第305話 紫炎(2)
明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたしますm(_ _)m
新年一発目から更新が遅れてしまい、誠にすみません(汗
『呪い』とは、簡単に言うと遠隔、かつ継続的に対象を害する魔法の総称である。
僕らのような冒険者は、魔物との刹那を争う戦いが常なので、正直あまり馴染みのないものだ。
一方、国内外の政府上層部の暗闘や、隣人同士の諍いなど、意外に使われる場面は多い。
効果や対象の規模に関わらず、バレずに相手を害したいという需要は多いので、術者もそれなりにいると言うのが実情だそうだ。
僕がなぜそんなものを知っているのかと言うと、魔導大学の授業で習ったからだ。
もちろん、そんな物騒な魔法の掛け方を大学で教える訳もなく、内容は呪いから身を守ったり、解呪したりする方法に関するものだった。
ただ、僕が受けた授業は『呪術防衛基礎』なので、文字通り基礎は押さえているといった程度だ。
呪いを解く解呪の実習も、ごくごく簡単なものの経験しかない。
授業を教えてくれた先生曰く、何より呪いなど受けないように立ち回る事が重要らしい。
呪術は、対象の抜け落ちたばかりの髪の毛などを触媒にかけることも可能だ。
まず恨みなど買わぬよう、もし買ってしまったら呪いをかけられる隙を作らないこと。
そしてもし呪いをかけられてしまったら、すぐに解呪を専門とする魔導士に相談すること。とのことだった。
解呪は一般的にとても高難度で、素人は決して手を出すべきじゃない。
失敗すると呪いをかけられた対象者だけでなく、解呪を試みた術者にも被害が及ぶことがあるからだ。
そしてこの呪いをかけたのは、おそらくこの世界でも有数の火魔法使いである紫宝級の魔竜、呪炎竜だ。
その呪いを素人に毛が生えたくらいの僕らが解こうというのだ。位階の差、経験の差は明らかで、かなり無謀と言える。
それでもやるのは、まず打算的な理由がある。患者さんから呪炎竜の情報を得るため、そして、この呪いの炎から奴の実力や手札を推し量るためだ。
でも何より、目の前に血の気の引いた顔で横たわるこの人を助けたいからだ。
この人は、この国やそこに住む人達のため、危険を顧みずラスター火山に向かったのだ。
きっとその心持ちは、邪神に立ち向かった時の僕らと同じだったはず。そんな人を死なせたくは無い。
「--始めます。みなさん、よろしくお願いします」
呪いの炎に侵された冒険者の患者さんを前に、僕は周囲のみんなに声をかけた。
この場には、『白の狩人』とメームさん、それから応援に駆けつけてくれた教会の司祭様と、緊張でガタガタ震えている助祭さんがいる。
全員、僕の声に真剣な面持ちで頷いてくれた。
役割分担としては、僕がメインの施術者で、シャムとプルーナさんが助手だ。三人は、患者さんの大腿部、呪いの炎が燃えている箇所を囲むように座っている。
ロスニアさんを筆頭にした聖職者の方々には、患者さんの状態のモニタリングや容体が急変した際の対応をお願いしている。
ヴァイオレット様達戦士型のみんなは、少し離れたところで見守ってくれている。
「最初は観術の行程です。シャム、炎の様子が変わったら逐一教えてね。
プルーナさん、魔法陣が必要になったら適宜対応をお願いします」
「了解であります! すでに観測光を赤外線に切り替えているであります!」
「お任せください! 陣を構築するための材料も揃えてあります」
シャムとプルーナさんが頼もしい返事を返してくれた。
解呪の行程は、大きく観術と解術に分けられる。
前者は、術者が呪いに様々な干渉を行い、その反応から構成要素である種々の魔法を類推していく行程だ。
簡単な例を出すと、スイカを叩いてみて、音から中が詰まっているかスカスカか判別するような感じだ。
そして後者は、類推した種々の魔法を適切な手順で解除していく行程だ。
これはよく映画とかで見かける、爆弾処理の際に順番に正解のコードを切っていくようなイメージだ。
実際の呪いは、励起状態にあるいくつもの魔法が知恵の輪のように絡み合って構築されているので、こういったプロセスを踏まないと危険なのだ。
「頼りにしてるよ、二人とも。では一つ目。火勢を弱める干渉から--」
患者の大腿部に手を翳しながら、僕は慎重に呪いの炎に干渉を加え始めた。
ぽたりと、僕の頬から汗が滴り落ちる。解呪を初めて、おそらく数時間が経過した。
観術の工程では、この呪いを構成する主要な魔法、術者の魔素を燃料に燃え続ける炎を発現させる魔法、炎の進行速度を一定に保つ魔法などが明らかになった。
それに加え、弱めようとすると逆に火勢が強くなる魔法や、炎を引き剥がそうとすると延焼範囲が広がる魔法など、解術対策と思われる魔法がいくつも張り巡らされていた。
今は、おそらく全て見つけただろうと言うところで観術を切り上げ、解術の行程の中程まで進んでいる。
解術対策の魔法は、単に解除してもいいものは僕が解除し、解除するとまずいものは一時的に無効化して作業を進めている。これにはプルーナさんが大活躍してくれた。
呪いの炎が燃える患者さんの大腿部の周りには、床から生えた十数本の石柱が配置されていて、その先端にはコースターほどの大きさの石板が鈴なりになっている。
この石板はプルーナさんが生成してくれたもので、解呪対策の魔法を打ち消す魔法陣が内蔵されている。
これらが機能しているおかげで、僕は解術を先に進められているのだ。
「……プルーナさん、延焼範囲を広げる魔法の対抗魔法陣をもう一つ追加してください」
「わかりました。今生成します」
「タツヒト、炎の温度が上がってきているであります」
「おっと、さっきの消したらまずかったか…… すみませんプルーナさん、先にこっちを生成してください。炎の温度を下げる魔法陣です」
僕はその場で紙に魔法陣の図面を大雑把に書き、プルーナさんに渡した。
「わ、わかりました。えーっと……」
「にゃーおみゃーら、そろそろ休憩してもいーんじゃにゃいか?」
「そ、そうですよぉ。みなさんが倒れてしまったら……」
疲労の色が濃くなってきた僕らを見かねて、ゼルさんや助祭さんが気遣わしげに声をかけてくれた。
「ありがとうございます。でも、時間経過で発動する何かが仕掛けられているかもしれません。一気に進めないといけないんです」
「にゃー……」
その後も作業を進め、数十個の魔法を打ち消し、魔法陣の数が百に届くほどになった。
時刻が深夜に差し掛かったあたりで、やっと終わりが見えてきた。
「--よし、これでおそらく、解呪対策の魔法全てを解除、または無効化した…… ロスニアさん、患者さんはどんな様子ですか?」
ロスニアさんに声をかけると、彼女は患者さんから目を離さずに答えてくれた。
「はい、呼吸も脈拍も安定しています。問題ありません」
「わかりました。それじゃ、最後は一気に行きます……!」
再び患者さんの大腿部に視線を戻す。そこに燃える呪いの炎は、解呪開始から見た目上は全く変化は見られない。
しかし、今や全ての障害は取り払われ丸裸の状態の筈だ。
残っているのは、紫宝級の火竜によって施された強力な燃焼の魔法などだ。
これらを打ち消せば解呪は完了するけど、おそらく位階の差でかなり手こずる筈だ。
僕は気合を入れ、一気に炎を消火する干渉を加え始めた。すると、炎は不自然なほど呆気なく消えてしまった。
「あ、あれ……? 何か手応えが……」
「やった…… 消えました! やりましたね、タツヒトさん!」
「「おぉ……!」」
患者さんの足から紫色の炎が消えたのを見て、プルーナさんを皮切りにその場に居合わせた面々が感嘆の声を上げる。
僕も一緒に喜びたいところだけど、めちゃくちゃ重い石を動かそうとしたのに、異様に小さい力で動かせてしまったかのような気持ち悪さがある。
すると、その違和感を裏付けるかのようにシャムが声を上げた。
「え……? タ、タツヒト!」
急いで視線を患者さんの足に戻すと、炎が消えたはずの断面に、小さい、しかし強烈な気配を放つ火が生まれていた。
し、しまった…… 呪いが解かれたら発動する魔法……! くそっ、授業でも教えてもらってたのに!
僕は急いで患者さんを抱き抱えると、壁際のヴァイオレット様に向かって叫んだ。
「壁を!」
「……承知!」
ボゴォッ!
すぐに意図を察してくれた彼女は、部屋の壁に斧槍で大穴を開けてくれた。
穴のすぐ外は治療院の中庭だ。
「ちょ、ちょっとー!?」
頭を抱えて叫ぶ助祭さんに構わず、僕は床を蹴って大穴を潜った。
患者さんを抱えたまま中庭に足をついた瞬間、彼女の足に灯った小さな火が、爆発的に膨れ上がる。
刹那の判断。僕は残った魔力を振り絞り、その爆炎を上空へ誘導した。
--ゴォォォォォッ!!
「ぐぅぅぅぅっ……!」
巨大な紫色の火柱が空に向かって立ち昇る。
制御を手放せば、この烈火は周囲一帯を焼き尽くしてしまうだろう。
ゴリゴリと魔力が削れていき、魔力切れが近づく中、ひたすら耐える。
永遠にも感じられる十数秒が過ぎた後、巨大な火柱は段々と細くなり、最後は嘘のように消え去ってしまった。
魔力切れで朦朧とする意識のまま天を仰ぐと、火山灰に覆われていた夜空の一部に穴が空き、わずかに星が瞬いているのが見えた。
そして目線を下げると、腕の中の彼女の足から、呪いの炎は完全に消え去っていた。
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