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第345話 姫巫女の傷(1)

さ、寒い。天気どうなってんの……?


 カリバル達と昼にお弁当を食べた後は、彼女達以外に無法者も見つからず、今日は少し早めに上がることになった。

 僕らの担当警備区域は、海神の巫女であるアスルが見回る海域ということで、元々悪党は少なめだった。

 そこに僕らが加入した事でさらに治安は改善し、その影響でラケロン島の経済まで上向いている。

 この間、島主(しまぬし)のリワナグ様が嬉しそうにそう語っていた。

 そうした話を耳にすると、宮仕も悪くないもんだなと思えてくる。肝心の銀色の遺跡は全然見つからないんだけど……


 ラケロン島の港に到着すると、アスルの側仕えであるマハルさんが僕らを出迎えてくれた。


「皆様お帰りなさいませ! 今日はお早いお戻りですね」


「うん、ただいま。まだ夕方前だから、いっぱい遊べる……! マハルも一緒に行く」


 アスルが右手に僕の手、左手にマハルさんの手を握り、二人を引っ張るように島主(しまぬし)の屋敷に向かって歩いていく。

 満面の笑みとは行かないまでも、わずかに口角を上げて腕をブンブン振る様子はとても楽しそうだ。


「うふふ。仰せのままに、アスル様」


 そんなアスルに穏やかな笑みを向けるマハルさん。彼女と僕らは、最近ではたまに一緒に遊んだりもしている。

 最初に会った頃、彼女は姫巫女であるアスルを現人神かのように敬い、過剰なほどに恐縮していた。

 アスルの方もマハルさんを憎からず思っていたけど、ガチガチに緊張しているマハルさんを前に長い間距離を縮められずにいた。

 でも、人形の様だったアスルの表情が柔らかく解れていくにつれて、短期間でその関係は変化していった。

 今ではもう、仲の良い姉妹の様にさえ見える。微笑ましい限りだ。


「何して遊ぼっか。またビーチバレーでもする? 地面に落としたら負けの奴」


「シャムはジェンガがいいであります!」


「やだ。あれ、絶対シャムに勝てない。それより釣りがいい」


「釣りかぁ。アスルちゃん、毎回ものすごい数を釣り上げるけど…… やってるよね?」


「--やってない。プルーナが何の事を言っているのか、全く分からない」


 お子様組を中心に、何をして遊ぶかわいわいと話しながら街の中を進んでいく。

 大人組のみんなはそれを微笑ましそうに見守っているし、いつものように遠巻きにしている街の人たちも、何だか視線が柔らかい気がする。


「--あ、あの……! 姫巫女様!」


 すると突然、横合いから声を掛けられた。

 足を止めて見てみると、アスルよりもさらに年下らしき子供達が数人、緊張の面持ちで立っていた。

 そこまで大きい島じゃないので、みんな見覚えのある子達だ。いつもは大人達と一緒に遠巻きにしているのだけれど……

 普段こんなふうに声を掛けられる事が無いのか、アスルは緊張した様子で応えた。


「な、何……?」


「あの…… こ、これ! 姫巫女様を守ってくれるように、みんなでお祈りしながら作りました! う、受け取って下さい!」


「「受け取って下さい!」」


 一番年上に見える蛸人族(たこじんぞく)の子が震える手で何かを差し出し、他の子達もぎこちなく頭を下げる。

 差し出されたのは、どうやらミサンガのような手作りのお守りだ。色とりどりの何本もの組紐で編まれていて、図案は海神の牙だろうか。

 所々拙い所はあるものの、思いが込められている事がわかるような丁寧な作りだ。

 アスルは戸惑いながらも、震える手のひらの上からそのお守りを受け取った。


「あ、ありがとう…… --あなた達、私が、怖くないの……?」


 アスルの言葉に、子供達が顔を見合わせる。


「さいしょは、怖かった」


「でも、いまは怖くないよ」


「こ、こらみんな……! --あの、お母さん達が言ってたんです。姫巫女様が、悪い人や魔物達からこの島を守ってくれている、すごく助かっているって。

 だから、ありがとうございますって伝えたかったんですけど…… 姫巫女様は姫様だし、綺麗だけどちょっと怖い感じがして、まるで神様みたいだったから、勇気が出なくて…… 

 でも、そっちのお姉さん達が来てから、姫巫女様すごく楽しそうで…… だからその、怖く無いです」


 一生懸命、自分の気持ちを言葉にしてくれる子供達。アスルの表情が、戸惑いから驚き、そして慈愛に満ちた笑みに変わる。

 そして彼女はゆっくりと手を伸ばすと、お守りを差し出してくれた子の頭を優しく撫でた。


「そう…… ありがとう。とても…… とても嬉しい。これ、大切にする。みんなにも、海神様のご加護がありますように」


「あ…… ありがとうございます! うぅー…… やったー!」


「「きゃはははは!」」


 嬉しさにじっとしれていられない。そんな様子で飛び跳ねる様に走り去っていく子供達。

 それを静かに見送るアスルが無性に誇らしい気持ちになり、僕も彼女の頭を撫でた。

 マハルさんなんか目に涙を溜めてしまっている。


「よかったね…… アスルが頑張ってるのを、みんな見てくれてたんだよ」


「アスル様…… ご立派になられて……!」


「うん…… でも、これはみんなのおかげ。この島に来てくれて、側にいてくれて本当にありがとう……

 --なんだかとても嬉しい……! 私も、飛び跳ねたい気分……!」


 言葉通り飛び跳ねるように歩く彼女に引きつられ、僕らは屋敷へと帰った。






 しかし屋敷の門を潜った瞬間、アスルはびくりと動きを止め、僕の手を握る彼女の手も冷たく強張った。


「え…… アスル……!?」


 驚いて彼女の顔を覗き込むと、その表情からは感情が完全に抜け落ちていた。一体、突然どうしたんだ……!?


「む……? ア、アスル……!?」


 彼女の視線の先、屋敷の庭には三人の人物がいた。

 驚いてこちらを振り返る島主(しまぬし)のリワナグ様、そして只人の男性と蛸人族(たこじんぞく)の若い女性だ。

 男性の方は非常に整った中性的な顔立ちで、アスルの面影がある気がする。線が細く、優しげな印象だ。

 若い女性の方は、アスルをそのまま成長させたかのような外見だ。外見ははっきりとアスルに似ているけど、どこか怯えたような表情をしている。

 おそらく後の二人は、以前から話にだけは聞いていたアスルの家族、お父さんのヒミグさんと、お姉さんのムティヤさんだ。

 何か事情があるようで、僕らが屋敷に滞在し始めてもう一ヶ月半経つのに、彼らとは一度も顔を合わせたことがなかったのだ。


 リワナグ様の声に、ヒミグさんとムティヤさんもびくりとこちらの方を振り向いた。

 二人の視線がアスルの姿を捉える。すると、変化は劇的だった。


「--ひっ…… ひぃぃぃぃぃっ!?」


 ムティヤさんは恐怖に表情を歪めながら絶叫し、その場にへたり込んでしまった。

 両目は溢れそうなほどに見開かれ、顔色は一瞬で血の気が引いて真っ白だ。どうみても尋常な様子では無い。

 隣にいたヒミグさんがすぐに駆け寄り、彼女を優しく抱き起こす。


「む、ムティヤ……! 大丈夫! 大丈夫だ! 僕が側にいる。誰にも君を傷つけさせやしない! --さぁ、行こう」

 

 ヒミグさんがムティヤさんを支えながら、僕らが逗留している方とは反対側の離れに歩いていく。そしてその去り際、彼は一瞬だけアスルを見た。

 自分が向けられた訳でも無いのに、その目を見てしまった僕の心臓が跳ねる。

 強い怯えと拒絶、そして憎悪。その瞳が映し出す感情は、自分の娘に向けるものとは全く思えなかった。

 あまりの出来事に反応できずにいると、僕の手からすっとアスルの手が離れた。


「あ…… アスル!」


「アスル、待つであります!」


 慌てて声をかけるも、全員がアスルの顔を見て二の足を踏んでしまう。

 初めて会った時と同じような、いや、それ上に冷たい、人形よりも無機質な表情だった。

 彼女は僕らに背を向け、何かを言いかけたリワナグ様に目も向けずその隣を通り過ぎると、一人で館の中に入って行ってしまった。


「ア、アスル様……!」


 我に帰ったマハルさんがアスルの後を追って館に走る。

 後には、混乱の極みにある僕らと、深い苦悩の表情を浮かべて顔を伏せるリワナグ様が残された。


お読み頂きありがとうございます。

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【月〜金曜日の19時以降に投稿予定】


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