第336話 海の化身(2)
水曜分です。大変遅くなりましたm(_ _)m
少し長めです。
突然の襲撃をなんとか凌いだ僕らは、急いで海中から浮上し、随分遠くまで流されていた自分達の小舟へと戻った。
「なっ…… 子供だと……!?」
「嘘…… ぼ、僕より若く見えますよ……!? この子、確か緑鋼級でしたよね……?」
船の上がってきたみんなは、そこに寝かされている正体不明の蛸人族の子供を目にして、困惑と驚愕の表情を浮かべている。
先ほど僕らをまとめて仕留めかけ、今はぐったりと動かない彼女を、僕が船の上に引き上げたのだ。
みんなの驚きは当然だろう。彼女の年齢はプルーナさんよりも少し下、十二歳くらいにしか見えない。
この年齢の子供に殺意を向けられた事もショックだけど、何よりその位階の高さだ。
凡人の限界と言われる黄金級。緑鋼級はそれを超えた超人の領域で、そこに到達できる冒険者は一千人に一人と言われている。
他の人よりも位階が上がり易いらしい僕だって、緑鋼級に至るには相当な修羅場を潜る必要があった。
あの歳でその域に至るなんて普通じゃない。彼女の過酷な人生が想像され、なんとも痛ましい気持ちなる。
けれど今はそれどころじゃない。何せ、僕の雷撃のせいで彼女の心肺は停止しているのだ。
「推測は後です! すぐに彼女を蘇生させます! みんな、備えてください!」
「「お、応!」」
僕はみんなを少し下がらせると、蛸人族の子供の気道を確保し、心臓マッサージを始めた。
何十回か彼女の胸骨を圧迫し、その口に二回息を吹き込む。
揺れる小舟の上では非常にやりづらいけど、すぐ近くに陸地なんてない。今ここでやるしかないのだ。
そのまま胸骨圧迫と人工呼吸のサイクルを数回繰り返していると、彼女が咳き込みながら水を吐いた。
「--けほっ! けほっ、けほっ……!」
「……! よ、よかったぁ……」
呼吸を再開した彼女に、僕は思わずへたり込んでしまった。
殺され掛けたとはいえ、こんな子供を手に掛けたくは無かったのだ。本当に良かった。
咳き込む彼女の上半身をゆっくりと抱き起こし、落ち着くのを待つ。
「けほっ、けほっ…… ふぅー…… えっ……!?」
ようやく呼吸が整った彼女は、僕らに気づいて目を見開き、小さく声を漏らした。
改めて彼女の姿を観察する。頭部の色はやはり綺麗な青色で、おそらくメンダコか何かの蛸人族だ。
頭の上に生えた一対の鰭がケモ耳みたいで非常に可愛く、短めのプリっとした触腕も愛らしい。
服装は色鮮やかな刺繍が施された水着のようなもので、ほっそりとした小柄な体つきが顕になっている。やはり子供だ。
一方で、大きな目と小さな口はビスクドールを思わせ、顔立ちは異様なほど整っている。
蛸人族特有の四角い瞳は海を思わせる青色で、思わず吸い込まれそうなほどに綺麗だ。
美貌。そして超然とした眼差しと人形のような表情。思わず尻込みしてしまうほどに神秘的な女の子だ。
……ん? 今気づいたけど、彼女の首にかかったネックレス、何かの牙を加工したものだろうか?
ただの装飾品かと思ったけど、あの真っ白な牙が妙に気になる。何か、異様な気配を放っているような……?
--いや、今は気にする事じゃないな。
「落ち着いた? お願いだから暴れないでね。海中ならともかく、この状況では君に勝ち目はないよ?」
いつでも雷撃を撃てるように準備しつつ、僕は彼女にゆっくりと語りかけた。
ちなみに先ほど放った雷撃は、ここ一週間の努力の結果である。
最初に海中で雷撃を放った時は、周り中に拡散して全く狙った所に当たらないし、危なくて味方の近くじゃ絶対に使えなかった。
しかし、魔法とはかなり意志の力がものを言う。幾度となく練習を重ねることで、ある程度拡散を制御できるようになったのだ。
まだ射程は数mほどで、威力もかなり減衰してしまうんだけど……
さておき。僕の言葉を聞いた彼女は、ぐるりと船の上を見回した。
彼女の視線を受けたみんなが、武器を構えながら表情を強張らせる。
けれど彼女は暴れ出すことはなく、顔を俯かせながらポツリと呟いた。
「負け、たの……? 私が……? 海の中で……?」
信じられない。といった様子の彼女に、全員が何となく警戒を緩める。
先ほどの老練ささえ感じられた闘いぶりとは裏腹に、年相応の幼さが見えた気がした。
頭の鰭もへにゃりと倒れ、触腕も元気なく垂れている。 --ちょっとかわいそうになってきた。
「えっと…… そうだね。実際君、ものすごく強かったよ。正直死ぬかと思ったし…… それで、どうして僕らを襲ったの? 何かの誤解だと思いたいんだけど……」
「--あなたは、誰……?」
彼女はすっと顔を上げると、質問に答える事なく僕の目をまっすぐに見てそう言った。
--なんだか、やっぱりちょっと不思議な感じの子だな。
「僕はタツヒト。一週間くらい前にプギタ島にきた冒険者だよ。後で紹介するけど、他のみんなも冒険者で僕の仲間さ。パーティー名は『白の狩人』、よろしくね。
この海域には、海底遺跡の探索のために来てたんだ。あ、ちゃんと許可証もあるよ。ほら」
僕は懐から許可証を取り出して彼女に差し出した。
海の上での使用を前提としているためか、この許可証は水に濡れても大丈夫な素材になっている。
彼女は許可証の文面を読み終えると、何かを理解したように頷いた。
「そう…… 私はアスル。ラケロン島の島主、リワナグの娘。
あなた達、密漁者じゃなかったんだ……」
ラケロン島……? 聞いたことのない地名に、僕は首を捻ってしまった。
そこで、はっと息を呑む声が聞こえた。見ると、ヴァイオレット様は額に汗を浮かべ、とても焦ったような様子だ。あ、あれ。何だか雲行きが……
「す、すまないアスル殿。ここはもしやプギタ島ではなく、そのラケロン島の領海なのだろうか……?」
ヴァイオレット様の問いかけに、アスルさんはこっくりと頷いた。
瞬間、自分が何をしたのかを理解し、僕の背中が冷や汗でじっとりと濡れる。目をやると、他のみんなも理解したようだった。
今がどんな状況か端的に説明すると、許可が必要な領海に無断で立ち入り、それを諌めにきたの島主の娘を殺しかけた。という形になる。
僕らは誰ともなくアスルさんの前に並び、両手両膝をついて深々と頭を下げた。
「「も…… 申し訳ありませんでしたーー!!」」
僕がよくこれをする影響で、みんなにも染み付いてしまった最上級の謝罪スタイル。
ジャパニーズ土下座である。
「お、おいキアニィ、やべーにゃ……! 島主って、要は領主ってことにゃろ? さっさと逃げた方がいいんじゃにゃいか……?」
「おバカ! ここで逃げても、あっという間にプギタ島にも手配が回りますわぁ……
海底遺跡の探索どころか、二度とこの国に入れなくなりますわよ……!?」
「う、うにゃぁー……」
後ろの方でゼルさんとキアニィさんが小声で囁き合う。
「ほ、本当に申し訳ありませんでした、アスル様。探索に夢中で、プギタ島の領海から出てしまった事に気づきませんでした。
あまつさえ、正当な防衛を行なった貴方を害しかけるなど…… どうお詫びしたら良いか……!」
まずい…… 許して下さいとも言えないくらいに、本当にまずい状況だ。あと単純に申し訳ない……
ゼルさん達が言った通り、島主とは領主のようなもので、その島の中でほとんど絶対の権力を持つ。
すぐに軍を差し向けられ、捕縛、処刑の流れになっても全くおかしくない。
仮に逃げたとしても、顔が割れているのでシャムの部品回収どころじゃない。
ぼ、僕らはまた指名手配犯になってしまうのか……!?
全員で汗をダラダラ流しながら頭を下げ続けていると、アスルさんがはぁ、と息を吐いた。
「--いい。私も、よく確認しなかったから。あと、様はいらない。アスルと呼んで」
彼女の言葉に、全員が安堵の息を吐いた。よ、よかった。少し変わっているけど、めちゃくちゃ寛大だぞ、この娘。
「あ、ありがとうございます! アスル様!」
「アスル。様はいらないって、今言った」
心からの感謝を伝えると、すぐにアスルさんから修正が飛んできた。
ジト目でこちらを真っ直ぐに見つめる様には、何か有無を言わせない迫力があった。
「は、はい、すみません…… あの、アスルはラケロン島の領海の見回りをしていたんだと思うんですが、その、なぜ一人だったんですか?
アスルが強いのは知っていますが、この辺の魔物も結構強いです。島主の御息女なら、どなたか家臣の方が近くにいらっしゃると思ったのですが……」
疑問に思っていた事を聞くと、彼女は僕から目を逸らして俯いてしまった。
「--供は居ない。一人の方が、動きやすい……」
「そ、そうですか……」
「うん……」
どうやら地雷を踏んでしまったらしい。今日、僕は何度やらかせば気が済むんだ……?
少し悲しげに答えてくれた彼女に、僕は次の言葉をかける事が出来なかった。
そして気まずい沈黙が流れること暫し、アスルさんがすっと立ち上がった。
「--じゃあ、さよなら。あ……」
船から海に入る手前で転びそうになる彼女を、僕は咄嗟に支えた。
「おっと…… すみません、僕の魔法の影響がまだ抜けていないみたいです。
その状態で魔物いる海に入るのは危険です。ぜひ、ご自宅まで送らせて下さい。その、島主様にも謝罪しませんといけませんし……」
殺しかけた上に一人でお返しするのは、流石に申し訳なさすぎる。
僕の気持ちが通じたのか、アスルさんは暫しの沈黙のあと、頷いてくれた。
「--わかった。島は、あっち」
「ありがとうございます! では、アスルはこちらにお座り下さい。ロスニアさん、彼女を診て頂けますか?」
「承りました。アスルさん、少し--」
「アスル」
さん付けしたロスニアさんに、すかさずアスルの修正が飛ぶ。よほど敬称が嫌らしい。
「えっと…… アスルちゃん。少し診させて頂きますね?」
「--わかった」
「アスル。お腹減ってないでありますか? シャムのチョコを分けてあげるであります!」
「チョコ……? 何、それ?」
「とっても美味しいお菓子ですよ。あ、カッファも飲みますか? チョコとよく合うんです」
距離感を測りながらと言った感じだけど、後衛組のみんなはアスルとうまく話せているようだ。
僕ら前衛組はその事に少し安心しながら、アスルの指し示した方向、遠くに見えるラケロン島に向かって船のオールを漕ぎ始めた。
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