第361話 暴食不知魚(3)
大変遅くなりました。水曜分ですm(_ _)m
『--ティバイ将軍から全軍へ伝達! 作戦を第二段階へ移行! 迎撃と、魔法を中心とした攻撃に移れ!』
通信機が作戦が次の段階に移った事を告げた。
ヴァイオレット様とキアニィさん、そして僕の前衛三人は、頷きあってアスルの前に出た。
数百mは離れているというのに、暴食不知魚の巨体から伸びた黒い触手群は、すでに間近まで迫っていた。
「よくやりましたわぁ、アスル!」
「露払いは私達に任せよ! はぁっ!」
ザガンッ!
最初にこちらに到達した一抱えほどの触腕が、ヴァイオレット様の斧槍の一撃で弾き飛ばされる。
紫宝級故の強力な身体強化のせいか両断には至らない。しかし、極太の触腕を構成する触手の何本かが千切れ飛んだ。
僕とキアニィさんも彼女の後に続き、船に襲いかかってくる後続の触手群を切り払い、弾き飛ばす。
そんな僕らの一挙手一投足を、触手に生えた数えきれないほどの赤い眼球群が追従する。 --相変わらず不気味だ……!
「くっ…… 流石に多い!」
後続の触手が次々に船に到達し、横殴りの黒い豪雨のような様相を呈し始めた。
こうなってくると、アスルとロスニアさんは守れるけど、船全体を僕ら三人だけで守るのは流石に無理だ。
「『白の狩人』だけに働かせるな! ラケロン島の勇士達よ、その力を示せ!」
「「おぉぉぉぉっ!!」」
しかし、この船の戦闘員は何も僕らだけじゃない。ラケロン島軍の精鋭や冒険者も乗り込んでいるのだ。
自ら陣頭指揮に立つリワナグ様の鼓舞に、彼女達は鬨の声を上げて触手群の対応に当たり始めた。
一番攻撃の激しい船の正面は僕ら、それ以外を彼女達が担当してくれることで、船はなんとか無事に済んでいる。
さらに風魔法使いの助力の元、弓士が放った矢が、土魔法使いが飛ばした岩塊が、数百m先の暴食不知魚に向けて放たれ始めた。
円環状に布陣したおよそ千隻の船も次々に攻撃を開始し、その全方位からの攻撃が、円の中心で踠く黒い巨体に突き刺さる。
ドドドドッ……!
「ヴォォォォッ!!」
空間を揺るがすような着弾音と巨獣の絶叫。本体に生じた危機に、こちらをせめる触手群の攻勢も緩くなる。
「うまく、行っているようですね…… あ、アスルちゃんそのまま。何ヶ所か怪我してしまっています。今治しますね」
「え……? ありがとう、ロスニア。 --夢中で気づかなかった」
「怪我……!? アスル、大丈夫!?」
後ろを振り返ると、両手を掲げて水魔法を行使したままのアスルに、ロスニアさんが神聖魔法で治療を施していた。
幸い重症では無いみたいだけど、よく見るとアスルの体には裂傷や打撲が何ヶ所もできていた。
--暴食不知魚をこの海域へ誘導するための囮役は、能力、モチベーション、そして予想される奴の執着度合いからして、彼女が最も適任だった。
でも、こうしてボロボロになっている幼い彼女を見ると、なんとも申し訳なく、情けない気持ちになってくる。
「タツヒト、大丈夫。痛みは殆ど無い」
「--今はそうかもしれませんが、落ち着いた瞬間に反動がきます。戦場の興奮状態ではよくある事です。
長丁場なんですから、少しでも違和感があったら言ってくださいね?」
「う、うん……」
強がるアスルを、ロスニアさんは少し悲しげに嗜めた。
「タツヒト、次が来るぞ!」
「……! はい!」
ヴァイオレット様の声に前に向き直ると、痛みに悶えるようにしていた触手群が、再び船に向かって殺到し始めていた。
触手を切り飛ばしながら暴食不知魚の方を見ると、痛みに悶えながらも戦意が挫けた様子は全く無かった。
船団が放つ魔法や矢の雨のダメージは、あの巨体に対しては微々たるものらしい。
でも、これでいい。
ロスニアさんが言った通り、作戦の第二段階はおそらく相当な長丁場になる。
僕らがやっているのは、実は変則的な兵糧攻めなのだ。
四カ国首脳部に招聘された時、僕らは支配の黒線虫に関する経験や知識を元に、この討伐作戦を献策した。
どうやら支配の黒線虫の宿主は、かなり燃費の悪い生物に変貌させられてしまうらしい。
黒妖巨犬、寄生されて間もないカリバル、そして暴食不知魚。
三者に共通するのはその凄まじい貪食具合だ。常に食べていないと、あの巨体、大量の触手群を維持することが出来ないのだ。
そして遺跡の資料によると、飢餓状態に陥った触手群は自分達を消費し始め、どんどん数を減らしていく。
この自食作用により触手群の体積は減少してき、今の暴食不知魚の巨体も、一ヶ月ほどでほぼ消滅する計算だ。
さらに今は、食料供給を絶った状態で拘束しているのに加え、襲いくる触手を切り飛ばし、魔法と矢で攻撃まで行っている。その時は、計算より早い段階で訪れるだろう。
戦士型を全面に出して積極的に攻めた場合、もっと早く決着がつく可能性もある。
しかし、その、場合によっては奴に栄養補給の機会を与える事になってしまうかも知れない。
少し安全に振りすぎな作戦に思えるけど、やはりこれでいいのだ。
「ヴォォォォッ!!」
暴食不知魚が本日何度目かの咆哮を上げた。
すると突然、奴の体が無数の触手にばらけ、固体化した海水の拘束からするりと抜け出してしまった。
やはり使ってきたか……! けど、それは一度見ている!
「タツヒト!」
後ろから掛かるアスルの声に、僕は即座に反応した。
「了解! 『爆炎弾!』」
--ドォンッ!
上空に打ち上げた大きな火球は、強烈な音と光を発して爆発した。
するとその三秒後、固体化していた海水が突然の液体に戻った。
ドザァンッ!!
不定形の黒い巨体が、大波を生み出しながら海に落下した。
アスル達水魔法使いが、海水の固体化を解除したのだ。
一瞬混乱したような様子を見せた暴食不知魚は、海中で再び黒い鯨の形態に戻った。
このままでは船団は奴の巨体に蹂躙されてしまうけど、当然そんなことはさせない。
海水の固定化解除からさらに三秒後、周囲から魔法の気配が立ち上る。
『『凍れる時の海!』』
アスルを筆頭とした水魔法使い達の重合魔法が再び発動。瞬時に固体化した海に、黒い巨体はまたもやガッチリと拘束されてしまった。
「ヴォッ…… ヴォォォォッ!!」
苛立ったように咆哮を上げる奴に、キアニィさんが感心したように呟く。
「あらお上手。これなら黒妖巨犬の時より楽かも知れませんわぁ」
「同感です。奴の触手群形態も不定形ですけど、水だってそうですからね」
黒妖巨犬の時は土魔法で拘束を試みて失敗した。しかし、この海上という条件であれば再拘束は容易なのだ。相手の方から嵌まり込んでくれるからね。
奴は再び触手群による攻撃を始めたけれど、僕らは先ほどと同じようにそれらを捌き、魔法と矢による攻撃も継続した。
僕らは、奴が自食作用によって消滅するまでこの流れを繰り返せばいい。
持久戦を見越し、きちんと三交代制でシフトも組まれていてる。今の所全てが順調だ。
--暴食不知魚の中の彼女を助ける手段は、結局見つからなかった。
だからこのまま何事もなく、アスルが直接手を下さない形で奴が消滅してくれるのが一番いい。そのはずだなのだ……
お読み頂きありがとうございます。
よければブックマークや評価、いいねなどを頂けますと励みになります。
また、誤字報告も大変助かります。
【月〜金曜日の19時以降に投稿予定】
※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。




