第331話 東洋の至宝(2)
大変遅くなりました。水曜分ですm(_ _)m
山を降りて麓の村の前まで来た僕らは、その様子を見て少し驚くことになった。
魔物の脅威に溢れたこの世界では、どんなに小規模な集落でもそれを囲う頑丈な防壁を設けることが一般的だ。
しかし、目の前の村には防壁どころか柵すら設置されていなかった。
井戸のある広場を中心に、どこか郷愁を誘う藁葺き屋根の家屋が建ち並んでる。
村の住人らしき人達は、棚田に散って稲の収穫に精を出しているようだけど、護衛を付けた様子も無い。
「驚いたな。防壁がない村など初めて目にした……」
「僕もこっちの世界では初めて見ました。村の人達の様子を見るに、この辺には魔物の脅威が全く無いのかも知れませんね」
ヴァイオレット様と一緒にカルチャーショックを受けていると、近くの田んぼで腰をかがめていた人が体を起こした。
反射的にその人を見た僕は絶句し、相手も僕らに気づいて素っ頓狂な声を上げた。
「んぉ……!? あ、あんたら誰だい? この辺じゃ見ない顔だけど……」
「……!」
少し怪訝な様子で僕らに尋ねる彼女に、僕はすぐに答えられなかった。
彼女は三角形の麦わら帽子を小脇に抱え、鮮やかな模様のあしらわれたポンチョのような上着を着ている。
そして…… 頭には髪の毛の代わりに、触腕のような物が生えていた。
さらに両耳の前には、吸盤の付いた一対の長い触腕が備わっている。
間違いない。話に聞く烏賊人族だ……! こんなに早く会えるなんて!
長い方の触腕はかなり自在に動かせるらしく、彼女はそれで額の汗を拭っていた。
なるほど。頭の触腕があるから、頭を通す必要がない前開きのポンチョを着ているんだ。
よく見ると肌の色も白っぽく、手には水掻き、瞳孔の形も横に広がった楕円型だ。ますます烏賊っぽい。
初見の種族にぶち上がるテンションを必死に抑えていると、肩に手が触れる感触があった。
振り返ると、少し呆れた表情のヴァイオレット様だった。やば。
「タツヒトよ…… いつもの発作だろうが、落ち着くのだ。初対面で変な挙動をしては警戒されてしまうぞ?」
「わ、わかっています…… こほん。えっと、こんにちは。僕らは冒険者でして、依頼中に盛大に道に迷ってしまったんです。
よければ、この辺りの事について少し教えて頂けませんか?」
平静を装いながら烏賊人族の女性にそう答えると、彼女は少しほっとしたように表情を緩めた。
「はー、冒険者さん。そりゃ大変だったでしょう。そしたらちょうど昼だし、うちで飯でも食っていきな。食べながら教えたげるさ」
「え、いえいえそんな、悪いですよ」
「いいからいいから。遠慮しなさんな。おーいみんな、お客さんだよー! そんでそろそろ昼にすんベー!」
遠慮する僕らに構わず、彼女は僕らを引きずるようにご自宅へ招いてくれた。
よほど珍しいのか、家の中には僕らを一目見ようと大人も子供も沢山詰めかけている状況だ。特に子供たちなんて目をキラキラさせている。
烏賊人族は皆さん同じようなポンチョ、只人の皆さんは独特の模様があしらわれたシャツを着ていて、とても色彩豊かだ。
「ねーねー! 冒険者なら、竜見たことあるー?」
10歳くらいの烏賊人族の子供に話しかけられ、彼女と同い年くらいに見えるシャムが胸を張る。
「ふふん、もちろんであります! 矢で風竜の目を射抜いたこともあるであります!」
「え〜、うっそだぁ〜。あんた、あたしとそんなに歳変わんないじゃない」
「う、嘘じゃ無いであります! シャムの腕前を見せてあげるであります!
プルーナ、練習用の矢を生成して欲しいであります!」
「ふふっ、はいはい」
シャムとプルーナさんが子供達を引き連れて外へ出ていく。
「猫のお姉ちゃん、その剣かっこいいね! 触らして、触らして!」
「あ、こらあぶにゃいにゃ。そんにゃことする奴は…… こうだにゃ!」
「わわ…… わー、はやいはやーい!」
「あ、ゼル! もう、子供なんですから……」
次にお子さんを肩車したゼルさんが、ロスニアさんの静止を聞かずに風にように外に出ていってしまった。
どうしよう。お子様組プラス精神的お子様が、一瞬にして離脱してしまったぞ。
ちなみに、この場に残ったヴァイオレット様達も子供好きなのだけれど、彼女達は大人なのでソワソワするだけで踏みとどまっている。
そんな僕らの様子を見てか、家主の烏賊人族のお姉さんを始め、その場にいた村の人たちが笑みを浮かべる。
「あはは、すまんねぇ。ここに冒険者の人が来ることなんて滅多にないからさ」
「い、いえ、こちらこそお騒がせしてしまって…… あっと、それで、僕らは聖国からきた『白の狩人』っていう冒険者なんですけど--」
簡単な自己紹介の後、僕らはこの国やこの辺のことについてお姉さんに尋ねてみた。
まず、ここプシット島は、烏賊人族が多くすむ彼女達の本拠地らしい。
ハルリカ連邦の首都もこの島にあって、歴代の国家元首、首長も烏賊人族なのだそうだ。
ただ、烏賊人族が全てを牛耳っているのかというと、そうではない。
連邦は多くの島から構成される国家だけど、それぞれの島には別の亜人種の島主がいて、種族ごとに自治が行われている。多分、一つの島が一つの州のような扱いなんだろうな。
ちなみに僕らが目指す南端のプギタ島は、蛸人族が仕切っているらしい。今から行くのが楽しみだ……!
この村に関しては、見て通り稲作が盛んな田舎の村で、やはり魔物は殆ど出ないそうだ。これは、山がちな地形や魔物の領域との距離が関係しているらしい。
魔物は出ないけど急峻。そんな安全だけど少し扱いづらい土地で暮らしていくための工夫の結果が、あの美しい棚田というわけだ。
ハルリカ連邦には、こういった魔物が出現しない土地が沢山あるらしい。
この国の人々がおおらかだと言われる理由がわかった気がする。
幸いな事に、この村は他の島に渡るための港からさほど離れておらず、数日ほど歩けば辿りるけるそうだ。
お姉さんから港への道を聞き終える頃、シャム達や子供達も帰ってきて、そのまま昼食となった。
メインは、鳥肉と野菜を醤油とお酢で煮込んだ感じのもの。そして主食は、期待通りお米だった。
日本のものと違い、パラパラとして淡白な味わいのお米は、濃い味付けのおかずとベストマッチして非常に美味しかった。
食事中は僕らが話し手となり、これまでの冒険を村の人達に語って聞かせた。
この冒険譚も結構好評だったのだけれど、それよりも喜ばれたのはキアニィさんのリアクションだった。
「お、美味しいですわぁ! この不思議な味付け、クセになりそう……! お代わりしてもよろしくって!?」
彼女の食べっぷりに気をよくしてくれたのか、お姉さんは笑顔でお代わりをよそってくれた。
それからかなりゆったりと過ごさせてもらった僕らは、別れ際に米から作ったというお酒まで持たせてもらい、村の人達総出で見送ってもらった。
転移初日にして、東洋の至宝と呼ばれるこの国の絶景と人々の温かさ、その双方を味わうことができた。
とても幸先の良いスタートだ。やはり今回の旅はとても良いものになる予感がするぞ。
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