第358話 救援要請
めちゃくちゃ遅くなってしまいました。金曜分ですm(_ _)m
ちょっと長めです。
可能な限りの捜査を終えた僕らは、黒い遺跡を後にして上で待ってくれていたヴァイオレット様やイカワラ達と合流した。
その場で簡単に調査結果を共有すると、みんな落胆を隠しきれない様子だった。
しかし、ここで止まっている暇はこの場の誰にも無い。イカワラ達はカリバルの件を知らせに本国へと戻り、僕らもすぐにラケロン島へと引き返した。
そして僕らの報告を聞いたリワナグ様も、僕ら同様に眉間に皺を寄せてしまった。
「支配の黒線虫、そのような物が…… お前達、よく調べてくれた。しかし現状、カリバル殿を救う手立ても、止める手段も分からない訳か。
--アスル。今お前の心は千々に乱れてるだろうが、気をしっかり持て。お前は、島主である俺の娘だ。もしもの時は、心を殺して人々のための選択をせねばならない」
「……! わかっている、母……」
リワナグ様の厳しい言葉に俯くアスル。そして彼女の手を、僕に先んじてシャムが取った。
「アスル! シャムがきっと、カリバルを助ける手がかりを見つけて見せるであります!」
「ぼ、僕も手伝います! 調べたり分析するのは得意なんです!」
「シャム、プルーナ……! ありがとう。私は、私にできることを…… カリバルの捜索をする……!」
二人の言葉に奮起したアスルと一緒に、僕らはラケロン島近海でカリバルが居そうな所の捜索を始めた。
本人達の宣言通り、その間シャムとプルーナさんは島にお留守番だ。彼女達には、黒い海底遺跡から持ち帰った暗号化ファイルの解読と、資料の分析等に集中してもらった。
すでにラケロン島軍は周辺海域の捜索を始めており、プギタ島軍も協力してくれているそうだ。
彼女達が網羅することが難しい、強めの魔物が分布している海域については、僕らが率先して担当させてもらった。
しかしみんなの尽力も虚しく、成果の出ないまま捜索開始から数日が経ってしまった。
そんな頃、僕はシャムとプルーナさんの二人から訪問を受けた。場所は領主の館の僕に宛てがわれた部屋、時間は深夜、部屋には三人きりだ。
二人の深刻そうな表情とシチュエーションに、胃のあたりがひやりとするのを感じる。
「--支配の黒線虫について、何か、分かったの……?」
話があると部屋に入ったきり口を噤んでいるいる二人に、僕は恐る恐る尋ねた。
すると二人は伏目がちに目配せしてから小さく頷き、躊躇いながら口を開いた。
「はいであります…… いくつかの有益な情報が判明したでありますが、その中の一つについて、シャム達ではアスルに公開して良いか判断できなかったであります……」
「それで、まずタツヒトさんに相談しようって…… すみません、タツヒトさんも捜索で疲れているのに」
「そうかい…… ありがとう。でも疲れているのはお互い様だから、気にしないでよ。
それで、その…… アスルには言いにくい情報って……?」
「--当該寄生生物の駆除方法が判明したであります。宿主本体にある種の薬液を規定量投与すれば、薬液に含まれる成分に暴露された当該寄生生物は数秒で活動を停止、数分後には死滅とのことであります。
またその薬液、駆虫薬についても製造の目処が立っているであります。少し時間はかかるでありますが……」
「え…… や、やったじゃない! すごい成果だよ! これでカリバルも--」
一瞬喜んで椅子から立ち上がってしまったけど、それだけならこの二人の表情は説明できない。僕は口を閉じて二人に先を促した。
「はい。この情報には続きがありました…… 支配の黒線虫に寄生された宿主は、線虫の都合の良いように体を作り替えられてしまうんです。
--すでに重要臓器と等しくなった線虫が死滅すれば、宿主も例外なく死亡した。改変後の肉体が基準になってしまうので、治癒魔法も効果が見られなかった。
遺跡から持ち帰った資料は全て解読しましたが、これを覆す情報は得られませんでした……」
「……! そう……」
プルーナさんの言葉に、僕は崩れ落ちるように椅子に腰を下ろした。まるで、為す術もなく底なし沼に引き摺り込まれるような無力感を感じる。
カリバルを助けるための唯一の希望が、絶望に変わった瞬間だった。
「--二人とも、相談してくれてありがとう。確かにこれは、重すぎるね……」
「はいであります…… タ、タツヒト…… アスルに、この情報を教えるでありますか……?」
「それは……」
泣きそうな表情のシャムから問われ、僕は直ぐに答えを出すことができなかった。
翌朝。僕らはラケロン島の港に集まり、シャム、ゼルさん、プルーナさんの三人の見送りに来ていた。
「そんじゃ、行ってくるにゃ。にゃるべく早く戻ってくるにゃよ」
プルーナさんを背負い、前にシャムを抱え、さらに手に荷物まで持っているというのに、ゼルさんは全く重そうな様子を見せずそう言った。
「ええ、よろしくお願いします。しかし軽躯ですか…… キアニィさんの静心といい、本当にすごい技ですね」
「うむ、全くだ。だが、何も隠れて特訓せずともよかっただろうに」
「うふふ。ヴァイオレットのお言葉は尤もですけれど、みんなを驚かせたかったんですの。でも、今はそうも言っていられませんから……」
「だにゃ。にゃはは」
ゼルさんの軽躯は自身や触れている物の重量を軽量化できるとんでもスキルで、キアニィさんの静心は気配を完璧以上に断つ絶技だ。どちらも二人の戦闘スタイルに合致しすぎてて相乗効果が凄すぎる。
それらを秘密裏に習得していた彼女達だけど、急ぎシャムとプルーナさんを遠方に送らなければならない状況となり、こうして情報開示に踏み切ってくれた。
順を追って話すと、まず僕はアスルに、駆虫薬の件を全て話した。
最後にカリバルを見た時、彼女は短期間ですでに強力な力を身につけていた。あれから一週間以上経過した今、もう僕らの手に負えない存在に変貌していても全く不思議ではない。
通常の手段では止められない。そんな状況に備え、できる準備はしておくべきなのだ。
そしてその準備を行なう事を、アスルにだけは秘密にしておけなかった。
彼女は立て続けの凶報に暫し呆然としていたけど、気丈にも駆虫薬の製造に納得してくれた。
それで、薬を製造するにあたってまず問題となったのは、材料の入手だ。
調べてみると、その材料が自生している一番近い場所は、プギタ島の内陸部、高地の森林だということがわかった。
さらに製造には、遠方であるそこへシャムとプルーナが向かう必要があった。そこで手を挙げてくれたのがゼルさんだったという訳だ。
軽躯によって自身とシャム達までもを軽量化させれば、彼女は海の上ですらその俊足を発揮できるという。物流に革命が起きてしまうぞ、これ。
「それじゃぁアスル。行ってくるであります……」
「向こうでも、他に方法が無いか考えてみます。だから、その、ええと……」
「大丈夫、分かってる…… 三人とも、気をつけて」
お子様組が少し気まずげに別れの挨拶を終えた後、ゼルさんは僕らにひょいと手を挙げてから、同じような気軽さで海に飛び降りた。
「にゃっ、と!」
シュパッ、パパパパ--
そして軽快な音と共に高速で水面を蹴り始め、ほんの数分で水平線の向こう側、プギタ島の方向へと走り去ってしまった。
は、はぇー…… 目の前で起きたことなのに、いまいち現実味が光景だ。人間て、右足が沈む前に左足を出せば、本当に水の上を走れるんだ……
まるで世界のバグを見つけてしまったかのような気分だ。
「あの、アスルちゃん…… すみません、私の修行不足です。私の知識がもう少し深ければ、或いは……」
水平線の方向から声のした方を振り向くと、ロスニアさんが本当にすまなそうな表情をアスルに見せていた。
神聖魔法でカリバルの症状を治療できないか。この疑問にはすでに答えた出てしまっている。おそらく無理なのだ。
遺跡から回収された資料でも否定されていたし、あれほど宿主と寄生生物が一体化した状態では、寄生生物だけを選択的に駆除する事は神聖魔法でも不可能らしい。
「ロスニア、謝らないで。神聖魔法にも、限界はある…… でも何か…… 何か方法があるはず……」
アスルの表情は暗い。しかし、その目はまだ力を失っていないし、僕だって可能性を諦めた訳じゃない。
「うん、探そう。本人の捜索と並行しながらで大変だけど、魔導士組合や街の古老の人、図書館…… 調べてない所はまだ沢山あるよ。
カリバルが元に戻ったら、あの子に文句を言ってやらないとね。助けるのにえらい苦労したんだぞってさ」
「--ふふっ。うん、いっぱい文句を言う。それで、いっぱい殴る」
「な、殴るのはやめとこうか……」
ほんの少しだけ元気を出してくれたアスルにホッとしながら、僕らは港を後にした。
けれど、またさらに数日が無情に過ぎた。カリバルが姿を消してからすでに二週間が経過してしまった。
彼女の姿は依然として見つからないし、彼女を助ける方法についてもまだ見つからない。
そんな、みんなの中で焦燥感が高まり始めていた時、僕らは火急の用だとリワナグ様の執務室に呼び出された。
「来たか……」
入室した僕らを待っていたのは、最近見慣れてしまった険しい表情のリワナグ様だった。
「母! カリバルが、見つかったの……!?」
「残念ながら、な……」
「え……?」
アスル同様、僕らもの頭上にも疑問符が浮かぶ。残念ながら……? リワナグ様はそれに構わず続きを話し始めた。
「--我が国の南に位置する隣国、魚人族の国から救援要請が届いた。
曰く、外海から巨大な黒い鯨のような魔物が現れた。その魔物は数多の黒い触腕を操り、周囲の動くもの全てを貪食、対応に出た多数の高位冒険者や軍人も犠牲になったと。
すでに同国の沿岸部では、民間人にも数千人規模の犠牲者が出ているという情報も届いている」
「「……!」」
僕ら全員に緊張が走る。端的に伝えられたその特徴は、明らかに今所在がわからない彼女のものに合致していた。
そして、事態はすでに取り返しのつかない所まで進行していた事を知り、愕然とする。
「魚人族の国がその魔物につけた名前は、暴食不知魚。
同国は我らハルリカ連邦を含む周辺国に対し、この厄災に対する共同討伐作戦も提案してきている」
リワナグ様が重苦しく口にしたその名は、このあたり一帯に古くから伝わる神話の怪物、邪悪な海の悪魔の名前だった。
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