第319話 黄金を抱くもの(2)
大変遅くなり申し訳ございません。火曜分ですm(_ _)m
今週はこの時間帯での更新になりそうです。重ねてすみません。
ちょっと短めです。
呪炎竜の観察を始めて数日が経過した。
監視というものは意外に体力を消耗するらしく、ただ奴を遠くから注視しているだけなのに結構疲労が蓄積している感覚がある。
キアニィさんの提案で数時間ごとに交代する体制にしていなかったら、もっと大変だったろうな……
観察の結果分かった事を総合すると、奴は昼行性の引きこもりで、相当な気まぐれ屋だということだ。
日中は大半の時間を洞窟の中で財宝を愛でて過ごし、時折思い出したように出かけていく。
外に出る際の用事は狩りが一番多く、他には強盗や入浴などのためにも外出していた。
強盗というのは、火山の麓のカマラも被害にあったような金品の強奪行為だ。
またどこか別の街を襲ったのだろう、奴が獲物でなく貴金属を口いっぱいに咥えて帰って来たので、これはすぐに分かった。
一方入浴についてだけど…… これは中々衝撃的だった。
山頂に向かった奴が暫く帰ってこなかったので、一度様子を見に行った事があった。
ラスター火山の天辺は中心に向かって深く落ち窪んだ構造になっていて、底の方には溶岩が赤く光っていた。
そして呪炎竜は、何とその煮えたぎるマグマに全身をどっぷりと浸していたのだ。
非常にリラックスした様子でマグマから頭だけを出しているその様子は、完全に入浴だった。
元々の体の耐熱性能と凄まじく強力な身体強化の成せる技だと思うけど、本当に目を疑うような光景だった。マグマって、確か千度くらいあるんじゃなかったっけ……?
ともあれ、これが奴が噴火中の火山に居着く理由なのかもしれない。
これらの外出のタイミングや所要時間には全く一貫性が無く、予想する事は困難だったので、落ち落ち空き巣に入る事もできなかった。
しかし唯一周期的な行動も分かった。奴はこの数日間、夜から朝にかけての時間帯は洞窟から出てこず、途切れる事なく寝息を立てていたのだ。
半ば予想できていた事だけど、やはり信頼と実績の方法、就寝中の暗殺が最適に思えた。
「--ではみんな、行ってくる」
時は深夜、場所は洞窟前広場の端。僕を背に乗せてくれたヴァイオレット様が、囁くようにみんなに声をかけた。
彼女の蹄には布が巻いてあり、砂利や石の上でも足音がしにくくなっている。
何のためか。もちろん、呪炎竜の寝込みを襲いに行くためだ。
大人数では気付かれやすいし逃げづらい。なので今回は、最大の攻撃力を持つ僕と、最速の足を持つヴァイオレット様の二人で決行することになった。
「ええ…… 二人とも気をつけるんですのよ。何か異常があったら、仕掛けずに直ぐに戻って来なさぁい。
こちらの存在が知られていないという事が、わたくし達の最も大きな優位性ですわぁ」
キアニィさんが、僕らの目を見据えながら噛んで含めるように言う。
「はい、心得ています…… もし僕らが仕損じたときは、手筈通りに」
その場に残るみんなが頷き返してくれるのを見届けた後、ヴァイオレット様が小さめに展開した『姿隠しの天幕』を持ち、僕ら二人を覆うように被った。
天幕により光学迷彩状態になった僕らは、言葉もなく頷き合うと、洞窟に向かって静かに歩き始めた。
息を殺して洞窟に近づき、入り口を潜り、じりじりと歩みを進める。
今は真夜中空は火山灰に覆われている。本来なら何も見えないはずの洞窟の中は、僅かに届く火口の溶岩の光によって完全な暗闇ではなかった。
洞窟の突き当たりに、古代遺跡を抱き枕にした巨大な呪炎竜の輪郭がぼんやりと見える。
僕らはとても慎重に、一歩進むのに数秒かけるようなペースでそれに近付いていった。
近づくほどに奴の輪郭がはっきりと見え、寝息が大きくなる。
それに合わせて僕らの鼓動は早くなり、背中が冷や汗でびっしょりと濡れる。
そうして何とか気取られる事なく、ようやく間合いまで後一歩というところまで近付いた。
「グォォォ…… グォォォ……」
腹に響くような寝息を間近に聴きながら、僕の体よりでかい奴の頭部に向けて天叢雲槍を構えた。
……数日間観察を続けたせいで、この何処か人間臭い魔竜に、僕はほんの少しだけ愛着のようなものを感じていた。
けれど、ここでこいつを仕留めなければ多くの人が死に続けるのだ。魔物として真っ当に生きているところを悪いけど、人類のために死んで貰う。
殺気が漏れ出ないように心を落ち着かせながら、ヴァイオレット様と頷きあう。
あとは彼女がもう一歩だけ間合いを詰め、僕が都牟刈を発動させて槍を突き込めば暗殺完了だ。
--しかしこの時、僕らはまだ心のどこかで奴を舐めていた。
賢いと言っても相手は魔物。しかもおそらく人類や自分以外の魔物を相当下に見ている。
なので、外敵に対して人間と同じように供えているわけが無い。
僕らの誰もがそう思っていたのだけれど、しかしそれは完全に間違っていた。
ヴァイオレット様が呼吸を整え、最後の一歩を踏み出した瞬間。
ヒュボッ!!
突如として地面から紫炎が吹き上がり、奴を守るように円環状の炎の防壁を形成したのだ。
驚愕に声も出ない僕らをよそに、紫炎はその勢いを増して『姿隠しの天幕』を焼き切り、僕らまでもを飲み込もうとする。
僕は咄嗟に手を掲げて、全力でそれに干渉して押し留めながら叫んだ。
「た、退避!!」
「承知!!」
燃えかけの天幕をかなぐり捨て、ヴァイオレット様がその神速を発揮して洞窟の外へ走った。
くそっ、防犯意識バッチリじゃないか! 第一案、失敗だ……!
時間が引き延ばされ、洞窟の出口が異様に遠く感じられる。
すると背後から、体を一瞬で消し炭にされてしまいそうな凄まじい殺気が吹き上がった。
反射的に後ろを振り返ると、奴が憤怒の形相で大口を開けていた。
ブレスが来る……!!
濃密な死の予感が体を支配したその時、洞窟を抜けるのと同時にヴァイオレット様が横に飛び退いた。
ゴォッ!!
僕らが先ほどまでいた空間を、極太のビームのような火線が走る。
空の彼方まで伸びるそれに戦慄しながら、僕は洞窟前広場で声を張り上げた。
「第一案失敗!! 第二案へ移行!!」
広場を見渡しても誰の姿もなく、返事も返ってこない。しかし、声はみんなに届いているはずだ。
「行くぞタツヒト、しっかり掴まっていろ!」
「はい、ヴァイオレット様!」
僕は片手に漆黒の槍を握り、もう片方の手でヴァイオレット様の腰をしっかりと掴んだ。
ヴァイオレット様も斧槍を手に走り出した瞬間。
「ゴガァァァァッ!!」
憤激の絶叫と共に、洞窟の中から呪炎竜が姿を現した。
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