第316話 覚悟の夜
すみません、遅くなりましたm(_ _)m
ちょっと長めです。
製塩都市トゥヌバを出てから一日半後の昼。僕らはラスター火山の麓の街、カマラに到着した。
カマラは採掘都市とも呼ばれていて、周辺には古代遺跡が多数存在し、貴金属や宝石など鉱脈も豊富なのだそうだ。
そのせいだろう。妖精族や鉱精族も沢山いて、昼なのに暗い街はそれなりに賑わっている。
ここが火山手前の最後の街だ。火山に登る前に、念入りに準備と休息、それから情報収集をしておかないと。
宿を確保した後は、夜までみんなで手分けして準備と情報収集にあたる事になった。
僕はメームさんと組み、主に呪炎竜に関する情報収集を担当する。
二人並んで大通りを歩いていくと、カンカンと金属を叩く音がそこら中から響き、炭の焼ける匂いも漂ってくる。
採掘都市というだけあって、立ち並ぶ店は魔導具店や鍛冶屋が多いみたいだ。
ふと魔道具店の一つに目を留めると、日光を発する魔導具が多分相場の10倍くらいの価格で売り出されていた。
値段に驚いていると、残り一つだった在庫も目の前で買われていってしまった。
「やっぱり、日光の魔導具の需要はすごいですね…… また誰か光の大樹の苗木を引っ張り出してこないといいんですけど……
あ、途中で魔導士教会に寄っていいですか? ロプロタの件を知らせないと…… 一応僕も魔導士なので話を聞いて貰えると思うんです」
「……」
隣を歩くメームさんに話しかけると、返事が返ってこない。
彼女の顔を見上げると、どこか遠くを見て何かを考え込んでいるような様子だった。
「あの、メームさん……?」
「ん……? あ、あぁ、すまん、少し考え事をしていた」
どこか上の空のメームさんと魔導士協会に寄りつつ、街の人に話を聞いて回る。
すると、なんと最近この街が呪炎竜から襲撃を受けていたしい事が分かった。
襲撃現場は町長邸、僕らのいる場所からも近かったので行ってみる事にした。
暫く歩くと、役場も兼ねた立派な作りの町長邸が見えてきた。
しかし、頑丈そうな壁の一部は大きく損壊していて、人が集まって修理している最中だった。
近くの露天の店主さん曰く、襲撃はつい数日前のことだったそうだ。
その日。凄まじい轟音がして店主さんが空を見上げると、翼を広げた巨大な竜がそこにいた。
竜は地響きを上げて着陸すると、町長邸の壁を紙を破くように破壊し、そのまま建物の中へ頭を突っ込んだ。
暫くゴソゴソやっていた竜が頭を出した時には、その口には溢れんばかりの金銀財宝が咥えられていた。
竜は満足そうに喉を鳴らすと、地響きを上げて跳躍し、轟音を轟かせてあっという間に火山の方へ消えていったのだそうだ。
奴が金銀財宝を好むのは本当みたいだけど、どうやって町長邸の宝物庫の場所がわかったんだろう……?
長年の勘なのか、特別な嗅覚でも持っているのか。いずれにせよ、その探知能力で古代遺跡も探り当てたんだろうな。
飛ぶ時に轟音を上げていたというのも気になるけど、同じくらい町長氏の心中が気になる。
街の運営資金の大部分を奪われてしまった町長氏は、今寝込んでしまっているそうだ。気の毒に……
町長邸を尋ね終わった段階で、時刻は夕刻となった。火山にほど近いこともあって、すでに辺りは真っ暗になっていた。
通りに灯してある灯火の明かりを頼りにメームさんと二人で宿に戻ると、もう他のみんなは一階の食堂兼酒場に集合していた。
僕らに気づいたヴァイオレット様が手を振ってくれたので、振り返しながらみんなと同じテーブルに座る。
「おかえり二人とも。早速情報を共有しよう」
「ただいまです。そうしましょう。見て回ったところ、この街も相当被害が大きいみたいです」
「特に都市の財政への影響は凄まじいだろうな…… 商人としては背筋が凍るような思いだ」
タイミングよくテーブルに届いた夕食をつつきながら、僕らは情報を出し合った。
他のみんなは、食料や消耗品の買い足しの他、この街に伝わる呪炎竜の伝承なども調べてくれていた。
この伝承については、奴から生き残った冒険者であるマニルさんからざっくりと聞いていたのだけれど、一応僕らも一次情報に触れておこうと言う事になったのだ。
街の古老の方々のが語る伝承は、基本はマニルさんからから得られた通りだった。
差分として、やはり奴はラスター火山の噴火に合わせて来襲しているらしい事は分かった。
加えて伝説級に遠い過去の話だけど、何と一度だけ奴の撃退に成功した人が居たらしい。
その人はツァヤードと言う妖精族の戦士で、何か聞き覚えがあるなと思ったら冒険者組合の創設者と同じ名前だった。同一人物だろうか……?
ただ、肝心の撃退方法は単に絶大な力でねじ伏せたと言うもので、残念ながら参考にはならなかった。強い人もいたものだ。
そんな感じで一通り情報共有を終え、方針を確認し終わる頃には、全員が夕食を食べ終えていた。
それで、明日以降に備えて今日は早めに寝ようと言う事になったのだけれど、部屋割りがちょっといつもと違った。
なぜか僕だけ一人部屋なのだ。みんな曰く、一緒だとおっ始めてしまうからだとか。
まぁわからない話でも無いけど、いつもだって、その、同室だと必ず致してしまうと言うわけでも無いのに…… 何でだろう?
何か釈然としないものを感じつつ一人で部屋に入った僕は、アラク様の御御足を扱うが如く丁寧に、かつ感謝を込めて天叢雲槍を整備した。
アラク様からの忠告が無ければ、街を出ようとしていた僕らはまだしも、コメルケル会長達は助からなかっただろう。必ず生きて帰って、またお礼に伺わなければ。
それからその他の装備の点検も終え、体を拭いてしまうと、もう寝る準備は完了してしまった。
ちょっと早いけどもう寝ようかとベッドに入ると、控えめなノックの音が響いた。
「はい、どなたですか?」
ベッドから身を起こしながら扉に向かって声をかけると、これまた控えめな声が帰ってきた。
「--俺だ。ちょっといいか……?」
「メームさん……? は、はい、少々お待ちを」
ベッドから降りて扉を開けると、そこには何やら真剣な表情のメームさんが居た。
「夜分にすまんな、タツヒト。その、入っていいか……? 少しお前と話がしたいんだ」
いつもはまっすぐ僕の目を見てくる彼女が、視線を周囲に漂わせながらそんな事を言った。
普段と違う彼女の様子にどきりと鼓動が跳ねる。な、なんか昼からちょっと挙動不審な感じだな。
本当は明日に備えて早めに寝るべきなんだろうけど……
「ええ、もちろんです。メームさんならいつでも歓迎ですよ」
「そ、そうか…… 感謝する」
ほっとした様子の彼女に椅子を進め、小さいテーブルを挟んで僕も着席する。
すると、彼女は手に持っていたものをその上に置いた。酒瓶と盃。それに、チョコレート?
「ちょっと飲みたくてな。一杯だけ付き合ってくれないか? こいつは甘い酒だから、チョコレートが合うと思うんだ」
「え、ええ。一杯だけでしたら」
彼女から盃を受け取りながら、僕は内心首を傾げる。
このタイミングでの酒盛りのお誘い…… 本当に一体どうしたんだろう? --いや、このタイミングだからか。
一年以上冒険者をしているので、勝ち目の薄い戦い臨む事なんてなん度もあった。正直、こういう状況にも慣れてしまっているのかも知れない。
しかし、商人のメームさんは違う。もしかしたら明日にでも呪炎竜と対峙するかもしれない状況で、きっと大きな不安を抱えているはずだ。
「「乾杯」」
二人で静かに乾杯すると、彼女は一気に盃を煽り、バクバクとチョコレートを食べ始めた。
いつもと違ったワイルドな様子に驚きながら、僕もちびりと酒を舐める。あ、甘くて美味しい。確かにチョコレートによく合うかも。
「メームさん…… 専門家のキアニィさんも居ますし、良い素材も手に入りました。
僕の魔法が紫宝級の魔物にも通用することは過去の戦闘で分かっています。手札は揃っているんです。
呪炎竜にも、僕らはきっと打ち勝つことができますよ」
「え……? あ。あぁ、そうだな。そうだとも」
あ、あれ? なんか思ってた反応じゃないな。彼女の挙動不審の原因は別の所にあるのかも。
そう思考を巡らせながら空いた盃に酒を注ぐと、彼女は一言礼を言ってからまた一気にそれを呷ってしまった。
ちょ、ちょっとペース早くない?
「ふぅ…… しかしあれだな。お前と出会って、もう1年ほどになるのか……」
「あー、そうですね。もうそんなになりますか……」
それから僕らは、一緒に記憶を紐解くように思い出話をし始めた。
彼女とは魔窟都市で初めて出会い、珈琲豆を通じて仲良くなり、聖都までの旅路を共にした。
そして彼女が聖都に腰を据えてからは、一緒に遊んだり邪神討伐作戦に付き合ってもらたりと、いろんな経験を分かちあってきた。
話の時間軸は次第に現在へと近づき、双子奴隷の村での一件、彼女の抱える秘密を知り、想いを確かめ合った所まで来た。
メームさんはそれ前の間になん度も盃を干し、ちょっと心配になるくらいの量のチョコレートを食べていた。
「俺は嬉しい。あの時お前が受け入れてくれた事、想いが通じたこと。そして、今こうして一緒にいられることが、他の何よりも嬉しいんだ」
顔を真っ赤にして体をゆらゆらさせながらも、彼女はその潤んだ目で僕をまっすぐに見据えた。
そう言って貰えるのはすごく嬉しいけど、ちょっと心配の方が勝ってきた。
「ええ、僕もです…… あの、メームさん。お酒はその辺にしませんか? その、チョコレートの作用の事も気になりますし……」
「問題ない…… むしろ、望むところだ……!」
この世界のチョコレートには媚薬的な作用がある。おやつ程度に食べるくらいなら平気だけど、今のメームさんくらいの摂取量ならかなり効いているはずだ。
彼女はそれを望む所だと言った。
途端に、彼女のほっそりとした女性的な体のラインや、美しい灰色の毛並み、中性的で端正な顔立ちにまで目が行ってしまい、心拍数が上がっていく。
「メ、メームさん。それは--」
「--トゥヌバで死にかけて、愚かな俺はそこでやっと理解した。これは、いつ誰が死んでもおかしくない旅なんだと……
そして明日からはその危険はさらに増す。もちろん俺は死ぬつもりは無いし、お前も、他の連中も死なせるつもりはない!
だが、商人とは機会を逃さない生き物だ…… 特に、これが最後かもしれないという機会は……!」
彼女は椅子を蹴倒すように立ち上がると、テーブル越しに僕に詰め寄った。
「タツヒト! お、俺は今日! 覚悟を決めてきたんだ!」
「は、はい……!」
「俺は…… 俺はお前が好きだ! そしてお前もそれに応えてくれた! 想いはすでに交わされた……! だから俺は今からお前を……! お前と……! お前と…… その……」
赤い顔をさらに真っ赤に染めた彼女は、最初は決意に満ちた表情で僕に想いの丈を伝えてくれていた。
しかしその勢いは段々と失われ、最後には俯き、黙り込んでしまった。
テーブルに手をつき小刻みに震える彼女。思わずその肩に手を触れようとした時、彼女が再び顔を上げた。
「す、すまん…… お、俺を…… 抱いてくれないか……?」
消え入るような声。上目遣いに涙を湛え、普段は凛々しいその顔をくしゃりと歪めて懇願する彼女に、僕は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。本当にずるい。
「--はい、喜んで」
心に溢れる愛おしさのまま、僕は彼女を抱擁した。
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