第035話 充実した休日の過ごし方(2)
村から出た僕は森まで続く街道を走って移動した。
季節は冬に移り変わり、吐く息が後ろの方に白くたなびいている。
村では増えすぎた家畜を締めて塩漬けにしたり、薪割りを多めにして本格的な冬に備えているところだ。
森の淵まで着いたところで、一旦息を整える。
こんな浅いところでも、いつかのようにアルボルマンティスみたいな強敵に出会う可能性があるからだ。
本来こんな浅いところには居ない魔物らしいし、最近の村長やヴァイオレット様の様子も少し変だ。
森で何か異変が起きているのだろうか……
「ふぅ。さて、行こう」
今考えても仕方ないので、僕は一声気合いを入れてから森に入った。
まだ本格的な冬ではないので、森の中は意外と賑やかだ。
浅いところでは魔物以外の野生動物も見かける。
今日は遠目に立派な猪を見つけた。よし、帰りに元気があったら狩って行こう。
さらに少し進むと、すぐに四つ目狼ことクウォルフの群れに喧嘩を売られた。
木こり達が大勢で木を切っているときは、こういった少し賢い魔物は近づいてこない。
逆に一人で森に入ってくる間抜けにはこうやって集団で寄ってくるのだ。
ただ、僕は間抜けの中では少し腕が立つ方なので、大体群れを全滅させてしまう。
「「キャインッ!」」
襲ってきた群れの大半を始末したところで、残りの数匹のクウォルフが悲鳴をあげて森の奥に逃げ帰っていった。
僕は追撃することなくそれを見送った。
僕がやってることは、魔物の生活圏に押し入り、食べるためでなく位階を上げるために殺す行為だ。
将来的に森から出てくるかもしれない脅威を取り除いていると言えなくもないけど、それは言い訳だ。
そんな思いがあるので、たとえ群れに襲われたとしても弱い魔物を返り討ちにする時には若干の罪悪感がある。
「うーん。それに多分、もう彼らを倒しても位階はほとんど上がらないからなぁ。かといって黙って通してくれと言うのも、それも無茶な話か……」
位階は魔物を倒すことで上昇するけど、その上昇具合には魔物の強さも関わってくる。
魔物の位階が自分以上であれば実感できるくらい位階が上昇し、同等なら実感はできないけどほんの少し上昇し、自分以下だとほとんど上昇しないのだという。
多分僕の今の位階は橙銀級の上位らへんで、もうすぐ黄金級といったところのはずだ。
この辺になると、もうそこら辺の魔物を倒してもほとんど位階は上がらない。
なので今回の修行の方針は、単独で魔物を倒すけどギリギリ自分と同格くらいの相手を選ぶといったものだ。
前回はその辺を欲張ってしまい、明らかに自分より格上の魔物に喧嘩を売ってしまって死ぬところだった。
その後もゴブリンの群れに喧嘩を売られ、先ほどと同じような展開となった。
逃げ去っていくゴブリンを見て、ふと思い出した。
僕がこの世界にきて初めて倒した魔物もゴブリンだった。
あの時は三体の群れに追いかけられて、洞窟の曲がり角を使う狡い戦法で乗り切った。
あ、そういえばあの時、治療薬の実験台になってもらった一体だけは見逃したのだった。
左の頬に刀傷のような跡があるゴブリンで、治療後にこちらに襲い掛からず静かに去っていったのが印象的で覚えている。
彼と会った洞窟は今は領軍の管理下にあるので、生きてたとしてももうあそこにはいないだろうな。
今もこの森のどこかで生きているのだろうか。
出会ったらまた殺し合いになるだろうから、なんとなく会いたくないなぁと思ってしまった。
森の少し深いところまで来ると、やはり森の淵辺りとは少し雰囲気が違う。
単純に背が高く樹齢の古い木が増えるせいで、単純に薄暗いしその分気温も下がるのだ。
そしてこの辺りに潜む魔物の位階、すなわち脅威度が上がったことがなんとなく肌で感じられる。
簡単に狩る側と狩られる側が入れ替わる可能性があるので、僕は息を殺して慎重に進んだ。
なるべく音が鳴らない苔むしたところを踏み締め、姿勢を低くし、五感を研ぎ澄まして周囲を観察する。
そうしているうちに、僕の鼻が血生臭い匂いを捉えた。
位階の上昇によって、意識を切り替えることで嗅覚も鋭くすることができるのだ。
匂いを辿って風上に進んでいくと、木陰の隙間に茶色いシルエットが見えた。
運よくこちらに背を向けてお食事中のようだ。
草食動物に襲いかかる肉食獣のように、僕は気づかれないギリギリの距離まで近寄った。
大きい。全身に鋭い棘の生えた熊のようなその姿、スピノルスと呼ばれる魔物だ。
体長は3mくらいあってヒグマのような巨体を誇り、棘は金属のような光沢すら放っていて剣山のようだ。
確かこの魔物の推奨討伐等級は橙銀級から黄金級。
肌がほんの少し泡立つこの感覚からしても、位階は僕と大体同格のようだ。
周辺に他の魔物の気配も無い。よし、お食事の邪魔して悪いけど、喧嘩を売らせてもらおう。
僕は一足飛びに木陰から飛び出し、熊のお尻に向かって声をかけた。
「へい熊さん。多分そっちよりも僕の方美味しいよ」
アホみたいなセリフに反応したスピノルスが、食事を中断してこちらを振り向いた。
どうやら鹿のような動物を食べていたようだ。
口元が赤く汚れ、見せつけるように牙を剥いている。
「ゴアアアァァァッ!!」
そして姿勢を低くし、身体中の針を逆立たせながら咆哮を上げた。
普通の熊だったら立ち上がって威嚇するんだろうけど、こいつは腹側に針が無いからこうやって姿勢を低くして威嚇するのかも。
槍を構えて臨戦体制に入りながら、僕はどこか冷静にそう分析した。
威嚇に全くビビらない僕に気分を害したのか、スピノルスが僕に突進した。
巨体によらない俊足で迫る様には、自動車が突っ込んでくるような迫力があった。
僕は突進をギリギリまで引き付け、横っとびに避けながら槍を振るった。
ギィンッ!
僕の穂先はスピノルスの肉まで届かず、針を数本切り飛ばすに留まった。
やはり腰が引けた攻撃だとダメージは与えられないか。
それにしてもほんとに金属を切ったような音と手応えだ。
「グルルルルッ」
スピノルスはそのまま数歩分走った後方向転換し、僕を睨みつける。
攻撃を避けられた上に針を切り飛ばされてイラついたのか唸りを上げている。
それからも彼は突進を続け、僕は横っとびに避けながら針を切り飛ばすということが繰り返された。
そうするうち、片側の針がだいぶ間引かれ、皮膚が見えるくらいになった。
「--そろそろかな」
その戦い方しか知らないのか、スピノルスは同じように突進してきた。
僕は今度はそれをギリギリで避けた後、攻撃を合わせず全速力で追従した。
そしてスピノルスが方向転換するために停止した瞬間、棘がなくなった場所に深々と槍を突き立てた。
「ゴギャァァァァッ!?」
方向転換してまた突進しようとしてたのに僕の姿が見えず、いきなり激痛が走って訳が分からない。
そんな困惑が混じったような悲鳴が上がった。
僕はすぐに槍を引き抜いて間合いを取り、スピノルスを観察する。
彼はこちらに向き直りなおも威嚇を続けているけど、傷口からは大量の血液が流れていた。
狙い通り心臓を刺せたらしい。
それでも果敢に繰り返される突進を何度か避けた後、スピノルスはふらりとよろめいて倒れた。
念の為しばらくそのまま観察し、血液の流出が治った頃に近寄って、呼吸が止まっていることを確認した。
「ふぅぅぅ…… よし、撃破」
若い個体だったのか、戦い方に老獪さがなかったので幸い無傷で勝つことができた。
それでも、ちょっとミスると一瞬で串刺しにされてしまうような相手だった。
僕は手早く魔核を剥ぎ取ると、血の匂いで他の魔物がやってくる前にその場を後にした。
「お、こんなところに沼がある」
スピノルスと戦った場所から少し移動したあたりに、綺麗で大きな沼があった。
ちょうどいい時間だし、ここでクレールさんからもらったお昼を食べよう。
僕は沼の淵にあったちょうど良い岩の上に座ると、水筒の水で大雑把に手を洗ってからお昼の包みを開いた。
中身は黒パンにベーコンとチーズ、野菜の酢漬けが挟まった大きめのサンドイッチだった。
「美味しそうっ…… いただきまーす!」
黒パンのしっかりした食感とベーコンの肉々しい噛みごたえ、そしてチーズの香りと酢漬けの酸味、さらにはマスタードっぽいソース…… 体に染み渡るように美味しい。
さすがクレールさん。いい仕事してますね。
うまいうまいと食べていると、ふと誰かに見られている気がした。
地球世界では多くが気のせいだったこの感覚は、この世界ではほぼ外れたことがない。
ほぼ無意識に槍を引き寄せてあたりを見回してみたけど、周囲に魔物らしき影は無い。
あっれ、おかしいな。本当に気のせいだったのかしら。
そう思ってふと沼の湖面を見た僕は、そこでビクッと体を強張らせた。
透明度の高い沼の水底からこちらを見つめる双眸があった。
目が合ったことに向こうも気付いたのか、僅かにみじろぎしたことでその全身の形も認識できた。
それは、人抱えほどの胴体をゆらめかせた大蛇だった。
「な、なんでお前がここにっ……!」
ジャッ!!
あらゆるものを切断する水流が、沼の水面から僕に襲いかかった。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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