第363話 いつもの喧嘩(1)
大変遅くなりました、金曜分ですm(_ _)m
「伏せて!」
反射的にそう叫びながら甲板に這いつくばると、直後に凄まじい爆風が襲ってきた。
ゴォッ!
「……!」
「「うぁぁぁぁっ!?」」
人が百人以上乗り込める大きな船が軋みをあげて揺れ、僕らの後ろに居た島軍や冒険者の人達も爆風に煽られ叫ぶ。
停泊中のため、帆を畳んでいたことが幸いしたようだ。そうでなければ船ごとひっくり返っていたかもしれない。
爆風に続く吹き戻しも耐え切り体を起こすと、円環状に布陣した艦隊の中心部にいたはずの黒い巨体は、みる影もなく粉々になっていた。
爆心地を中心に、固体化した海面上に大小の触手塊が飛び散り、うねうねと蠢いている。
鼻に微かな腐敗臭を感じる。やはり体内に溜まったガスのせいで破裂したんだ。しかしなぜ……? あんだけ大量に食べていたから、消化しきれずに異常発酵でもしたんだろうか?
「お、おい! 海の悪魔が爆発したぞ!?」
「驚かせやがって…… でも、これで討伐完了なんじゃねぇか?」
島軍や冒険者の人達は、悪態を吐きながらも徐々にその表情を明るいものに変えていった。
確かに、討伐対象が粉微塵になってしまったのだから作戦完了だろう。でも……
「本当に、終わったのか……?」
そう僕が呆然と呟くと、ゼルさんがぴくりと猫耳を振るわせて上を振り仰いだ。
「にゃ……? おいおみゃーら! 上だにゃ!」
その声に、全員が弾かれたように空を見上げる。
すると、青空の中に数えきれないほどの大小の黒点が見た。
黒点群は視界の中で徐々に大きくなり、落下音のようなものがいくつも聞こえ始める。
ヒュルルルル……
「あれは…… 暴食不知魚の肉片か!? 爆風で打ち上げられたんだ!」
「ちょっと…… ここへ落ちてきますわよ!? あなた達、避けなさぁい!!」
キアニィさんの声に島軍の人達が避難した直後、上空から一抱え程の肉片が甲板へ落下した。
ドチャッ!
船上の全員がその肉片を注視し、ギョッとした。
それはただの肉片ではなかった。何百体もの支配の黒線虫が絡み合った、触手塊とも言うべき代物だったのだ。
まだ元気にうねうねと蠢いているそいつらは、まるで匂いを嗅ぎ取ったかのように、一斉に頭らしい部分を船上の人間達へと向けた。
背筋に走る凄まじい怖気と嫌な予感。僕は反射的に魔法を放っていた。
『火よ!』
ゴォッ!
手のひらから迸った炎が触手塊を包み、蠢く黒い線虫達を紅蓮に染める。
「「キィィィィッ……!!」」
暫く悶え苦しんでいた線虫達は、火が消える頃には動かぬ消し炭へと変わった。
甲板の上に驚愕からくる沈黙が落ち、プルーナさんがはっとしたように声を上げた。
「これって…… もしかして拘束から抜け出すために……!?」
「え…… 生きる為に自爆したってことですか!? そんなの、矛盾してます…… めちゃくちゃですよ!」
ロスニアさんがそれに反論するけど、僕はプルーナさんの考えが合っているように思えた。
現に、奴を構成していた支配の黒線虫は、大半が生きて拘束から脱出している。
ただ、遺跡の資料によると、奴らは現在の宿主が死亡したり捕食されない限り宿主から離れず、宿主から離れると長時間生存できないよう調整されている。
先ほどの自爆は資料の内容からするとあり得ない行動だけど、生き物としての原初の生存本能が、造られた本能を凌駕したのかもしれない。
「--いずれにせよ、今の状況に対応する必要があります……!
リワナグ様! 皆さんにご指示願います! 戦士型は身体強化を最大化、魔法型や非戦闘員は触手塊に決して近づかないように! すぐに将軍から駆除の指示が来るはずです!」
甲板上に居たリワナグ様にそう伝えると、彼女は大きく頷いてくれた。
「了解した! 皆、聞こえたな!? 分隊、パーティー毎に陣形に注意せよ! そして頭上にも注意だ! まだまだ落下してくるぞ!」
「「はっ!」」
彼女が島軍と冒険者の人達に指示を飛ばした後、上空から次々に触手塊が落下し始めた。
ヒュルルルル…… ドチャッ! ドチャチャッ!
触手塊は船団の包囲内に満遍なく降り注ぎ、他の船からも怒号や悲鳴が響き始めた。
そして触手塊の何割かは、その軌道からして艦隊が形作る円環の外、海水が固形化されていな場所へと落下しようとしている。
それらが全て海の魔物などに寄生してしまった場合、かなりまずまずい状況になる。
しかし、これは想定外の中では想定内の方だ。ここまでダイナミックなのは予想していなかったけど、この場合の動きは決めてある。
『--ティバイ将軍から全軍へ! 対象の拡散を確認、六号作戦へと移行せよ! 現在稼働中の者は虫を包囲内から出さぬよう注力せよ! 休息中の者は包囲外に出た虫を確実に駆除せよ! 寄生されぬよう万全の注意を払え!』
すぐに通信機から指示が聞こえてきた。
六号作戦とは、宿主が何らかの理由で死亡し、大量の支配の黒線虫が拡散し始めた場合に対応したものだ。
宿主を失った支配の黒線虫は数時間ほどで枯死してしまうので、包囲内のものは暫く閉じ込めておくだけで死滅する。問題は、包囲外に出ようとしている奴らだ。
すぐにリワナグ様が指示を飛ばし、戦闘員の半数ほどがこの船の後方に落ちようとしている触手塊の元へ走った。
僕もそれに同行しようと走り出した所で、はたと気づいた。
--そうだ……! この状況への対応に躍起になっていたけど、奴の中にいた彼女はどうなったんだ……!?
慌てて振り返ると、『白の狩人』のみんなが足を止めた僕を不思議そうに見る中、アスルだけが空を見回して何かを探していた。そして。
「--居た……!」
彼女の視線の先には、一際大きく、遠くへ飛んでいく触手塊があった。
目を凝らすと、その触手塊からは見覚えのある三叉槍の穂先が突き出ていた。彼女だ……!
アスルが言葉もなく船から飛び降り、その触手塊の落ちる先に向けて海面を滑っていく。
「みんな、アスルが見つけた! 彼女だ!」
「「……!」」
そう言って触手塊を指差すと、みんなはそれだけで全てを理解してくれたようだった。
僕がアスルの後に続いて船の欄干に向かって走ると、全員が後に続いてくれた。
そして船から飛び降りる直前、ヴァイオレット様が後ろを振り返って叫んだ。
「リワナグ殿! アスルが宿主を発見した! 我々も見届けに行く!」
「--頼む!」
そう応えた彼女の顔には、微かに苦悩の表情が浮かんでいた。
船から飛び降りた僕らは必死にアスルに追いすがり、海水の固形化範囲の際のあたりで、何とか彼女に追いついた。
「アスル待って! みんなで行こう!」
「……! 分かった……! 道を作る」
アスルが前に向かって手を振ると、触手塊の落ちる先に向かって固形化された海水の道ができた。
その上を全速力で走るも間に合わず、触手塊は水柱をあげて海へと落下してしまった。
それに遅れること数十秒、落下地点到達した僕らはすぐに海中へと潜った。
全員で背中合わせになりその姿を探す。すると数十m離れた海底付に、黒い影に纏わりつかれた大きな鮫型の魔物を発見した。
『みんな、あれだ!』
全員でその場に急行すると、すでに鮫型の魔物を半分ほど貪り終えた黒い影がこちらを振り返る。
その姿は異形だった。
鯱の頭と尻尾を持ち、四本の腕と一対の足を生やした筋骨隆々の黒い悪魔。
体長は尻尾も合わせれば5m程もあるだろうか。先ほど魔物を捕食したことで、早くも落下時より体積が少し回復しているようだ。
以前の彼女が感じられるのは、腕の一本に握られた三叉槍だけだった。
その体から放たれている放射光の色は青色。どうやら大量の質量を失って位階が低下したようだけど、それでも強敵であることに変わりは無い。
奴は身体中に生えた真っ赤な眼球の全てをアスルに向けると、鋭い牙の林立した口を裂けんばかりに開いた。
「ガァァァッ!! ズゥゥゥゥッ!! ヴゥゥゥゥーーッ!!!」
『『……!』』
その咆哮に、全員が息を呑んだ。
彼女からはすでに心も言葉も失われているように見えた。だと言うのに、僕には彼女が友の名前を呼んだように聞こえた。
あんな姿になっても、彼女はアスルの事を覚えているのだ。
『--シャム、駆虫薬の注射器を……』
『え…… わ、分かったであります……!』
目の前の彼女にとっての猛毒をシャムから受け取り、アスルがゆっくりと前へ出る。
『アスル…… 何も君が--』
『ありがとう、タツヒト。でも、これだけは譲れない……! みんなは、支援をお願い』
『--分かった。みんな、全員でアスルを援護します! 前衛組はアスルに付いて触腕を防御! 後衛は援護射撃を!』
『『応!』』
アスルを中心とした陣形で距離を詰める僕らに、鯱頭の黒い悪魔が再び咆哮する。
「ガァァァァァッ!!」
「分かってる。これは、いつもの喧嘩。さぁ、始めよう…… --カリバル!!」
アスルが絶叫して応え、二人の最後の戦いが始まった。
お読み頂きありがとうございます。
よければブックマークや評価、いいねなどを頂けますと励みになります。
また、誤字報告も大変助かります。
【月〜金曜日の19時以降に投稿予定】
※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。




