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亜人の王 〜異世界転移した僕が平和なもんむすハーレムを勝ち取るまで〜  作者: 藤枝止木
15章 深き群青に潜むもの

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第353話 海底魔窟(4)

大変遅くなりました。金曜分ですm(_ _)m

ちょっと長めです。


「「……!」」


 キアニィとゼルに向けて突然放たれた横薙の切断水流。

 完全な不意打ちだったそれを、歴戦の冒険者である二人は瞬時に身を伏せることでなんとか躱し、そのまま後ろに跳んで距離を取った。


「あ、あっぶにゃぁ…… おいアスル……! 今の冗談、全然面白くにゃいにゃ!」


「お待ちになってゼル。何か、様子がおかしいですわぁ……」


 キアニィは激昂するゼルを宥めながら、自分達二人に殺意を持って攻撃してきた仲間、アスルの様子を観察した。


「あの人を私から奪うのは、敵…… 敵は殺す……!」


 頭を抑えながらそう呟くアスルの様子は、尋常では無かった。血走った目は定まっておらず、強く明確な殺意だけが伝わってくる。

 そして、精妙な水魔法により水面に立ったアスルの足元を中心に、(さざなみ)が広がっていく。

 大きな体育館ほどの広さをもつ空気だまりは、大量の海水で満たされているが、今やその全てが彼女の支配下だった。

 高まる強力な魔法の気配。キアニィ肌は自身の肌が泡立つのを感じながら、さらに感覚を研ぎ澄ませながらアスルを観察した。


 すると、水流によって海中から運ばれてきたのか、アスルの近くに魔物の死骸が浮かび上がった。

 真っ二つに切り裂かれたその魚型の魔物は、キアニィも知る、ある種の毒魚に似た特徴的な外見を持っていた。

 そこで、キアニィはアスルの身に何が起こったのかを察した。


「--ゼル。アスルの隣に浮かんできた魔物、おそらく毒魚ですわぁ。

 この辺りの魔物には詳しく有りませんけれど、わたくしが知るものによく似ていますの。

 おそらくアスルは、さっきの調子であの毒魚を真っ二つにして、流れ出た毒を(えら)から吸ってしまったんですわぁ。

 あの手の毒は、少々なら麻薬のような作用を示す事がありますの」


「にゃ、にゃるほど。アスルのやつ、キマっちまってんのかにゃ。どーりで……

 でも、そんにゃことよりキアニィ。これ、結構やべーんじゃにゃいか……?

 にゃんか知らんけど、アスルはウチらを殺そうとしてるし、出口はあいつの後ろでしかも水んにゃかだにゃ。

 逃げるのも無理だし、水辺のアイツ相手に手加減してたら、ウチらの方がやられちまうかもしれにゃいにゃ」


「ええ、かなり不利な状況ですわぁ。弱りましたわねぇ。でも、なんとか殺さずに取り押さえませんと……」


 会話を耳にしたアスルがぴくりと反応し、据わった目で二人を睨みつける。


「取り押さえる……? 私を、お前達が……? そんなの、絶対に無理……! 海で私に勝てるのは、タツヒトだけ! 私からあの人を奪うお前達は、ここで死んで!」


 激昂したアスルの足元からいくつもの水塊が浮かび上がり、その全てから高速の切断水流が発射された。


 ジャッ! ジャジャジャ--


 必殺の威力を持った幾本もの水流。キアニィとゼルはそれらを必死に躱しながら、アスルの殺意の理由を悟った。


「キアニィ! アスルの奴が、ウチらに襲いかかった理由! 毒だけじゃにゃーみたいだにゃ!?」


「みたいですわねぇ! わたくしとした事が、気づきませんでしたわぁ! てっきり、タツヒト君に父親を投影して、懐いているものとばかり……!」


 しばらくして水流の連射が収まると、ゼルとキアニィは息を切らしながらも、アスルから視線を切らないよう小声で囁き合った。


「はぁ、はぁ…… 思い返してみると、ウチ、メームん時も同じ事してた気がするにゃ。

 ちょっとアスルに申し訳なくなって来たにゃ。まぁ、かといってタツヒトといちゃつくのはやめにゃーけど」


「ふぅ、ふぅ…… ええ、それはもちろん。そしてわたくし達は、このまま彼女に殺されて差し上げる訳には行きませんわぁ。

 ゼル。この場で披露するのは少し不本意ですけれど、鍛錬の成果を活かす時ですわぁ。

 いつもの作戦で行きましょう。機を見て、わたくしがあの子を取り押さえますわぁ」


「いつもの…… おぉ、わかったにゃ! 目立つのは得意だにゃ!」


「何をコソコソと……! 早く、死んで!」


 苛立たしげなアスルの声と共に、切断水流の連射が再開される。キアニィとゼルはここに来てやっと反撃を始めた。

 連射される水流を紙一重で避けながら、キアニィが投げナイフを投擲し、ゼルは足元の岩場を踏み砕き、それを拾って投石した。

 しかしそれらの攻撃は、アスルの前に立ち上がった分厚い水の壁に逸らされ、阻まれ、全く届かなかった。

 海におけるアスルの水魔法は攻防一体の絶技だ。そう簡単に突き崩すことは出来ない。

 それを悟りつつも、ゼルはニヤリと口元を歪めた。


「おいアスル! おみゃーがいくら駄々をこねても、タツヒトはウチら男で、あいつもウチらに夢中なんだにゃ!

 お子様のおみゃーは、せいぜい頭でも撫でてもらって満足しとくにゃ! にゃははは!」


 ゼルの挑発に、アスルの攻撃が一瞬止んだ。そして。


「……殺す」


 漆黒の殺意が込められた呪詛に呼応し、アスルの背後に水の壁が立ち上がり始めた。

 水壁はみるみる内に成長し、高さは十数m、幅はこの巨大な空気だまりを埋め尽くすほどとなった。

 キアニィとゼルが乗っている岸など、一呑みにしてしまえる程の威容。

 アスルの想像以上の激怒に、言葉を放った本人の頬からは汗が垂れ、キアニィはゼルに呆れたような視線を送る。


「--ゼル。目立つのと、煽るのは違いましてよ……?」


「ご、ごめんにゃ…… ちょと言いすぎ--」


 ドパァッ!!

 

 凄まじい質量の大波が、有無を言わさず異様な速度で岸を飲み込んだ。

 そして、押し寄せた時と同じほどの速度であっという間に水が引いていく。

 すると岸には誰の姿も無かった。アスルは、敵を排除できた悦びを感じながら二人の死体を探し始めた。


「おいあぶねーにゃ! 殺す気かにゃ!」


「……!」


 降ってきた声に頭上を振り仰ぐと、上空から落下してくるゼルの姿があった。彼女は大波に呑まれる直前、十数m跳躍してそれを跳び越えたのだ。

 しかし、その落下予想地点は岸ではなく水面。アスルの領域だ。アスルはほくそ笑んでゼルが落ちてくるのを待った。

 だがゼルの足が着水した瞬間、その足裏は水に沈み込むどころか、しっかりと水面を踏みしめたのだ。


「え……!?」


 思わぬ現象に目を疑うアスルだったが、それで終わりでは無かった。

 ゼルは軽快な音を立てながら高速で足踏みした後、水上を凄まじい速度で駆け、アスルに迫った。


「にゃはは! 水ん中に落ちると思ったかにゃ!? そうは行かにゃいにゃ!」


 アスルは慌てながらも切断水流を放った。しかし、水上を地上のように疾駆するゼルはそれ掻い潜り、さらに間合いを詰める。

 アスルは次に、巨大な圧縮水塊を打ち出した。点や線で捉えられないなら、面で制圧する。仕留められなくても、時間稼ぎにはなる。戦術的には正しはずだった。


「うにゃっ!!」


 だが、ゼルが烟るような速度で振り抜いた二刀により、大質量を誇るはずの圧縮水塊は破裂音と共に弾け飛んだ。


「な、なに……!?」


 二度目の驚愕。アスルはこの敵、即ちゼルの実力をよく知っている。高速戦闘を得意とする強力な戦士ではあるが、特別膂力に秀でた女ではない。

 しかし、目の前で起こった出来事がその知識を否定する。

 アスルは足元の海水を操作して後ろに逃げつつ、さらに切断水流や圧縮水塊を放った。

 しかしゼルは、その尽くを避け、あるいは破壊しながらアスルに追い縋る。


 ゼルが使っているのは、軽躯(けいく)と呼ばれる特殊な身体強化の技だ。

 使用すると装備や自身の体が軽量化されるため、全ての動作を高速化することができ、練達すれば水の上を走ることすら可能となる。

 そして、軽躯(けいく)で刀を軽量化、加速させた後、対象に当たる瞬間に解除するとどうなるか。

 先ほど圧縮水塊を消し飛ばしたような、物理法則を超越した凄まじい斬撃が生まれるのだ。


「むぅ……!」


 ゼルの猛攻に、アスルはたまらず水中に退避した。

 流石に水中までは追い縋れないゼルは、水上で軽快なステップを踏みながら水中へ挑発を飛ばす。


「おいおいアスルの嬢ちゃん、どうしたにゃ! そんにゃとこに引きこもってたらウチは殺せにゃいにゃよ!?」


 自身の領域であるはずの水辺で防戦一方となり、無様に水中へ逃げ込む。

 屈辱に震えるアスルだったが、水上に身を晒すのは危険すぎる。

 悔しいが、相手の攻撃が届かない水中からあの敵に攻撃を飛ばすしか無い。

 そう考え、水面の黄色い人影に向かって照準したところで、はたと気づく。

 --待て。もう一人、あの緑の敵はどこだ? すでに大波で仕留め、その辺りに沈んでいるのだろうか?

 慌てて水中に視線を走らせたその時、アスルは自身の首に、いつの間にか誰かの腕が絡みついているのに気づいた。


『--うふふ、捕まえましたわぁ……』


 耳につけたままだった通信魔導具から、緑の敵の声が響く。

 何度目かわからない驚愕。慌てて抵抗しようとするも、敵は両腕はアスルの首を、両足はアスルの両腕をしっかりと拘束しており、魔法型のアスルは微動だに出来なかった。

 アスルの頸動脈が、優しく、しかし有無を言わさない力強さで締め上げられる。


 急速に目の前が暗くなり、意識が闇に落ちていく中、アスルは混乱の極地にいた。

 なぜ触れられるまで接近に気づかなかった……!? 今までどこに……!? 

 大波による攻撃以降、アスルの意識からキアニィの存在は消え去ってしまっていた。

 毒の影響があるとはいえ、なぜ熟練の魔法使いであるアスルがキアニィの存在を見落としてしまったのか。

 

 その理由は、キアニィが使用した特殊な身体強化の技、静心(せいしん)の効果にある。

 この技は念素の放出を極限まで抑えることで発動し、この世から消えてしまったかのように気配を消すことが可能となる。

 使用者の存在感は路傍の小石の程まで希薄化され、達人ともなると、誰かのすぐ目の前にいても気づかれないほどだ。

 使用中は身体強化を使えなく無くなるため、デメリットも大きいが、元暗殺者かつ現斥候のキアニィにはうってつけの技だ。

 キアニィは大波の攻撃を敢えて受けた後、致死性の猛毒に等しいアスルが支配する海中でじっと息を殺し、機会を伺っていたのだ。


「うっ…… ぐぅ……!」


『こぉら、暴れないの。もうお眠りなさぁい……』


 アスルは尚も脱出を試みたが、文字通り無駄な抵抗だった。

 キアニィに組みつかれてからほんの数秒後、アスルは彼女の腕の中で意識を失った。


お読み頂きありがとうございます。

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【月〜金曜日の19時以降に投稿予定】


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