力を借りながら辛くも打倒した。するとそこへ、古代兵器と敵対していた勇魚の神獣が現れ、その慈悲と力によりアスルの親友は一命を取り止めた。かくして騒動は治り、古代遺跡から部品の回収にも成功した一行は、アスルと再会を約束し、聖都へと帰還した。
ビュゥゥゥゥッ……!
雲一つない青空の下、遠くに白い山脈を望む広大な雪原に風の音が響く。
着込んだ装備すら貫通して全身に吹き付けてくる強風は、まるで肌をナイフで斬りつけてくるかのような冷たさだ。
それも当然。ここはこの星の南の果て、人の理の通用しない極寒の世界。地球で言うところの南極大陸なのだ。
もちろんこんな場所に好き好んで来る訳がなく、今僕らは探し物のためにえっちらおっちら雪中行軍している。
強風を受けてか、後ろから聞こえていたガチガチと歯を打ち合わせる音が強くなり、僕はチラリとそちらを振り返った。
「ゔぅぅぅっ…… さ、寒いであります……! このままでは関節が凍結してしまうであります!」
自分の体を抱えながら震えているのは、白髪の童女に見える機械人形のシャムだ。その正確無比な弓にはいつも助けてもらっている。
彼女は元々、男にしては少し低めな僕と同じくらいの身長だったのだけれど、強敵との戦いが原因で体が縮んでしまった。
今僕らがここにいるのは、彼女の体を元に戻すための部品を探すためなのだ。
「南部山脈も相当だったけど、ここの寒さは流石に段違いだね…… 僕も脚が凍傷になってないか心配だよ。あ、野営用の毛布出そうか?」
自身の背に乗せたシャムを気遣いながら、雪道を八本の脚ですいすい進む蜘蛛人族。彼女はうちの天才目隠れ土魔導士、プルーナさんだ。
彼女も華奢で小柄な方だけど、小柄すぎるシャムをよくその背に乗せてくれている。この二人はいつも本当に仲がいい。
「二人とも。この寒さだから、体に異常を感じたらすぐに教えてね。あ、ロスニアさんは大丈夫ですか?」
二人に声をかけてから、僕は自分の腕の中にも声をかけた。実は、僕もプルーナさんと同じように一人抱えて歩いていたのだ。
目を半ば閉じて穏やかな表情で僕に身を預けているのは、蛇人族の司祭、ロスニアさんだ。
その、他のメンツに比べてほんの少しだけふくよかなせいか、体の前面に感じる肉感的な感触がとても嬉しい。
彼女は種族がら寒い環境が苦手なので、長い蛇の下半身が冷たい雪に接しないようこうして抱っこしているのだけれど、先ほどから妙に静かなのだ。
「--あぁ、神よ。お側に御身を感じます。そこに居られるのですね、今、参ります……」
僕の声に反応した彼女は、法悦の笑みを浮かべながらここに居ない何かへ語りかけ始めた。ま、まずい……!
「ロ、ロスニアさん待って! 行かないで下さい! 灯火!」
急いで小さい火球を幾つも生み出し、自身とロスニアさんの周りに配置する。
するとすぐに周囲の温度が上昇し始め、虚ろだったロスニアさんの視線がはっきりと僕の顔を捉えた。
「……へ? あ、あれ? すみませんタツヒトさん、少しうとうとしていたみたいです。どうかされましたか?」
「ふぅ…… いえ、むしろ何事もなくてよかったです。 --やっぱりこの寒さは危険ですね。ちょっと目立ちますが、隊列全体を温めます」
僕はさらに灯火を幾つも生み出すと、隊列を囲むように配置した。
するとすぐに体感温度が上昇し始め、隊列のみんながほっとしたように息を吐いた。
「はぁぁ…… タツヒト君の温もりを感じますわぁ…… --あら? あの雪山、もらった地図にはありませんわね……」
隊列の先頭を歩いてくれていた妖艶な蛙人族、斥候のキアニィさんが僕らを手で制しながら立ち止まった。
種族がら彼女も寒いのは苦手な筈なのに、そんな中で仕事をきっちりこなしてくれている。
全員が彼女に続いて足を止め、その視線の先を警戒気味に見つめる。僕らから100m程の距離のところに、こんもりとした雪山が存在していた。
周りはほとんど起伏の無い雪原なので、言われてみればいかにも不自然だ。
「んー…… 変にゃ音はにゃんも聞こえにゃいにゃ。あの連中が書き忘れたんじゃにゃいかにゃ? タツヒト、どうするにゃ?」
キアニィさんの隣で猫耳をそば立てるのは、しなやかな肢体を持つ双剣使い、猟豹人族のゼルさんだ。
普段はお気楽適当な彼女だけど、戦闘中はその鋭い聴覚も相まってとても頼りになる。
「そうですね…… 念の為少し距離と取って大回りしましょう。まだ天気は崩れなさそうですし、時間に余裕は--」
ドバァッ!!
僕の台詞の途中で、雪山が噴火するかのように爆発した。
「「なっ……!?」」
全員が身構えて見守る中、強風が雪煙を晴らす。
現れたのは白銀の巨体。二本の後ろ足で立ち上がった、見上げるほどに巨大な熊型の魔物だった。
「グルルルッ…… ゴアァァァァッ!!」
そいつは僕らを傲然と見下ろしながら、空気を震わせる咆哮をあげた。
「でっか……! シャム、アイツって例の!?」
「はいであります! 体長およそ15メティモル! 村の人達が言っていた大氷河熊に特徴が合致するであります!」
僕らの驚愕を他所に、大氷河熊は地響きを上げて雪原に前足を付き、猛然とこちらに突進を始めた。
大きめの住宅がそのまま突っ込んでくるかのような圧力。あの巨体、この速度、接敵までほんの数秒しか無い!
「--迎え撃ちます! プルーナさんとロスニアさんは後ろへ!」
「「応!」」
ロスニアさんを地面に下ろした僕は、隊列の殿、最も頼りになる人へと視線を向けた。
「ヴァイオレット様!」
「承知!」
僕の声とほぼ同時。馬人族の元騎士、ヴァイオレット様が、美しい紫色のポニーテールを揺らしながら前にでた。
斧槍を構えながら思い切り体を捻る彼女の体からは、強烈な放射光が発せられている。その色はやや青みがかっているものの、彼女の髪の色に似た紫色だった。
そして大氷河熊の巨体がある距離まで近づいた瞬間、彼女は裂帛の気合いと共に武器を振るった。
「--ぜぁっ!!」
ぞんっ……!
瞬間。彼女の武器から光の帯のようなものが迸り、空間そのものを断ち切るような異様な音が響いた。
極まった修練の果てに習得できる身体強化の奥義、延撃である。
斧槍そのものの間合い2mも無い。だと言うのに数十mは離れていた巨体は大きく切り裂かれ、流れ出た滝のような鮮血が雪原を赤く染めた。
「ゴッ…… ゴギャァァァァッ!?」
しかし、相手もただ大きいだけの的では無かった。
寸前で危機を察して身を躱したのだろう、正中線を唐竹割りにするはずだった斬撃は、その左腕を落とすに止まっていた。
奴は激痛にのたうち回っているけれど、その目には未だ闘志が宿っている。
「む、流石に勘が鋭いな…… タツヒト!」
「ええ! 後はお任せを!」
ヴァイオレット様ばかりに働いてもらう訳には行かない。彼女が足止めしてくれている内に僕も準備が整った。
青く発光する僕の体表には、既に十分すぎるほどの電荷が蓄積され、小規模な放電を繰り返している。
僕は腕を掲げて大氷河熊の巨大な頭部に向けると、溜め込んだ全てを一気に放出した。
『剛雷!!』
バガァンッ!!
烈光に白く染まる視界の中、極太の雷光が奴の頭部に突き刺さったのが見えた。
大氷河熊の巨躯が一度だけ大きく痙攣し、一瞬の間の後で徐々に地面へと傾いで行く。
--ズズゥン……
雪原に埋まるように倒れた白銀の巨体は、もう起き上がる事は無かった。
突発的な大氷河熊との戦闘を終えた僕らは、その後も歩みを進め、大きなクレバスの底へと辿り着いた。
驚くべき事にこの過酷な環境に住んでいる人達もいて、その村の人達から聞いた通り、そこには目的とする銀色の古代遺跡が存在していた。
見たところ保存状態もかなり良い。喜び勇んで遺跡を解錠し、中の部品を片っ端から調べていく。しかし……
「ロスニアさん。それで最後ですが、どうでしょう……?」
遺跡内で見つけた最後の部品、左脚に見えるそれを検査し終わったロスニアさんが、申し訳なさそうに首を横に振った。
「だめ、のようです…… 故障か規格外で、シャムちゃんには使用できません……」
彼女の言葉を受けて、その場に重苦しい空気が流れる。
「アスルの所で最後に使用可能な部品を見つけてから341日、巡った遺跡の箇所は16箇所…… シャムは、シャムはもう元の体には戻れないのかも知れないであります……」
「シャムちゃん…… そんな事ないよ。きっと、まだ……」
俯いて涙ぐむシャムを、プルーナさんがそっと抱きしめる。
そうなのだ。僕らはハルリカ連邦で脚右を手に入れて以降、世界中に散らばる遺跡を調べて回った。
馬人族の王国から意外に近いところにあった吸精族の国では、遺跡の存在する只人の自治区に潜入した。
日本とよく似たアキツシマ皇国では、公家の狐人族と武家の狸人族の争いに巻き込まれた。
途轍もなく巨大な山脈竜の背中に建つ袋鼠人族の国では、成り行きでキックボクシング的な伝統武術のトーナメントに出場したりもした。
そして今回、環境やアクセスが大変すぎて後回しにしていた南極の遺跡を訪れた訳だけど……
「--ひとまず、聖都に戻って猊下に報告しましょう。このままここに居たら氷漬けになっちゃいますよ。あはははは……」
僕のつまらない冗談に、みんなが力ない笑い声で反応してくれる。
およそ一年続いた空振りの日々は、僕らの冒険者としての実力を確実に伸ばしてくれたけれど、その心を確実に削っていた。
いつもより言葉少なく帰り支度をした僕らは、重い体を引きずるようにして南極の遺跡を後にした。
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