第312話 ラスター火山へ
「にゃんとかって…… ウチ、紫宝級の水竜を見た事あるにゃけど、あんにゃのに喧嘩売るなんて正気じゃにゃいにゃ。
……ん? つーかあん時おみゃーもその場に居たにゃ!」
僕のざっくりすぎる発言を、ゼルさんが呆れながら嗜めた。
彼女が言っているのは、メディテラ海で遭遇した大渦竜の事だろう。
確かに正面からあの化け物を倒そうとするのは無謀が過ぎる。それについては同意だ。
「その…… 討伐じゃなくても、撃退や、何なら交渉でもいいと思うんです。
呪炎竜がラスター火山から退去させたり、そうで無くても噴煙の固形化作業に目を瞑ってくれさえすれば--
いえ、すみません。どれも現実的じゃないですね。ちょっと疲れているみたいです。あはははは……」
話していて途中で恥ずかしくなり、最後は笑って誤魔化してしまった。
けれど、みんなは僕の言葉について真剣な様子で考えてくれている様子だった。
「ふむ、交渉か…… 呪炎竜は財宝を好むと言うから、国中から宝物を集めて献上すれば立ち退いてくれるかもしれないが……
竜種に人間の理屈は通じないだろう。山賊の根城に大金を持ち込んで、この金で立ち退いてくれと言うようなものだ。商人としてはとても薦められないな」
「むぅ…… 確かに、その場でシャム達を殺害して強奪してしまえばいいでありますからね…… あと、撃退というのもちょっと現実的じゃないと思うであります。
シャムの実家、南部山脈の頂上で再び遭遇した風竜は、シャム達に強い恨みを持っていたように見えたであります。
仮に撃退に成功したとしても、必ず隙をついて襲撃に戻ってくると思うであります……」
「うーん…… そうだよねぇ……」
商人らしいメームさんの言葉を受けて、シャムも難しい表情で見解を述べてくれる。
竜種は全個体が強力な万能型で、頭も良くて鋭い感覚器官まで持っている、本当に反則のような種族だ。
しかも今回の相手は飛行能力を有しているので空から奇襲し放題。そんな相手に恨まれては、落ち落ち噴煙の処理なんてやってられないだろう。
交渉も撃退も現実的じゃない。かといって、討伐はもっと困難だろう。
「--タツヒト…… 君はここに来てそれ程経っていないだろう。にも関わらず、それ程までにこの都市を、この国を救いたいのか?」
僕らの様子を見ていたヴァイオレット様が、不意にそんな事を聞いてきた。
「……はい。確かに、この国には数ヶ月、この街に至っては数日の間しか滞在していません。
でも、コメルケル会長達やこの街や人達にはとても良くして頂きましたし、良い思い出も沢山あります。
それに、考えてしまったんです。もし仮に呪炎竜の隙をついて部品の回収に成功したとして、僕はそのままこの国を後にできるのだろうか。残りの部品の回収に成功したとして、それを心から祝えるのかって。
きっと、いつまでも心にしこりが残ったままになってしまうと思うんです」
この世界に来て最初のうちは、僕はただただヴァイオレット様と付き合えればそれで良かった。
けれど、『白の狩人』のみんなやメームさんと仲良くなって、いろんな人達と出会いながら旅をする内、欲が出てきらたらしい。
今は、関わった人達にはできるだけ楽しく生きていて欲しいと思い始めてしまっている。
「にゃー…… 確かにそうだにゃ。祝いの席の酒はできるだけうまく飲みたいにゃ」
……なんかちょっと違うけど、ゼルさんが彼女なりの言葉で同意してくれた。
「--ふふっ、本当に気の多い男だな、君は…… 了解した。交渉も撃退も困難、では、討伐の方向で考えてみよう」
「討伐ですか…… 普通ならそれこそ困難な気もしますけど、タツヒトさんなら可能性はあるかも知れませんね」
ヴァイオレット様の言葉に、プルーナさんが僕の側に置かれた漆黒の神器、天叢雲槍を見ながら首肯する。
「確かに、遠隔からの天雷、あるいは急所への都牟刈ならば、紫宝級の魔物でも倒せる可能性はありますね。
その、当てられれば、という但し書きが付きますけど……」
神器により増幅された超強力な落雷を放つ天雷と、万物一切を断つ風の刃を生成する都牟刈。
僕も考えてはいたけど、この二つはどちらも位階の差を覆しうる必殺の魔法だ。
ただ、それを当てられるかはまた別の話だ。
南部山脈で風竜に当てられたのは、向こうが怒り狂って直線的な動きをしていたからだ。
奴より格上の呪炎竜に、同じように当てられる保証は全く無い。
都牟刈に関しては槍の距離まで接近する必要があるので、もっと厳しいだろう。
加えて僕の魔力量だと二撃目が撃てないので、外したら終わりなのだ。
「うむ、全くもってその通りだ。だが、我々は奴を認識しているが、奴は我々を認識していない。これは大きな利点だ。そうだろう、キアニィ?」
「うふふ、そうですわねぇ。暗殺者からはもう足は洗いましたけれども、魔物相手なら問題ありませんわぁ。
全く隙の無い生き物なんて存在しませんの。注意深く観察すれば、きっと勝機はありますわぁ」
ヴァイオレット様の言葉に、キアニィさんが妖艶に微笑みながら答える。
そうか……! やはり寝不足で頭が回っていなかった。討伐するからといって、何も正々堂々挑む必要は無い。
一撃必殺の魔法による不意打ちなら……!
「--実は私も同じことを考えていました。やりましょう……! 神が、人が人の力で困難に打ち勝つことをお望みなら、叶えて見せましょう!」
僕らの話を静かに話を聞いていたロスニアさんが、決然とそう宣言した。
そうだった。彼女は普段は優しげだけど、無辜の人々のためなら覚悟ガンギマリな真の聖職者なのだ。
挑むのは遥か格上の相手だけど、可能性は見えた。
みんなの顔を見回すと、全員決意に満ちた表情で頷いてくれた。
わがままに巻き込んでしまって申し訳ないという気持ちと、この無謀に付き合ってくれることへの感謝に胸が詰まる。
「みんな…… ありがとうございます!」
覚悟を決めた僕らは、州軍の大隊長さんにお暇する旨を告げた後、コメルケル会長達の姿を探した。
僕らって、今は会長達の護衛任務の途中なんだよね。会長達には非常に申し訳ないけど、帰還の保証が薄い以上、依頼は中途解約という形にしておかないと……
広大な大聖堂の中に見つけられなかったので外に出ると、なんと炊き出しをしている会長達を見つけた。
失礼ながらあまり似合っていないエプロンを着用し、楽しげに鍋をかき混ぜていた彼女がこちらに気づく。
「おぉ、お前達か! どうだ、俺様特製の有り合わせ煮込みだぞ! お前達も食べるか? 意外にいけるぞ!」
材料が名前通りのせいか見た目はあまり良くないけど、鍋からはとても良い匂いが漂ってきている。
炊き出しの列には焼け出された住民の皆さんが沢山並んでいて、船員さん達、それからトゥヤさんとピリュワさんも忙しそうに手伝っている。
……二人の服装の露出度がいつもより高い気がする。へそとか太ももが露わな給仕服で、なんかもう、えちえちメイド服って感じだ。
会長なりの被災者へのサービスだろうか? まぁ、本人達も周りの人達も楽しそうにしているからいいか。
「いいですね、とても美味しそうです。でも僕らの分は街の人たちに振る舞って下さい。 --会長、一方的なお話で大変申し訳ないのですが、僕らはここを離れる事にしました。
生きて帰れる保証がないので、護衛依頼は途中解約とさせてください。本当にすみません。ここまでの料金は不要ですので、お手数ですが別の冒険者を--」
「断る!」
「……へ? そ、そこをなんとか……!」
真摯にお願いしていた所を遮られてしまい、僕らはさらに頭を深く下げた。しかし、会長は首を縦に振らなかった。
「いいや、駄目だ! お前達の顔を見ればわかる。死地に…… おそらく呪炎竜を何とかしに行くつもりだな?
お前達が一体何者なのかは知らないが、俺様にとっては恩人にして友人、そして大事な取引相手だ。死なれては非常に困る。
これを言うのは二度目だが、必ず生きてここに帰ってこい。そして、お前達は無事にここへ戻ってくるのだから、依頼の解約は不要だ。そうであろう?」
そう言ってにやりと笑う彼女に、全員つられて笑ってしまった。
そうだ。僕らは死にに行くわけじゃない。そして、こうして信じて待っていてくれる人までいる。その事実に、心の奥から勇気が湧き上がってくるのを感じる。
「はい……! 会長、ありがとうございます!」
「コメルケル殿。こいつらが無茶をしすぎないように俺も見ておく。吉報を待っていてくれ」
「ふふっ。その顔つき、何やら覚悟を決めたようだな。頼んだぞ、メーム殿!」
何やら通じ合っているらしい会長とメームさんは、しっかりと握手を交わした。
そうして僕らは会長達に見送られ、ロプロタの街を後にした。
目指すは呪炎竜の住まう地、ラスター火山だ。
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