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亜人の王 〜異世界転移した僕が平和なもんむすハーレムを勝ち取るまで〜  作者: 藤枝止木
15章 深き群青に潜むもの

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第348話 姫巫女の傷(4)

作者はボンディのカレーが大好きです


 全員で食堂に移動する前、僕はトイレに行くふりをしてアスルから離れ、ロスニアさんに負傷を治療してもらった。

 アスルの前では痩せ我慢していたけど、正直服が擦れるだけで皮膚が、歩くだけで骨がめちゃくちゃ痛かったのである。

 ロスニアさんからは、無茶しないで下さいと叱られるのと同時に、ご立派でしたと抱擁してもらった。ロスニアさん、マジ聖母。

 そんな感じでこっそり治療を済ませた後、アスルと一緒に食堂へ移動した僕らは、扉の前でリワナグ様と合流した。


「アスル……! 凄まじい物音がしたが、大丈夫だったのか……?」


 彼女は昼の出来事による気まずさすら忘れた様子で、心配げにアスルに走り寄った。

 アスルはそれに対して仄かに微笑むと、隣にいた僕の手を握った。


「騒がしくしてごめん。でも、平気。ね、タツヒト」


「う、うん。勿論だよ……」


 よかった。怪我の件はアスルにバレていないようだ。


「そうか…… アスル。済まなかった。俺はまた何もできなかった」


「ううん。元はと言えば、私が原因。母、心配かけた……」


「--やはり、お前は強い子だな」


 リワナグ様はほっとした様子でアスルの頭を優しく撫で、アスルも仄かに微笑む。

 よかった…… この二人が気まずいままというのは、見ていて僕もしんどかったのだ。


「--ところで、すごくいい匂い。これ、何?」


「ああ、確かに何とも食欲を刺激する良い香りだ。俺もまだ内容を知らないのだが、タツヒト達が食事を用意してくれたそうだ」


 お腹を空かせた親子が期待を込めた視線を送ってくる。二人の言う通り、食堂の前には胃袋を刺激する暴力的な芳香で満ちていた。


「はい。今回はお二人のために、元気の出る異国の料理をご用意致しました。どうぞこちらへ」


 食堂の扉を開くと、中から芳醇なスパイスの香りが溢れた。

 大きなテーブルの上に並んでいるのは、大鍋を満たす何種類ものカレーが並んでいる。主食のご飯やナン。新鮮野菜のサラダに、トッピングの揚げ物やゆで卵、さらにデザートのフルーツまで揃っている。

 そう、今回の趣旨はカレーパーティーだ。ご飯が大量に手に入るこの国にいる内に、いつかやってみたかったのだ。

 そのために、地球におけるインドらへんの出身であるロスニアさん監修の元、帝国の交易船がたまに運んでくるスパイスをコツコツ買い集めていた。

 主賓の親子の好み上、カレーは絶対に気に入ってもらえるはずだし、何よりカレーは食べると元気がでる。是非とも今の二人に食べてもらいたい。


「「おぉ……!」」


 美食には慣れ親しんでいるであろうリワナグ様とアスルの二人が、テーブルの上に並ぶ料理に感嘆の声を上げてくれる。

 よし、掴みは良さそう。カレー自体も初めてだろうけど、ビュッフェスタイルも目新しいはずだしね。


「はぁぁ…… やっぱりいい香りですわぁ…… タツヒト君、早く食べましょうぉ。

 わたくし、作るのを手伝っている内から辛抱たまりませんでしたの……!」


 主催らしく料理の蘊蓄(うんちく)なんかを語ろうと思った所で、胃の辺りを抑えたキアニィさんから催促が入ってしまった。

 見ると、主賓の二人も、一緒にカレーを準備したみんなもそわついてしまっている。


「ですね……! では説明はすっとぱして、とにかく食べましょう! 頂きます!」


「「頂きます!」」


 突発的に始まったカレーパーティーは、狙い通り大好評だった。

 ヴァイオレット様とキアニィさんはご自身の体積くらいの量を召し上がり、他のみんなも大絶賛してくれた。

 一番喜んでもらいたかったアスルは、普段は少食気味なのにおかわりまでしてくれたほどだ。

 彼女は辛いのが苦手なので甘口の欧風口カレーを用意したのだけれど、それを特に気に入ってくれたらしい。

 野菜とフルーツを形が無くなるまで煮込み、練乳まで加えたこのカレーは、ある種の極地のような出来に仕上がった。端的に言ってめちゃくちゃ美味い。

 リワナグ様も、最初は同席することを恐縮していたマニルさんも、初めての味に目を輝かせながら楽しんでくれていたようだった。

 

 大量に作ったカレーが無くなる頃にはその場の全員が満ち足りた笑顔となり、昼に起こった諍いなど、遠い昔の事ようにさえ思えてしまった。

 終わり際、リワナグ様からは深い感謝の言葉と共に、以前は冗談で言ったが本当にアスルと結婚してもいいとう爆弾発言まで頂戴してしまった。

 大変光栄なお話に恐縮する僕、赤面して俯くアスル、囃し立てるゼルさん。

 最後はちょっと混沌としてしまったけれど、ともかくアスルが元気になってくれてよかった。それさえ達成できれば、あとはなんだっていいのだ。






***






 タツヒト主催のカレーパーティー後の深夜。どうにも寝付けなかったアスルは、ベッドの中で今日の出来事を思い起こしていた。

 姉の恐怖の表情と絶叫、父の拒絶、母の苦悩。幼き日の自分の所業が想起され、さらに自身が抱える悍ましい性質に慄き、アスルは一人部屋に閉じこもった。

 そして、扉の向こうから聞こえる気遣わしげなマハルの声すら拒み、絶望に浸っていた時、タツヒト達が来た。


 拒絶する自身を無視し、無理やり押し入ってきたタツヒト。最初は怒りすら覚えた彼女だったが、彼に抱擁され、言葉を掛けられてしまってからはもう駄目だった。

 抱えているものを全て吐き出してしまい、今度は自分が拒絶されるものと身構えたアスルだったが、彼らはそれでも離れなかった。彼女を一人にしなかった。

 仲間達から掛けてもらった言葉、その後振る舞ってもらったとても美味しい異国の料理。彼女の胸の内は、母や仲間達への温かい気持ちで満たされていた。


 しかし、彼女の胸中にはそれとは別種の感情も渦巻いていた。それは、タツヒトに向けられた思いだった。

 彼に抱きしめられた温もり、かけられた言葉、自身のために行ってくれた行動、そして笑顔。それらが繰り返し彼女の脳裏に反芻される。

 彼女のタツヒトに対する感情は日に日に大きくなっていたが、それは、期待や信頼、感謝や親愛と言ったもので、友達、仲間、あるいは父に向けるようなものだった。


 だが、彼女の母、リワナグの言葉で全てが別のものへと変換された。

 タツヒトに向けた巨大な感情は、そのまま彼への恋慕へと変化し、彼女は彼を異性として強く意識し始めていた。

 初めて芽生えた自身の強い感情に、アスルは居ても立っても居られなくなっていた。

 

「……会いたい」


 本能に突き動かされるかの如く、アスルはふらふらとベッドから抜け出し、タツヒトの寝室がある離れへと向かった。

 何か考えがあったわけではない。ただ、タツヒトの顔を見て話がしたい。それだけだった。

 しかし、目的の部屋まで近づいていくと、彼の寝室の前には人影があった。

 一体誰だろうか……? 薄暗い廊下を足音を忍ばせて近寄ってみると、シャムとプルーナだった。

 彼女達は折り重なるように密着し、小さく開けたドアの隙間から中をのぞいているようだった。

 

「何、してるの……?」


「「……!」」


 アスルに声をかけられた二人が、器用に無言で飛び上がる。

 そして身構えながらアスルの姿を確認し、へにゃりと脱力した。


「びっ…… びっくりしたであります……! アスル、こんな所で何をしているでありますか……!?」


「それはこっちの--」


「ア、アスルちゃん……! しー……! 静かに……!」


 声を顰める二人に、アスルも釣られて小声で答えた。


「わ、分かった…… それで、何をしてるの? ここ、タツヒトの部屋」


「え、えっと…… これは将来に備えた高尚な学習行為であって、決して覗き行為などではなく……

 と、ともかく、アスルにはまだ早いであります……!」


「むぅ…… 私の方がシャムより大人」


「えっと、シャムちゃんは今は縮んでいるだけで…… あ、縮んでなくてもアスルちゃんの方が年上か……」


 半開きの扉の前、三人は器用に小声で口論始めたが、それはすぐに中断された。

 僅かに開かれた扉の隙間から、アスルが今まで耳にしたことのない、彼女にとっては奇妙な声が聞こえてきたのだ。


「な、何……?」


「「あぁ……!?」」

 

 二人が止める間もなく、アスルは吸い込まれるように扉の向こう側を覗いた。

 そして中の光景を目にした瞬間、彼女は息を呑んで目を見開いた。

 自身が姉のように頼り、慕っている女達。彼女達が嬌声を上げながら、先ほどまでアスルの脳内を占領していた男に襲いかかっていたのだ。

 初めは喧嘩か何かだと思ったアスルだったが、すぐにこの行為が何なのか本能的に悟った。

 自分の知らない姿を見せる仲間達への驚愕、見てはいけないものを見てしまったという罪悪感。彼女はそれらを感じつつも、目を離すことができなかった。


「は、始まったであります…… 仕方ないでありますね。今日は三人で見学するであります。でも、見つからないように静かにして欲しいであります」


「多分、キアニィさんあたりは知ってて見逃してくれていると思うけど……」


 密着するような距離にいるというのに、アスルにはもう二人の言葉は届かなかった。

 頭を思い切り殴られたような衝撃、背筋がぞくぞくするほどの興奮、赤熱する体。

 それらの激しい感覚と共に、胸の奥底から強烈な感情が湧き上がってくる。

 新しく生まれたそれの矛先は、想い人たる男ではなく、その男の周りに侍る女達の方だった。

 これまで感じた事のない激情に支配されるまま、彼女は呟いた。


「--いやだ…… タツヒトは…… あの人は私のもの……!」


 シャムとプルーナは扉の向こうで起こっている事に夢中だった。

 なので二人にはアスルの小さな叫びは聞こえなかったし、彼女の異様な雰囲気にも気づかなかった。

 アスルの深い群青の瞳の奥に、黒々とした嫉妬の炎が燻り始めた。


お読み頂きありがとうございます。

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【月〜金曜日の19時以降に投稿予定】


※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。

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