第351話 海底魔窟(2)
大変遅くなりました。水曜分ですm(_ _)m
海底魔窟討伐依頼も受注手続きを終えた僕らは、まずラケロン島に蜻蛉返りした。
アスルのお母さんであるリワナグ様と、僕らの上司にあたる島軍の軍団長さんに許可を取る必要があったのだ。
しかし二人に会いに行ってみると、領海の警備はこちらに任せてお前達は魔窟の方を頼むと、実にスムーズに僕らを送り出してくれた。
話を聞いてみると、今回の討伐依頼は島主であるリワナグ様からのもので、依頼先の本命も元々僕らだったらしい。
その後急ぎ食料や装備などの準備を整え、僕らは夕方には海底魔窟の入り口に到着していた。
『これが海底魔窟…… 初めて見るけど、確かに地上の魔窟と殆ど変わらないね』
水深はおそらく30m程度。平坦な砂地の海底に、不自然な大穴がぽっかりと空いている。
穴の周りはちょっとした盛り土のようになっていて、中はぼんやりと明るい。
そして、海流で巻き上がった砂が結構な勢いで穴の中へと吸い込まれている。やはり地上のものと同じく呼吸しているようだ。
『思ったより大きい…… 急がないと。プルーナ、ロスニア、大丈夫? 苦しくない?』
『うん、大丈夫だよアスルちゃん。これ良くできてるね。ここ結構な水深なのに、全然圧迫感がないよ』
『ええ。普段の領海警備や、海底遺跡を探索する時にも欲しいくらいです』
少し心配そうなアスルに、純粋な魔法型である二人が感心したように答えた。
海底魔窟討伐にあたって、僕らは冒険者組合から借りた古代遺跡産の魔導具を装備している。
高性能な海中呼吸用魔導具と、使用者の体にかかる水圧を大幅に減衰させ、若干の保温効果まである首輪型の魔導具だ。
今回の依頼は数日から数週間はかかる見込みなので、その間僕らは高い水圧に晒され続ける事になる。
すると高位階の戦士型であっても体に様々な不調が出てしまうので、これらの魔導具が必須なのだ。
ちなみに、水属性の水棲亜人であるアスルは魔導具を使用していない。呼吸、水圧対策、体温調節が、全て自前で出来てしまうからだ。すごいね。
『ですね。この依頼が終わったら買取を交渉してみましょう。 --さて、では陣形を組んで下さい。早速攻略に取り掛かりましょう』
『『応!』』
魔窟攻略用の隊列を組み、魔窟が海水を吸い込む流れに乗って海底の大穴に侵入する。
陣形は先頭に斥候のキアニィさん、その後ろに前衛の僕とゼルさん。さらに後ろに弓士のシャムと魔法型の三人が続き、最後尾に騎士ヴァイオレット様という配置。
最後尾はバックアタックへの備えで、キアニィさん以外の前衛でローテする形だ。
水中洞窟といった感じの魔窟の内部を泳いでいくと、床や壁にぽつぽつと海藻や貝類などが現れ始めた。さらにそれらの群生地には、小型の魚類や甲殻類っぽい魔物もちらほら見える。
光景は地上のものとだいぶ違うけど、内部に生態系を作るのは海底魔窟でも同じらしい。
周囲を興味深く観察しながら進んでいくと、前を行くキアニィさんが声を上げた。
『--前方から中型の魔物五体! 魚型で結構早いですわぁ!』
『了解です! 後衛は待機! 前の三人で対処します!』
『『応!』』
指示を終えたところで、緩くカーブした洞窟の奥から五つの魚影が現れた。
その姿は人間大の飛魚のようだ。鋭い刃のような胸鰭を水平に広げて、綺麗な編隊を組みながら猛然とこちらへ向かって泳いでくる。
『ふっ!』
先行するキアニィさんが先頭の飛魚と接触した。
彼女は敵の胸鰭を優雅に躱すとすれ違いざまにナイフを一閃。飛魚を二枚におろしてしまった。
次いで進み出たゼルさんも接敵。抵抗の大きい海中とは思えない速度で双剣を振い、飛魚をぶつ切りにしていく。
前に出てくれた二人が次々と飛魚を屠る中、一体だけ二人をすり抜けてこちらに向かってくる。
『あにゃっ!? タツヒト、一匹頼むにゃ!』
『了解、です!』
後衛組の少し前の位置で備えていた僕は、最後の一体の軌道上に割り込むと、真正面から槍を突き込んだ。
ボッ!
くぐもった刺突音と腕に重い衝撃。眉間から串刺しにされた飛魚型の魔物は、数回痙攣した後動かなくなった。
飛魚から槍を抜きながら辺りを見回すと、今僕が仕留めたもので最後だったようだ。
残心を解く僕の元へ二人が戻ってきて、にんまりとした表情で手をあげた。
意図を察した僕も笑顔で両手をあげると、二人が左右の手にそれぞれハイタッチしてくれた。
高速で向かってくる敵の群れを、殆ど言葉を交わさずに多段的に対処する。こうした連携が上手くいくと、みんな嬉しくてなってしまうのだ。
『ふふっ、おつかれさまです。後ろのみんなは大丈夫ですか?』
振り返って確認すると、身構えていたみんなが緊張を解きながら頷いてくれた。
しかしその中で、アスルだけが自身の腕を強く握りながら僕ら三人を凝視していた。まただ。
声をかけようとすると、僕の視線に気づいた彼女は腕から手を離し、元の無表情に戻ってしまった。
特に怪我をした様子も無さそうだけど、やっぱり変だ…… この海底魔窟討伐が終わったら、一度彼女ときちんと話しをしたほうが良いのかもしれない。
『--よし、それじゃあ先に進みましょう』
その後も僕らは、襲い来る水棲の魔物を蹴散らしながら、枝分かれする洞窟を水流の強い方に向かって進んだ。
そして攻略開始から数時間後、縦にも横にも広い大きな空間に出た。
見上げてみると岩肌の天井は見えず、代わりに銀色の水面が見えた。
『話に聞いていた空気だまりですわねぇ。良い時間ですし、野営できそうか確認しませんことぉ?』
『賛成です。早めに発見できてよかった』
キアニィさんの提案に賛成し、慎重に水面から顔をだす。
周囲には敵影は見えず、少し離れたところには野営するのにちょど良さそうな岩場の陸地まであった。
全員でそこに上陸し、まず僕が水中呼吸用の魔導具を外して空気をゆっくりと吸ってみる。
……うん、問題なく呼吸できる。
「大丈夫そうです。みんな、海中呼吸用の魔導具を外して大丈夫ですよ。今日はここで野営しましょう」
僕が声をかけると、全員がホッとした様子で口から魔導具を外し、美味しそう空気を吸い始めた。
古代遺跡産の高性能な海中呼吸用魔導具は、海中から空気を生み出してくれる優れものだ。
なので普通のものと違って空気の補充は必要ないのだけれど、僕らは呼吸だけじゃなくご飯も食べれば眠りもする。
事前情報で、海中魔窟の中にはこうした空気だまりがいくつも存在する事を聞いていたけど、発見できて本当にホッとした。
この空間が偶然できるものなのか、魔窟が鰓小鬼なんかの陸地も必要とする水棲の魔物のために作ったものなのか…… いずれにせよ僕らにとっては非常にありがたい。
ちなみに海底魔窟の内部では、深さに関わらず魔窟の入り口と同じ水圧が保たれていらしい。
これは、魔窟が繁殖に際して魔物を利用しているらしい事と、その成長につれて魔窟自体が深くなっていくことに関係している。
これらの性質は陸上ではそこまで問題にならないけれど、海底ではかなり致命的だ。
魔窟が形成する洞窟が地底に向かって伸びていくと、当然魔窟全体の水深もどんどん深くなるので、内部の水圧も上昇していく。
すると魔窟の深部には、高位冒険者どころか、強力な水棲の魔物であっても入れなくなってしまう。
そして魔窟の繁殖行動であるとされる狂溢は、魔窟内に魔物が溢れた状態でないと発生しない。
つまり何も対策を施さなければ、海底魔窟は一定上成長すると繁殖できなくなってしまうのだ。
それを防ぐため、魔窟は水魔法で内部の水圧を調整しているというのが定説だ。
メチャクチャな話だけど、魔窟は四属性の具象魔法だけじゃなく、光や重力などに作用する抽象魔法まで操る。結構なんでもできてしまう特殊な魔物なのだ。
「この岩場、ごつごつしているでありますね…… プルーナ、整地して欲しいであります!」
「任せて、シャムちゃん」
「みんな。さっき仕留めた飛刃魚は、塩焼きにすると美味しい」
「ほぉ、それは楽しみだ。タツヒト、火を頼めるだろうか?」
「ええ、もちろんです」
全員でわいわいと野営の準備を始める。たまに様子がおかしいアスルも、今は普段通りに見える。
海底魔窟の攻略は初めてで少し不安だったけど、今のところは順調。今回はトラブル無く攻略を終えられそうだ。
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