第304話 紫炎(1)
司教様と入れ替わるように、若い只人の女性の助祭さんが部屋に来てくれた。
そしてそれと同時に、ロスニアさんがうっすらと目を開けた。
司教様に何か言われたのかとても恐縮した様子の助祭さんは、恐る恐るといった感じでロスニアさんを診始めた。
診察を受ける内に段々と目が覚めてきたのか、ロスニアさんの視線が安定してくると、助祭さんもほっとしたように息をついた。
「い、異常は見られません。ただ、まだ疲労が抜けておられないようです。暫くはご無理をしませんよう……
その、私はそこに控えております故、何かございましたらお申し付け下さい」
「ありがとうございます。助かりました」
みんなで頭を下げると、彼女はそれに最敬礼で返し、部屋の角に挟まるように後ろに下がってしまった。 ……この人、ちょっと面白いかも。さておき。
「ロスニアさん、大丈夫ですか……? 覚えていないと思うんですが、また神託が降ったみたいなんです。えっと、内容は--」
僕が神託の言葉を口にしようとすると、彼女はそれを手で制した。
「大丈夫です、タツヒトさん。今回は自分が何を口にしたのかはっきりと覚えています。
言葉と一緒に、人々の嘆きと恐怖、そしてまるで世界が炎に包まれるかのような破滅的な映像が流れ込んできました……
--これはとても不敬な考えで、私の勘違いだと思うのですが、創造神様の焦りのようなものまで伝わってきたような気がしました」
「ひぃっ……!」
部屋の隅から響いた悲鳴にみんなが視線を向けると、助祭さんが青い顔で慄いていた。
「あっ…… す、すみません! 静かにしています!」
僕らの視線に気づくと、彼女はそう言って両手で自分の口を押さえてしまった。
やっぱりちょっと面白いなこの人。でも、信心深い人なら悲鳴をあげたくもなるような話だ。
最近神様的な人達と縁が深い僕らは、もっと実際的な恐怖を感じてしまうけど……
「えっと…… しかしあれですわぁ。創造神様も、ご助言を頂けるのは大変ありがたいのですけれどぉ……
神託の度にロスニアが倒れてしまうのは何とかして頂きたいですわぁ。心配ですもの」
「全くだにゃ。心臓が止まるかと思ったにゃ。おみゃー、本当ににゃんともにゃいのかにゃ?」
心配そうに自分の肩に触れるキアニィさんとゼルさんに、ロスニアさんは嬉しそうに微笑んだ。
「うふふっ。お二人とも、ありがとうございます。ちょっと疲労感はありますけど、大丈夫ですよ。
--あの、司教様は先ほどの神託をどう受け止められたんですか? こちらには居られないようですけど……」
「あぁ、それなら--」
ヴァイオレット様が先ほどの司教様とのやり取りを共有すると、ロスニアさんは何かを思い出そうとするように額に手をやった。
「古の若木…… そういえば、そんな概念というか、映像もありました。
灰に覆われた荒野に、瑞々しい緑を讃えた小さな若木が生えていたんです。邪なものには思えませんでしたけど……」
「……あ!」
ロスニアさんの言葉に、シャムが声を上げた。
「さっき見た巨大魔法陣! その中心に、確かに木が一本だけ生えていたであります!
魔導具の類とは思えなくて背景情報としていたでありますが、今の話で思い出したであります!」
「うわぁ、間違いなくそれだね。『其は福音にあらず』、でしたっけ……
ど、どうしましょう? 神託の信憑性には今更疑いようも無いですし、神様がわざわざ警告するなんて、かなりまずい状況だと思うんですけど……」
不安そうなプルーナさんに、メームさんがゆっくりと首を振った。
「余所者の俺達にはどうしようも無いだろう。あの魔法陣はこの国の首脳部の肝煎りで、周囲には多くの人員が配置されていた。
正面から説得するのも、こっそりその若木を刈り取りに行くのも難しい。
まぁお前達の実力なら、力づく、という手段も取れるだろうが……」
「--いや、それは本当に最後の手段だな…… 若木に関しては、今はこの街の有力者であろう司教様にお任せしよう。
その間、我々は我々が為すべき事を成さねば。ロスニア、体調はどうだろうか? もう少し休んだほうが良ければ--」
「いえ、もう大丈夫です、ヴァイオレットさん。 --よい、しょっと。私達の当初の目的を果たしましょう」
ベッドから自力で降りたロスニアさんが、僕に頷きかける。
「わかりました…… すみません、助祭様」
「ひゃ…… ひゃい!」
声をかけられてびくりと震える助祭さん。なんか申し訳なくなってきた。
「えっと、呪炎竜と戦って生き残った冒険者の方が、ここで療養されていると聞きました。その方の元へ、僕らを案内して頂けませんか?」
渋る助祭さんを何とか説得し、案内してもらった一室。
扉を隔てた向こう側に、この治療院に来てから感じていた異様な気配の源があるのを感じる。
他のみんなも同様の気配を感じているのか、表情が硬い。
「こ、こちらです」
そして助祭さんが開いてくれた扉の向こうは、部屋全体が紫色に染まっていた。
「これは……!?」
全員で中に入ると、じんわりとした暖かさと、生き物を丸焼きにした時の嫌な匂いが鼻をついた。微かに肉の焼けるような音も聞こえる。
部屋の中央には、金属のフレームに布が張ってあるだけの変わったベッドが置いてある。
そしてその上には、中年の樹人族が一人、眠るように横たわっている。
衣服は下着しか身につけておらず、身体中に刻まれた傷跡から彼女が歴戦の勇士であることが窺えた。
しかしその顔色は血の気が引いた薄緑色で、はっきりと死相が浮かんでいるように見える。
そして彼女の右の大腿部に、この異常な状況の元凶が存在した。
彼女の右足は大腿部の中程まで無くなっており、その断面には静かに、しかし禍々しい紫色の炎が燃えているのだ。
よく見ると、断面の延長線上、本来足があるべき場所には僅かに灰が落ちている。
あの炎が、彼女の足をここまで焼失させたのか……!?
言葉もなく助祭さんの方を見ると、彼女は目に涙を溜めながら話し始めた。
「……彼女はラスター火山に赴いた高位級冒険者、その最後の生き残りです。ご覧の通りとても話の出来る状態ではありません。
この方の他にも、呪炎竜の呪いを受けて運び込まれた方は二十一人もいました。
その全員が、こうしてじわじわと体を焼き尽くされて亡くなって行きました。彼女は、たまたま足先に呪いを受けたのでまだ生きているんです。
教会のみんなであらゆる手を尽くしました。知りうる限りの神聖魔法、水、風、土魔法による消火…… けれど、どれも駄目でした。
燃えている部分を切り落とす、なんて乱暴な手段も試してみました。でも、炎が体の方に戻ってしまって、死期を早めただけでした……」
「い、痛く無いのでありますか……?」
おずおずと質問したシャムに、助祭さんが微笑みかける。
「はい。今は痛みは感じていないはずです。意識の強度を落とす神聖魔法を定期的にかけているので……
でも、もう私たちにはこれくらいしか、痛みを無くすことくらいしか出来ないんです。彼女は、今も死に近付いているのに……!
--ですが、まだ試していないこともあります。この国の亜人の多くは樹人族で、彼女達は火属性を発現させることはほぼありません。
高位の火属性魔導士の方であれば、もしかしたら……!」
助祭さんがすがるような目を僕に向ける。
彼女を説得する時、僕は自分が高位の火属性魔導士だと明かしたのだ。自分ならば、もしかしたら呪いを解呪できるかもしれないと。
実際にこの強力な呪いの炎を目の当たりにして、正直解呪できるとは断言できなかった。
でも、やらなければ成功率はゼロだ。僕は自分を奮い立たせるように力強く頷いた。
「ええ、全力を尽くします……! みんな、手伝って下さい!」
「「応!」」
お読み頂きありがとうございます。
読者の皆様のおかげで、こうして今年一年更新を続けることができました。
さらに先ほど確認したところ、注目度ランキング(すべて)で拙作が30位にランクインしていました!
感謝感激とはこのことです。本当にありがとうございます。
今年もあと僅かですが、どうぞ皆様も良いお年をお過ごし下さいm(_ _)m
【月〜金曜日の19時以降に投稿予定】
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