第036話 充実した休日の過ごし方(3)
沼地から噴き上がった水流から咄嗟に横に身を交わす。
ジャァァァッ!
地面に転がり落ちる瞬間、僕が座っていた岩と食べかけのサンドイッチが両断される様子が視界の端に見えた。
ゴドドンッ!
……ザァァァァァ
すぐさま起き上がって構える頃には、両断された岩が倒れ、噴き上げられた水が雨のように降ってきていた。
「や、やってくれるじゃん。くそぅ、まだ半分くらいしか食べてなかったのに……!」
精一杯の強がりを呟くと、大蛇が音もなく水面から首をもたげた。
爬虫類特有の無機質な目がこちらを見据え、口先からチロチロと舌が出入りしている。
魔物の顔は見分けがつかないけど、多分あいつだ。
2週間前、あいつとはここよりもっと森の深い領域で遭遇した。
蛇なのに手足のように水を操り、高圧水流で周囲のあらゆるものを切断する強力な水魔法を使う。
胴回りは一抱えほどあり、全長は10m程、体の大部分が頑丈な鱗に覆われているため、攻守ともに優れた強力な魔物だ。
冒険者のみんなに聞いたところ種族名はアクアングゥイス、討伐推奨等級は黄金級から緑鋼級という化け物だった。
当時イケイケだった僕は、連射される高圧水流をなんとか掻い潜ってやつに肉薄し、槍の一撃を叩き込むことに成功した。
でも、頑丈な鱗に阻まれまともなダメージを与えられず、近接用の拡散ブレスのような技を喰らって死にかけたのだ。
その時は、そんな化け物がいるような深度まで一人で行くなと、みんなにめちゃくちゃ怒られた。
なので今日はそこまで深くないこの辺で修行しようと思っていたのに、なんでここにいるんだよ……
アクアングゥイスが沼の水を使い放題な今の状況は、僕にとって不利以外の何者でもない。
悔しいけどここは撤退すべきだ。幸い奴は高圧水流を放つ前に溜めが必要なので、打った直後の今なら逃げ切れるはず。
そう即決して後ろを振り返って愕然とした。
水の壁。
いつの間にか、沼と僕をぐるりと内側に囲むように水の壁が出来ていた。
壁から高圧水流が放たれる様子はないけど、水魔法の使い手が操っている水に触れるなんて怖くてできない。
おそらく、僕が奴の視線に反応しつつも「気のせいかしら?」とか思っていた僅かな時間。
その間に沼の水を回り込ませ、今の状況を作り出したのだろう。
素で強い上に頭もいいのやめてもらえませんかね……
「今度は逃さないってことか…… いいさ、僕も腹を括るよ。皮剥いで財布にしてやる!」
僕はアクアングゥイスに向き直った。
シュォォォォ…… ジャッ!
アクアングゥイスの口元に水が集まり、細く鋭い高圧水流が僕めがけて殺到する。
「あぶなっ!」
顔の辺りを狙って放たれたそれを、身を屈めて回避する。
身を屈めたことで浮き上がった髪の毛が、水流に切断されて数本舞った。
ジャッ! ジャジャッ!
立て続けに放たれる高圧水流をなんとかギリギリ全て回避する。
打つ直前に予備動作があるため、弾丸のような勢いの水流の経路を予測すればなんとか回避が間に合うのだ。
問題は。
ジャァァァッ!
「くぅっ!?」
この高圧水流の薙ぎ払いだ。
大きく飛び退くと、僕が立っていた辺りの地面に深々と線が刻まれた。
前回は単発だと思ってギリギリで避けたら、避けた方向に射線が追ってき死ぬかと思った。
こちらも、奴は薙ぎ払い方向の反対側に一旦首を振るのでなんとか避けられる。
「でもこのままだと永遠に勝てないんだよね……」
そう。攻撃は避けられるけど、近づくいても攻撃が通らないし、遠距離から槍を投擲してもおそらく刺さらないし失敗したら丸腰だ。
槍を新調したのに途端にそれが通じない魔物が現れるのなんなの?
さてどうしようか。
魔法を操る人や魔物は、魔法を使いづづけると必ず魔力切れを起こす。
村のベテラン冒険者、イネスさんも強い魔法を使った後は息切れを起こして辛そうにしていた。
このまま遠距離で避け続けて魔力切れを狙い、そして接近戦で同じ箇所を攻撃し続けて鱗を破壊し、肉を断つ。
後半はさっきあった針の生えた熊、スピノルスにとどめを刺した時と同じ方法だ。
よし方針は決まった。
そう思ってなんとなく後ろの水壁をちらりと見た後、即座に二度見する。
げっ、水の壁が徐々に迫ってきている!?
水の壁は形が不定形なので気づかなかったけど、さっきより明らかに僕を取り囲む円の直径が小さくなっている。
悠長に魔力切れを狙うことは許さないつもりか。本当にやりづらい相手だ。
……あれをやるか?
もしものことを考えて準備だけはして、でも無謀すぎると思っていたあの戦法を。
でも他に活路が見出せない。だったら、やるしか無いよね……!
「ジィィィィィィ」
僕が覚悟を決めた瞬間に何かを感じ取ったのか、アクアングゥイスが巨体に似合った重厚感のある威嚇音を上げた。
そして僕の胴体辺りを狙った横なぎの高圧水流を放つ。
シュォォォォ…… ジャァァァッ!!
体を限界まで倒して水流を回避し、薙ぎ払いの後の技後硬直を狙ってアクアングゥイスに突進する。
しかし、僕が奴の元に辿り着く一瞬前、奴の口元にブレスを打つのに十分な水量が溜まってしまった。
シュォォォォ……
「……オォォッ!!」
僕はそれに構わず雄叫びを上げ、奴に肉薄した。
ッドバン!!
至近距離で放たれた拡散ブレスが僕に炸裂した。
高波が岩肌にぶつかるような、あるいは何かが爆発するような凄まじい音と衝撃に、数メートル吹き飛ばされた。
拡散ブレスによる水煙が晴れた頃、僕は血を吐いた状態でぴくりとも動かずに横たわっていた。
薄く開いた視界の端に、こちらの様子を伺う大蛇の姿が見えた。
奴はしばらく様子を見ていたけれど、倒したと確信したのか、倒れている僕に這いずりよった。
そして鎌首をもたげ、僕を簡単に丸呑みにできるくらい大きくその口を開けた。
その瞬間を待っていた。
僕は一瞬の内に起き上がり、渾身の力を込めて口の中の槍を突き込んだ。
「っぜあ!!」
グジュッ……!
やはり体内は鱗ほどの強度はなかったのか、やりはそれほど抵抗なく深々と突き刺さった。
頭蓋骨を貫き破り、その向こうの柔組織を破壊した感触がした。
「ジッ……ジィィィィィィッ!!」
次の瞬間、凄まじい勢いで振るわれた尻尾に、僕は槍を抜くことも叶わずに地面を転がって避けた。
アクアングゥイスはメチャクチャにとぐろを巻きながら、出鱈目な方向に高圧水流を放ち続けている。
これはやばい。
見ると周囲を囲う水の壁は崩れ、ただの水たまりになっていた。
「ジィィッ!!」
ジャッ! ジャジャッ!
僕は急いで木陰に走って身をふせ、奴が力尽きるのを待った。
体感で一分ほど経った頃、周囲の木は大部分が切り倒され、随分見通しが良くなっていた。
地面にも幾本もの抉れた跡があった。
その中心部で、巨人がめちゃめちゃに片結びしたかのようなすさまじい状態で奴は絶命していた。
「ゴホッゴホッ、ふぅぅぅぅ……」
僕は吐血と安堵の吐息を吐いた後、ブレスを受けて一発でボロボロになってしまったマントを脱ぎ捨てた。
体の方は表面的には無事だけど、衝撃までは殺しきれなかったせいで若干内臓がやられている気がする。
拡散ブレスを受ける瞬間僕は羽織っていたマントを体の前にかざし、簡易的な防壁にしたのだ。
そしてその後は死んだふりをして、相手が大口を開けてかぶりつこうとする瞬間を待った。
撃たれたのが高圧水流のブレスだったら今頃死んでたけど、読みが当たってよかった。
前回拡散ブレスを受けた時は、その時着ていた革鎧を貫通して身体中に裂傷ができた。
今回はそれよりも頑丈だという触れ込みの、高価な竜皮のマントを念の為用意していたのだ。
まさか使うことになるとは思わなかったけど、準備しておいて本当に良かった。
「勝った…… けど、二度とやるかこんな戦法」
お読み頂きありがとうございました。
気に入って頂けましたら是非「ブックマーク」をお願い致します!
また、画面下の「☆☆☆☆☆」から評価を頂けますと大変励みになりますm(_ _)m
【日月火木金の19時以降に投稿予定】
※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。




