第339話 島主と母親
アスルに手を引かれるまま、僕らは離れの客間へと案内された。
そこに追いついてきたマハルさんと他の使用人の方々から、客間に装備なんかを置いて湯浴みに行くように促された。
謝りに来た先で大歓迎された形になり、まだ状況に頭が追いついてない。
でも海から上がったままで体がベタついていたので、正直かなり有り難かった。
それで、ありがたくお風呂をもらい、用意してもらった服に着替えた後、案内されたのは大きな食堂だった。
「待っていたぞ。さぁ、座ってくれ」
食堂中央に置かれた大きな長テーブルの端、上座に座った島主のリワナグさんが、僕らに席を勧めてくれる。
テーブルの上には、香ばしい豚の丸焼き、変わった香りのスープ、山盛りのご飯、新鮮そうな野菜やフルーツなど、豪勢な料理がこれでもかと並んでいた。
見た目も香りも、空きっ腹を大変に刺激するメニューだ。めちゃくちゃ美味そう。
近くからじゅるりと涎を啜る音が聞こえてきたけど、多分キアニィさんだな。
ご馳走に引き寄せられるように席に座ろうとすると、リワナグさんの近くに座っていたアスルが僕を手招きする。
「タツヒト、私の隣に座って」
「は、はい」
僕が素直に彼女の隣に座ると、他のみんなも各々席に着いた。全員ちょっとそわそわしていて可愛い。
今日は、お昼は海の上で軽食で済ましたし、その後は激動の半日だったからなぁ。
「しかし、すごいご馳走ですね。とても美味しそうです」
「うん。でもこれ、祝い事の時にしか食べないやつ…… 母、張り切りすぎ」
ほんの少し恥ずかしそうに視線を送るアスル。そんな彼女を見て、リワナグさんは楽しそうに笑った。
「そうだとも。だから出している。さぁ、盃を持て。今日は英雄達の歓迎の宴だ。遠慮せずに食え! 乾杯!」
「「乾杯!」」
リワナグさんの号令で全員が盃を干し、会食が始まった。ちなみに、僕とお子様組は当然ジュースだ。初対面で醜態を晒すわけには行かないからね……
「この甘辛い鶏肉の煮込み…… 本当にお米とよく合いますわぁ。酸味が食欲を刺激して、いくでも食べられましてよぉ……!」
「豚の丸焼きも非常に美味だぞ、キアニィ。皮はパリパリで香ばしく、身はしっとりと柔らかい…… 素晴らし仕事だ……!」
キアニィさんとヴァイオレット様が中心となり、卓上の料理がみるみる内に減っていく。
僕も結構なペースでご馳走を頂いているけど、この二人には全く敵わない。
その様子を目にしたホストのリワナグ様は、笑みを浮かべながらも少し引いている。
「ははは、口に合ったようでよかった…… マハル、厨房に20人前追加と伝えてこい。急ぎでな」
「は、はい」
リワナグ様から指示を受けたマハルさんが、ぱたぱたと食堂から出ていく。
つい数ヶ月前にも似たようなやり取りを見たような気がする…… ちょっと申し訳ない。
すみませんという思いを込めてリワナグ様に目線を送ると、それに気づいた彼女は微笑んだ。
「ふふっ、やはり英雄ともなれば食べっぷりも違うな…… さてタツヒト。お前達の冒険譚を聞かせてくれるか?
俺も戦士の端くれ。かの邪神討伐の話を、是非当事者から聞かせてもらいたい」
「私も聞いてみたい。邪神は強かったの?」
リワナグ様とアスルが、目を期待に輝かせながら僕に視線を向ける。こうしてみると結構親子だな、この二人。
「ええ。神と称されるには十分過ぎるほどに。えっと、何処から話しましょうか…… 事の初めは、馬人族の王国と蜘蛛人族の連邦との間で生じた四八戦争で--」
四八戦争を経た、聖国を加えた三国による邪神討伐作戦。魔導国の地下に生じた成熟魔窟の討伐。樹環国での呪炎竜との対決と取引。
最近いろんな人に語って聞かせる機会が多く、慣れてきたせいか、二人とも目をキラキラさせながら僕の話に耳を傾けてくれていた。
アスルは、呪炎竜の流れで出た大渦竜の話に特に興味を示してくれた。
「見渡す限りの海、その全てを止める……? そんな事、私にだってできない。すごい……!」
椅子を僕の方に近づけ、体をピッタリと寄せながら興奮気味に語るアスル。
なんか今日一日でめちゃくちゃ距離が近くなった気がする。ちょっとドギマギしてしまう。
「え、ええ。あれはちょっと、人類とは次元が違いましたね…… あの、そういえば、僕らの仕事はアスルの領海警備のお手伝いなんですよね?
よければ、内容を少し教えて頂けますか?」
「むぅ…… わかった。後でもっと旅の話を聞かせて。 --仕事は領海の警備。朝、領海への立ち入り許可を得たパーティーの一覧を確認して、人種や人数などの把握してから、担当の海域に見回りに行く。
それで、無許可で海中を彷徨いている者を見つけたら、捕縛して島に連れていく。抵抗したら、その場で始末してもいい。
あと、強力な魔物を見つけたらそれも狩っておく。大体こんな感じ」
--おぅ、結構殺伐としている。なるほど、そんな生活を続けていたら強くもなるか……
みんなが納得の表情を見せる中、ロスニアさんが声を上げた。
「そ、それで私達が無許可のパーティーだとすぐに分かったんですね……
あれ……? という事は、許可証を持っているパーティーの構成を、全て暗記しているんですか……!?」
彼女の疑問に、アスルは事も無げにこくりと頷いた。この子、魔法だけじゃなく頭まで良いらしい。
「アスルは頭も良いようでな。大抵のことは一度見たら忘れん。だが、普通は呼び止めて許可証を確認する。そうしていれば、お前達とも戦わずに済んだろうに……」
少し呆れ気味に視線を送ってくるリワナグさんに、アスルはついと視線を逸らす。
「私は、全部覚えているから、許可証を確認する必要が無い。あと、普段はあそこまで乱暴にしない。
でも、最近本当に無許可の人間が多かったから、雑になっていた。ごめんなさい、ロスニア」
「あ、いえいえ。悪いのはこちらですから、アスルちゃんが謝ることはありませんよ」
「--ところで、お前達が探している遺跡だが、見つける宛はあるのか?
正直、広い海底遺跡群から目的の遺跡を見つけるのは、かなり困難に思えるが……」
リワナグさんの疑問に、彼女と目が合ったプルーナさんが答える。
「えっと、それは大丈夫だと思います。他の遺跡と違って、結構特徴的な外観をしていますから。ね、シャムちゃん?」
「はいであります! シャム達が探しているのは、銀色の半球状の遺跡で--」
カシャンッ。
台詞の途中で鳴り響いた音に、全員の視線が音の方向、アスルへと集中する。
みんなから注目され、彼女は少し慌てた様子だ。
「ご、ごめん。匙を落としただけ。話を続けて。シャム」
「はいであります! その遺跡でありますがとても頑丈で、多分シャム達しか開け方を--」
仕事内容と遺跡の後は、話はまた僕らの冒険譚の方に戻って行った。
リワナグ様も含め、その場の全員が楽しそうに会話と食事を楽しんでいた。
けどそれ以降、アスルの口数がやや少なくなった事が少しだけ気になった。
突発的に始まった会食は大いに盛り上がり、全員お腹も心も非常に満たされた様子だった。
最後にリワナグ様から閉会の言葉があり、この日は解散となった。
念入りにお礼を申し上げてから客間に帰ろうとしたところで、僕だけリワナグ様に呼び止められた。
使用人の方々まで下がらせ、今食堂には僕と彼女の二人っきりだ。その状況にちょっと怖いものを感じながら、恐る恐る尋ねる。
「あの…… それでお話というのは……?」
「うむ…… タツヒト。お前は噂通りの英傑のようだ。『雷公』の二つ名も当然のことだろう。
それで、お前は我が娘、アスルもその手中に収めるつもりか?」
「……え!? い、いえ! その、アスル様は素晴らしいお方ですが、そのような事は考えておりません!!」
予想外の質問に額に汗しながら必死に否定すると、リワナグ様は大きな声で笑い始めた。
よ、よかった。冗談だったのか…… 心臓に悪いっすよ。
「はっはっはっ…… すまんな。ただの戯言だ。だが俺は、もしかしたらそれも良いかもしれないと思っている……
タツヒト。島の連中のアスルに対する態度を見たか? どう思った?」
表情を真剣なものに変えたリワナグさんの質問に、僕はこの島についてからの事を思い起こした。
「その…… なんだか距離があるな、という印象です。もちろんお立場のこともあるのでしょうが、アスル様自身が、住民の方の畏怖や信仰の対象になっているようにすら見えました」
「うむ、そうだろうな…… アスルは以前はもっと明るかったが、昔、少しあってな…… 自分の力を恐れ、他人と距離を取るようになってしまった。
アスル自身が人を遠ざけているし、島の連中、お付きのマハルですらアスルを畏怖している。
今やあの子とまともに話すのは、この島では俺だけかもしれん……」
リワナグ様の言葉に、僕はなんだか腑に落ちるものを感じていた。
何があったのか知らないけれど、アスルと島の人々との関係は全く健全に見えなかった。
あの年齢の子に、それはとてもきついことのはずだ…… リワナグ様の独白が続く。
「だがそこに、自分と対等以上の力を持ち、島のしがらみとは無縁の人間、つまり前達が現れた。
お前達に殺されかけたというのに、あんなに楽しそうなアスルを見たのは、本当に久しぶりだった……
だからだろうなぁ…… ここを離れてお前達についていく。アスルには、そんな生き方もあるのかも知れない。一人の母親として、そんなふうに思ってしまったんだ」
「それは……」
「--ふふっ、少し酔いが回ったようだ。今の話は忘れてくれ。為政者としては、褒められた内容では無いから…… ではなタツヒト。ゆっくり休んでくれ」
「--はい。失礼致します」
為政者の顔つきに戻ったリワナグ様に頭を下げ、僕はみんなの後を追った。
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