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亜人の王 〜異世界転移した僕が平和なもんむすハーレムを勝ち取るまで〜  作者: 藤枝止木
15章 深き群青に潜むもの

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第352話 海底魔窟(3)

大変遅くなりました、木曜分ですm(_ _)m

ちょっと長めです。


 ふと人の気配を間近に感じ、眠っていた意識が覚醒する。

 誰だろうと目を開けると、鼻と鼻が触れるほどの至近距離に、上下逆さまのアスルの顔があった。


「わ……!?」


「……!」


 驚いて声をあげると、彼女も人形のように整った顔に驚愕の表情を浮かべ、戦士型並みの速度で飛び退いた。

 急稼働し始めた心臓の鼓動を感じながら、簡易な寝床から起き上がる。

 辺りを見回すと、そこは広い石のドームのような空間で、僕らのいる岸の他は海水に覆われている。

 そうだった。僕らは海底魔窟の討伐に来ていて、今は攻略二日目の朝なんだろう。他のみんなも起き始めているみたいだし。


「び、びっくりしたぁ…… 起こしてくれてたんだね。おはよう、アスル」


「う、うん。おはようタツヒト。私が見張っている間、特に異常は無かった」


 僕を起こしてくれたアスルもびっくりしたのか、赤い顔で心臓のあたりを抑えている。

 しかし、あんなに近くで人の顔を凝視しなくても…… まぁ、いつもの悪戯かな。


「了解、ありがとう。他のみんなは…… ゼルさん以外は起きてるね。ちょっと起こしてくるよ」


「うん。私は朝食の準備を手伝う」


 他のみんなが朝食や出発の準備をしている中、ゼルさんの姿だけ無い。代わりに、頭まで毛布を被って横になっている人が居た。

 どっこいしょと自分の寝床から移動し、ゼルさんらしき人を毛布の上から揺すり起こす。


「ゼルさん、朝ですよ。朝食にしましょ--」


 バッ!


 一瞬で毛布が跳ね上げられ、僕は中から伸びて来た手によって引き摺り込まれてしまった。


「うにゃ〜…… あと五分寝かせてにゃ〜」


 毛布の暗闇の中。ゼルさんに後ろから抱きすくめられ、体が完全に拘束される。

 彼女のよく鍛えたれた肢体はしなやかで、さらに柔らかな体毛に覆われている。

 そんなふわもこ暖かな感触はあまりに心地よく、脳が昇天しかける。


「ちょっ…… ゼルさん。ダ、ダメですって……!」


「にゃふふふ…… それが嫌がってるやつの声かにゃ〜? ぺろ……」


「うひゃっ……!?」


 楽しそうに僕のうなじに舌を這わせるゼルさん。ま、まずい…… 魔窟の中だというのに、このままではそういう気分になってしまう。僕と彼女は前科があるのに……!


 バキャッ……!


 その時、破壊音が響いた。一瞬で警戒モードになった僕とゼルさんが、揃って毛布を跳ね除けて飛び起きる。

 僕らを含めた全員の視線の先にいたのは、アスルだった。彼女の手には壊れた木製の食器が握られている。

 どうやら朝食の準備中に壊してしまったらしい。それを確認した全員が、息を吐いて脱力した。


「あ…… ご、ごめん、器が寿命だったみたい。プルーナ、治して欲しい」


「うん、いいよ。ちょっと貸してみて」


 アスルは、少し申し訳なさそうに壊れた器をプルーナさんに差し出した。

 ガタが来ていたにしては結構大きな音だったけど…… まぁ、プルーナさんならすぐに治してくれるだろう。

 その後僕らは全員で和やかに朝食を取り、野営地として使った空気だまりを引き払った。

 さて、海底魔窟討伐二日目を始めよう。






***






 タツヒト達が海底魔窟に潜って四日目。比較的若い魔窟であったためか、住み着いている魔物もさほど手強くなく、彼らはここまで順調に攻略を進めていた。

 しかし二十階層の半ば程まで攻略し、目の前に三本の分かれ道が現れた所で、彼らは泳ぎ進めるのを止めた。

 全員の表情には疲労感が滲んでいる。


『有りませんわねぇ、空気だまり。もうお腹がぺこぺこですわぁ……』


『うむ…… もうかれこれ十時間、食事も休憩も取れていない。これでは戦闘にや探索に支障が出てしまう』


 食に情熱を注ぐキアニィとヴァイオレットの二人は、特に元気が出ない様子だ。

 これまで攻略中に適度な頻度で発見できていた空気だまりが、今日はいくら進んでも見つから無いのである。

 高性能な海中呼吸用魔導具のお陰で溺死の危険性は無いが、水も飲めないためこのままでは脱水の危険もある。

 リーダーのタツヒトは、パーティーメンバーの様子を目にしてしばし考え込んだ。


『--前の空気だまりに戻る場合、行き帰りでまる一日時間を浪費してしまいます。

 ここは一時攻略を止めて、空気だまりの発見を優先します。この分かれ道の先を三組で手分けして捜索することにしましょう。

 魔窟内でパーティーを分けるのは定石から外れますが、時間が惜しいですし、この魔窟内の魔物なら少人数でも問題なく対処できるはずです。

 戦力と魔法型の人をなるべく均等に配置したいので…… 僕、シャム、ロスニアさんの組。ヴァイオレット様とプルーナさんの組。そしてキアニィさん、ゼルさん、アスルの組、という組み分けで行きましょう』


 タツヒトのこの提案に、全員が反対する事なく頷いた。

 その後、何も見つからなくとも二時間以内にこの場所へ帰って来ることを取り決め、三組はそれぞれ分かれ道に入っていった。

 向かって左の道がタツヒト組、中央の道がヴァイオレット組、右の道がキアニィ組という振り分けとなる。

 右の道に入った三人。キアニィ、ゼル、そしてアスルは、時折襲ってくる魔物達をあしらいながら、空気だまりを求めて枝分かれする道を進んでいく。


『はぁ、今日で四日目かにゃ…… 魔窟ん中はただでさえ息が詰まるのに、水の中じゃあもっと気が滅入るにゃ』


『ですわねぇ…… 鰓呼吸できるアスルが羨ましいですわぁ。水中でそのままお食事も出来るのですわよね?』


『で、出来るけど…… 滅多にやらない。冷たいし、しょっぱいし、陸地で食べた方が美味しい……』


 まだ余裕があるのか、三人はそんな少し気の抜けるような会話をしながら捜索を進めた。

 そしておよそ一時間後、そろそろ戻らなければならない時間となった所で、大きな空気だまりのある空間を発見した。

 岩肌の天井では無い銀色にゆらめく水面を見上げながら、三人は喜びを露わにする。


『おぉ、あったにゃ! よかったにゃよ〜』


『これでお食事を摂れますわぁ……! アスル。念の為、わたくし達が先行して岸に上がりますわぁ。

 安全が確認できたら合図しますから、それまでここで待っていて下さいます?』


『うん。お腹減った…… なるべく早くお願い……』


『うふふ、わかっていますわよぉ』


 戦士型の二人が水面に向かい、岸に上がっていく。それを見送ったアスルはそのままソワソワと合図を待つ。

 この時、空腹と疲労に加え、彼女の注意は水面に向いていた。

 だからだろう。岩陰から猛然と襲いかかってきた魔物に気づくのが、いつもより遅れた。


「……!?」


 自身の間近まで接近していた魚型の魔物。その姿を認めた瞬間、彼女は染みついた動作で反射的に切断水流を放った。


 ジャッ!


 水流で真っ二つにされた魔物が、痙攣しながら自身の近くを漂う。

 迎撃が間に合った事にほっと息をついたアスルだったが、改めてその魔物の姿を確認して目を見開いた。


「これ、酩酊河豚(イネブラ・プッフェル)……!?」


 それは一抱えほどもある河豚(ふぐ)型の魔物だった。

 酩酊河豚(イネブラ・プッフェル)は内臓などに致死性の毒を持つが、その毒は少量ならある種の薬物のように作用する事が知られている。

 危険であるため、ここハルリカ連邦連邦では(おおやけ)には服用が禁止されていて、島主(しまぬし)の娘であるアスルもその知識を持っていた。


 そして今、至近距離で毒魚を切り裂いた事で、彼女の周囲の海水には毒素が溶け出してしまっていた。

 驚愕によって荒くなった呼吸により、彼女の(えら)がその海水を思い切り取り込む。効果はすぐに現れた。


「--あ、あれ……? なんだか、くらくらする…… もしかして……!?」


 軽い眩暈のような感覚と思考の鈍り。聡明な彼女は、すぐに自分の身に何が起こっているかを悟った。

 酩酊河豚(イネブラ・プッフェル)の毒によって発揮される作用は、体質や体調などによって異なる。

 脳の働きを抑制させて多幸感や陶酔感を与える作用。幻覚や幻聴を引き起こす作用。そして、中枢神経を興奮させて精神を高揚させる作用。

 今回、アスルの身に起こったのは……


「キアニィ、ゼル……」


 鈍る思考の中、仲間に助けを求めるためにアスルは海中から浮上した。

 そして水面から顔を出し、岸の上に二人の姿を見つけてフラフラと歩み寄る。

 すると、二人の声が聞こえてきた。


「魔物もいにゃいし、空気も問題なさそうだなにゃ。しっかし、こいつの討伐も大事だけど、肝心の銀色の遺跡は見つからにゃいにゃあ…… もうこの国に来て二ヶ月くらいにだったかにゃ?」


「そのくらいになりますわね。確かに、そろそろ手掛かりくらいは欲しい所ですわぁ……

 あまり取りたくなかったで手段ですけれど、他の冒険者向けに捜索依頼を出してみるのも有りかもしれませんわぁ。

 熱心に遺跡を探索する方々た沢山いらっしゃるようですから、案外すぐに見つけてくれるかもしれませんわぁ」


「おぉ、それいいにゃ! にゃんでその方法だとダメなんだにゃ?」


「発見したのが真面目な冒険者の方でしたらいいのですけれど、ちょっと悪い事を考える方でしたらまずいんですの。

 例えば、発見したけれど場所を教えてほしくば約束の額の三倍払え、だとか。発見した遺跡をあらかた荒らした後、見つけたけど荒らされた後だったとしれっと報告するとか……

 組合を通せばある程度防げるはずですけれど、完璧ではありませんから」


「あー、にゃるほどにゃ…… でも、このままだといつ見つかるかわからんにゃ。海ってめちゃくちゃ広いにゃ」


「ですわよねぇ…… ここの討伐が終わったら、依頼の件をみんなに提案してみますわぁ」


 その会話内容に、助けを求めようと踏み出したアスルの足が止まる。

 アスルが目を背け続けていた事実。タツヒト達は、遺跡が見つかったら自分の元を離れていってしまうという事を突きつけられ、彼女の心は大きく揺さぶられた。

 その動揺と不安が毒の作用と結びつき、彼女の脳内に様々な場面や思考が入り乱れる。

 

 家族から拒絶された自分を抱きしめ、元気づけてくれたタツヒト。彼に対する感謝、親愛、それらを大きく上回る恋慕の情。

 繰り返し見せつけられる、タツヒトと自分以外の女との親密な様子。彼女達への友情や信頼と、それらを覆い尽くしかねない妬ましさと憎しみ。そう考えてしまう自分への嫌悪。

 自身一人を置いて去っていってしまうタツヒト達。そんな仲間達への失望と怒り、そして深い悲しみと絶望。

 現実にあった出来事が、不安や妄想、幻覚や幻聴と渾然一体となり、アスルの心を激しく掻き乱す。


「--さない……」


「ん……? あらアスル。危ないですわよ、まだ呼んでいませんのに…… アスル……?」


「お、どうしたにゃ。腹減って我慢できにゃかったのかにゃ? にゃははは!」


 顔を伏せて小さく呟くアスルに気付き、二人が心配げに、あるいは親しげに声をかける。

 しかし彼女の目の前にいるのは、自身の愛する男と激しく睦み合っていた女達。

 数日前も激しくタツヒトと触れ合っていたゼルと、自身からタツヒトを奪うような提案をしたキアニィだ。


 アスルが顔を上げて二人を再び視界に収めた瞬間、決壊の時が訪れた。

 あの日の夜から燻り続けていた嫉妬の炎が、瞬く間に全てを焼き尽くす業火へと変じ、毒によってちぎれかけた理性の鎖を一瞬にして焼き切る。

 そして熱に突き動かされるかのように、アスルは目の前の敵へ憎悪を込めて言い放った。


「許さない……! タツヒトは…… あの人は渡さない!!」


 激情と共に放たれた全力の切断水流が、キアニィとゼルの二人に殺到した。


お読み頂きありがとうございます。

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【月〜金曜日の19時以降に投稿予定】


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