第335話 海の化身(1)
大変遅くなりました。火曜分ですm(_ _)m
少し長めです。
『『〜〜!?』』
上下左右が凄まじい勢いで入れ替わりながら、抗いがたい勢いで体が流される。
翻訳装具から声にならない悲鳴の合唱が聞こえ、みんなが極度の混乱状態にある事がわかった。
水面、近くで踠くみんな、敵の魔法使い、海底の岩礁。視界の中でそれがが目まぐるしく入れ替わり、その度に岩礁が急速に大きくなる。
まずい…… このままじゃままじゃ叩きつけられる。僕はともかく、魔法型の人はただじゃ済まない……!
『み、みんな落ち着いて! 敵の水魔法使いからの攻撃です! 手を……! 近くの人と手を取って下さい!』
『こ、攻撃ですって……!? --いえ、それよりも……! ロスニア!』
『は、はい! キアニィさん!』
『プルーナ! 縮こまっていないで、手を伸ばすであります!』
『シャ、シャムちゃん……! うん!』
僕の声に落ち着きを取り戻したみんなが、凄まじい水流の中でなんとか手を取り合う。
全員が手を繋ぎ合い、円環状に連なったことで姿勢が多少安定した。よし、これなら……!
『全員、水面に向かって思いっきりばた足開始! 岩礁にゆっくり着地するんです!』
『『お、応!』』
ゴババババッ……!
ちょっと絵面は間抜けだけど、高位階の戦士型による全力のバタ足はかなり効果的だった。
僕らの沈下速度は次第に減速していき、海底の岩礁に激突せずに軟着陸することができた。
それと同時に、僕らを押さえつけていた強烈な水流が収まった。
視線を斜め上、今の攻撃を行ったと思われる小柄な蛸人族の方に向けると、やつは不思議そうに小首を傾げている。
僕と同じ方向を見据えながら、ヴァイオレット様が斧槍を構えて前に出た。
『タツヒト、よくやってくれた! しかし先ほどの強力な水魔法…… 奴は一体何者なんだ……!? なぜ我々を襲う!?』
『分かりません……! ここにきて一週間くらいの僕らが、ここまでされるほど恨みを買うとも思えませんが……
おーい! 多分何かの誤解だ! 攻撃をやめてくれ!』
声は伝わらないけど、こちらを見下ろす蛸人族に必死に手を振る。
しかし、ボディランゲージが伝わらなかったのか、そもそも話を聞く気がないのか、奴の体が再び緑光を放った。
さらに奴は片手を小さく持ち上げ、溜めを作るように体を捻った。
『まずい……! 前衛! 後衛の前に出て最大防御!』
僕の声に前衛のみんなが前に出た直後、奴が僕らめがけて水平に腕を振り抜いた。
背筋に悪寒を感じながら、身体強化を最大化して衝撃に備える。すると--
ジャッ!
『ぐぅ……!?』
体の前に掲げた腕に強烈な衝撃。さらに、手甲で守られていない場所に鋭い痛みが走った。
みると、強装で強化したはずの頑丈なインナーが破れ、腕の皮膚が浅く裂かれている。
やはり、昔戦った大水蛇の水流ブレスと同じような攻撃だ。
鋭い高圧水流を受けたことで海底の砂が周囲に舞い、近くの岩礁には一文字の傷が刻まれている。
しかし妙に威力が高い。向こうは緑鋼級で僕は青鏡級。位階の差があるのにここまでダメージを受けるなんて、何かカラクリがあるのか……?
分析に持って行かれそうになった意識が、横手から漂ってきた赤く色付いた海水によって引き戻される。
慌ててそちらをみると、ゼルさんとキアニィさんが腕や胸の辺りから血を流していた。まるで鋭い刃物で切り付けられたかのような傷だ。
『ゼルさん、キアニィさん! 大丈夫ですか!?』
『だ、大丈夫だにゃ。あんの蛸……! ウチらに喧嘩売ろうにゃんていい度胸だにゃ!』
『ちょっとお仕置きが必要ですわねぇ……!』
傷を押さえながら気丈に奴を睨みつける二人だけど、あの出血量は軽症じゃない。
くそっ! こうなったら、もうこっちも遠慮してられないぞ……!
『応戦します! 眼前の蛸人族に遠距離攻撃開始! ロスニアさんは二人の治療を!』
『はい! お二人とも、こちらへ!』
負傷した二人が後ろに下がり、シャムが弓を構え、僕とプルーナさんが手を掲げる。
『えい!』
『『螺旋岩!』』
水中向けに形状を工夫した鋼鉄製の矢が、回転する岩塊が、僕らを見下ろす小柄な蛸人族に殺到する。
水の抵抗のせいで地上ほどの速度は無いけど、魔法型なら即死もあり得る運動エネルギーを持った攻撃だ。
けれど奴がほんの少し手を降ると、矢と岩塊はその軌道を大きく曲げた。
そして、一旦奴の横を通り過ぎたそれらは180度進行方向を変え、今度は僕らに向かって殺到した。
『あわわ! も、戻ってくるであります!』
『プルーナさん、一旦防壁を張って下さい!』
『はい! 『岩壁!』』
プルーナさんの声と共に、奴と僕らの射線を分断するように分厚い石の防壁が生成された。
ガガァンッ!
跳ね返された矢と岩塊が防壁に突き刺さる音が響き、緊張状態にあったみんなの表情がほんの少し緩む。
『ありがとうプルーナさん。これで、少し対応を考えられるよ』
『はい。でも、どうしましょう。あの位階の水魔法使いと海中で戦うなんて、避けるべきだと思います。
相手の目的が分からないことも不気味ですし……』
プルーナさんの言葉に全員が頷く。地上戦においても、周囲を満たす空気を操る風魔法使いや、足場となる地面を支配する土魔法使いは脅威だ。
しかし、海中における水魔法使いの厄介さはその上を行く。何せ上も下も横も無く、周囲を満たす全てが敵の思い通りなのだ。
位階の差があればゴリ押しすることも出来るけど、向こうは妙に強力な魔法を使う。これではちょっと分が悪い。
『僕も同感です。ロスニアさん、二人の傷はどうですか?』
『傷の治療は終わりました。でも、二人とも結構失血しています。
海中だと造血の魔法薬が使え無いので、早めに地上に戻って処置したいところです』
心配げな彼女の言葉にゼルさんとキアニィさんの様子を伺うと、確かに本調子では無さそうな感じだ。
『分かりました…… 撤退しましょう。切断水流を防壁で防ぎ、海底に足場を作って激流に流されないようにしながら、安全に後退していくんです。
空気の残量はまだ十分あるはずですが、奴が僕らの酸欠を狙う可能性もあります。急ぎましょう』
『にゃっ……!? タツヒト! 確かにちょっとふらつくけど、戦えないほどじゃにゃいにゃ!』
『落ち着きなさぁいゼル。報復は相手が油断している時にでもすればいいですわぁ…… うふふ』
いきり立つゼルさんを、キアニィさんが暗い笑みを浮かべながら宥める。ちょっと怖い。
『その通りです。ではすぐに動きましょう。プルーナさん、先に足場を--』
ガガガガガッ……!
防壁の向こうから突然響いた轟音に台詞が遮られる。
嫌な予感に従って慌てて防壁から距離を取ると、ほんの数秒後に頑丈な石壁がバラバラに切り崩されてしまった。
『そんな……!? かなり強力に魔力を込めたのに!?』
プルーナさんが驚愕する声が響く。ダメか……! これじゃ、安全に撤退なんて出来ない!
遮るものがなくなり、数十m離れた位置から僕らを見下ろす奴の姿が見えた。
高威力の切断水流をあれだけ連発したのに、魔力切れした様子も無い。
この状況、このまま受けに回り続けたら溺死もあり得る…… 賭けに出てみるか。
『ヴァイオレット様。みんなを切断水流から守ってもらえますか? 僕が打って出ます』
『タツヒト……!? くっ…… 了解した! みんな私の後ろへ!』
ヴァイオレット様が悔しげに応えてくれたの見届けた後、僕は強化魔法を発動させ、思い切り海底を蹴った。
加えて全力で足を動かして水を掻き、さらに加速して奴へ肉薄する。
が、僕が近づくの合わせて奴は距離を取り、激流を生み出して僕を押し返そうとする。
そこへ切断水流まで打ち込まれ、身体中に裂傷が刻まれた上に縮まった距離が再度開く。
このままでは永遠に奴の元へ辿り着けない。だけど、僕にはもう一段階加速する手段があった。
『--火よ!』
後ろに伸ばした両手で、小規模な高速連続爆発を引き起こす。そしてその反力を受け、僕の体が急加速する。
それによってようやく相手の顔がわかる位置まで肉薄した僕は、逆にギョッとして目を見開いてしまった。
敵は、青い体色の蛸人族だった。プギタ島では見かけなかった種族で、頭部に耳のような鰭が存在していて、触腕は短めだ。
加えて、驚愕に歪む端正な顔立ちにはあどけなさが残り、体つきも、小柄というよりは単に幼かった。
こ、子供か……!?
なぜ子供が僕らを襲うのか。どうやってこの歳でこれほどの位階に。
衝撃と疑問に体が僅かに硬直し、致命的な隙が生まれる。
一瞬で驚愕から立ち直った彼女が、その機を逃すまいと腕を振る。
ゴッ!
側頭部に強烈な衝撃を受け、意識が飛びかける。
--なるほど。圧縮した水塊を高速でぶつけるなんて事もできるのか……!
僕がふらついている隙に彼女が僕から離れようとする。しかし、この距離はもう僕の間合いだった。
手を掲げ、込める魔力を調整しながら発動させる。
『雷よ!』
ジッ……!
僕の手のひらから放たれた紫電は、周囲の海水に拡散させられながらもなんとか対象に到達した。
雷撃を受けた彼女がびくりと震え、電気分解で生じた気泡が視界を覆う。
一瞬の後、気泡がかき消えた先には、蛸人族の子供がぐったりと海中に漂っていた。
『--ふぅ〜……』
なんとか切り抜けた…… 僕は少しの罪悪感と共に安堵の息を吐いた。
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