第322話 三方良しの取引
金曜分です。遅くなりましたm(_ _)m
章のキリが悪いので、本日中(1/26)にもう一話更新致します。
「メ、メームさん。任せてくれって……」
「その、メームさんが鍛えているのは知っていますけど……」
メームさんは橙銀級の戦士型だ。商人としてはかなり強いと思うけど、この場の面子に対しては位階が数段落ちる。
そんな彼女がこの戦いに参戦するのは自殺行為だ。
言外に態度でそう示す僕とロスニアさんに、メームさんは静かに首を横に振った。
「もちろん俺に奴を倒す力なんて無い。俺は商人だからな。だが商人だからこそ、相手が真に望むものに気づくことができる。
もしかしたら…… 奴と交渉できるかもしれないんだ」
あの呪炎竜と交渉……? そんなの無理、という言葉が口をつきそうなるけど、僕らは奴を数日間観察し、そのどこか人間臭い様子を知っている。
それに、こちらを真っ直ぐに見つめる彼女の目には確かな自信が感じられた。
「--わかりました。頼みますメームさん。交渉でこの場が収まるなら、それが一番です」
「ああ! プルーナ、実はこの交渉はお前が頼りなんだ。少し手伝ってくれ。
そうだな…… 持ち手のついた、頑丈で大きな籠を作れないか? 洞窟の中にある古代遺跡と、財宝が全て入りそうな……」
「籠、ですか……? あ…… な、なるほど! わかりました!」
メームさんの不思議なオーダーに、プルーナさんは何やら意図を理解した様子で土魔法を行使し始めた。
洞窟前広場の砂利が一箇所に集まって行き、圧縮され、段々と大きな立体構造を形造り始める。
「グルッ……? ゴ、ゴァッ!」
最初は警戒した様子でこちらを伺っていた呪炎竜は、籠の形ができ始めると興味深そうに首を傾げた。
そして、メームさんの依頼通りの巨大な籠が完成した瞬間、目を見開いて大きく吠えた。
そのままフラフラとこちらに近寄ってくる奴に僕らが身構える中、メームさんは会心の笑みを浮かべた。
「やはり……! よし。プルーナ、一度籠を土に還してくれ!」
「へ……? は、はい!」
メームさんの声にプルーナさんが手を振ると、巨大な籠はペシャリと潰れて地面に吸い込まれてしまった。
「ゴァァァァ……」
すると、呪炎竜がこれまた聞いたことの無いような情けない声を出した。なるほど、そういう事か……!
理由は分からないけど奴はシャムに怯えていて、ここからの撤退に意識が傾きかけている。
しかし、奴の口や手では洞窟にある財宝を全て運ぶことはできない。
先ほどの迷うような様子は、逃げたいけど財宝を捨て去っていくのは惜しいという葛藤の現れだったのだ。
そこでプルーナさんの籠だ。あれがあれば、ここから全てを持ち出すことができる。今後の引っ越しも楽になるだろう。
おそらく、長年あんな籠を欲していたんだ。もう、それ欲しかったヤツぅ! って顔に書いてあったもん。
しょんぼりしている呪炎竜に、メームさんは堂々とした所作で近寄って深々と頭を下げた。
「お会いできて光栄だ。偉大なる魔竜、呪炎竜よ。俺の名はメーム。商人だ。
先ほどは挨拶も無くご自宅に押し入ってしまいすまなかった。多少の行き違いはあったが、俺たちは話し合えるはずだ。 --さぁ、商談と行こう」
それからメームさんは、プルーナさんの籠と引き換えにここから立ち退いて貰うよう、奴に身振り手振りで交渉を始めた。
僕はその間、奴に吹き飛ばされてしまったキアニィさんとゼルさんを回収し、ヴァイオレット様を治療中のロスニアさんへ預けた。
シャムはどうにも奴を刺激するようなので、その場から動かないで貰った。
人類の言語を話しはしないものの、竜種は高い知能を誇る。奴はメームさんの意図に気づき、しばらく悩んだ後ではっきりと頷いた。
ちょうどよく負傷者の治療も完了した段階で、数分前まで殺し合っていた僕らと呪炎竜は連れ立って洞窟に入った。
そして奥の古代遺跡と財宝が山になっているところで、プルーナさんが再度籠を生成した。
メームさんはここからもすごかった。嬉々として早速遺跡から籠に入れようとする呪炎竜をまた身振りで止め、僕らに急いで遺跡の中を捜索するように言ったのだ。
すぐにシャムが遺跡を解錠し、僕らは奴の気が変わる前にと超特急で内部を探索した。
すると、一つだけ無事にカプセルに入ったままの部品、機械人形の右腕を見つける事ができた。
ロスニアさんの判別魔法でも使用可能の反応が出た瞬間、その場の全員が歓声を上げた。
「やった……! やったであります!」
右腕を抱えてスキップするシャムを先頭に遺跡から出てきた僕らを、呪炎竜が怪訝そうに見下ろし、メームさんがホッとした様子で出迎えた。
「よかった、無事に目当てのものを回収できたようだな。呪炎竜よ、すまないがこれだけ譲ってもらえないだろうか?
これはあなたの好むような貴金属ではない。どうか寛大な心で見逃して頂きたい」
メームさんがシャムの持つ右腕を指し、身振り手振りを交えて丁寧にお願いする。
すると呪炎竜は、右腕を抱えるシャムから少し距離を置きながら頷き、気を取り直して荷造りを始めた。
その様子にホッと胸を撫で下ろす僕らを他所に、奴は古代遺跡はもちろん、金貨の一枚も残さずに全てを巨大な籠に納めてしまった。
あのデカイ手で良くやる…… やはり財宝への執着がすごい。
「グルルルル……♪」
籠を持って洞窟を出た後、奴は嬉しそうに喉を鳴らしてから四肢を撓めた。
早速立ち退いてくれる、かに思たけど、数秒経っても飛び立とうとしない。あれ、今度はどうしたんだろう?
奴は僕らの方に首を向けると、考え込むように喉を鳴らした。視線の先は…… 今度はプルーナさんだ。
「え……? ぼ、僕ですか……!?」
咄嗟に僕の後ろに隠れようとするプルーナさん。なんだろう、早速籠に不具合でも見つけたのだろうか?
奴は籠とプルーナさんを何度か見比べた後、徐に自身の体から小さめの、手のひら程の鱗を引きちぎった。
そして採れたてのそれを、ゆっくりとプルーナさんに差し出す。
「え!? え……!?」
「ちょっ…… 落ち着いて下さい。メームさん、これはどういう事でしょう?」
混乱して僕にしがみつき、ガクガクと震えるプルーナさん。ここはプロのご意見を伺いたい。
「ふむ…… プルーナ。おそらく、呪炎竜は保障を求めているんだろう。もしこの籠が壊れたら直してくれ、と。
その鱗は修理代の前払いか、それともお前の所在地を知るための魔法的な何かだろう。すまないが、受け取ってくれないか?」
「な、なるほど。確かに、呪術の応用でそういった魔法はありますね…… うぅ……」
「が、頑張って、プルーナさん」
メームさんの説明に納得した彼女は、ビクビクしながらも鱗を受け取り、籠を指してから奴に頷きかけた。
それに満足げに頷き返した呪炎竜は、最後に僕らを一瞥すると、大事そうに籠を抱えながら大地を蹴った。
「ゴァァァァァ--」
紫色に輝く軌跡が暗黒の空に架かり、咆哮が遠ざかる。ラスター火山に君臨していた魔竜は、最後は呆気なく空の彼方へと消えていってしまった。
「--終わった、のか……?」
あっという間に状況が解決した事が少し信じられず、思わずそう呟いてしまった。
すると、メームさんが静かにその場へへたり込んでしまった。
「メ、メームさん、大丈夫ですか!?」
慌てて彼女の元へ走って支える。その体は微かに震えていたけど、彼女は気丈にも笑顔を見せてくれた。
「あ、ああ…… 少し腰が抜けてしまっただけだ……」
その言葉に、緊迫していた空気が一気に弛緩した。
「よくやってくれましたわぁ! まさか、一番無理筋だった交渉でお帰り頂くなんて!」
「さすがだにゃ! シャムの腕も手に入ったし、おみゃーやっぱしすげー商人だにゃ!」
「これでこの国の人々も救われます! あぁ、神よ……! メームさん、ありがとうございます!」
みんなが口々に彼女を褒め称える。確かに結果を見れば、呪炎竜、僕ら、そしてこの国の人々、全員が幸せになれるまさに三方良しの取引だった。
……いや、奴に殺されたマニルさんの仲間達は浮かばれないか。でも、考えうる限り最高に近い解決策だった事に違いはない。
しかし、そんな素晴らしい仕事を成し遂げたメームさんは、それを誇ることもなく静かに息を吐いた。
「ふふっ、役に立ててよかった…… これまでの商人人生で、もっとも大きな商いだった……
だが、少し格好がつかなかったな。最後の最後で、俺はまたお前に情けない姿を--」
こちらを見つめながら自嘲気味に笑う彼女を、僕は感極まって思い切り抱擁した。
「いいえ……! 最高に格好よかったですよ、メームさん!」
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