第328話 黒妖巨犬
非常にすみません、めちゃくちゃ遅くなりましたm(_ _)m
金曜分です。結構長めです。
高い防壁の外側に着地したのは、僕を含めた『白の狩人』の前衛組四人とエラフ君、それから彼の側近らしき食人鬼の二人だ。
エラフ君達の武装はそれぞれ槍と棍棒で、おそらく邪神の眷属の甲殻を加工したものだ。頑丈そう。
そして僕らの目の前で、防壁から叩き落とされた黒い巨犬が静かに起き上がる。
物見台の篝火に照らされた奴の巨大な黒い頭部がうぞうぞと蠢くと、顔中に突き刺さった木の杭がひとりでに押し戻され、音を立てて地面に落ちた。
「クルルルル……」
自分の足元に転がる杭や、僕ら『白の狩人』には一瞥もする事なく、奴はエラフ君達の方に向き直った。
--あれだけの攻撃を受けたのに全く堪えた様子が無い。巨大な犬のような形をしているけど、体の作りも根本から違うように思える。
加えて、攻撃を受けたことへの怒りも感じられないのに、エラフ君達人型の魔物に対しては異様な執着を見せている。
本当に生態も行動も異質な魔物だ。正体不明過ぎる脅威を前にして、僕の頬を汗が伝う。
「エ、エラフ君。作戦は……!?」
賢い彼が僕らと一緒なら行けると判断したのだ。きっと何か考えがあるはず。
期待を込めてエラフ君に視線を向けると、彼は巨犬から視線を外さすに頷いた。
「ウン。見タ通リ、奴ハイクラ攻撃シテモ平然トシテイルシ、アノ触手ハ何本切ッテモマタ生エテクル。デモ、奴ハ持久戦ニナルト撤退スル。
ダカラ、キット奴ニモ限界ガアルハズ。取リ逃サナイヨウ全員デ取リ囲ミ、死ヌマデ殴リ続ケル……!」
--めちゃくちゃ脳筋な作戦だった。
「にゃんかウチでも思い付きそーな作戦だにゃ」
「むぅ。長丁場になりそうだ……」
ゼルさんとヴァイオレット様がうへぇと言った表情で呟く。しかし、それしか無さそうだ。
「あはは。け、結構大変そうだね…… でも了解! みんな、取り囲んで--」
ドッ!
殆ど予備動作も無く、黒い巨体が地を蹴ってエラフ君達に突進した。
突然の行動に焦った僕らとは対照的に、彼らは冷静だった。
「ゲギャギャッ!」
「「ゴギャッ!」」
エラフ君の号令に応えた食人鬼達が、彼を中心に左右に走る。
その直後、異様な速度で撃ち下ろされた巨犬の右前足をエラフ君が槍で受けた。
彼の両足が僅かに地面に減り込み、表情が苦悶に歪む。
まずい、潰される……! そう思って足が前に出かけるけど、それは杞憂だった。
離れていた食人鬼達が、左右から巨犬の右前足に棍棒を叩き込んだのだ。
ドドッ!
黒犬の体表を覆う触手が何本もちぎれ飛び、エラフ君を押さえつける力が緩む。
その瞬間、エラフ君は後方に離脱しながら槍を切り上げ、黒犬の右前足を縦に断ち割った。
「「おぉ……!」」
美しい連携に、僕らは思わず感嘆の声を上げた。が、黒犬はやはり痛がるそぶりすら見せず、右前足もすぐに元通りに修復されてしまった。
こうしちゃいられない。今の位置関係は、僕らから見て奥側にエラフ君達、手前に黒犬の並びだ。
そして向かって右側に都市防壁があり、その物見台にはうちの後衛組や人型魔物の弓士が詰めている。
左側には森が広がっていて、僕らは奴がそっちに逃げ込まないよう、この場で封殺する必要がある。
「僕らも行きましょう! ヴァイオレット様とゼルさんは森側から攻めて下さい! 僕とキアニィさんはこちらから攻めます!
エラフ君達と一緒に、三方から奴を包囲する形です! 援護を意識して、なるべく砦からの射線は開けてください!
後衛組! 適宜援護をお願いします!」
「「応!」」
でかい声で叫んだ僕に、側にいた前衛組と砦の後衛組が応えた。
ヴァイオレット様とゼルさんが回り込むように黒犬へ走り寄り、僕とキアニィさんはまっすぐ奴に突進する。
「とにかく、当てられるところに当てていきましょう!」
「ええ! 急所が無いなんて、暗殺者泣かせですわねぇ!」
今だにエラフ君達しか見ておらず、僕らの方にはお尻を向けている黒犬に肉薄して全力の一撃を叩き込む。
ザガァンッ!
僕の槍による斬撃とキアニィさんの蹴り、双方によって奴の両足の触手がまた何本も千切れ飛んだ。
硬い……! 足を切り飛ばすつもりだったのに。エラフ君はさっきこれを断ち割ったのか……!
身体強化されているせいもあるんだろうけど、まるでぶっといワイヤーに切り込んだかのような異様な感触だ。
キアニィさんも同じような感想を持ったのか、眉を潜めている。
少し遅れて、ヴァイオレット様の斧槍とゼルさんの連撃が奴の横っ腹に炸裂、その巨体が僅かに傾ぐ。
黒犬は、この段階になってやっと、エラフ君達以外にも敵がいると認識したようだった。
奴はエラフ君達から僕らの方に体を巡らせ、観察するかのように目のない頭部をこちらに向けた。
そして奴の体が僅かに沈む。先ほどは見逃した突進の予備動作だ。
身構えて距離をとった瞬間、さらにガクリと奴の体が沈み込んだ。
「クルルッ……?」
不思議そうに自身の足元に顔を向ける黒犬。奴の足は1mほど地面に埋まっていて、さらにその周りをは枝分かれした石筍に固定されていた。
右手の物見台を見ると、プルーナさんが緑光を放ちながら黒犬に手を向けていた。
彼女の土魔法だ。どうやらこの手のアシストの仕方について、呪炎竜戦でコツを掴んだらしい。
「プルーナさん! 助かります!」
「よし、畳み掛けるぞ!」
「ゲギャ! 俺タチモ続ケ!」
「「ゴギャッ!」」
好機。その確信を持って、四肢を地面に縫い止められた黒犬に向かって全員が殺到する。
しかし僕らは、まだ相手のこと全く理解していなかった。
ワラッ……
体高5m程の巨大な黒い犬の魔物。そう思っていた奴の体の大部分がはらりと解け、大量の触手に変化したのだ。
「「なっ……!?」」
まるで黒いイソギンチャク。生理的に嫌悪を催す予想外の光景に、その場にいた全員が足を止める。
それまで奴の頭部だと思っていた箇所も触手の束となり、尻尾も同様に解け、もはや前後すらわからない。
犬型の魔物に触手が生えていたんじゃない。触手の塊が犬の形に擬態していたんだ……!
擬態を解いた四肢にプルーナさんの土魔法は意味を成さず、奴はするりと拘束から抜け出した。
さらに数十の触手の先端から赤眼が生成され、それ以外の数え切れない触手が高速で動き始めた。
ヒュン…… ヒュヒュヒュヒュッ……!
この場の光源は物見台の篝火だけだ。
そんな中烟るような速度で振るわれる幾本もの漆黒の鞭は、到底目で追い切ることができなかった。
全周に眼球を配置し、暴風のように触手を振うその様には、全く隙を見出せない。
「エラフ君! こいつ犬じゃ無かったの!?」
「分カラナイ! コンナノ、俺モ初メテ見タ! アッ、待テ!」
食人鬼の一人が、不用意に奴へ近づく。すると--
パァンッ!
「ガァァァァッ!?」
鋭い破裂音と共に食人鬼の胸の辺りが赤く裂け、苦痛に満ちた叫びが響く。
すぐに相方の食人鬼が走り寄り、負傷した方を後方へ引っ張っていく。
速い……! 威力はそこまでじゃ無さそうだけど、何発もくらったら不味いぞ……!
正体を表した黒い触手の化身を前に全員が動けずにいると、奴は森に向かってわしゃわしゃと移動を始めた。
犬形態とは比べ物にならない鈍足だけど……
「このままでは森に……! 不味いですわ! タツヒト君!」
「ええ! ヴァイオレット様、ゼルさん、奴から距離を取ってください! --『爆炎弾!』」
森側の二人に声を掛けてから、僕は奴の進行方向に交差するように火球を放った。
かなり多めに魔力を込めた火球が唸りを上げて直進し、奴の目の前に到達する。
その瞬間、僕は翳した手を握り込みながら火球を爆発させた。
バァンッ!
眼前で解放された爆炎に吹き飛ばされ、奴は元いた場所に押し戻された。よし、狙い通り……!
触手形態故、爆風を受ける表面積が増えていたのかも知れない。
「--クルルルル……」
爆炎を受けた当人はというと、押し戻されたことにショックを受けた様子もなく、平然としているように見える。
火が燃え移った何本かの触手もひとりでに千切れ、すぐに生え変わってしまった。自切、再生して元通りか…… 炎対策もバッチリらしい。
足止めには成功したけど、火魔法では燃やし尽くす前にこちらが魔力切れになってしまいそうだ。
こいつ、本当に倒せるのか……!?
--ヒュカァン!
不安と焦りがその場を支配しそうになった時、高速機動する触手を掻い潜り、奴の赤眼の一つを矢が刺し貫いた。
正確無比な射撃。物見台に目を向けるとやはりシャムだった。
「タツヒト! 仮称黒犬の体積は、襲撃時よりおよそ0.5%減衰しているであります!
持久戦が勝利条件だというエラフの仮説を、シャムは支持するであります!」
「「……!」」
不安げだったみんなの顔に活力が戻る。
そうか。あれだけ触手が千切れ飛んでいるんだ。元の質量が減っていないはずが無い。
ならば、どこかに必ず再生限界がある……!
「ありがとうシャム! みんな、このまま続ければ勝てる! 諦めずに攻撃して!」
「「応!」」
「クルル……」
一層強く鞭を振う触手の化身に向かい、僕らは決死の覚悟で殺到した。
当初の予想通り、戦いは長時間に及んだ。
まず僕は、少しでも奴の振う黒い触手の視認性を上げるため、周囲に幾つもの灯火を打ち上げた。
その後、雷光による目潰しや雷撃、爆炎弾も組み合わせ、ひたすらに奴の触手を削ることに注力した。
奴の体表は、前に魔導国で戦った巨大岩蚯蚓と同じ作りらしく、雷撃は殆ど通らなかった。
目潰しは一度だけ効果を発揮したけど、すぐにこちらの予兆を見切られ、以降は簡単に防がれるようになってしまった。
結局、効果的なのは物理で殴り続ける事だった。
何度も森へ逃げようとする奴を爆炎弾で引き戻し、時折手痛い反撃を喰らいながら前衛組が触手を切り飛ばす。
そして物見台の後衛組からの援護射撃も、少しづつだけど確実に奴にダメージを与え続ける。
そんな持久走のような戦闘を続ける内に、夜が明けてしまった。
前衛組は傷だらけで体力の限界が近く、呼吸も荒い。後衛組も魔力や矢玉が切れてしまい、途中から援護が止んでしまっている。
けれど、それは向こうも同じだった。
奴の体を構成していた触手の殆どは千切れ飛び、もう再生される様子が無い。
そして、犬の形に擬態していた触手群の奥から現れたのは、また犬だった。
襲撃時は5m程はあった体高は人間の腰程の高さにまで縮み、逞しく見えた体つきも病的なほどに痩せ細っている。
まだ何か奥の手を隠しているかも知れない。そう思った僕らは油断なく奴を取り囲み続けた。しかし。
「グル、ル、ゥ……」
トサッ……
弱々しく鳴いた黒犬の体が傾ぎ、そのまま軽い音を立てて地面に倒れてしまった。
しばらく待っても動かない小さな黒犬に慎重に近寄り、槍で突いてみる。反応は無い
「倒シタ、ノカ……? 倒シタ……! 倒シタゾ! ゴァァァァッ!!」
「「--オォォォォォォ!!!」」
血まみれのエレフ君が槍を掲げて勝鬨を上げると、少し遅れて都市の方から割れんばかりの歓声が上がった。
他のみんなも僕に続き、傷だらけの体を引きづりながら黒犬の死骸を覗き込んだ。
「これは、四つ目狼だろうか……? これが奴の正体…… こんなちっぽけな魔物が……!?」
ヴァイオレット様の言う通り、地面に横たわる痩せ細った小さな死骸は、四つの目を持つ黒い狼型の魔物、四つ目狼に見えた。
位階でいうと赤銅級から頑張っても橙銀級。今の僕らからしたら、決して強いとは言えない魔物だった。
青鏡級の上位相当の実力を有し、僕らを相手に一晩戦い抜いた強敵の正体とは信じられなかった。
「ん……? うわっ! く、くっせーにゃ!」
さらにその小さな死骸は、急速に腐敗し始めたようだった。
あたりに悪臭が立ち込め、その肉体は見る見る内に溶け出し、あっという間に地面の染みに変わってしまった。
「骨も、魔核も残さずに溶けてしまいましたわぁ…… 本当に、一体なんだったんですの……?」
「分かりません…… でも、とても不気味です……」
感情が感じられない機械のような振る舞い対して、人型の魔物に見せた異様な執着。
こちらが攻撃するまで、人間に全く興味を示さない魔物としての異常性。
さらに、小さな本体からはとても想像がつかない戦闘力と、この異様な死に方……
何もかもが分からない。ただただ正体不明の怖気を感じずにはいられない。
都市側から聞こえてくる歓声の中、僕らはしばらく呆然と地面の染みを見つめ続けた。
お読み頂きありがとうございます。
よければブックマークや評価、いいねなどを頂けますと励みになります。
また、誤字報告も大変助かります。
【月〜金曜日の19時以降に投稿予定】
※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。




