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亜人の王 〜異世界転移した僕が平和なもんむすハーレムを勝ち取るまで〜  作者: 藤枝止木
15章 深き群青に潜むもの

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第360話 暴食不知魚(2)

ちょっと長めです。


 暴食不知魚(イアルダゴルス)の姿はまだ豆粒ほどにしか見えない。にも関わらず、背筋が寒くなるような異様な気配が伝わってくる。

 情報通り奴の位階は紫宝級に達しているみたいだ。僕も位階が上がるのが速いと言われてきたけど、流石にこれは異常だ。

 それとも、それだけ多くの魔物や、人を殺めてしまったのか……

 

「--あの速度でしたら、予定通り少し様子を探る時間がありそうですわねぇ。では、ちょっと行ってきますわぁ」


 声に振り返ると、いつの間に登ったのか、キアニィさんが船の欄干に立って奴を見据えていた。まるで散歩に行くかのような気軽さだ。


「はい、お気をつけて…… 危なくなったら、途中でもなんでもすぐに帰ってきてくださいね」


「ふふっ、わかっていますわぁ。それでは」


 そう言って僕らに微笑んだ彼女は、綺麗なフォームで欄干から海へ飛び込んだ。

 そして殆ど水音を立てずに着水すると、静かに、しかし高速で黒い巨体に向かって泳いでいく。

 それを見届け、僕は耳にはめた短距離通信魔導具に語りかけた。


『『白の狩人』よりティバイ将軍へ伝達。予定通り偵察を開始。そのまま待機されたし』


『--了解、伝達する。『白の狩人』よりティバイ将軍へ--』


 近場に停泊している別の船の人が通信を復唱してくれた。これをなん度も繰り返すことで、僕の伝言が目的の人まで伝わっていく仕組みだ。

 邪神討伐作戦でもやっていた、短距離通信魔導具で大規模集団全体に情報共有するための手法である。

 ちなみにティバイ将軍とはこの四カ国連合艦隊の総大将で、屈強な蛸人族(たこじんぞく)の武人だ。

 厳しい見た目に反して結構柔軟な方で、余所者の僕らの言葉をよく聞いてくれた。


「ふぅ…… まずは、キアニィさんが戻るまで待ちですね」 


「うむ。しかしあの巨体…… 元が彼女とは信じ難いな。その使い道の邪悪さは別として、古代の技術には驚嘆させられる」


「本当ですね。シャムちゃんのような良い子も創れるのに、一体何故…… キアニィさん、どうかご無事で」


 みんなと言葉を交わしながらキアニィさんの帰りを待つ。現場の緊張感は高まる中、海は対照的に穏やかで小さな波音が聞こえるくらいだ。

 すると十数分後。歩くほどの鈍足で進む黒い巨体がほんの少し大きく見え始めた頃、間近から突然声がした。


「ふぅ、戻りましたわぁ」


「ぉわっ……!? お、お帰りなさい。真隣で静心(せいしん)を解かないで下さいよ…… でも、怪我もなさそうで良かったです」


 慌てて飛び退くと、いつの間に海から戻ったのだろう、僕の隣に水を滴らせたキアニィさんが居た。

 特殊な身体強化の技である静心(せいしん)は、この世界から居なくなったかの如く、完璧以上に気配を消すことができる。

 彼女はそれにより、無数の視覚と触覚を持つ暴食不知魚(イアルダゴルス)にも気取られる事なく偵察を完遂したのだ。

 ロスニアさんが差し出したタオルで体を拭くキアニィさんに、アスルが緊張の面持ちで尋ねる。


「キアニィ。カリ-- 暴食不知魚(イアルダゴルス)の様子は?」


「情報よりさらに大型化していましたわぁ。全長は150メティモルを超えていますわね。当然、その、外からは本体の様子は確認できませんでしたわぁ……」


「そう……」


「--それ以外は殆ど事前情報通り、鯨のような姿をした黒い触手の塊ですわね。近くを通る魚や魔物を触手で捕まえてつまみ食いしながら、ゆっくりと、ですがまっすぐにこちらに向かっている…… あの巨体、やはり相当お腹が減るようですわね。

 話に聞いた長距離射程の触手は、何本もの触手を束ねて実現している様子でしたわ。同時に出せるのは十数本から数十本がせいぜいでしょうね。

 あ、あと、触手を触ってみた感じ、やはり黒妖巨犬(バーゲスト)と同じ感触でしたわぁ。あのわんちゃん同様、タツヒト君の電撃は効かないでしょうね……」


「え…… 触ったんですか!? あ、危ないですよ!」


「うふふ、でも気づかれませんでしたわよ?」


「そ、そうですか…… でも、大きさ以外は予想通りですね。早速報告します」


 キアニィさんの偵察結果をティバル将軍宛に報告すると、すぐに作戦を次の段階、暴食不知魚(イアルダゴルス)の誘引に移るよう指示が下った。


「アスル、行けるかい?」


「うん。行ってくる……!」


 今度はアスルが船から飛び降り、水魔法によって水面を滑るように移動し始めた。

 高速で暴食不知魚(イアルダゴルス)に接近した彼女は、一分ほどで感知範囲に入ったらしい。

 奴は数え切れないほどの触手がもたげ、それらに生えた無数の目をアスルに向けた。

 すると、巨体がびくりと大きく震えて触手群が硬直した。そして次の瞬間。


「--ヴォォォォォッ!!」


 奴は冗談のように大きな口を開け、海全体を震わせるかのような凄まじい咆哮を上げた。

 さらに方向転換して逃げるアスルへ向け、巨体を急加速させながら追い縋る。

 アスルを目にした途端にこの激烈な反応…… 間違いなく、彼女はあの中にいるのだ。


『『白の狩人』よりティバイ将軍へ伝達! 誘引成功! しかし速度が想定より速い!』


 急いで報告をあげると、すぐに指示が返ってきた。奴の進路を塞ぐようにラケロン島の前に布陣していた艦隊、僕らが乗っている船も含めた数百隻が、一斉に移動を始めた。

 アスルが触手を迎撃したり掻い潜りながら海上を高速で蛇行し、暴食不知魚(イアルダゴルス)がそれに追いすがり、さらにそれを僕らが追う。

 そうする内、アスルの進行方向にいくつもの船影が見え始めた。船影の数はこちらの艦隊と同数程度で、巨大な半円の陣形に布陣している。今回の共同討伐作戦の別動隊だ。

 

 アスルはそのまま半円の中に侵入すると、その中で暴食不知魚(イアルダゴルス)から逃げ回り始めた。

 そうして彼女が時間稼ぎしてくれている間、僕らの船団も別動隊に合流して配置につく。

 配置が完了すると、船団が形作る半円は円環となり、千に届く船が奴を完全に包囲した。

 

『--ティバイ将軍より『白の狩人』へ伝達! 包囲完了! 信号弾上げ!』


 通信機から指示が下るのとほぼ同時、僕は空へ向けて魔法を放った。 


爆炎弾エクスフラム・ブレット!』


 --ドンッ!


 円環の中に轟音が轟く。すると逃げ回っていたアスルが進路を変え、僕らの船へと向けて急加速した。

 

 ザァァァァッ!!


 白波を上げて迫り来る暴食不知魚(イアルダゴルス)を徐々に引き離し、アスルが海から飛び上がった。

 甲板に向けて飛んでくる彼女を、僕は慌てて抱き止めた。


「はっ、はっ、はっ……!」


 腕の中で苦しそうに息を切らす彼女を見て歯噛みする。できればすぐにでも休ませたい。しかし、ここから先も彼女の力が不可欠なのだ。


「アスルごめん……! もう一踏ん張りだ!」


「わかって、いる……!」


 アスルはふらつきながらも僕から離れると、自分に追い縋ってくる暴食不知魚(イアルダゴルス)を振り返った。


 艦隊が取り囲み、奴が閉じ込められているこの海域は、少し特殊な海底の構造をしている。

 水深が浅めで、海底に砂地が少なく、複雑な形状の岩礁が多くみられる場所なのだ。

 座礁のリスクを避けるため、普段は大型船がこの海域に近寄ることは無いのだけれど、今回の作戦ではかなり有用な地形だった。


 「ヴォォォォッ!!」


 咆哮と共に凄まじい質量と速度で迫り来る黒い巨体。アスルはそれに怯む事なく両手を掲げた。

 そして詠唱の開始と同時に、その体から強烈な緑色の放射光が放たれ始めた。魔法の気配もいつもよりさらに強力に感じられる。

 その理由は、彼女の首にかかっている重そうなネックレスにある。

 彼女が普段巫女として身につけていた『海神の牙』には、水魔法を増幅する力があった。

 しかし今その首にかかっているのは、十数本の牙を連ねた『海神の(あぎと)』とも呼べる代物だった。

 島の危機に際してラケロン島の海神の祠を暴き、納められていた歴代の巫女の牙を借用したのである。


 アスルの詠唱開始から少し遅れて、さらにそこらじゅうから魔法の気配が立ち昇り始めた。

 暴食不知魚(イアルダゴルス)を取り囲む千の船。それらに乗船した、四カ国中からかき集めた水魔法の使い手達も魔法を唱え始めたのだ。

 高まる魔法の気配が円環の内に満ち、臨界を超えた時、その魔法は発動した。


『『--凍れる時の海(マーレ・スタグナ)!』』


 アスルを中心に数千人規模の重合魔法が発動し、同時に海域全体が凄まじい衝撃に襲われる。


 --ズズンッ!!


「くぅ……!?」


「掴まって!」


 甲板から投げ出されそうになるアスルを支えながら、激しい横揺れに耐える。

 数秒ほどすると揺れはどんどん小さくなり、あたりは異様なほど静まり返った。


「収まったか…… 奴は!?」


「あそこですわぁ!」


 ヴァイオレット様とキアニィさんの視線を辿ると、船団が形作る円環の中央付近、そこに暴食不知魚(イアルダゴルス)はいた。

 凄まじい運動エネルギーを持って迫っていた黒い巨体。それが嘘のように静止し、苦しげに踠くだけでその場から動けないでいる。

 さらに周囲に目を走らせると、穏やかに波打っていた海面は、透明な剣山の荒野のような様相で静止している。

 今や円環の内の海水はただの液体ではなく、奴を拘束する途方もない重量の枷へと変貌していた。


「やった…… 大成功だよアスル!」


 以前遭遇した紫宝級の水竜(アクア・ドラゴン)大渦竜(レヴィアタン)の魔法。それを真似た、周囲に満ちる海水を凍らせずに固体化してしまう荒技である。

 もちろん、あの竜のように見渡す限り全ての海を静止させるなんてことは不可能だ。

 しかしこの海域は水深が浅く、その海底は複雑で岩礁地帯になっている。

 船団が形成する円環の内海だけを固め、奴の突進を止めた際に生じる衝撃を頑丈な海底で受ける…… 中々に無茶な作戦だったけど、アスル達はそれをやってのけたのだ。


「うん……! でも、まだ第一段階。本番は、ここから……!」


 アスルは、疲労を滲ませながらも暴食不知魚(イアルダゴルス)から視線を外さなかった。

 彼女の言葉を待っていたかのように、奴が固体化した海から抜け出そうと踠くのをやめた。

 そして次の瞬間、海面から露出した奴の背面から幾本もの触手が伸び、船団全体に襲いかかった。


お読み頂きありがとうございます。

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【月〜金曜日の19時以降に投稿予定】


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