第330話 東洋の至宝(1)
ちょっと短めです。
聖都での日々はあっという間に過ぎ、二週間ほどで出発の準備は整った。
今僕らは、聖ぺトリア大聖堂の最奥、ハルリカ連邦に通じる転移魔法陣の小部屋に集合している。
見送りには教皇猊下とメームさんが来てくれている。
前回の旅では、僕らに同行する事を断固として譲らなかったメームだけれど、今回はお留守番だ。
旅の厳しさに、商人の自分が同行する利点よりも、足手纏いになる欠点の方が大きいと判断したそうだ。正直、僕としてもそっちの方が安心だ。
あと、二人の関係性が進んだことも大きい。僕が言うのも変な話だけど、なんというか彼女から余裕のようなものが感じられる。
「では皆、気をつけて行ってくるのだぞ。現在ハルリカ連邦に関する不穏な情報は入っておらぬが、何があるか分からぬからな」
猊下が、いつものように抑揚の抑えられた声で言葉を掛けてくれる。
彼女の表情の変化を見分けるには訓練が必要だけど、今の僕には心配げに眉が下がっている事が読み取れた。
「はい猊下、注意を怠らないように致します」
「--ところで其方ら。今から出立すると言うのに、何やら疲れている様子であるな。む、メーム。其方もだ。目の下に隈まであるでは無いか」
猊下の指摘に、お子様組を除く全員がぎくりと体を震わせた。特にメームさんは目を泳がせて額に汗までかいている。
「あの…… これは、その、なんと言いましょうか……」
「ごめんにゃメーム。ウチらがおみゃーを変に煽ったせいで、にゃんぎにゃ性癖が--」
「わー! 待て待て! 頼む、頼むからそれ以上話さないでくれ!」
口を滑らせたゼルさんを、メームさんが必死の形相で止める。
すると、僕らの様子から何かを察された猊下がすっと目を細めた。やばい。
「--なるほど。暫く会えぬわけだから、致し方無かろう。しかし、疲労を残すほどと言うのは問題だ。
人々の融和こそ神の教え。我も勿論するなとは言わぬが……
ロスニアよ。特に其方は聖職者であろう。諌める側であるはずの其方が、最も疲労しているように見えるぞ?」
「は、はい……! その、私の不徳の致すところでして、大変申し訳なく……!」
赤面しながら顔を青ざめさせるという器用な事をしながら、ロスニアさんが猊下に頭を下げる。なんだか非常に申し訳ない。
昨晩は暫く会えなくなるからと言うことで、その、全員で仲良くしましょうよという話になったのだ。
勿論ゼルさんの提案だけど、全員結構乗り気だった。みんな訓練され過ぎている。僕も青鏡級の身体能力を頼みに頷いたのだけれど。
で、その場で明らかになったのだけれど、メームさん、どうやらNTR的な性癖に目覚めてしまったらしい……
思えば前回の旅でもそれ以前でも、僕らはメームさんの前で奔放に振る舞い過ぎていた気がする。
その蓄積が昨夜の狂宴で爆発し、メームさんの性癖の扉をぶち開けてしまったようなのだ。
その事に気づいた彼女は、他の亜人と体の作りが違う自分は、心すらも歪んでいるのかとと酷く慄いた。
しかしその場には、幸い、と言っていいのか分からないけどヴァイオレット様と僕がいた。
ヴァイオレット様曰く、私が読むような書籍でもそのような題材が扱われることはある。少し変わっているが、全く異常では無い。
僕曰く、僕が住んでいた世界ではもはや一般的な性癖で、むしろ人気の題材になっている。何もおかしなことでは無い。
二人の有識者が言葉を尽くしたことで、メームさんは漸く落ち着きを取り戻してくれた。
だが、落ち着きを取り戻したメームさんからはこんなコメントも頂いた。
「二人ともありがとう…… しかしヴァイオレットの話はともかく、タツヒトの故郷とは一体どんな魔境なんだ……!?」
--うん。全然反論できないな……
その後、漸く猊下からお許しを得た僕らは、逃げるように聖都から転移した。
転移した先は暗闇に閉ざされていた。
いつものように明かりをつけ、転移魔法陣のある部屋から出て洞窟の行き止まりまで歩く。
ここの偽装を破れば外に出られるはずだけれど、前回の旅の記憶のせいでちょっと躊躇してしまう。
「な、なんだかちょっと外に出るのが怖いであります。この国にも火山は存在するでありますし……」
シャムが少し怯えた様子で僕の服を掴む。
前回は、緑あふれる真夏の熱帯雨林が待っていると思ったら、火山灰に埋もれた灰色の森だったからなぁ……
僕は彼女の頭を優しく撫でた。
「そうだね。でも、出発時点で噴火の情報は入っていなかったから、きっと大丈夫だよ。
プルーナさん、偽装を破って貰えますか?」
「は、はい。では、開けます……!」
プルーナさんが壁に手を翳すと、行き止まりの壁に綺麗な円形の穴が開き、外の光景が目に飛び込んできた。
「「--わぁ……!」」
全員が感嘆の声を上げ、誰ともなく外へ歩みを進める。
今回の転移魔法陣の遺跡が位置しているのは、高い山の山頂付近のようだった。
そこから見えるのは、周囲の山々の斜面に階段状に造られたたくさんの棚田。
実りに首を垂れる稲穂は日の光を受けて黄金色に輝き、緑の山々とのコントラストが言葉を失うほどに綺麗だ。
「すごいであります! すごく綺麗であります!」
「美しい…… まるで天に続く黄金の階段だ……! あれは麦畑だろうか?」
率直な感想を述べるシャムに対し、ヴァイオレット様が詩的な感想を述べながら棚田を指す。
そうか。エウロペア地域の人達にとって、田んぼはあんまり馴染みが無いか。
「いいえ、おそらくは水田、植えてあるのは稲です。それにしても、本当に見事ですね……」
ここハルリカ連邦は、東南アスリアと呼ばれる地域に位置する海洋国家で、多くの島々から構成される。
聖都などが位置するエウロペア地域から見ると、遥か南東に位置する東洋の国という扱いだ。地球の国に置き換えると、多分フィリピン辺りに該当する。
景観の美しさと大らかな国民性から、海外旅行などを楽しむ富裕層の間では東洋の至宝と呼ばれているらしい。
この絶景を見れば納得の二つ名だ。
僕らが今いるのは連邦北端の島で、機械人形の部品があると目される古代遺跡は南端の島にある。
前回の旅では転移の遺跡から目的地まで数千kmは離れていたし、気候も道のりもかなり厳しかった
でも今回は、目的地までの距離は数百km程で船便も多く、気候も過ごしやすい。かなり楽しい旅になるのでは?
「今は秋だからちょうど収穫の時期ですね…… きっと美味しいお米が食べられますよ、キアニィさん!」
「あら、それは楽しみですわねぇ! わたくし、またカツドンが食べたいですわぁ!」
諸々の不安から解消されて一気に観光気分になった僕らは、ひとまず下の方に見える村を目指して歩き始めた。
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