第327話 エラフ君の王国(3)
大変遅くなりましたm(_ _)m
木曜分です。
宴もたけなわ。深夜に差し掛かり、砦の食堂で始まった大宴会は徐々に脱落者を出し始めていた。
ハイペースで飲んでいた大人組は半数くらいが酔い潰れていて、シャムとプルーナさんのお子様組はこっくりこっくりと船を漕ぎ始めている。
いつも通り脱ぎ出したゼルさんを前にして、マガリさんが慌ててエラフ君の両目を塞いでいたのがとても微笑ましかった。
一方、僕の方も飲みの席で醜態を晒すことに定評がある。
なのでなるべく自分は飲まずに、周りの食人鬼達にお酌していたのだけれど、それでもちょっと顔が熱い。
「ふぅ…… ヴァイオレット様、ちょっと風に当たってきます」
「んゅ? 落ちないよぅに気をつけるのだぞぉ?」
「ふふっ、わかりました」
ちょっと呂律の回っていない可愛いヴァイオレット様にそう答え、賑やかな食堂から出る。
僕らは今砦の上階にいるので、食堂を出た先のバルコニーからは、エラフ君の王国の全景を見渡すことができた。
「うぉ……」
二重の防壁の内側では、暗闇の中に数えきれないほどの篝火が焚かれている。
視覚的にはすごく綺麗な光景なのだけれど、そこら中から魔物の雄叫びが聞こえてくるので身構えてしまった。
多分、国民の皆さんが単に飲み食いしながら騒いでるだけなんだろうけど、冒険者の習慣のせいでどうにも落ち着かない。
それでも秋の夜風が心地よく、暫くそこで涼んでいると、後ろから近づいてくる気配があった。
「酔ッタノカ? タツヒト」
エラフ君は僕の隣に立つと、少し心配そうに言った。
「うん、ちょっとだけ。でも大丈夫。エラフ君は…… 平気そうだね。結構ぐいぐい飲んでたのに」
僕の10倍以上飲んでいるのにケロッとしている彼は、楽しげに喉を鳴らして笑った。
「グッグッグッ…… 酒ナラ負ケナイ。 --タツヒト、アリガトウ。結婚式ヲシテ、マガリハトテモ嬉シソウダッタ。俺モ嬉シイ」
「うん、二人に喜んでもらって良かった。でもびっくりしたよ。
前に会った時は確かにマガリさんと仲良さそうに見えたけど、その、人と緑鬼の番って初めて会ったからさ。
あと、周りに女性の緑鬼も沢山いるのに、彼女達にはあんまり興味なさそうだよね?」
宴会には、途中から給仕の緑鬼達も参加していて、マガリさんの目を盗んでエラフ君にモーションをかけていた。
しかし、彼が彼女達に向ける視線は部下に向けるそれで、マガリさんに対する態度とは全く違った。
どうやらエラフ君はとても一途な男らしい。どこかのハーレムクズ野郎は、彼の爪の垢を煎じて飲ませて貰うべきだろう。
「アー…… ウン。正直、同族ノ雌トハ話ガ合ワナイ。スゴク頑張レバ会話デキルケド、疲レテシマウ。
デモマガリトハ普通ニ話セルシ、色々ト世話ヲ焼イテクレテ、知識ヲ授ケテクレタ。気ヅイタラ、マガリハ俺ノ大切ナ人ニナッテイタ。
最初、マガリトコンナ風ニナルトハ思ッテイナカッタガ、今ハトテモ満足シテイル」
「そっかぁ…… いや、実は僕の性癖もちょっと変わっていて--」
--カンカンカンカンカン!!
男二人でしんみりと語り合おうと思った所で、遠くから早鐘の音が響いた。
一気に酔いが覚めるのを感じながら、防壁の外の暗がりに目を凝らす。
まだ何も見えないけど、森の方からぴりぴりと肌を刺すような強い気配が漂ってくる。
「エラフ君、これは……!?」
「アア…… 来テシマッタヨウダ。黒犬ダ」
同じように闇に目を凝らしながら、彼は硬い声色でそう呟いた。
なり続ける早鐘を聞きながら急いで食堂に駆け戻った僕らは、ぐでんぐでんになっているみんなを叩き起こした。
「全員起きて! 敵襲です! ロスニアさん! すぐにみんなに解毒魔法を掛けてください!」
「ふぇ……? ひゃ、ひゃい!」
キアニィさんに尾を絡ませてうとうとしていたロスニアさんが、肝機能を強化する魔法をその場の全員に掛けていく。
すると、部屋の中が緑光で満たされ、数十人全員が瞬く間に素面になってしまった。
ここ最近のロスニアさんの迷いとは裏腹に、彼女の神聖魔法はどんどん研ぎ澄まされているようだ。
「ゲギャ、ゲギャギャギャギャ!」
「「ゴ、ゴギャ!」」
魔物語的な言葉でエラフ君が指示すると、起きたばかりの食人鬼達が一斉に動き始めた。
彼らを見送ったあと、エラフ君はマガリさんに向き直った。
「マガリ。東門ニ黒犬ガ来タ。俺達ハ行ッテクル。ココヲ頼ム」
「わ、わかったっス! どうかご無事でっス……!」
マガリさんと短い抱擁を交わしたエラフ君が、今度は僕らに視線を向ける。
「タツヒト。オ前達ハ客人ダ。ココハ--」
「待った。邪神討伐の時の貸しがあったでしょ? 今日はそれを返させてよ」
「その通りだ。我々の力は知っているだろう? 戦力は多い方が良いはずだ」
何かを言いかけたエラフ君を、武器を持って防具を装着した僕とヴァイオレット様が制す。他のみんなも臨戦体勢だ。
遠慮しようったてそうは行かないよ?
「--ワカッタ、アリガトウ。コッチダ、付イテ来テクレ」
「「応!」」
メームさんとマガリさんを砦に残し、エラフ君の後について砦から飛び出した僕らは、外側の防壁の門のところまで一気に駆けた。
すでに門の前には、すでに精鋭らしき魔物達が集まっていた。全員、手には丸太のような木の杭を持っている。
食人鬼、緑鬼、豚鬼、犬鬼……
多種多様な彼らが、到着したエラフ君に揃って歓声を上げた。
「「ゴガァァァァッ!!」」
「ゲギャァァァ! ゲギャギャ!」
何を言っているのか全く分からないけれど、エラフ君が僕らを指して叫んでいるので、頼りになる援軍が来たぜ! とか言っているのかも。
ガリッ……!
すると門の方から、木に爪を突き立てるような大きな音が響いた。
魔物達がぴたりと叫ぶのをやめ、音の方向に向かって一斉に杭を構える。
僕らも固唾を飲ん見上げていると、十数mもの高さを持つ防壁の上から、闇が凝集したかのような黒い影が姿を現した。
目のない黒い巨犬。防壁の上に前足を掛け、目も耳も、口すら見えない顔を覗かせている。
話に聞いていた通りの姿と強い気配に、全員が身構える。
さらにそいつは、体毛だと思っていた無数の触手をこちらに伸ばすと、その先端に数え切れないほどの数の赤い眼球を生成した。
「クルルルル……」
「うっ……!?」
意外に可愛い鳴き声だ。しかし、強烈な圧力とこちらを見つめる幾つもの視線が、どうしようもない怖気を誘う。
同じ感想を持ったのか、ゼルさんが自身の体を抱きながら叫ぶ。
「にゃ、にゃんだあいつ! きめーにゃ!」
「ゲギャッ!!」
エラフ君の号令に合わせて、魔物達が一斉に巨大な杭を投擲した。
ドガガガガッ!
「クル……?」
黒犬の巨大な頭部に丸太のような杭が次々に突き刺さる。
その衝撃で前足が防壁から剥がれ、奴は壁の向こう側へ音を立てて落下した。
魔物達から歓声が上がる。え…… もう倒したの? でも、壁の向こうからは依然として強い気配を感じる。
エラフ君に視線を向けると、彼はゆっくりと首を横に振った。
「倒セテハイナイ。スグニ起キ上ガッテクル。イツモハアアシテ、向コウガ諦メルマデヒタスラ杭ヲ打チ込ムンダ。
何度モ戦ッタガ、頭ヲ貫イテモ、首ヲ切ッテモ、心臓ノ辺リヲ突イテモアイツハ死ナナイ。急所ガナイノカモシレナイ。
ソシテ、アノ沢山ノ目ノセイカ死角モ無ク、触手ト巨体ニヨル攻撃ノ手数モ多イ。俺デハ倒シキレナカッタ……
ダガ、今日ハオマエ達ガイル。行ケルカ……?」
「なるほど、すごく厄介だね…… でも任せて! みんな! 前衛組は防壁の外に出て奴を叩きます! 後衛組は物見台に上がって援護を!」
「「応!」」
僕の声に、『白の狩人』のみんなが力強く応えてくれる。僕らとエラフ君達は頷きあうと、助走をつけて高い防壁を飛び越えた。
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