第329話 蛙と猫の決意
すみません、ちょっと遅れましたm(_ _)m
「本当ニモウ行クノカ。モット、ユックリシテ行ッテモ良イダロウ」
正体不明の黒い巨犬、不便なので仮に黒妖巨犬と名付けた強敵を倒した日の昼。
大森林の只中にある城塞都市の門の前で、僕らはエラフ君達から見送りを受けていた。
ちなみに、黒妖巨犬から傷を受けた傷は、人と魔物の区別無くロスニアさんが綺麗に治してくれた。
この場にはエラフ君とマガリさん、それから側近の食人鬼達がいる他、門の向こうには数多くの人型魔物達が集まってくれている。
エラフ君は、今から数日間に及ぶ祝勝会をするので是非参加してくれと誘ってくれたのだけれど、残念ながら僕らは寄るところが沢山ある。
「ありがとう。でも、ちょっとこれからベラーキとか領都にも顔出さなきゃいけなくてさ。
あんまり待たせると心配しちゃう人もいるし、今回はこの辺で。次の旅が終わったら、また遊びに来させてもらうよ!」
「ソウカ…… ウン。是非マタ来テクレ」
少し寂しそうなエラフ君の表情を見ていると、もう少しここに居たい気持ちが湧いてくる。
しかし、エマちゃんの泣き顔が脳裏に浮かんでしまうので、やはり早めに顔を出さないと。
「タツヒトさん、それに皆さん。本当に助かったっス! あの黒犬、黒妖巨犬には、ウチの連中が何百人も食われたっス!
エラフはその度に悲しい顔をしていたっスけど…… これでもそれも終わりっス!」
「マガリ……」
マガリさんの言葉に感じ入ったエラフ君が、彼女を優しく抱き寄せる。
そして微笑みながら見つめ合う二人。今にもキスしそうな感じだ。
それを見たヴァイオレット様が肩を竦める。
「ふふっ、本当に仲睦まじい二人だ。さて、そろそろ行こう。邪魔をしては悪い」
「あはは、ですね。じゃあエラフ君、マガリさん、それに皆さん。またね!」
「アア、マタナ!」
手を振って彼らに別れを告げ、僕らはエラフ君の王国を後にした。
別れ際、エラフ君を含む王国の人々全員が咆哮で見送ってくれたのだけれど、完全に魔物の群れの雄叫びだったので思わず武器を構えかけてしまった。
エラフ君の影響か、魔物中では例外的に理性的な彼らだけど、人間と仲良くやっていくにはまだまだ課題が多そうだ。
エラフ君の王国は大森林の中でも南西寄りの所にあって、ベラーキからそこまで遠い位置では無かった。
丸二日ほどかけて大森林を抜けた僕らは、すぐにベラーキに顔を出した。
村長夫妻を始めとした村の人々はみんな元気そうだったけど、一番元気に出迎えてくれたのは、やはりエマちゃんだった。
「お帰りなさい! タツヒトお兄ちゃん、ヴァイオレット様! それにみんなも-- あれ、また女の人が増えてる!?」
突進するように僕に抱きついたエマちゃんは、メームさんを指してクリクリとした目を大きく見開いた。
そう言えば、メームさんがここに来るのは初めてだった。しかし--
「ちょ、ちょっとエマちゃん、なんだか人聞きが悪いよ……」
「ふふっ。初めましてエマ。君のことはタツヒトやヴァイオレットから良く聞いている。
俺はタツヒト達の仲間で、商人のメームという。お近づきの印に、これを贈りたい」
メームさんは片膝をついてエマちゃんと目線を合わせると、洗練された所作でチョコレートの小箱を渡した。
「え…… あ、ありがとう、ございます……」
メームさんのかっこよさに赤面しながらチョコレートを受け取ったエマちゃんは、今度はそのおいしさに感動の笑みを見せてくれた。
あっという間にメームさんを受け入れたエマちゃんは、その勢いのまま彼女の手を引いて村の中を案内してあげていた。
ベラーキの後は領都に寄り、ヴァロンソル侯爵をはじめとしたヴァイオレット様のご家族の方や、魔導士団の人達のところにも顔を出した。
ここでもチョコレートは大人気で、メームさんは笑みを深くしていた。将来の販売計画に思いを馳せているのだろう。
しかし、これで手持ちはかなり減ってしまった。材料補充のため、樹環国の海上封鎖が解除されるのが待ち遠しい。
そんな感じで一通り王国内での挨拶回りを終えた僕らは、領都近くの転移魔法陣を使って聖都へと帰還した。
***
聖都に戻ったタツヒト達は、早速次の旅の準備を始めた。
目的地であるハルリカ連邦語の学習と情勢の確認、装備の整備や食糧等の準備など、どれも疎かにはできない。
しかし、戦いの中に身を置く彼らが最も重要視しているのは、やはり戦闘訓練だった。
「らぁ!」
聖堂騎士団本部の訓練場の一角で、タツヒトは騎士団の大隊長の一人と槍を交えていた。
互いの位階は青鏡級。常人には目視できない速度で放たれたタツヒトの突きを、大隊長は最小限の動きで躱して槍を突き返した。
タツヒトは何とか腕を引き戻し、槍の柄で大隊長の突きを弾いたが、僅かに体勢が崩れてしまった。
大隊長はその隙を逃さず連撃をを叩き込み、ほんの数合でタツヒトの槍を弾き飛ばしてしまった。
「--うん、また腕を上げましたね! でも、上昇した速度や膂力に技術がついてきていません。
普通はこんなに早く位階が上がる事は無いので、仕方のない事なのですけれど……
でも、戦場ではそんなこと言っていられません。ともかく体を動かして慣れていきましょう! もう一本!」
「は、はい! お願いします!」
タツヒト達が組み手を再開した一角の向こう側では、ヴァイオレットが他の大隊長と組み手をしている。こちらは中々の接戦のようだ。
訓練場では、他にシャムとプルーナも鍛錬に励んでいて、団内の弓の名手と、聖都魔導師団より招聘された土魔導士からそれぞれ指導を受けている。
プルーナだけはこの場におらず、大聖堂でバージリア枢機卿をはじめとした高位の聖職者達から手解きを受けている所だ。
そして残りの二人、キアニィとゼルは、『白の狩人』の他の面子から少し離れた場所で、アルフレーダ騎士団長に教えを乞うていた。
二人の話を聞き終わった騎士団長は、鷹揚に頷いてから口を開いた。
「ふむ…… なるほど。話を総合するに、自分達は最近活躍できていないので、惚れた男に良い所を見せられるよう鍛え直して欲しいと…… そういう事だな?」
騎士団長の言葉に、二人は一瞬反論しようと試みるも、相手の静かな湖面のような眼差しを受けてすぐに降参した。
「うにゃあ…… ま、まぁ大体、というか正解ど真ん中だにゃ。にゃんで説明していにゃいことまでわかるんだにゃ……」
「これだから長命種の方々は怖いんですわぁ。わたくし達のちょっとした表情の変化や言葉の響きから、高精度に物事を推測してしまいますの。
人生経験の差が凄過ぎて、お話しするだけであらゆる情報を抜かれてしまっている気がいたしますわぁ……」
二人は最近、自分達の『白の狩人』への貢献度合いについて悩んでいた。
普段の戦闘ならまだしも、巨大岩蚯蚓や呪炎竜、それから先日の黒妖巨犬といった強敵に対して、あまり力になれていないのではないか、と。
青鏡級であるタツヒトとヴァイオレットに対し、自分達はまだ緑鋼級だ。位階の差があるので仕方のない事ではある。
しかし同じ緑鋼級でも、ロスニアは治癒魔法で、シャムはその正確無比な射撃や計測能力で、プルーナは類まれな土魔法の才能と戦術眼で貢献している。
今後も鍛錬を続けることは勿論として、自分達ももっとできる事を増やしたい。
というような事を、二人は騎士団長に相談したのだ。
だがその裏にある、タツヒトに良い所を見せたいという願望を一瞬で看破されてしまったのだ。
妖精族は数百年の寿命を持つという。二人には、このアルフレーダ騎士団長の年齢が一体幾つなのか全く分からなかった。
少し顔を赤らめてバツの悪そうな表情をする二人に、騎士団長は慈愛の表情を向けながら笑った。
「はっはっはっはっ、そんな大したものではない。ただの年の功だ。
しかし話を聞くに、お前達はそれぞれの特技や特性で、十二分にパーティーに貢献していると思うがな。
それにタツヒトは、お前達が気にしているような事を考えるような男では無いだろう。が、これは二人の欲する答えでは無いな……
了解した。お前達には、少し変わった身体強化の技を伝授しよう」
騎士団長の言葉に二人が色めきたつ。
「ほ、ほんとかにゃ!?」
「その技で…… わたくし達は強くなれるんですの……!?」
「それはお前達次第だが、できる事は格段に増えるだろう。しかし、出立までの短期間で身につけようと思うと、それなりに大変だぞ?」
試すような騎士団長の視線を、二人はまっすぐに見返した。
「そんなの覚悟の上だにゃ! 絶対習得して、タツヒトをウチに惚れ直させるにゃ!」
「ええ! すぐにでも教えて頂きたいですわぁ!」
「うむ、その意気やよし! ゼルには軽躯、キアニィには静心と言う技を習得してもらおう。これは--」
技の要諦を語る騎士団長の言葉に、二人は真剣に耳を傾けた。
その日、訓練場には日が暮れても鍛錬に打ち込む声が響き続けた。
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