第340話 領海の警備任務
遅くなりましたm(_ _)m
ちょっと長めです。
予想外の歓迎の宴の翌朝、僕は割り当ててもらった離れの客間で目を覚ました。
ベッドから身を起こして窓を開け放つと、早朝の爽やかな潮風が頬を撫で、遠くに煌めく海にはすでに何隻も船が浮かんでいた。
いつまでも眺めていたい程綺麗な景色だけど、あまりのんびりはしていられない。
名残惜しく窓を閉じると、僕は別室のみんなを起こしに向かった。
みんなと一緒に食堂に向かうと、すでにアスルが席に着いていて、マハルさん達使用人の方々もその場に控えていた。
僕らに気づいたアスルが無表情で小さく手を振る。
「おはよ。タツヒト、みんな」
「おはようございます。アスル、マハルさん」
みんなで挨拶を交わし合って席につき、使用人の方々が朝食を運んできてくれるのを待つ。
リワナグ様は朝から急ぎの会合があったらしく、もう朝食を済ませた後とのことだった。
アスルはというと、僕らと食べたいからと待っていてくれたらしい。表情に対して行動が可愛すぎるんだよなぁ。
少しして運ばれてきた朝食は、ご飯と目玉焼き、みずみずしい野菜とこんがりと焼かれた海魚がワンプレートに乗ったシンプルなものだ。
魚醤というんだろうか。変わった香りの醤油っぽいものをかけて頂くと、とても美味しい。
昨日あれだけ食べたのに、翌朝になるとお腹が減ってるから人体って不思議だよね。
「アスル。今日から僕らはアスルの下で仕事をさせてもらうわけですけど、この後すぐに海へ出るんですか?」
「うん。そうだけど、下じゃない。一緒にやる…… その、仕事に前に、みんなに一つお願いがある」
「む、なんだろうか? 可能な限り叶えよう」
「なんでも言ってくださいね、アスルちゃん」
妹的存在に弱いヴァイオレット様と子供が大好きなロスニアさん。二人が前のめりでアスルに問いかける。とてもいい表情をしている。
「私も、『白の狩人』に入りたい。警備じゃなくて、遺跡探索をする時、同じ所属の方が動きやすいと思う。
一応私も、緑鋼級冒険者だし、それに、一緒の方が、う、嬉しい……」
上目遣いでそんな事を言うアスル。みんなに視線を向けると、全員首がもげそうなほど頷いていた。
彼女の実力はよく知っているし、確かに同じパーティーの方が討伐報酬の分配とかをやり易い。
第一、あんな風にお願いされて断れるわけがない。
「ふふっ、全会一致ですね。ようこそ、『白の狩人』へ。歓迎します」
「あ…… ありがとう! 早速組合へ登録に行く!」
「アスル、待つであります! もぐもぐ…… まだシャム達食べ終わってないであります!」
「早く、早く食べて」
急かすアスル、マハルさんがおずおずと声をかける。
「あ、あの、姫巫女様。島主様から、『白の狩人』の島軍への登録もしておくようにとのお達しでしたが……」
「--忘れていた。それも直ぐにやる」
慌ただしく朝食を終えた僕らは、名目上アスルの上司に当たるという島軍の軍団長さんに面会した。
歴戦の老戦士といった風貌の彼女は、たとえ一時的にでも、アスルが僕らという部下を持つことを非常に喜んだ。
アスルのラケロン島軍における所属は、軍団長直属特設分隊という、権限大、自由度大の小規模部隊だ。
島軍が現在のような体制になってからは、海神の巫女が代々この部隊の隊長を務めてきたらしい。
今代の巫女、アスルも同様に隊長職についていて、初期は部下も居たそうなのだけれど、彼女のお眼鏡に叶わず全員外されてしまったそうだ。
今回僕らは、一時的にその分隊の隊員として任官することになる。久しぶりの宮仕だ。
島軍関連の手続きやオリエンテーションの後は、全員でプギタ島に向かった。
ラケロン島にも小さいながら冒険者組合はあるのだけれど、カサンドラさんへの状況報告もしたかったからだ。
パーティーの加入手続き、それからカサンドラさんへの報告は直ぐに終わったのだけれど、アスルはカサンドラさんを見て非常に驚いていた。
僕らは慣れちゃったけど、初見は驚くよね。本当にシャムと同じ顔だから。
カサンドラさんからも、『噂のラケロン島の姫巫女さんと知己を得るとは…… 皆さん、相変わらず持ってますねぇ』と言われてしまった。本当ですね……
諸々の用事を終えた僕らは、昼食を挟んでやっと仕事に取り掛かった。
現在地はラケロン島の領海、ちょうどアスルと僕らが遭遇戦をした辺りだ。アスルも含め、全員が小舟の上に乗っている。
「アスル分隊長。いつもはどう警備されているんですか?」
上官殿に問いかけると、彼女は何やら口をモニョモニョさせてから答えてくれた。
「う、うん…… えっと、基本的に、担当区画の海域を流して、密漁者や盗掘者を捕らえて行く。
タツヒト達みたいに、地表性の人たちは船があるからわかりやすい。
私みたいな水棲亜人は、わざわざ船を使わない事も多い。やましい事がある人間は特に。
でも、海中に人がいればわかるから、このまま船を進めていって。
あ。あと、強い魔物を見かけたら狩るけど、やりすぎると冒険者の仕事がなくなるから、ほどほどにする」
「な、なるほど。承知しました。これを一人でやられていたのは、本当に驚異的ですね……」
広大な海原を見渡しながら、僕は思わずそう呟いた。アスルの担当区域は、島の領海の東側半分ほどにもなる。
勿論時間帯ごとに他の兵士の人達と交代で警備しているのだけれど、普通は一人で担当できる広さじゃない。
ちんたらやっていたら終わらないので、前衛組でせっせと船のオールを動かして船を進めていく。
「にゃ、にゃ…… しっかし、本当にうちらって役に立つのかにゃ? 正直、陸ならともかく、海ん中でアスルの速さに付いていけると思わないにゃ」
警備を初めてから少しして、キアニィさんがオールを動かしながら質問する。
すると、船首側で海面を見渡していたアスルが振り返り、ゆっくりと首を振った。
彼女の片耳には、水面から水がコードのように伸びている。どうやらあれで海中の音を聞いているらしい。
「そんなことは無い。特に、密猟者達を捕まえて、島まで連行するのが面倒。
その場で始末してもいいけど、あまり殺しすぎると母が悲しむ」
「--そうですわね。人殺しなんて、しないに越したことは無いですわぁ……」
アスルの言葉に、前職を思い出してかキアニィさんが複雑な表情を見せた。
それからまた少し船を動かしていくと、ラケロン島領海の中でも、海底遺跡が多い海域に来た。
すると、ここに来て初めてアスルが反応した。
「--あ、居た。船を止めて」
「……! 全員、水中戦用意!」
「「応!」」
オールを止め、全員で水中眼鏡やら水中呼吸用の魔導具を準備し始める。
その間、アスルは音もなく海に入っていた。今回は彼女の耳にも短距離通話の魔導具が嵌っている。
そしてすぐに、装具からアスルの声が聞こえてきた。
『--海星人族六、蛸人族二、許可記録に無い構成。盗掘者、捕まえる』
『了解です! 全員、分隊長に続け!』
『『応!』』
全員で小舟から海に飛び込み、泡のカーテンの向こう側にアスルの姿を探す。
すると数m下の方に漂うアスルと、彼女から逃げていく数人の人影があった。
あの必死に逃げている様子を見るに、どうやら盗掘者で間違いなさそうだ。
海面に船は見えなかったので、海中からこっそりとこの海域に侵入したんだろう。
ちなみに彼女達のような水棲亜人は、顎の下に鰓のような器官を持っていて、海中ではそれで呼吸している。
『どうする? 全員、海底の岩礁に叩きつけてもいいけど、多分半分くらいは死ぬ』
アスルからちょっと怖い通信が入る。それ、僕らもやられた奴だな……
『い、いえ。今回は人数がいます。一人一人捕まえましょう。あの速度なら、僕らでも追いつけます』
『うん……! 先に行く!』
凄まじい速度で先行するアスルに、僕らも負けじと追い縋る。
海中で本領を発揮する水棲亜人でも、絶対的な位階の差は覆せない。
高位階の陸生人類である僕らの本気のバタ足の前に、盗掘者は次々に追い付かれ、全員の捕縛に成功した。
その後も海域の警備を続けた僕らは、終業の時間となる夕刻までに計六組の盗掘者、および密猟者グループを捕縛した。
この成果にアスルは大喜びだった。
「すごい……! いつもは捕まえられて二、三組なのに…… やっぱり、みんなとなら一緒に働ける。
特に、プルーナの魔法が便利。前は捕まえた奴を連れて、いちいち島に引き返していたから、すごく効率的」
船の上で興奮気味に語るアスル。船尾の方に目を向けるとそこには、僕らが乗っているものの倍ほどの大きさの船が曳航されていた。
これはプルーナさんが土魔法で生成したもので、数十人の犯罪者達が乗せられている。
彼女達の手足には、こちらもプルーナさんが生成した頑丈な枷がはめてある。
どちらも魔法で一から編んだものなので、時間が経つと消えてしまうけど、こうした用途にはとても有用だ。
「えへへ…… お役に立ててよかったです。でも、アスルちゃんの索敵能力もすごいですよ。
魔法だけじゃなくて、鋭敏な感覚と経験の蓄積がないと出来ない事だと思います」
「あ、うん…… ありがとう」
「むぅ…… 次からシャムも索敵に参加するであります!」
「む、負けない」
依然としてアスルの表情筋は仕事をしていないけど、楽しそうにしている事ははっきりとわかる。
仲良く張り合うお子様組を見て、僕ら大人組の口角は自然と上がった。
後ろの船から聞こえてくる犯罪者達の怨嗟をBGMに、僕らはゆっくりと船を港へと進めた。
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