第032話 お忍びデート
ヴァイオレット様と別れて屯所を後にした僕は、急いで宿へ向かった。
宿の食堂では、やっと二日酔いから復活したボドワン村長やイネスさん達が昼食をとっていた。
「おう、タツヒト。ヴァイオレット様とは会えたのか?」
「はい村長。運よくお会いできました。カミソリも喜んでもらえて、ちょっとした商売になりそうです」
「そいつはよかった! おめぇ頑張ってたもんなぁ」
うんうんといった感じで頷く村長。あ、そういえば。
「村長。途中立ち寄ったバイエ村を出た時、少し浮かない顔してましたけど、何か困り事ですか?」
「あー、いや、心配すんな。まだどうなるかわからねぇんだ。手が必要になったら声を掛けさせてもらわぁ」
なんだか誤魔化されてしまったけど、今は他に優先すべきことがある。
「イネスさん、昼食の後ちょっと相談いいですか?」
「うん? あぁ、いいとも。君も一緒に食べるかい?」
「はい、頂きます」
落ち着かないままみんなと一緒に昼食を取った後、イネスさんのお部屋で相談に乗ってもらうことにした。
イネスさんは頼れるベテラン冒険者かつ大人のお姉さんだ。明日のデートについて何かアドバイスを貰えるはず。
あと僕がヴァイオレット様にホの字なことがばれてるっぽいので……
「え、ヴァイオレット様と逢引だって!? やったじゃないか!」
「はい! でも、日和ってエマちゃんへのお土産選びに付き合って欲しいってことにしてしまいました」
「それでも脈がなければ断られていたさ! いやー、これは楽しくなってきたね」
「それでその、領都で逢引するならここが良い! みたいな場所を教えてほしくてですね」
「あー、なるほど。こう言ったことって、だいたい女の方が考えるもんだからなぁ、相手に任せるのも手だけど、君はそれでは納得しないだろう?」
「はい、よくご存知で」
「あははは。まだ3ヶ月くらいだけど、君のことは少しは理解しているつもりだよ。そうだなぁ--」
この世界では基本的に亜人の方が強いので、女の人の方が男をエスコートするのが主流のようだ。
話した結果、基本は相手のプランに乗って、水を向けられたらすぐ選べるようにしておこうということになった。
ただ、よく考えたら領都はヴァイオレット様の庭だ。興味のある大抵の場所にはもう行ったことがあるだろう。
二人して頭を捻っていると、イネスさんが以前ヴァイオレット様が書店に入るのをみたことを思い出してくれた。
この中世的世界ではまだ本が高価かつ希少なので、多分本が好きなのだろうと結論付けた。
イネスさんからは、雰囲気の良さげな書店と、あとはエマちゃんが喜びそうなものを扱っている雑貨屋を教えて貰えた。
明日か…… 緊張してきた。
次の日の朝。朝食を食べた僕は、やはり手持ちで一番仕立てのいい学生服に袖を通し、精一杯身だしなみを整えてから出かけた。
そう、言うなればこれは制服デートなのだ。
おそらく向こうはただの買い物と考えていて、制服を着ているのは僕だけの一方的なものだけど。
ちなみにイネスさんからは、午後に集合なのに今出かけるのかと呆れられた。いや、じっとなんかしてられないですよ。
午前中は集合場所や書店、雑貨屋などの位置を確認するうちに過ぎ去った。
領都の人たちを見て気づいたけど、亜人も只人の女性も、普通の市民ぽい人はスカートを履いている。
でも、なんというか戦いの雰囲気を持った人たちはズボンを履いている感じだ。
一方男の人の服は、なんだか胸のところが深く開いて、ヒラヒラした装飾がついていたりする。
やっぱり、ここは地球の価値観とは逆転している感じだけど、今は晩秋なのに寒くないんだろうか?
そして昼の鐘が鳴る多分15分くらい前、僕は集合場所の中央噴水の側でソワソワと待っていた。
おしゃれな噴水の周りには、結構デートの待ち合わせっぽい人たちが沢山いる。
あれ、ここってそうゆう待ち合わせスポットなのでは。ちょっとドキドキしてきた。
噴水を眺めて心を落ち着け待つことしばし。
「タツヒト。すまない、待たせてしまったようだな」
後ろから声がかかったので振り向くと、やはりヴァイオレット様だった。
本日のお召し物は、シックな色合いの薄手のコートと、そして首元にスカーフ。
今日はお髪を後頭部でお団子にして、ハットを被られている。
裕福な商家の跡取りがお忍びで来ているけど、隠しきれない品格や麗しさが滲み出ている、そんな服装だった。
「いえ、今来たところです。こんにちはヴァイオレット様。今日のお召し物もかっこよくて素敵です! そのハットもよくお似合いですよ」
「ふふっ。ありがとう、君はいつも私の服装を褒めてくれるので嬉しいよ。やはりタツヒトにはその懐かしい服装が似合っているな」
「ありがとうございます。でも、懐かしい? あぁ、僕がヴァイオレット様にぶっ飛ばされた時の服ですね、これ」
「あ、あの時のことは忘れてくれないか。悪かったとおもっているのだ」
少し困った顔をしてしまうヴァイオレット様。
そして、どちらともなく二人で吹き出してしまう。
「はははは。さて、お昼はまだだろう? シチューが美味しい店を知っているので、そちらでどうだろうか?」
「はい、是非!」
連れてきてもらったレストランは、ヴァイオレット様御用達というのも納得の味だった。
じっくりと煮込まれた肉がほろほろになったシチューは、地球でもなかなか出逢えないくらいの美味しさだった。
食事中に好きな料理の話になって、やはりというべきかヴァイオレット様はお肉が好きだった。
ちなみに僕は中華とかラーメンが好きなのだけれど、なかなかこの世界だと食べられない。
あ、この間作った片栗粉で餡掛けが作れるかも。
店を出る際、このくらいは女の甲斐性だとおっしゃってヴァイオレット様が奢ってくださった。
買い物に付き合って頂いているのにと固辞したのだけれど、ありがたいやら申し訳ないやら。
食事のあとは、本題のエマちゃんへのお土産選びだ。
こちらの世界でも女の人は着飾るものなので、髪留めなんかがいいのではということになった。
僕はイネスさんに教えてもらった雑貨屋を提案し、二人で向かった。
「エマの髪色だとこちらの方が--」
「そうですね。あ、こっちの装飾なんかどうでしょう」
二人してエマちゃんのことを考えながらする買い物は、心がふわふわするようでとても楽しかった。
小一時間悩んだ結果、この街の象徴になっているラベンダーに似た花の髪飾りを購入した。
「さて、目的は達成してしまったけれど、まだ早い時間だな」
「はい。あの、もしよかったらもう少しお付き合い頂けませんか? 僕、実は領都は初めてでして、ヴァイオレット様と回れたら楽しそうだなー、なんて思っていまして……」
「ふふっ。もちろんそのつもりだとも。さてどこへ行こうか」
よかった。ヴァイオレット様も同じ気持ちだったみたいだ。
もう少しこの人と一緒に居られることが、何よりも嬉しいと感じた。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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