第338話 メンダコの島(2)
めちゃくちゃな時間になってしまいましたが、金曜分ですm(_ _)m
アスルに手を引かれ、町の中心部に位置する立派な館に連れてこられた僕らは、そのまま上階の応接室に通された。
部屋は南国特有の開放的な造りになっていて、部屋とバルコニーが一体化しているような感じだ。
外には夕暮れの海と港町を一望できて、景観もすごくいい。
遊びに来たんなら気楽に景色を楽しめたんだろうけど、今日は詫びを入れに来ている。
先ほどから妙に距離の近いアスルと一緒に、緊張気味に座って待っていると、彼女のお付きのマハルさんがノックと共に部屋に入ってきた。
「み、皆様、島主様がおいでです」
彼女の言葉に席を立って迎えると、鋭い眼光をした妙齢の蛸人族が入ってきた。
メンダコ種の例に漏れず上背はそこまでじゃないけど、鍛え抜かれた歴戦の戦士といった風貌だ。水色の触腕の一本は千切れてしまっている。
これまで何人もの領主の方々に会ってきたけど、その人達同様、位階の高さとは別種の威圧感をお持ちだ。
彼女は上座の席にどかりと座ると、僕らの方をじっと見据えた。
「待たせた。俺が島主のリワナグだ。アスルは…… 聞いた通り無事なようだな」
「うん、無事」
短い親子のやり取りに続き、僕はリワナグ様に深々と頭を下げた。
「青鏡級冒険者パーティー『白の狩人』のリーダー、タツヒトと申します。
彼女達はパーティーメンバーです。本日はお時間を頂き誠にありがとうございます」
「ふむ…… どうやら本物のようだな。我が娘、アスルが負けたと聞いた時は耳を疑ったが…… 相手が、かの邪神殺しの英雄達なら納得だ。掛けてくれ」
リワナグ様の言葉に驚きつつ、僕らは席に座り直した。
アラク様の眷属、邪神死を紡ぐ蜘蛛を討伐してから半年以上経っているけど、ここでその名前を聞くとは思わなかったのだ。
「あ、ありがとうございます。ご存じでしたか…… ここからアラニアルバ連邦とはかなり離れていると思うのですが……」
「この国は、アラニアルバ連邦に近いベルンヴァッカ帝国とも取引がある。
時間はかかるが、国を揺るがすような大事は耳に入ってくるものだ。
それで、マハルからはお前達がアスルを倒しただとか、謝罪に来るだとか聞いたが、一体どういう状況なんだ?」
「はい。その、非常に申し上げにくい事でして…… まずはこちらを。
このようなもので恐縮なのですが、邪神の甲殻を削り出した防具と、南方の珍しい菓子です。どうかお納め下さい」
ずっと緊張しているマハルさん経由で、軽い装飾の施された木箱をリワナグ様に渡す。
プルーナさんに急造してもらった贈答用の木箱の中には、僕らが装備しているのと同じ手甲や胸当てなどの他に、こちらもいい感じの箱に詰めたチョコレートが入っている。
彼女は箱の中身と僕らの装備と見比べながら、感嘆の声を上げた。
「ほぉ、これがかの邪神の……! なるほど、これはお前達の予備の武装だな?
青鏡級冒険者が身を預けるものだ。この黒く美しい光沢だけでなく、さぞ頑丈なのだろう。
--だが、これ程のものを受け取るには、やはり先に事情を聞く必要があるな」
彼女は木箱を一旦脇に置くと、僕らに鋭い視線を送ってきた。
ぐぅ…… 先に贈り物を受け取って頂く事で、謝罪を受け入れて貰いやすくする作戦。失敗だ。
姑息にもアスルに島主様の好みを事前聴取し、船の上で大急ぎで準備したのに……
老獪な島主様には通じなかったようだ。
「は、承知しました。事の初めは--」
僕らが事情を説明し終わると、リワナグ様は非常に険しい表情を僕らに向けた。少し殺気が漏れ出ている。
「--なるほど。話は分かった。つまりお前達は、無断で我が領海に侵入し、我が娘による正当な防衛行為を妨害し、あまつさえ殺しかけたと…… そういう事だな?」
「--はい。その通りでございます。本当に申し訳ございません……」
「にゃ、にゃあ。やっぱり逃げてた方がよかたんじゃ……」
「お黙りなさいな。聞かれますわよぉ……?」
怒りを露わにするリワナグ様に全員で深々と頭を下げる。
小声でゼルさんとキアニィさんが何か話しているけど、本当に向こうに聞こえていないことを祈る。
「母。私も、よく確認せずに仕掛けてしまった。タツヒト達を許してほしい」
空気が重くなったところで、アスルが助け舟を出してくれた。
殺されかけた本人が僕らの減刑を嘆願してくれるなんて、ありがたすぎる。
これにはリワナグ様も驚いたのか、殺気を霧散させて目を見開いてしまった。
「アスル。殺されかけたと言うのに、随分とタツヒト達を気に入ったようだな。
だがこの島を預かる身として、俺はこいつらに厳罰を与えねばならん。ならんのだが、ふむ……
--ところでお前達。なぜわざわざこの国まで来て、海底遺跡の探索などしていたんだ?
お前達なら、エウロペア周辺でいくらでも稼げるだろうに。割に合わんだろう」
リワナグ様が至極当然な疑問を口にするが、これに対する答えはすでに用意してある。
僕はシャムを指し示しながら返答した。
「はい。それには少し理由がございまして、こちらの白髪の娘、名前をシャムと言うのですが、彼女は先の戦いで邪神から呪いを受けてしまったんです。
その影響で、元は私と同じ程度だった体格はこのように縮んでしまいました。
その治療に必要な魔導具が、この辺りの海底遺跡に眠っているはずなのです」
「ほぅ。にわかには信じ難いが…… だが仲間のため、エウロペアから遠く離れたこの地に来たのであれば、天晴れな事だ。
--では一つ選択肢を増やしてやろう。お前達の道は三つだ。
一つ、定めに従い厳罰に服すこと。二つ、そのつもりが無いからここへ来たのだろうが、刑に服さず逃げること。当然これは勧めん。
そして最後の三つ目。罪を赦す対価として、しばらくアスルの仕事を手伝うことだ」
「「……!」」
リワナグ様の言葉に全員が息を飲んだ。みんなを見回すと、全員が頷き返してくれる。
なんかアスルもこくこく僕に頷いてくれたので、頷き返す。
「慈悲深きご裁定に感謝いたします、リワナグ様。是非とも三つ目を選ばせて頂きたいのですが……
ご息女の仕事とは、このラケロン島の領海の警備と考えて良いでしょうか?」
「うむ。知っての通り、最近プギタ島領海の海底遺跡の辺りが騒がしい。
それに乗じて、このラケロン島領海でも密漁や盗掘を働く者が増えてきている。この国の馬鹿共だけでなく、隣国のならず者まで出張ってくる始末だ。
加えて魔物の数も増加気味だ。アスルは兵100人分以上の働きをしているが、それでも追い付いてない。
どうだアスル。他の者ならともかく、タツヒト達なら--」
「うん……! タツヒト達となら、一緒に戦える」
被せ気味に返答するアスル。相変わらず表情の変化は少ないけど、なんだか嬉しそうに見える。
その様子を見たリワナグ様は、ほのかに笑みを浮かべた。一瞬だけ、為政者から母親の顔になられたようだった。
「ふふっ、そうか…… 付け加えると、仕事に障らない範囲であれば、領海内での遺跡探索も許可しよう。
この辺りの海はアスルの庭だ。お前達の探すものも見つかるかも知れんぞ」
「それは……! 何から何まで、本当にありがとうございます、リワナグ様!」
「「ありがとうございます!」」
全員で立ち上がって頭を下げる。すごい。どうしてここまで、と思ってしまうほどに僕らにとって有難い裁定だ。
「ああ。さて、もう日が暮れるな。今日のところは館に泊まっていけ。俺も邪神討伐の英雄譚が聞きたい。
アスル、マハル。彼らに離れを案内してくれ」
「分かった……! タツヒト、こっち!」
「ひ、姫巫女様……! 私が、私めがご案内しますから……!」
またしてもアスルに手を引かれ、僕らは館の離れへと向かった。
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