第326話 エラフ君の王国(2)
すみません、めちゃくちゃ遅くなりましたm(_ _)m
水曜分です。
エラフ君とマガリさんによる衝撃の交際宣言の後、僕らは砦の応接室っぽい部屋に通された。
勧められて座った椅子とテーブルは、素朴ながらもしっかりとした造りだ。
しかも部屋には給仕役っぽい雌、じゃなくて女性の緑鬼までいる。
正直エラフ君以外の小緑鬼の顔の区別は付かないけど、流石に男女の違いくらいはわかる。
彼女達の衣服こそ簡素な物だけど、その所作はとても洗練されてるように見える。
お茶を淹れ、僕の目の前に殆ど音を立てずにそれを置く様子は、貴族の使用人の方々と比べても見劣りしていないものだ。
「あ、ありがとうございます」
「……ケキャ」
給仕の緑鬼さんにお辞儀してお礼を言うと、彼女はそう短く答えながら頭を下げ、すすすと壁際に下がっていく。
思わず、元侯爵令嬢のヴァイオレット様と顔を見合わせてしまった。
「その…… 失礼だが随分と教育が行き届いているように見える。一体どなたが指導されたのだろうか?」
「ふっふっふっ…… 驚いたっスか? 彼女達はアタシが鍛えたス! いやー、無事お披露目できてよかったっス!
最初に招くのは連邦の人達かと思ってたっスけど、タツヒトさん達でむしろよかったっス!」
ヴァイオレット様の言葉にマガリさんが得意そうに答えた。
「へぇ、すごいですね。もしかして、マガリさんは貴族に縁のある方なんですか?」
彼女は多分冒険者だったと思うけど、冒険者には意外と貴族の血縁だという人がちらほらいるのだ。ヴァイオレット様だってそうだし。
ちなみに、王国には只人の貴族家も存在する。名目上は一代貴族の士爵や妹爵となどがそれだ。
前者は武功があった只人が稀に叙爵されるもので。後者はちょっとややこしい。
ざっくり説明すると、妹爵は亜人貴族の結婚のために作られた爵位だ。
王国法では、亜人が只人の男を夫にする際、同時に只人の女を妹妻として迎える必要がある。
これは国内の亜人と只人の人口比を一定にするための措置で、平民も貴族も関係なく適用される。
その時、どこの馬の骨とも分からない只人を連れてくるわけには行かないので、身元や血統の保証された只人の貴族家というものが必要だったのだ。
通常は亜人の世襲貴族に付随しているので、例えばヴァロンソル侯爵家付きなら、ヴァロンソル妹爵家というのが正式な家名になる。
「お、おぅ…… 流石エラフの親友のタツヒトさん、鋭いっすね。
--アタシの実家はとある貴族の妹爵家だったんスけど、まぁ、ちょっとやらかしちゃったらしんスよね。
しかもアタシは三女なんで、一応教育はしてもらったっスけど、後はもう勝手に生きろって感じで……
でも、それもこうして役に立つんだから、人生分からないものっスよねぇ」
「マガリニハ言葉ダケデナク、礼儀作法ヤ階級、防衛拠点ノ作リ方ナドモ教エテモラッタ。
魔物デアル俺達ガ人間ノヨウニ沢山集マッテ暮ラスニハ、ドレモトテモ助ケニナル知識ダッタ。マガリハ自慢ノ番ダ」
「も、もうエラフってば…… 褒めても何も出ないっスよ……?」
静かに微笑みながら自身を見つめるエラフ君を、マガリさんは赤い顔でぺしぺしと叩いている。いちゃいちゃしてんなぁ。
「グッグッグッ…… トコロデタツヒト。アレカラ随分経ツガ、ドコデ何ヲシテイタンダ?」
「それは僕も聞きたい所なんだけど…… じゃあ順番に話そうか。えっと、僕らはあの後--」
僕らは邪神討伐後の話、魔導国と樹環国でのエピソードをエラフ君達に話した。
二人とも興味深そうにしていて、呪炎竜と激闘から交渉した話なんてかなりいいリアクションをしてくれていた。
けど、エラフ君達の話もなかなかだった。
話は一年以上前、王国での大狂溢直後まで遡る。
エラフ君と数十名の食人鬼の群れは、僕らの妨害によってベラーキ村の占拠に失敗し、大森林へ帰って行った。
そもそも彼らは、人型の魔物ばかりを好んで食す巨大な黒い犬のような魔物に追い立てられ、大森林から出てきたのだそうだ。
推定青鏡級のその黒犬の魔物は、エラフ君達が去った後にベラーキに来たのだけれど、村の人達には手を出さずに彼らを追って行ってしまった。
森の中で、彼らは一時的に逃げ切る事に成功したそうなのだけれど、黒犬の魔物の追跡能力は異常だった。
逃げても必ずまた見つかってしまう。そして、自分達だけではどうやっても倒せない。ならば数を揃えて対抗しよう。
そう考えたエラフ君は、人型の魔物の集落を訪ね歩き、力や説得で自身の傘下に加えていった。
その過程で邪神の眷属にまで群れが襲われるようになり、マガリさんともこの時期に出会ったそうだ。
その後彼らは僕らの邪神討伐に協力してくれ、邪神の脅威は去ったのだけれど、依然として黒犬の魔物の襲撃は続いた。犠牲者もかなり出たそうだ。
数ばかりが揃っても対抗できない。ベラーキのような防衛拠点や、組織的に動く為の教育が必要だ。
そう考えたエラフ君は、マガリさんや食人鬼達と一緒にこの都市の基礎を築き、犠牲を出しつつも試行錯誤を続け、現在のような形にまで発展させたのだ。
今この都市にいるのは、そうして彼の元に降った比較的話の通じる魔物達らしい。
つまり、エラフ君はここにいる大勢の人型魔物達の王様という事になる。マジで出世したなぁ……
「いやー…… 僕らも頑張ってたつもりだったけど、エラフ君達も本当に凄いよ。
何も無いところから国一つ作り上げちゃったんだから」
「ふふん! そうっス! エラフはすごいんス」
「俺ダケデハ無理ダッタ。マガリト、他ノ連中ノオカゲダ」
話がひと段落した後も、エラフ君とマガリさんは隙あらばいちゃついている。
すると、プルーナさんが恐る恐るといった感じで手を上げた。
「あの…… お二人は、もう結婚式などはされたんですか?」
「あ、それシャムも気になるであります! 拠点を得た男女は、結婚式という儀式を経て夫婦になると聞いているであります!」
「ケッコン……?」
興味津々な様子のお子様達に、エラフ君は首を傾げた。
「えっと…… 神様や普段お世話になっている人達の前で、番になったことを発表して、みんなで盛大にお祝いする儀式、かな」
「ナラ、ヤッテイナイナ。 --マガリ。シタイカ? 結婚式」
「へ……? え、えっと、そりゃあしたいっスけど…… でも、まだあの黒い犬と戦争中だし……」
静かに問いかけるエラフ君に、マガリさんは顔を赤くしてもじもじしている。
その様子に、彼は大きく頷いた。
「ナラバヤロウ。タツヒト、タツヒトノ番タチ、手伝ッテクレルカ? オマエタチニ祝ッテモラエルナラ、俺モウレシイ」
「も…… 勿論だよ! 盛大にやろう! 僕、腕によりをかけて料理作るよ!」
「あら、それは楽しみですわねぇ。わたくしも食べてお祝いいたしますわぁ」
「ふふっ。ちょうど取引に備えて、衣服や酒などを沢山持ってきている。俺からの祝いの品だ。エラフ王に献上させて頂こう」
「お、それって今日は飲めるってことかにゃ? やったにゃ!」
「で、では、僭越ながら私が司式を…… --ここ最近、聖職者とは何なのか分からなくなる出来事が多すぎますね……」
全員がすぐさま賛同し、その日の内に結婚式を行うことが決まった。すごいスピード感だ。
文字通り国家総動員で進められた準備は、陽が暮れる頃にやっと終えることが出来た。
砦の前の広場は僕が出した沢山の灯火で照らされ、街に住まう万に届く人型魔物達が詰めかけた。
ロスニアさんが取り仕切る中、綺麗に着飾ったエラフ君とマガリさんが指輪を交換して口付けを交わし、幸せそうに笑い合う。
すると、大地を揺るがすほどの大歓声が上がった。
事前にエラフ君が説明していたけど、多分ここの国民の多くは結婚式の概念をよくわかっていないだろう。
でも、雰囲気で何か良い事が起こったのがわかったのだ。
ちなみに、エラフ君とマガリさんの指輪は、アラク様から下賜してもらったものだ。
神に誓う形で式を行いたいけど、新郎が魔物だと創造神様に誓うのはちょっと違う。
さてどうしようかと思い、試しにアラク様の名前をお借りしていいかと虚空に問いかけると、目の前に大量の食料などと一緒に指輪が出現したのだ。
「ほっほっほっ、めでたいのぅ。もちろん良いぞよ。これは祝いの品じゃ」
どこからともなく聞こえてきた彼女の声に、僕らは念入りにお礼を申し上げた。
式の後、国民全員に祝いの酒と料理が振る舞われ、僕らも砦内の大きな食堂で盛大に飲み始めた。
エラフ君の腹心の食人鬼達も同席していて、彼らは意外にも行儀良く飲み食いしていた。
人と魔物が同じ卓を囲み、同じ料理を食べ、人と魔物カップルに何度も乾杯する。
その光景は、僕には何かとても尊いものに感じられた。
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