第332話 バカンスの終わり
大変遅くなりました。木曜分ですm(_ _)m
ちょっと長めです。
山間部にあった美しい棚田の村を出た僕らは、村の皆さんに教えてもらった通りに歩みを進め、数日後には大きな港町に着いた。
そこから南に向かうことさらに数日。僕らを乗せた船は、ビトゥイン島という島に到着した。
ここは海星人族の縄張りで、転移魔法陣がある連邦北端のプシット島と、目的地である南端のプギタ島との中間地点に位置する島だ。
目的地までの一気に行ければ良かったのだけれど、残念あがら直行便は無かった。
船の乗り換えのため、僕らはここで一日ほど足止めされる事になる。
そうとなれば、やる事は決まっていた。
「やっぱり、何度見ても綺麗だなぁ……」
足元には熱く白い砂浜、目の前には透明度の高いエメラルドグリーンの海、そして遠くに広がる青空。控えめに言って最高のロケーションだ。
ここビトゥイン島のビーチは、連邦が誇る中でも指折りに数えられるリゾート地なのだだそうだ。周囲にはヤシの木のようなものも生えていて南国感がすごい。
ここへ来るまでも景色や異国の料理を楽しんできたけど、ここではさらに楽しめそうだ。
季節の上では秋なのにまだまだ気温は高く、砂浜では沢山の海水浴客が楽しげな声を上げている。
只人はもちろん、世界中から集まったとしか思えない、多種多様な亜人種も見られる。
比率としては、烏賊人族と海星人族が多めだ。
素晴らしい景色の次に、もっと素晴らしい亜人の皆様の水着姿を眺め始めた所で、後ろから声が掛かった。
「タツヒト、待たせた-- な…… なんだその水着は……!?」
振り返ると、そこに居たのはヴァイオレット様とシャム、そしてキアニィさんだった。
ヴァイオレット様は、シックな紫色を基調としたクロスデザインのビキニを着ていて、素晴らしく似合っている。
ただ、その表情は驚愕と落胆に歪んでいた。
「な、何って…… そこのお店で買ったやつですけど、変ですか……?」
丸一日の待ち時間が発生した段階で、せっかくだから海で遊ぼうという事になった。
で、僕も一応水着を持っていたのだけれど、不思議なことに女物しか手元に無かった。
僕としては別に海パン一丁で全く問題ないのだけれど、それをやるとこの世界では軽い露出狂として認定されてしまう。
なので、ビーチ近くの売店で黒っぽい上下の半袖水着を購入した。もちろん男物だ。
派手だったり破廉恥なデザインの水着が並ぶ中、かなり無難なものを選んだので、何もおかしな所は無いはずだけど……
「いや、変では無いが…… 今日は久々にタチアナの水着姿が見られると思っていたのだ……」
露骨にガッカリと肩を落とすヴァイオレット様。う、うーん。正直その需要はあるのかもと思ったけど……
以前、ちょうどこの場にいる四人で、ここと似たようなリゾート地で遊んだことがある。
その時の僕はまだ指名手配中だったので、あくまで変装ために女装し、女物の水着を着ていた。
しかし手配が解かれた今、僕の第二人格、タチアナちゃんはもう役目を終えたのだ。
封印した彼女を再び呼び起こせば、主人格である僕が侵食されかねない。
「えっと…… シャムはお揃いみたいで嬉しいであります!」
機械人形の関節構造を隠すため、シャムは首から上と手足だけが露出した水着を着ている。確かに僕が着ているのと似てるかも。
10歳くらいの体格に対してとてもスポーティーな印象なので、なんだか背伸びしているみたいでとても微笑ましい。
僕は気を使ってくれた彼女の頭を念入りに撫でた。
「--ありがとうシャム。君はそのままでいて欲しいな」
「ふーん…… ヴァイオレット。わたくしも少し残念ですけれどぉ、あの水着も結構良いのではなくて?」
際どい緑の三角ビキニを着たキアニィさんが、こちらを見ながらヴァイオレット様に語りかける。
あなたの水着の方こそ最高です。
「む……? --なるほど確かに…… ピッタリとした素材ゆえ、水着の上から彼の細身ながら筋肉質な体型がよく分かる…… これはこれで趣があるな」
立ち直ったヴァイオレット様が、僕を上から下まで凝視しながらうんうんと頷く。
趣って…… しかし、そんなに凝視されるとなんだか急に恥ずかしくなってくる。
「あ、あの…… 僕よりも、三人と相変わらず似合ってますね。最高です」
僕以外は、以前海で遊んだ時と同じ水着を着ているけど、何度見ても素晴らしい。思わずお金を出してしまいそうになる。
「うふふ、ありがとうぉ。もうすぐ残りの三人も-- あ、来ましたわぁ」
「にゃっはー、いい天気だにゃ! お? タツヒト! おみゃーその水着、地味だけど妙にエロいにゃ! 気に入ったにゃ!」
ご機嫌な様子で登場したゼルさんは、僕を目にしてさらに笑みを深めた。
着ているのはハイネックのビキニで、色は毛並みに合わせた明るい黄色だ。
彼女の明るい雰囲気としなやかな肢体と相まって、とても健康的な魅力を感じる。
「ゼル、大声でなんて事言うんですか!? --ですがその、私も同感です。なぜか神に感謝したくなりました」
ロスニアさんが、僕の方をチラチラ見ながら手で聖教のシンボルを形作る。
水着は、上半身の豊かな胸部装甲を大胆なビキニで支え、蛇の下半身の方にはパレオを巻いている。
色は髪色に合わせた清楚な印象の水色なのに、形が背徳的すぎる……!
「うわぁ…… あ、えっと、お、お似合いです、タツヒトさん!」
最後は顔を真っ赤にし、長い前髪の向こう側から僕を凝視するプルーナさんだ。
上半身は彼女の茶髪とよく合うオレンジ色のオフショルダーで、蜘蛛の下半身との繋ぎ目のあたりにパレオを巻いている。
小柄で小動物めいた彼女によく似合っていて、とても可愛らしい。
「ありがとうプルーナさん。でも、みんなこそ本当によくお似合いです! これ、少ないですが……」
素晴らしいものを見せて頂いた僕は、本能的に財布からお金を出し、そそくさとみんなに配り始めた。
「お? やったにゃ、小遣いもらったにゃ!」
「タツヒトさん…… と、突然どうしたんですか……!?」
「タツヒト…… 久しぶりに見たが、その癖まだ治っていないのか……」
それぞれにリアクションしてくれるみんなの手にお金をねじ込み終え、僕はようやく落ち着きを取り戻すことできた。
その後はみんなで海に入ったり、BBQしたり、ビーチに高さ数mの砂の城を建築したりして、めいいっぱい楽しんだ。
この旅の目的を一瞬忘れてしまうほどの、本当に充実した時間だった。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、時刻は夕方となった。
みんなは砂浜に座り込み、海の向こうへ沈んでいく美しい夕陽をまったりと眺めている。
僕はというとじゃんけんに負け、ビーチに併設された売店へ一人飲み物を買いに来ていた。
すると、後ろから突然声をかけられた。
「そこの素敵なお兄さん。こんにちは」
「--え、僕ですか?」
あたりに僕しか男がいない事に気づき、少し迷いながら振り返る。
そこに居たのは、若い海星人族の二人組だった。
烏賊人族と似て頭から五本の触腕が生えており、スタイルの良い肢体はよく日に焼けている。
彼女達は振り返った僕を見て、フレンドリーな笑みを浮かべた。
「そうそう、もちろん君だよ。うん、やっぱり可愛い」
「もしかして一人? 危ないよー、そろそろ日もくれるし」
満面の笑みを浮かべながら距離を詰めてくるお姉さん達。こ、これは…… まさか逆ナンというやつでは……!?
すごい。僕の人生において全く縁の無いものだと思っていたから、驚きよりも感動が勝つ。
ん? この世界だと男女の貞操観念が逆転気味だから、逆ナンじゃなくただのナンパになるのか?
いや、どっちにしろ初体験なのだけれど。これ、どうすれば良いんだ……?
どう反応すればいいのかわからず、曖昧な笑みを浮かべしまったせいか、お姉さん達が笑みを深くする。
「アタシらこの辺が地元だから詳しいんだ。宿どの辺? 近くまで送って-- ひっ……!?」
突然空気が重くなり、お姉さん達が小さく悲鳴を上げて硬直する。呼吸すらままならない様子だ。
慌てて彼女達の視線を辿ると、砂浜でのんびりしていたはずのヴァイオレット様達が、無言でお姉さん達を睨んでいた。
殺気を向けられているのは僕じゃ無いのに、ものすごい圧力を感じる。
「ちょっ、大丈夫ですか……!? えっと…… みんな、大丈夫です! ちょっとこの辺の事をお聞きしてただけですから! 大丈夫でーす!」
みんなに向かって必死に手を振って声をかけると、不承不承という感じで圧力が収まった。
同時にお姉さん達が脱力し、思わずといった感じでその場にへたり込んでしまった。
「ふう…… 連れがすみませんでした。大丈夫ですか?」
謝りながら二人を助け起こすと、彼女達は僕から少し距離をとりながら青い顔で頷いた。
「あ、あぁ…… 恐ろしい程の殺気。高位冒険者の連れだったのか。失礼した」
「いやー、びびった。死ぬかと思ったよ…… 冒険者ってことは、お兄さん達もプギタ島へ行くのかい?」
「え? は、はい、その予定ですけど…… 何故わかったんですか?」
不思議に思ってそう尋ねると、お姉得さん達は顔を見合わせてしまった。
「何故って…… 今この国にいる冒険者は、みんな一攫千金を夢見てプギタ島の海底遺跡に集まっているという話だぞ?
なんでも、最近新しい海底遺跡が次々に見つかって、高価な魔導具も多く発掘されているとか」
「アタシら船乗りなんだけど、最近の積荷はもっぱら冒険者なんだよ。つい数日前もプギタ島に送ってきたばかりだし」
プ、プギタ島の海底遺跡……? お姉さん達の話を聞いて、背中が冷や汗でじっとりと濡れる。なんだか、非常に嫌な予感がするぞ。
「ちょ、ちょっと待ってください…… シャム! ごめん、ちょっと来てくれる!?」
みんなの方に声をかけると、すぐにシャムが走ってきてくれた。
「タツヒト、どうしたでありますか?」
「うん。ちょっと手間なんだけど、ここに、例の遺跡がある島の地図って描けたりする? 大雑把なやつで大丈夫なんだけど……」
足元の砂地を指して尋ねると、シャムは大きく頷いてくれた。
「勿論であります! ちょっと待つであります。 --こんな感じで良いでありますか?」
するとわずか数十秒後、僕らの足元にはプギタ島の地図が完成していた。
島の南端の方に細長い半島が描かれていて、その先端付近に目的とする古代遺跡があるはずなのだ。
「ありがとう、さすがシャム! お姉さん、今おっしゃった海底遺跡って、この地図だとどの辺ですか?」
「す、すごい技能だな。一瞬でこれだけ正確な地図を…… ん? しかし、少し地形が間違っているな。ちょっと修正してもいいかな?」
「は、はい。どうぞ」
お姉さん達は地面にしゃがみ込むと、古代遺跡があるはずの細長い半島を地図上から消してしまった。これは、まさか……
「プギタ島にこんな半島は存在しない。この辺りは海だ」
「そうそう。ああでも、その新しく見つかった海底遺跡ってだいたいその半島の辺りだよね」
「……!」
彼女達の言葉に、僕は思わず天を仰いだ。今度の古代遺跡のロケーションは海中かぁ……
どうやら、今回の旅も一筋縄では行かないようだ。
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