第342話 海のギャング
大変遅くなりましたm(_ _)m
「あ〜ん……? おいおいおいおい…… いっつも一人ぼっちのアスルちゃんが、今日は随分と沢山連れてんじゃねぇかぁ!
なんてこった…… 俺たちの三分の一も居るぜぇ!? ギャハハハハ!」
「「ゲラゲラゲラゲラッ!」」
突然の襲撃者達は僕らの手前で静止すると、こちら、というかアスルを挑発するように笑い始めた。
向こうの人数は数十人。分隊規模の僕らに対して小隊規模だ。人数の上では分が悪い。
が、僕はそれよりも彼女達の姿に目を奪われていた。
まず特徴的なのは、両足の間から見えている立派な尻尾。
三本目の足といった太さのそれの先には、二葉に分かれた大きな尾鰭がついている。
背中には小さな背鰭まであるので、遊泳力はかなり高そうだ。
体色は白と黒のツートンカラー。顔の上半分と、背中などの体の外側が黒く、他の場所は白い。髪も眉毛も白髪だ。
おそらく、ここから南東の隣国に住むという鯱人族だ。
彼女達の装備はビキニアーマーに近く、重要臓器を部分鎧で守る以外は、その肌を惜しげもなく晒している。
白黒の肌は遠目から見てもめちゃくちゃ艶やかで、思わず頬擦りしたくなる程だ。
欲望のまま襲撃者達を凝視していると、隣のヴァイオレット様が呆れたようにため息を吐いた。
あ…… まずい。また初見の亜人にトリップしてしまっていた。
さっきの僕、だいぶ気持ち悪かったろうな…… 反省。
『はぁ…… あー、アスル。随分と個性的な人達のようだが、彼女達とはどういった知り合いなのだ?』
『あいつらは、隣国の鯱人族。先頭にいるのがカリバル、他は取り巻き。
カリバルは有力氏族の娘で、緑鋼級の戦士。確か私と同い年。
領土を切り取るとか言って、以前うちの島に襲撃を仕掛けてきて、私が返り討ちにした。
以来、島ではなく私個人にちょっかいをかけてくるようになった……
何度も叩き返しても、母経由で隣国へ正式に抗議しても、ほとぼりが冷めたらまた襲いかかってくる。
他国の要人だから迂闊に殺せないし、本当に迷惑。はぁ……』
今度はアスルもため息を吐いてしまう。今日はよくため息を聞く日だ。
アスルがカリバルと呼んだ鯱人族は、なんというか典型的な不良少女だった。
鯱というより鮫のような顔付きは、幼さが残りつつもかなり凶悪な印象だ。
三白眼でこちらを睨みつけ、ギザ歯を見せつけるようにニヤニヤと笑う様子はとにかくガラが悪い。
肩に担いだ三叉槍も、なんだかバットに見えてくる気すらする。
しかし同い年という話だけど、向こうは体格も良く、各部の発育もすごい。思わずアスルと見比べてしまう。
カリバルを観察していると、その取り巻きが彼女に耳打ちした。
「カリバル様。アスルが連れてる奴ら、全員鰓無しですぜ」
「あん? 鰓無しだぁ……? ギャハハ! おいおい、陸の連中なんか連れてんのかかよ!
アスルてめぇ、友達が居なすぎておかしくなっちまったのかぁ!?
それとも、その連中は海と陸の区別もつかねぇ馬鹿なのか? お似合いだぜ! ギャハハハハ!!」
「「ゲラゲラゲラッ!」」
おぉ…… めちゃくちゃ煽ってくるな。なんだか怒りよりも、新鮮な驚きを感じてしまう。
しかし、アスルの方はかなり頭に来たようで、彼女の雰囲気が一気に剣呑なものに変わった。
「カリバル。私の仲間を侮辱するなら、容赦しない……! タツヒト、あいつのいう事は気にしな--」
そう言いながら彼女が僕の方を振り向いた時、僕はちょうどカリバルとアスルの発育の違いを見比べていた所だった。
直感的に不味いと思い、思い切り視線を逸らしてしまったのが悪かったらしい。アスルは、僕の様子から何かを読み取ってしまったようだった。
恐る恐る視線を戻すと、彼女は自分の体をチラリと見た後、今まで見たことのない暗い瞳をカリバルに向けた。
そして、ポツリと呟く。
「殺す……」
『ちょっ…… お、落ち着いて下さい! 他国の有力者のご令嬢なんでしょう? 殺したら不味いのでは……』
『今のはタツヒトが悪いにゃ……』
『そうですね。ちょっと擁護できません……』
アスルを必死に宥めていると、ゼルさんの呟きに珍しくロスニアさんが賛同する。
今日の僕、やらかしてばっかりだな……
「--タツヒトが殺すなというから、見逃してあげる。さっさと帰って」
僕の必死の説得に、アスルは仕方ない、といった様子でカリバルに言い放った。
するとそれは全くの逆効果だったらしい。カリバルは表情を嘲笑から激怒に変え、歯を剥き出しにした。
すごい。瞼があんなに痙攣してる……
「見逃して、あげるだぁ……!? ちょ、調子に乗りやがって……! アスル、てめぇ死んだぜ!!
おい、お前ら! 鰓無し共を八つ裂きにして、魚の餌にしてやれ!」
「「へい、カリバル様!」」
『はぁ…… カリバルは任せて、みんなは取り巻きをお願い。 --なるべくでいいから、殺さないで』
『お、応!』
「らぁぁぁぁ!」
カリバルの突進とともに、数の上では不利な戦いが始まった。
が、戦いの趨勢は僅か数分ほどで決してしまった。
カリバルの取り巻き達は、一人だけ黄金級の戦士が居ただけで、あとは橙銀級以下の連中ばかりだった。
海中にも関わらず彼女達の何倍もの速度で動く僕らに、取り巻き達は次々にぶん殴られ、戦意を喪失していった。
一方、アスルとカリバルの戦いは結構見応えがあった。
カリバルは意外に流麗な動きで海中を泳ぎ、アスルの切断水流を避けて距離を詰めていった。
そして一足一刀の間合いに入った瞬間、尾鰭と足を総動員させた強烈な突きを繰り出す。
その瞬間的。アスルの周囲に発生した激流が槍の軌道を曲げ、体勢を崩したカリバルの体がさらにくの字に曲がる。
多分、僕も以前喰らった圧縮水塊による殴打だ。
カリバルは血反吐を吐きながらその場から離脱すると、また果敢に距離を詰めて攻撃を続けた。
彼女の動きは、若くして緑鋼級に至ったことを納得させるような素晴らしいものだった。
けれど、やはり海に愛されているのはアスルの方だった。突撃と離脱を繰り返す内、カリバルにはどんどんダメージが蓄積していった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…… ま、まだまだぁ……!」
十数回の突撃の後、カリバルはの全身には打撲、裂傷、骨折などで酷い状態になっていた。
顔面も腫れ上がり、姿勢はよろよろと安定せず、もう気の毒なほどボコボコだ。
にも関わらず、彼女は気丈に武器を構え続けている。
一方アスルの方は傷一つ負っておらず、息も全く乱れていない。同じ緑鋼級相手だというのに…… やはり強い。
「--今ならまだ見逃す。でも、これ以上やるなら魚の餌になって貰う……」
殺気を滲ませながら凄むアスルに、カリバルが息を飲みながら後ずさる。
「ぐっ…… く、くそぉ……! 覚えてやがれ!!」
「ま、待ってください、カリバル様……」
「いてぇよぉ……」
様式美すら感じさせる典型的な捨て台詞のあと、彼女達はよたよたと南東の方に向かって泳ぎ始めた。
『本当に馬鹿。もう来ないでほしい』
アスルは、来た時と同様に、嫌そうな様子でカリバル達を見送っている。
しかし、短期間ながら四六時中一緒にいた事で、アスルが言葉ほどカリバルを嫌悪していない事もなんとなく分かった。
--僕らが来る前のアスルの生活は、母親以外の周囲のあらゆる人達から遠巻きに畏怖、崇拝されるようなものだったらしい。
もしかしたらアスルは、自分に真正面からぶつかって来るカリバルに対して、何か敵意ではない別の気持ちを持っているのかも知れない。
友情とまでは行かないまでも、単なる敵に向けるものではない何かを。
『あの…… 意外に気に入ってたりします? 彼女のこと』
『--その言葉、たとえタツヒトでも聞き捨てならない。あと、カリバルの事見過ぎ。あれは敵だし、馬鹿だし、礼儀知らず。見るべき人は他に居るはず』
思わず口をついた僕の言葉に、アスルは一瞬で距離を詰め、至近距離でジト目を向けてくる。
無表情で頭の触腕をわきわきさせる様子は、彼女がかなり怒っている事を表していた。やばい。
『す、すみません。失言でした……! えっと、帰りましょう。今度こそ』
『--うん。帰ろう。お腹減った』
突然の襲撃者達を見送った後、僕らは今度こそ帰途についた。
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