第357話 黒い海底遺跡
大変遅くなりました。木曜分ですm(_ _)m
ちょっと長めです。
結局、嵐が止んだのは一週間後だった。リワナグ様はすぐにプギタ島へも使いを出し、二つの島の島軍を動員してカリバルの捜索を開始した。
僕らはというと、まずプギタ島の冒険者組合に向かった。カサンドラさんに海底魔窟討伐成功の報と、カリバルの件を相談するためだ。
カサンドラさんは、魔窟討伐と嵐のせいで、合計二週間も音沙汰のなかった僕ら無事をとても喜んでくれたけ。
しかし、カリバルの件を相談した途端、にこやかな表情を強張らせてしまった。
「黒い触手ですか…… まだそんな物が残っていたんですね……」
もしかしたらと思ったけど、長命な妖精族であるカサンドラさんは何か知っている様子だった。
全員が期待を込めた視線を彼女に送り、シャムが前のめりで尋ねる。
「カサンドラ、黒い触手の事を知っているでありますか……!?」
「--いえ、直接見たことはありません。ただ、少しだけ話を聞いたことがあります。とても危険なものだと…… 皆さんにも、出来れば近寄って欲しくないのですが……」
「そんなこと出来ない。私は、カリバルを助けたい。何か、カリバルを助ける方法を知らないの……!?」
「それは…… すみません、わかりません……」
アスルの懇願に、カサンドラさんは鎮痛な面持ちでそう答えた。
結局、まずは居処を見つけないと話にならないと言うことで、カリバルの名前を伏せて冒険者達にも捜索依頼を出すことにした。
依頼内容は、黒い触手に覆われた大柄な鯱人族の捜索。
魔物ではないので討伐せず、危険なので決して近寄りもせず、ただ場所だけを知らせて欲しいという変わった依頼を出すことになってしまった。
組合の後は、古代遺跡関連のヤバそうな案件なので、念の為教会の礼拝堂にも顔を出してみた。
しかし、神託の御子であるロスニアさんが暫く祈っても、神託は下されなかった。
「あぁ、神よ。なぜ此度は……! どうか、どうか道をお示しください……」
礼拝堂に掲げられた聖教のシンボル、合わせ楔に向かって祈る彼女の表情は、苦悩にみちたものだった。やはり樹環国での事が尾を引いているらしい。
僕も虚空に向かってアラク様の名を呼んでみたのだけれど、今回は応えて頂けなかった。
--まぁ、神様がいつでも相談に乗ってくれるなんて思わない方がいいだろう。もしかしたら、邪神の時と同じように眠っておられるだけなのかも知れないけど。
そうして一通り用事を済ませた後、僕らはイカワラ達と港に集合していた。
「それじゃあイカワラ、例の遺跡まで案内をお願いね」
「へい、わかりやした!」
捜索は人手の多い軍や冒険者達に任せ、僕らは僕らにしかできないこと、事の発端である黒い海底遺跡の調査に向かう。
イカワラ達に案内されたのは、ラケロン島からだいぶ南西に進んだ、強めの魔物がウヨウヨいる海域だった。
魔物達を蹴散らしながら問題のポイント到達した僕らは、彼女達への護衛にヴァイオレット様、ゼルさん、プルーナさんの三人を残し、深海へと潜航した。
そして、陸棲人類が生身で到達することが困難な水深数百mの場所に、その遺跡はあった。
冒険者組合に交渉して、深海での活動に対応した魔導具を買い取っておいてよかった。かなり高かったけど。
この辺まで来ると太陽の光もかなり減衰してしまい、辺りは青い薄闇に包まれている。
肝心の遺跡も、所々に電源ランプのような光が灯っているものの、全体は真っ黒な影にしか見えない。
『く、暗い。そしてとても静かですね…… 私少しは夜目が効く方ですけど、それでもちょっと怖いほどです……』
辺りを見回したロスニアさんが、少し不安そうに寄り添ってくる。
『待って下さい、今明かりをつけます。『雷光』』
ジジジジッ……
僕の手のひらの中で繰り返される微弱な放電により、辺りがぼんやりと照らし出された。
すると、僕の目にもシルエットしか見えていなかった遺跡の姿が浮かび上がる。
ハルリカ連邦で見てきた他の遺跡と違って、角ばった黒い金属質の外観は、遺跡というよりも要塞や軍事施設のような雰囲気があった。
『すごく威圧的な外観の古代遺跡でありますね…… あ、あそこ! こじ開けたような跡があるであります!』
シャムが指す方に目をやると、確かに正面の扉が内側に向かってひしゃげ、隙間ができていた。
『きっと、カリバルがやった。すぐに入ろう……!』
そう言ってアスルが反射的に飛び出そうとするのを、キアニィさんが手を握って止めてくれた。
『お待ちになってアスル。そのカリバルが、あの中に入ってどうなったのかお忘れでして?
わたくし達も同じ目に遭う可能性がございますわぁ。最大限慎重に行きましょうぉ。
気を急いてわたくし達まで失敗したら、カリバルを助けられる可能性も低くなってしまいましてよ?』
『あ…… う、うん。わかった。ごめんなさい……』
しゅんとするアスルの頭に、キアニィさんはぽんぽんと優しく触れた。
なんだか海底魔窟の討伐以来、この二人とゼルさんは特に距離が近くなった気がする。
僕らがいない間に何かあったっぽいんだけど、話してくれないんだよね。さておき。
『--それじゃぁ、先頭からキアニィさん、シャム、アスル、僕の陣形で行きましょう。
アスル、例の魔法も発動してもらえるかい? あれがあるとすごく安心なんだ』
『わ、わかった……! 『水流結界』』
アスルが唱えると、僕らの周りを球形の歪みが取り囲んだ。この魔法は本来、全方位に向けて瞬間的に強烈な水流を放射する防御魔法だ。今回は威力を極小にし、持続時間を延ばす調整をしてもらっている。
カリバルの症状の原因が不明なので、これで未知のウィルスなどにも備えようという狙いだ。
全員が結界で覆われたのを確認した後、僕らは斥候のキアニィさんを先頭に遺跡に侵入した僕らは、カリバルの破壊のあとを辿るように内部を進んだ。
そして一際分厚い隔壁をくぐると、様々な装置や計器機器らしきものが並んだ部屋にたどり着いた。
真ん中には、割れてしまっているけど一抱え程の透明な筒が鎮座している。
『ここ…… 似ているであります』
『うん、確かにシャムが居た遺跡に似てるね。 --あ、あれって端末かな? シャム、調べられそう?』
壁際にコンソールらしきものを発見してシャムに指し示すと、彼女は腰に手をやって大きく頷いてくれた。
『任せるであります! タツヒト達は、その間部屋の調査をお願いするであります!』
『了解だよ。キアニィさん、どうやら危ない存在はいなさそうですね?』
『ええ。先ほどから気配を探っていますけれど、何も居ないようですわぁ。ただ、罠の類にはお気をつけ下さいましね』
キアニィさんの言葉に頷いた僕とアスルは、部屋の中を具に調べ始めた。
一番怪しい、部屋の中央にある割れた透明な筒の下には、筒の破片らしきものが一方向に散らばっていた。
多分カリバルが破壊したんだ。そして十中八九、この中にいた何かがカリバルの異常の原因だろう。今は何も残っていないようだけど……
他には、何かの薬品や生態組織の標本のようなものをたくさん見つけたけど、
詳しくは分からないけれど、ここがおそらく、何かバイオ系の軍事研究施設だったらしいことは伺い知れた。
そしてあらかた部屋の調査が終わったところで、シャムがコンソールから手を離した。その難しそうな表情からして、判明したのはあまり楽しい事実では無さそうだ。
『タツヒト…… 鍵がかけられた書類が多くて、断片的な情報しか得られなかったでありますが、分った事と推測できた事を話すであります』
シャムの話やこの部屋の様子を総合すると、ここは古代の軍事研究施設のようだ。
そしてこの施設では、『鯨』と呼ばれる何か強力な存在を操るための研究が行われていたらしい。
その成果の一つについては名前なども判明した。 --支配の黒線虫。対象に寄生、自己増殖し、完全に支配下に置いてしまう悍ましい生物兵器だ。
どうやらアニサキスのような寄生虫に着想を得たものらしく、宿主をより大型の生物に捕食させることで次々に宿主を乗り換え、目的とする最終宿主へ寄生させる思想の兵器だったようだ。
ただ、肝心の『鯨』相手への寄生には、何度やっても成功しなかったようだ。
加えて、小型で低位階の魔物なら寄生後の行動の制御もうまくいったようだけど、強力な魔物だと暴走する事が頻発していたらしい。とんだ欠陥兵器だ。
『小型の魔物、制御…… やっぱり、あの黒妖巨犬も寄生されてたって事だよね?』
『肯定するであります。寄生後の宿主の行動は、ある程度事前に調整できる旨の記述が散見されたであります。
あの個体は、人型魔物の駆除を目的に製造されたものと推測するであります』
『けれど、黒妖巨犬と今のカリバルはかなり様子が違いましたわぁ。
カリバルに寄生した個体は、未調整か、単に暴走しているということですわねぇ……』
シャムの話を元に考えを巡らせる僕らに対し、アスルは冷静では居られなかった。
『それより……! その、支配の黒線虫は、どうやったら取り除けるの……!? どうやったら、カリバルを助けられるの!?』
『そ、それが…… 宿主からの除去や救命方法については、特に厳重に鍵がかけられているであります。
書類を持ち帰って開錠を試みてみるでありますが、出来るとは断言できないであります…… ごめんなさいであります……』
『そ、そんな……』
アスルは絶望の表情を見せた後、ガックリと項垂れてしまった。
『アスル……』
彼女の小さな肩にそっと触れると、まるで寒さに凍えているかのような震えが伝わってきた。
カリバル…… 今君は、一体どこで何をしているんだ……!?
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