第320話 黄金を抱くもの(3)
水曜分です。めちゃくちゃ遅くなりましたm(_ _)m
呪炎竜の寝込みを襲い、一撃で決着をつける第一案は失敗してしまった。
音速を超える速度で飛翔し、高度な知能と鋭敏な感覚を有する奴から逃げ切ることは不可能だろう。
生き残るにはこの場で奴を何とかするしかない。そのために、何とか時間を稼がないと……!
サッカーコート程の面積の洞窟前広場で、その半分を占めるほどの巨躯と、僕とヴァイオレット様の二人が睨み合う。
両者の視線が交錯し、呪炎竜がその四肢をすっと撓めた。
飛びかかる寸前の猫科の猛獣を思わせる姿勢に、肌が粟立つ。
「くるぞ!」
「はい!」
ドッ!
数十mの距離を文字通り一瞬でつめた奴は、叩き潰すかのように右の打ち下ろしを放った。
絶望的な質量が高速で頭上から襲いくる中、僕らは身体強化を最大化させ、渾身の力で武器を振り抜いた。
「「らぁっ!!」」
ガドンッ!!
ヴァイオレット様と、彼女に騎乗した僕。二人が頭上に放った打払は、全く同時に奴の右手に命中した。
結果、巨大な右手の落下軌道は大きくずれ、僕らの真横の地面にめり込んだ。
「グルッ……!?」
奴が少し驚いたような表情で動きを止め、僕らはその隙に離脱した。
そのまま奴から一定の距離を保ちながら、円を描くように走り始める。
「行けます! 何とかなりますよ、これ!」
「ああ! だが、本番はここからだ!」
彼女の言葉の直後、呪炎竜の体が紫色に発光した。魔法か身体強化を最大化させたのか…… いずれにせよ本気モードのようだ。
さっきの一撃は、こちらは身体強化を最大化した二人掛だったのに対し、向こうは邪魔な羽虫を叩き潰すような心持ちだったはずだ。
ごくりと喉を鳴らしながら、僕は己を強化する魔法を唱えた。
『--雷化!』
体がわずかに帯電し、加速された脳機能が体感時間を引き延ばす。
強化魔法の発動と同時に、こちらを睨んでいた奴の体がぶれ、視界の右側に黒い何かが迫った気がした。
「「……!」」
瞬間、僕は反射的に武器で右側を防御し、ヴァイオレット様もまるでシンクロしたかのように同じ動作をした。
ガァンッ!!
ラスター火山全体を震わせるかのような凄まじい音と衝撃。
二人まとめて数十m吹き飛ばされた僕らは、危うく広場から落ちる寸前で踏みとどまった。
慌てて奴に視線を戻すと、体に対してかなり長いしっぽを鞭のように振りながら、苛立たしげに唸ってい流。
今のは尻尾の一撃だったのか…… 何をされたのか全く分からなかったし、防御した両腕には鈍い痛みがある。でも、防げた。まだ生きている……!
先ほどの防御には、身体強化の中でも重要な三つの技を全て使用した。
瞬間的に強化を高める剛身、武具を強化する強装、自重を重くする重脚。
最近ようやく出来るようになったこれらの併用により、何とか奴の一撃を耐えることができたのだ。けれど……
「「--ぜはっ……!」」
僕とヴァイオレット様は、またしてもシンクロしたように荒い呼吸を始めた。
消耗が激しすぎる……! 今の一撃を凌いだだけで全身が汗で濡れ、凄まじい疲労感が体を支配する。こんなの、そう何度も防げるわけがない。
呼吸が整わず、戦慄する僕らを他所に、奴は追撃を放とうとまた四肢を撓めた。
ガガァンッ!
「ゴルルッ……」
そこに、広場の端に身を伏せたみんなからの援護射撃が届いた。
奴の頭部に次々と命中する矢や石弾、そして投げナイフ。それらは全くダメージになっていないようだったけど、気を散らす事には成功した。
「みんな、ありがとう……!」
奴は、その隙に呼吸を整え走り出した僕らと、広場全体を顔を歪めながら見回した。
「ゴガァァァァ!!」
何度目かの怒りの咆哮と共に、奴は胴体が地面に接するほどに体を深く撓めた。
飛翔の予備動作だ。まずい、今飛ばれたら……! 脳裏に、天空からブレスを吐き、辺り一体を焼き払う奴の姿が浮かぶ。
しかし巨躯が地面を蹴る瞬間、その足元が陥没した。
「グルッ……!?」
呪炎竜は驚いたように唸り、つまづくようにして飛翔に失敗した。
プルーナさんの仕事だ。よかった、もう広場一帯の地面は彼女の支配下だ。これで簡単には飛べないはずだ。
みんな、打ち合わせ通りに第二案を実行してくれている。このまま僕らも耐え続けて、何とか時間を稼ぐ……!
チラリを天を仰ぐと、相変わらずの黒く分厚い雲が空を覆っていた。
「「はぁっ…… はぁっ…… はぁっ……!」」
二人がかりで呪炎竜を引きつけ続け、異様に長く感じられる数分間が経過した。
僕とヴァイオット様の体には、大小の裂傷や打撲が数多く刻まれていた。
プルーナさんの地形変化、他のみんなの援護射撃による妨害のおかげで、何とか致命傷だけは避けられている。
途中何度かブレスも吐かれたけど、ヴァイオレット様の俊足と僕の火魔法による干渉で、何とか避けられている。
魔法で何かに干渉する際には、その対象をどの程度知っているかによって効率や精度が変わってくる。
その点、僕は解呪の経験から奴の炎の特性を熟知している。そのおかげで、圧倒的な位階の差にも関わらず、僅かに軌道を逸らすことに成功していた。
しかし、状況は相変わらず圧倒的に不利なままだ。
憤怒の形相でこちらを睨む呪炎竜は無傷だけど、こちらはすでに倒れ込みそうなほどに疲弊している。
けれど同時に、僕らは不思議な高揚感に包まれていた。
人馬一体となって何度も奴の攻撃を防ぐ内、二人の感覚が共有され、その意思が溶け合い始めたかのように感覚を覚えたのだ。
『タツヒト、どうだ……!? そろそろ、限界が近いぞ……!?』
『はい…… あと…… あともう少しで--』
言葉を介さず、何か別の方法によって意識を交わしていた僕らに、再び魔竜が吠える。
「グルルルルッ…… ゴガァァァァッ!!」
苛立ちの頂点。そんな咆哮の後、奴は思い切り四肢を撓めた。
また飛ぶ気か。しかしそれはプルーナさんが許さないぞ……?
少し怪訝な気持ちで観察していると、奴が思い切り四肢を伸ばし、同時に地面が陥没した。
やっぱり失敗した。そう思った瞬間、陥没した地面から紫色の爆炎が噴き上がった。
バァンッ!!
「うわっ!?」
強烈な音と光に瞑ってしまった目を開けると、奴は広場から忽然と居なくなっていた。
慌てて天を降り仰ぐと、紫色に発光する翼を広げて空を飛ぶ呪炎竜の姿があった。
そ、そうか、自ら爆風を受けて空に飛び上がったのか……!
遥か上空。大きく開けられた奴の口の前には、巨大な火球が生成されつつあった。
「まずい……! 辺り一帯を焼き払う気だ! タツヒト、みんなを連れて逃げるぞ!」
ヴァイオレット様が焦燥感を滲ませながらこちらを振り返る。
「……いえ、その必要はありません。 --何とか、間に合いました」
僕はそう静かに応え、天叢雲槍を天に掲げた。
ゴロゴロゴロ……
上空から巨獣が喉を鳴らすような雷鳴が響き、呪炎竜が焦ったように天を見上げた。
近接暗殺の第一案に対して、第二案は遠隔狙撃の作戦だった。
僕は逃げ回りながら槍を使い、ずっと上空の分厚い雲、火山灰を豊富に含んだそれに対して干渉を続けていた。
そして今、凄まじい量の電荷を溜め込んだ巨大な積乱雲は、奴のいる高度の遥か上空で解放の時を待っていた。
日中はわずかに太陽光が届くので気付かれる可能性もあったけど、深夜の今は隠密に準備を進めることができた。
体に残る全ての魔力を注ぎ込み、漆黒の槍を切り裂くように振り下ろす。
「天雷!!」
--バガァァンッ!!!
天から撃ち下ろされた極太の雷光が、轟音と共に呪炎竜を貫いた。
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