第307話 束の間の休息
ちょっと長めです。
解呪に成功した日の翌朝、僕らは宿を出て冒険者組合へと向かっていた。
僕が解呪した冒険者、呪炎竜と相対して唯一生存した彼女は、マニルさんという青鏡級の凄腕剣士らしい。
今はまだ意識が戻らないけど、彼女が話せる状態になったら治療院から知らせを受け取れるようにしてもらっている。
ただ、冒険者組合の皆さんはまだ彼女が助かったことを知らない筈なので、一旦解呪に成功したことだけお知らせしておこうという事になったのだ。
「みんな、喜んでくれると良いでありますね!」
「だにゃ。これであの辛気臭せー雰囲気もちょっとは晴れるにゃ!」
シャムとゼルさんの楽しげなやり取りを聞きながら歩いていると、冒険者組合の前に着いた。
入り口の扉を潜った先、受付スペースは相変わらずお通夜のような雰囲気だった。
そのままカウンターまで進むと、先日対応してくれたよく喋る受付の人が僕らに気づいてくれた。
「よぉ、あんたらか。その…… マニルには会えたのか? つっても、話せる状態じゃなかったろうが……」
「おはようございます。はい、お陰様で会えました。それで一つ朗報なんですが、彼女にかかっていた呪炎竜の呪いの炎、あれを解呪する事ができました」
「そうか…… まぁ、これであんたらも呪炎竜の恐ろしさが分かったろう。悪いことは言わねぇから近づくのは…… あん? 今何つった……!?」
最初は僕の言葉の意味が飲み込めなかったのだろう。彼女は疲れた表情を急に驚愕に変え、カウンターから身を乗り出してきた。近い。
「えっと、マニルさんにかかった呪いの炎を解くことが出来たと言ったんです」
「ほ、本当か!? 本当にマニルは助かったんだな!?」
「お、おい、聞いたか……?」「マニルの姉御が助かったんですって!」「本当かい!? 魔導士協会の解呪士も匙を投げてたって話だろ!?」
僕らのやり取りが聞こえたのか、受付スペースで沈んだ表情で固まっていた冒険者の皆さんもざわつき始めた。
「は、はい、本当です。まだ意識が戻っていなくて治療院に居ますけど、もう命の心配はありません」
「「おぉ…… おぉぉぉぉぉ!!」」
急激に生気を取り戻した冒険者の皆さんが、席を立って僕らに詰め寄ってくる。ち、近い。
「ありがとう! 久しぶりにいい知らせだわ! 一杯奢らせてくれ!」「あんたが解呪したのか!? 若いのに大したもんだ!」「アタシ、街のみんなに知らせてくる!」
僕らは組合に居合わせた人達から口々にお礼を言われ、そのまま組合横の酒場に連行された。宴会開始である。
今日はラスター火山に向かう前に色々と準備したかったのだけれど、嬉しそうな冒険者の皆さんや、それを見て喜んでいるシャムを見て予定を変更した。
僕らは用事を済ますことを諦め、久しぶりの吉報に喜ぶ街の人達と、目一杯楽しむ事にした。
一日中騒いだ日の翌日。今度こそ諸々の準備を整えるため、僕らは朝から宿を出た。
昨日一日でマニルさんの事は広く拡散されたようで、街の雰囲気はとても明るい。
ちなみに僕はお酒は一杯だけを死守したので、昨日は醜態を晒していない。その代わりという訳じゃないけど、ゼルさんは全裸になって踊っていた。眼福。
最初に治療院のマニルさんの元を訪ねると、昨日も見かけた冒険者が何人もお見舞いに来ていた。
マニルさんはまだ目覚めていなかったけど、最後に見た時より顔色が良くなっているように見えた。
対応してくれたピチュサ助祭によると、直に目を覚ますという事だった。
それを聞いて安心したけど、司教様はやはりまだ戻ってきていないらしい。
例の古の若木について、この街の首脳部の説得に時間がかかっているのかもしれない。
治療院の後は鍛冶屋を中心に訪ね、主に装備のメンテを依頼して回った。
その間も、解呪の話を聞いたらしい街の人たちから、次々に声をかけられた。
嬉しい一方、神託の件についてロスニアさんに不安そうに話しかける人もいた。
彼女自身不安だろうに、ロスニアさんはそんな人達を真摯に慰撫していた。
そうして街を歩き回っている内に、そろそろお昼という時間になった。
「装備の整備依頼は大体終わりましたね。午後はどうしましょう? ご飯食べながら話しましょうか?」
みんなにそう振ると、メームさんを除く面々が何やら目配せをしあった。あれ、何だろう?
「それなのだがタツヒト。昨日酒の席で安請け合いしてしまってな……
すまないが、都市内の主要な場所に設置された陽光を発する魔導具、これらに魔力を充填して回ってくれるか? 場所はここにある。
メーム。君はタツヒトに付いて行ってくれないか? その間我々は、日持ちする食料の買い出しなどをしておこう」
「えっと、構いませんけど……」
僕は首を傾げながらもヴァイオレット様から地図を受け取った。設置場所をざっと確認すると、この街を一通り見て回るような形になりそうだった。
「メーム、頑張るであります!」
「僕、応援してます!」
「お前達…… 感謝する!」
何やらニヤニヤしながら去っていくみんなを、メームさんが感激した様子で見送る。
「で、では行くか! まずは…… そう、昼食だな! 昨日包み焼きの美味い店を教えてもらったんだ。そこでいいか?」
「は、はい。お任せします」
彼女はそう言って、おずおずと僕の手を引いてくれた。あ、デートだこれ。
メームさんお勧めのお店は、大きな餃子のような形のパイを出すお店だった。
サクサクの香ばしい生地と、細かく刻まれた野菜や肉の餡にはこの辺り独特の香辛料が使われてて、めちゃくちゃ美味しかった。
二人して満足してお店を出た後は、地図に従って魔導具に魔力を充填して回った。
都市整備担当の魔法使いがやる気を出してくれたのか、今日は街の中にほとんど灰が落ちていなかった。
いつもより綺麗な街の中を歩きながら、魔導具に光を灯すたびに、街の人々が口々にお礼を言ってくれる。
途中でカフェで一休みしたり、雑貨屋を冷やかしたりと、普段の殺伐とした旅では得られない、定番だけど穏やかな時間を二人で楽しむ事ができた。
あと、メームさんはお店に入る度に格好良くエスコートしてくれるので、なんかドキドキしてしまった。
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ、辺りはかなり暗くなってきてしまった。
「よし…… ここで最後ですね」
地図上にあった最後の魔導具に光を灯すと、メームさんは少し残念そうな表情を見せた。
「そうだな…… ん? これは…… タツヒト、宿へ戻る前に少しあそこへ登ってみないか?」
メームさんが指したのは、この街の中心に聳え立つ大聖堂の時計塔だった。
もうすぐ受付が閉まってしまうところに滑り込みで入り、彼女に急かされるまま急いで時計塔の最上階まで階段を登った。すると--
「わぁ……!」
自然と感嘆の声が出た。時計塔から見下ろした街の夜景が、ここ数ヶ月で見慣れた灰色の世界とかけ離れた、とても綺麗なものだったからだ。
今日は街中にほとんど灰が落ちていない。僕が灯した数十の魔導具の光に照らされ、白壁とオレンジ色の屋根の色彩が暗闇に浮かび上がっている。
さらに足元付近では、魔道具の光を囲んで楽しそう談笑している街の人達が見える。
美しさと暖かさが胸に迫る。そんな感動を覚える光景だった。
「これは、想像以上に美しい光景だな…… お前の行動が街の連中の心に火を灯し、その魔法が今街を照らしている。
タツヒト、この光景はお前が作り出したものだ。本当に大した奴だよ」
隣で景色を眺めていたメームさんが、僕の方に向き直って微笑む。
「ふふっ、持ち上げすぎですよ。僕だけじゃなくみんなのお陰ですし、メームさんに教えて貰えなかったらこの光景に気づきもしませんでした。だから、ありがとうございます。メームさん」
「……タツヒト」
景色からお互いに視線を移し、僕らはどちらともなく寄り添った。
しかし、二人の顔が間近まで近づくと、メームさんは途中で顔を真っ赤に染めて停止してしまった。
そして落ち着きなく目を彷徨わせた後、口を引き結んでぎゅっと目を瞑ってしまった。完全にキス待ち顔だった。
……本当にずるい。この人普段はすごく格好いいのに、こういう時だけめちゃくちゃ可愛いだもん。
心に溢れる愛おしさのまま、僕は彼女と唇を重ねた。
「む。二人とも戻ったか。その顔は…… 良い時間を過ごせたようだな」
宿に戻った僕らを迎えてくれたヴァイオレット様は、そう言って満足げに何度も頷いた。
「ええ。その、とっても」
「ああ、とても、とても良い、夢のような時間だった……」
答えた僕の顔は少し熱を持っていた気がするけど、メームさんはもう心ここにあらずといった感じだ。
普段のキリリとした表情が、幸せそうにとろけてしまっている。なんか面映いな。
「それはよかったです! ではその、行きましょうか、タツヒトさん」
すると、ロスニアさんが少し恥ずかしそうに僕の手を取った。
「--へ? どこにですか?」
「もちろん、寝台に決まっていますわぁ」
反対の手を取りながら、キアニィさんが言う。するとメームさんが我に返ったように叫んだ。
「ま、待て待て! それはあんまりだろう!?」
「にゃー…… でも今日の午後はメームの時間だったにゃ。夜はウチらに譲ってくれてもいいと思うにゃ」
「そ、それは…… その…… うぅ……」
「ま、別にこっちに混ざってくれてもいいにゃ! ほら行くにゃタツヒト! ウチは待ちくたびれたにゃ!」
ヴァイオレット様を先頭に、左右をロスニアさんとキアニィさん、後ろをゼルさんに固められた僕は、そのまま宿の二階へと続く階段へ運ばれていく。
ど、どうしよう。ともかくこれだけでも言わねばと思い、僕は首だけで後ろを振り返った。
「えっと、メームさん、今日は本当にありがとうございました!」
「タツヒト……!」
ちょっと泣きそうな表情のメームさんは、僕らが階段を登り始めたことですぐに見えなくなってしまった。
我ながら本当にどうしようもないけど、メームさんへの罪悪感と、これから起こることへの期待感の双方を感じる……
すると、一階の方から微かに声が聞こえた。
「メーム…… 今日はシャム達が一緒に寝てあげるであります」
「そ、そうですよ! 三人で楽しくおしゃべりしましょう! 今日の逢引のことも聞いてみたいですし!」
「うぅ…… 二人とも、ありがとう……」
……罪悪感が一際高まるのを感じながら、僕は階段を登り続けた。
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