表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/480

第031話 飛び込み営業(2)


 前を行く兵士のお姉さんの揺れる尻尾をチラ見しながら、屯所の中を進んでいく。

 門をくぐってすぐの所は広い訓練場のようなスペースで、馬人族と只人の女性の兵士の人たちが槍や弓の練習をしている。

 声を出しながら真剣そうに取り組む様子から、素人目にも気合が入っていることがわかる。

 お姉さんはいくつかある建物の内、正面の一番大きいものに入っていった。ここの一階はどうやら食堂や宿舎のようだ。


 「こちらだ。階段を上がる」


 「はい。外のみなさん、気合入ってましたね」


 「あぁ。近年は落ち着いているが、今のように税の受け入れ時期は魔物に加えて野盗も出る。気を引き締めて警備に当たらねばならん」


 生真面目な回答を聞きながら階段を登ると、一階とは違い落ち着いた雰囲気の通路に出た。

 いくつかの扉を通り過ぎて、お姉さんは突き当たりの扉をノックした。


 「--入りたまえ」


 ヴァイオレット様の声だ! 数日ぶりに聞いた涼やかな声にテンションが上がる。

 兵士のお姉さんが扉を開けると、そこには今日も深い紫色のポニーテールが麗しいヴァイオレット様と、見事なバルクアンドカットのグレミヨン副長が座っていた。

 部屋の広さは10畳ほどで、二人の間にあるテーブルには茶器と裏返された書類が置いてある。

 会議を邪魔してしまっただろうか……


 「中隊長殿、副長殿、ベラーキ村のタツヒトを連れて参りました!」


 兵士のお姉さんは敬礼しながらハキハキと報告した。


 「あぁ、ご苦労ジゼル。君は門の警護に戻りたまえ」


 「はっ!」


 ジゼルと呼ばれたお姉さんが退出したタイミングで僕も挨拶する。


 「おはようございます、ヴァイオレット様、グレミヨン様。突然押しかけてしまったのに会っていただきありがとうございます」


 「何、かわまないよ。ちょっと驚いてしまったけれど、そういえば納税の時期だった。よくきてくれた」


 忙しいだろうに、ヴァイオレット様は穏やかに微笑みながら歓迎してくれた。


 「ふむ久しぶりだなタツヒト。あれからまた鍛えたようで感心なことだ」


 グレミヨン様は僕の体つきを見て頷いている。相変わらずだなぁこの方も。


 「それで、私から君に頼んでいたものというと、異世界の知識に関わるものだろうか?」


 早速水を向けてくれるヴァイオレット様。よし、マンティスカミソリと髭剃り液のプレゼンだ。

 大丈夫、実際に困っている村の男性達には受けたんだ。落ち着いていこう。


 「はい。二つほど形になりましたので是非ご覧頂けたらと思いまして。まずこちらが--」






 「なるほど、これはよく出来ている。大したものだ。確かに男性は髭が太いのでよく肌を傷つけてしまうと聞く。

 これらを使えばそういった問題も解決されるということか。この構造や替え刃という発想も面白い」


 髭剃りの実演を含む説明を一通りした後、ヴァイオレット様は感心したように言った。

 彼女はカミソリを手に取って、しきりに設計図と見比べている。

 よかった、好感触みたいだ。


 「ええ隊長。私の夫もたまに髭剃りで肌を傷つけています。こちらの髭剃り液だけでもかなり有用でしょうな。彼のためにも是非とも欲しいところです」


 え、グレミヨン様、結婚してたんだ。

 失礼だけとちょっと意外。筋肉が恋人みたいな感じなのに。


 「はい。実際、村の男性達にも好評でした。ただ、カミソリの方は高価なので、裕福なご家庭の夫の方向けに売るのが良いのではと考えております。

 一方髭剃り液の方はそちらの資料にある通り安価です。しかし、液の状態だとあまり日持ちしないので、粉の状態で売るのが良いと思います」


 「ふむ、売り方も考えているようだな。了解した。ではタツヒト、手持ちのものと設計図をこの場で買い取らせてもらえるだろうか。

 実家付きの職人や商人にも相談して、富裕層向けに売っていけるように取り計らおう。

 もちろん、売れた分君にもきちんと利益が入るよう調整しよう」


 「あ、それはありがたいです。では、そのようにお願いします。」


 僕の返答に頷いた彼女はすっと立ち上がり、隣の部屋からジャラジャラと音のする袋を持ってきた。


 「買取価格だが、ひとまずこれでどうだろうか」


 差し出された袋の中身を確認すると目ん玉が飛び出そうになった。

 具体的には領都の平民年収の2〜3倍くらいの金額だ。


 「ふぇっ!? い、いや、こんなには頂けませんよ!」


 「いや、これにはそれだけの価値と可能性があると見た。よく頑張ってくれた。受け取って欲しい」


 微笑む彼女の顔を見て、嬉しさと達成感が込み上げてくる。

 正直、ものづくりが楽しくて途中で目的を忘れてたけど、この人のために頑張ったんだよな。


 「わかりました、ありがとうございます! また役に立ちそうなものができたらお持ちします」


 「あぁ、頼んだよ。副長、一式を卿に預けるので、ぜひ奥方の感想を聞かせてくれ」


 「承知しました隊長。お気遣いありがとうございます」


 「あぁ。ところでタツヒト、この刃の材質はなんだろうか? 金属とも違うようだが」


 「替え刃ですか? そちらはアルボルマンティスのカマを加工したものです」


 「--なに? アルボルマンティスがベラーキの近くで出現したのか?」


 「はい。木こりの護衛に同行した時に、森のかなり浅いところに出ました。そういえば一緒に討伐した冒険者の人たちも不思議がっていましたね。あ、大怪我した人はいましたが幸い死者は出ていません。ヴァイオレット様から譲っていただいた治癒薬のおかげです」


 「……そうか、了解した。大変だったな」


 神妙な顔になったヴァイオレット様は、そばで話を聞いていたグレミヨン様に目配せした。

 グレミヨン様は頷くと部屋の外に出て行ってしまった。

 

 「あの、何か不味かったでしょうか?」


 恐る恐るヴァイオレット様に聞いてみる。


 「いや、タツヒトに非は全くないので安心して欲しい。だが少し気になることができたので、副長に確認に行ってもらったのだよ。これで用事は済んだことだし、お茶でも飲んでいったらどうだろうか?」


 え、ヴァイオレット様のお茶。飲みたい。


 「ありがとうございますっ、是非!」


 「ふふっ、では少し待っていてくれ」


 そういって彼女もそのまま部屋から出て行ってしまった。

 あれ、ヴァイオレット様ってかなり偉い人のはずでは……? 僕座ってて良いのか?

 ソワソワしながら待つことしばし、お茶のトレイを持ってヴァイオレット様が戻ってきた。


 「さぁ、どうぞ」


 「ありがとうございます、いただきます」


 作法とか分からないけど、差し出されたお茶をなるべく音を立てずに頂く。


 「あ、美味しい。茶葉の他に、何か花の香りもしますね」


 「あぁ、この街の周りでは様々な花が咲くのでね。それらを使って香り付けしたお茶も多く作られている。これは私のお気に入りだ」


 そのままカミソリ開発の苦労話なんかも交えながら楽しく談笑すること暫し。

 気づいたらもうすぐ昼時という時間になった。


 「っと、すみません、長居してしまいました。名残惜しいですが、そろそろお暇させて頂きます」


 「む、そうか。了解した。出口まで見送ろう」


 そういって立ち上がった彼女を見て思う。本当に名残惜しいな。

 --あ。思ったより早いタイミングで話せたので、今日の午後と明日の一日は予定が空いている。そしてここは領都だ。

 これは、デートに誘うチャンスでは。

 よし。お忙しい方だからそもそも時間が取れないだろうけど、やるだけやってみよう。


 「あのっ、ヴァイオレット様」


 「ん? 何かな?」


 ……あれ、デートにお誘いしようと思った途端に言葉が出てこなくなってしまったぞ。


 「えっと、その……」


 緊張して言葉が出てこずモジモジしていたら、彼女おもむろに懐から硬貨を取って僕に差し出した。


 「わかった。これは少ないが……」


 「え!? いや、違いますよ! お金の無心じゃありません!」


 焦って制止すると、彼女はイタズラに成功したことを喜ぶようにニンマリと笑った。


 「ふっ、はっはっはっはっはっ。わかっているよ。君は私が何かするといつもお金を払おうとするからね。そのお返しさ」


 ……いや、もう、ほんと、大好き。


 「あははは…… これはやられました。えっと、そうだ、エマちゃん! エマちゃんへのお土産を買いたいのですが、僕はこの街の勝手がわかりません。

 その、よければ今日か明日のどこかで、一緒に買いに行ってはいただけないでしょうか?

 ヴァイオレット様にこんなことをお願いするのは大変恐縮なのですが、もし、その、よろしければ……」


 くそぅ、ひよってエマちゃんの名前を使ってしまった。ごめんよ、エマちゃん。

 僕の言葉に少し考え込むヴァイオレット様。

 よく考えたら平民が大貴族かつ軍幹部を買い物に誘うのって、身の程知らずにも程があるのでは……

 あぁ、なんか変な汗出てきた。


 「今日か明日…… あぁ、明日の午後なら抜けられるな。休暇も余ってることだし、うむ、大丈夫だ。同行しよう、お誘いに感謝する」


彼女はそう言って微笑んだ。


 「ほ、ほんとですか! ありがとうございます!」


 「ふふっ。では、明日の昼の鐘が鳴る頃に、中央噴水の辺りに集合でどうかな?」


 「はい! 昼の鐘に中央噴水ですね、わかりました!」


 や、やった。ヴァイオレット様とデートに行ける!


お読み頂きありがとうございました。

気に入って頂けましたら是非「ブックマーク」をお願い致します!

また、画面下の「☆☆☆☆☆」から評価を頂けますと大変励みになりますm(_ _)m

【日月火木金の19時以降に投稿予定】


※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ