第364話 いつもの喧嘩(2)
多腕、鯱頭の黒い悪魔と化したカリバル。アスルがその異形へと突貫し、僕ら前衛組もそれに続いた。
魔法使いを先頭にするなんて普通はあり得ないけど、海中という環境とアスルの実力があれば、彼女は高位の戦士型とだって殴り負けない。
それは、これまでのカリバルとの喧嘩で彼女が証明してきた事だ。
『アスル! 駆虫薬の効果を最大化するには、宿主に直接打ち込む必要があるであります!』
『触手に打ち込んでも死滅はその周辺だけ! 宿主に打てば…… 全体が死滅する筈だよ!』
後衛として僕らに追従するシャムとプルーナさんから通信が飛んでくる。
どうやら、駆虫薬を使うにはカリバル本体を露出させる必要があるようだ。
僕は自身に強化魔法を掛けながら通信機に呼びかけた。
『なら、まずは触手群を引き剥がそう! アスル!』
『わかった……! 海よ!』
ジャァッ!
海神の顎により増幅されたアスルの切断水流が海中を走り、カリバルを袈裟斬りにする。
胴体を構成する触手がいくつも切り飛ばされたけど切断には至らず、すぐに新しい触手が生えてきてしまった。
「ゴアッ!」
カリバルはそれに怒りに満ちた咆哮で応え、僕らを迎え撃つように突進してきた。
巨体を思わせない速度、一瞬で詰まる距離。三つの手から伸びる鋭い爪と三叉槍の穂先が、四方から包み込むようにアスルへと迫る。
『前衛組で防御します!』
『『応!』』
ガキキキキィンッ!
僕、ヴァイオレット様、キアニィさん、ゼルさんの四人が、それぞれの武器でカリバルの攻撃を食い止めた。
速い。そして重い……! けれど、全ての腕を受け切った。今アスルの前には、カリバルの無防備な胴体が晒されている。
アスルの放射光が強まり強烈な魔法の気配が迸る。
『--螺旋穿流!』
ギャルルッ!
アスルの眼前から、幾つもの切断水流を螺旋状に束ねた極太の穿孔水流が迸る。
それがカリバルの胴体に突き刺さり、ドリルで掘削するかのように触手を削り飛ばしていく。
明らかに再生速度を上回っている。これなら……!
「ガァァァァァッ!!」
しかし、相手はただの野獣ではなくカリバルだった。
奴は四本の腕を引っ込めると、螺旋の回転方向に自分から回転。その勢いのまま三叉槍で鋭い刺突を放った。
その向かう先は、大業を放った直後で隙が生まれたアスルだった。
さらにカリバルは、胴体を構成する触手群を変形させ、体の芯をずらして螺旋水流による攻撃から逃れて見せた。
相手の攻撃を利用してカウンターを行い、同時に回避まで並行してやってのける。まさに熟練の戦士の動きだ……!
『させん!』
しかし、熟練度ならこちらも負けていない。アスルに高速で迫る三叉槍を、ヴァイオレット様が斧槍で弾き飛ばした。
尚も追い縋ろうとするカリバル。しかし、僕らの後方から飛来した矢が奴の頭部の眼球を全て刺し貫き、海底から伸びきた石筍がその身を削る。
一連の反撃で一瞬怯んだカリバルの隙を付き、僕らは一旦下がって体勢を立て直した。
『ふぅ、ふぅ…… ヴァイオレット、助かった……!』
『うむ、アスルも見事な魔法だった! しかし、野生的ながら洗練された動き、機転、そして技の鋭さは確かにカリバルのものだ。
そこに触腕の変幻自在さが加わると、これほど厄介だとは……!』
『ええ! まだ暴食不知魚の時の方がやり易いです! ただただ戦闘力が強化されています!』
「グルルル…… ゴァァァァッ!」
あっという間に損傷を回復させたカリバルが再び咆哮する。すると奴の四本の腕がさらに分裂、腕は一瞬にして八本の触腕に増えてしまった。
『うにゃ!? そんなんありにゃんか!?』
『元々腕は二本ですわぁ! 更に増えても驚くことありませんわよ!』
驚愕する僕らを他所に、八本の触腕を振り回しながら再びカリバルが攻勢をかけてくる。
先ほどまではまだ人間らしかった攻撃の動作は、今や完全に別物になっていた。
伸長しながら多角的に襲いかかってくる触腕による連撃。しかも、遠心力が加わったせいか威力は据え置きだ。
捌かなければいけない攻撃が一気に倍になり、僕ら前衛組の処理能力が圧迫され始めた。しかも……
『こ、これ…… ちょっとずつ上手くなってませんか!?』
最初は単調だった攻撃に、巧みさのようなものが見え始めたのだ。
気づけばただの連撃は、受けに回るほど次の受けが苦しくなるような戦術性と技をを帯びていた。
八本の触腕は烟るような速度で高速機動しているのに、それ自体に眼球が生えているせいか腕同士が全く衝突を起こさない。
頼みのアスルも、僕らが押し込まれている状況では大技を放てないでいた。そして……
『いや、気のせいでは-- まずい!?』
ギャリンッ!
ヴァイオレット様の斧槍を掠め、触腕の一本に握られた三叉槍が僕らの防御を突破した。
不意を突かれたアスルの表情が驚愕に歪む。
『アスル!』
加速された感覚により、なんとか僕だけがそれに反応できた。
三叉槍を持つ触腕めがけ、めいいっぱい腕を伸ばして全力の斬撃を放つ。
--ザンッ!
間合いとタイミングの双方がギリギリだったけど、僕の槍の穂先はなんとか触腕を両断した。
制御を失った三叉槍は明後日の方向に飛んで行く。
よし、これで多少カリバルの戦力も落ちたはず!
そう思った矢先、切断した触腕がばらけ、新たに切断面から生えた無数の触手が僕に絡みついた。
『……!?』
無理な体勢で攻撃を放ったせいで、反応が大幅に遅れた。
そのまま触腕に体を拘束された僕は、触腕が縮む勢いのまま、あっという間にカリバルの元へ引き込まれてしまった。
そして気づくと、目の前には僕の頭を丸齧りしようとするカリバルの大口があった。
「ゴァァァ……」
『そんな…… タツヒト!!』
『待て、だめだ!!』
みんなの恐怖にうわずった声が聞こえる。必死に拘束を解こうとするも、無数の触手に体が締め上げられ、全く身動きができない。
縮み切った触腕はカリバルの胴体と殆ど一体化していて、今や僕の胸から下までが、カリバルの胴体に埋まったような状態だった。
脱出が絶望的な状態で林立した牙が近づき、濃密な死の予感が迫る。このままでは死ぬ。
自分の脳が高速回転し、必死に生き残る方法を探しているのを感じる。
すると僕の脳裏に、爆発する暴食不知魚の映像が浮かんだ。
『--爆炎弾!』
ボッ!!
殆ど思考を経ずに発動したその魔法は、くぐもった衝撃音と共に炸裂した。
「ガッ、ガァァァァァッ!?」
触手による密閉空間内で生じた爆発は、発動させた僕自身の体を大きく損壊させた。
しかしこの絶叫からして、カリバルにも大きなダメージを与えたようだった。
爆風で吹き飛ばされながらなんとかカリバルの方を見ると、胸元の触手群が大きく爆ぜ、肋骨の浮いた人の胴体が露出していた。 --今しかない!
『がはっ…… アスル!』
『……! 分かった!』
吹き飛ぶ僕とすれ違うように、注射器を携えたアスルがカリバルに突進した。
しかし、痛みに悶えていたカリバルがそれに気づき、これまでの戦闘で全く使っていなかった尻尾を振るった。
パキンッ……!
尻尾の先が注射器を破壊し、中の駆虫薬が海中に漏れ出す。
そんな……!? --薬の予備は無い。どうすれば……!?
『まだっ……』
僕が絶望しかける中、しかしアスルは諦めていなかった。
彼女が手をかざすと、漏れ広がった琥珀色の薬液が螺旋状に収束され始めた。
--そうだ、彼女は稀有な実力を持つ水魔法使いだ。液体状の駆虫薬だって、彼女の支配下にある!
『行けっ……!』
静かな気合いと共に射出された琥珀色の螺旋が、カリバルの露出した本体に突き刺さった。
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