第356話 吉報と凶報
大変遅くなりました。水曜分ですm(_ _)m
嵐が強まり空も海も灰色に荒ぶる中、僕らは、イカワラを初めとしたカリバルの取り巻き達とラケロン島に帰還した。
天候のせいもあって港には殆ど人がいなかったけれど、心配して見に来てくれていたらしいマハルさんが僕らを出迎えてくれた。
「アスル様、皆さん! よかった、心配-- ひぃっ!?」
安堵の笑みを浮かべていた彼女が、僕らの後に桟橋へ上がってきイカワラ達を目にして悲鳴を上げた。
そりゃそうか。鯱人族である彼女達は、マハルさんにとっては敵国の人間だ。
「驚かせてすいやせんね。ですが、生憎この人相は生まれつきでして」
強面のイカワラがそう苦笑気味に言うと、アスルは彼女達を庇うようにマハルさんの前に立った。
「マハル。彼女達は今は客人。これから屋敷に連れていく。一緒に来て、すぐに母と会う」
「え…… えぇ!?」
目を白黒させているマハルさんも加わり、僕らは島主の屋敷へと急いだ。
鯱人族の集団を連れていたせいで警備の人達と一悶着あったけど、リワナグ様にはすぐ面会して頂く事ができた。
人数が多いので場所は屋敷の中で一番大きな食堂だ。上座に座ったリワナグ様は、流石に怪訝そうな表情をしている。
「アスルが客だというので通したが、我が屋敷に鯱人族を入れるのは何年振りか……
さてタツヒト。これは一体どういう状況なんだ? 何やら火急の用らしいが、例の海底魔窟が狂溢でも起こしたのか……?」
「いいえ。狂溢は起きていないのですが…… 順を追ってお話しします」
僕はまず、吉報として海底魔窟の討伐成功について簡単に報告した。
これにはリワナグ様も安心された様子だったけど、その後の凶報、カリバルに関する報告に思い切り渋面を作ってしまわれた。
「一週間で体格が二回り以上巨大化、位階も緑鋼級から青鏡級に上昇し、その力は我が娘アスルを苦戦させるほど。さらには黒い触手、か……
にわかには信じられん話だが、お前達が言うのだ。一旦飲み込むとしよう。
しかし、ふむ…… 判断材料が足りんな。カリバル姫の変貌はその黒い触手によるものだろうが、これについては何か他に情報は無いのか?」
--こんな時になんだけど、あのカリバルが姫と呼ばれている事にものすごく違和感を感じる。
いや、アスルも姫巫女と呼ばれていたし、同じような立場のカリバルがそう呼ばれててもおかしく無いのか。さておき。
「それについては、イカワラ。さっき言ってた黒い海底遺跡の話、もう一度詳しく聞かせてもらえるかな? 遺跡から帰って来てからの様子も含めて」
「へい、タツヒトの兄貴。遺跡の場所は、あっしらの国の領海の中でも人が滅多に入らねぇ、強ぇ魔物がウヨウヨいる海域でした。
遺跡は数百メティモルの深海にあったんで、あっしらも頑張ったんですが中に入れたのはカリバル様だけでやした。あの遺跡、真っ黒で角ばってて、何か物騒な感じがしやした……
それで、カリバル様はしばらくしてやっと遺跡から戻って来たんでやすが、最初はすごく調子も機嫌も良さそうだったんです。
ただそれから、カリバル様は飯以外は本当に眠りも休みもしないで魔物を殺し続けて、段々おかしくなっていっていきやした。
あっしらも交代で付き添ったんでやすが、格上の魔物相手に無茶やるし、休もうって言っても聞きやしない。
体つきも気性も、日に日に別の凶暴な何かに変わっていくようでやした……
--でも今日、久しぶりにまともに喋ったんです。今日はアスルに会いに行く日だって。それだけは、忘れてなかったみたいでしたぜ……」
「カリバル…… 馬鹿……」
イカワラの話を聞いたアスルが、泣きそうな表情で俯いた。
「ふむ…… その黒い海底遺跡で何かが起こったのは確実だろうな。
他国の要人としても、領海に潜む凶暴な危険人物としても、今のカリバル姫を放置するわけにはいかん。
嵐がや止み次第、カリバル姫の国許と共に彼女を捜索し、並行してその遺跡も調査するとしよう。
まぁ、見つけたとして拘束は難しいだろうが…… 治療するにせよ、止むを得ない手段をとる場合にせよ、その黒い触手とやらの情報がもっと欲しいところだ」
為政者としてのリワナグ様の言葉に、全員が体を強張らせた。
確かにカリバルがあのまま成長を続け、さらに凶暴化したら相当な脅威になる。
でも、もしそうせざるを得なくなったとして、僕はあの子を殺せるのか……?
「そ、そうだ……! みんな、あの黒い触手について、何か知ってる様子だった。確かシャムが、黒妖巨犬だって言ってた……!」
「あ、えっと、知っているでありますが…… うぅ、タ、タツヒト……」
アスルから飛んだ質問に、シャムは困った表情で僕の方を見た。
--これは非常に答えづらい質問だ。僕はシャムに頷いてからアスルに向き直った。
「うん…… 実は以前、僕らはあの黒い触手と似たものを生やした魔物と戦った事があるんだ。
--黒妖巨犬、これは僕らが名付けた名前なんだけど、最初そいつは巨大な黒い犬のような姿をしていた。
青鏡級の強力な魔物で、戦う内に犬の姿は擬態で、黒い触手の化身のような奴だって分かったんだ。
僕らと、えっと、強力な助っ人数人とで一晩中戦って、切っては生えてくる触手を漸く全て刈り取る事ができた。
最後に触手の奥から本体が現れたんだけど、そいつは四つ目狼という狼型の魔物で、最初の姿とは比べ物にならないほどに弱いやつだったよ」
「タツヒト達が、一晩中……!? そ、それで、その四つ目狼はどうなったの!?」
「--死んでしまった。触手を取り除かれた後、直ぐに……」
「そんなっ……!?」
「そ、それじゃぁ、カリバル様も……」
アスルと、イカワラを初めとしたカリバルの取り巻き達が息を呑み、目に涙を貯めて顔を伏せた。
あの時の四つ目狼の異様な死に様を覚えている僕らも、暗澹たる表情だ。
その場に重い沈黙が落ちたところで、ぱん、と手を叩く音が響いた。リワナグ様だ。
「--皆、結論を急ぐな。その黒妖巨犬のものと、カリバル姫に生えたものが同じかも分からん。
もし同じだとして、直ぐに取り除けば助かるかも知れん。今は考えるための材料が揃っていないのだ。
どうせ嵐の間は動けんし、お前達も連戦で疲れていよう。まずはゆっくり休むのだ。イカワラと言ったな。お前達もだ。部屋を用意しよう」
「へ、へい! お世話になりやす!」
「「お世話になりやす!」」
リワナグ様のご指示はもっともなもので、確かに僕らはかなり疲労していた。
全員、言葉も少なく部屋に引っ込み、僕もとりあえずベッドに潜り込んだ。
しかし、体は疲れているのに強い風音と目の冴えで中々寝付けない。嵐はまだ止む様子は無かった。
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