第303話 警告
すみません、遅くなりましたm(_ _)m
屋上から街の外に広がる巨大な魔法陣を眺めた後、僕らは冒険者組合を辞し、例の冒険者が療養中だという大聖堂に向かっていた。
「いやー、あんなに大きな魔法陣中々見ないよね。邪神討伐作戦の時のと同じくらいかな?」
さっき見た光景についてちょっと興奮気味にプルーナさんに振ると、彼女は僕より高いテンションで答えてくれた。
「はい、そのくらいはありましたね! すごい規模でした!
主な機能は、外縁部から中心に向かって魔素を集約するものに見えましたけど、ちょっと遠すぎて自信がないですね……
あ、シャムちゃんには見えたんじゃない?」
「肯定するであります! 望遠して観察した結果、外縁部に魔素の供給口が多数存在し、供給された魔素を陣の中心に向かって平滑化、均一化して集約する機能を認めたであります!
おそらくあの魔法陣は、陣の外周に大人数の魔法使いを配置し、中心に大量の魔素を要する何かを設置して使用するものであります!
でも今は、中心部にはそれらしい魔導具のようなものは無かったであります!」
「へぇ…… その魔導具の方も気になるところだね。やっぱり気象操作形の何かなのかな……?」
この国の偉い人達が、あの魔法陣を使って降灰を何とかしてくれるなら喜ばしい事だ。
でも僕らの目的は、ラスター火山に行って機械人形の部品を回収することだ。
魔法陣の方も気になるけど、火山にいる呪炎竜について話を聞く方が重要だ。
そんな感じで三人で魔法陣について議論する内に、目的地である聖ドメニカ大聖堂に到着した。
この大聖堂は、聖都とものと違って角ばった印象の建築様式だった。
元は白く美しい対称構造の建物だったのだろうけど、今は他の建物と同じく灰を被ってしまっている。
建物の規模に見合った大きな扉を押し開いて中に入ると、正面には縦長の空間が広がっていて、多くの人々が備え付けの椅子に座っていた。
突き当たりの一段高い祭壇には位の高そうな聖職者の方が立っていて、聴衆に向けて語りかけている。ちょうど説法か何かの最中のようだ。
ちょっとタイミングが悪かったかも。そう思ってあたりを見回すと、修道士らしい黒い服装の男性がすすす、とこちらに近寄ってきた。
彼は両手をくの字にしながら交差させ、合わせ楔の聖印を形作りながら柔和な笑顔を浮かべた。
「こんにちは、冒険者の方々。本日はどうされましたか?」
「こんにちは、修道士さん。あの、僕らは『白の狩人』という冒険者パーティーなんですが、こちらに呪炎竜と戦って生き残った方が居ると聞いて--」
「神よ、今参ります」
台詞の途中で突然聞こえた声に、驚いて後ろを振り向く。
するとそこには、教会の奥、祭壇の方を凝視するロスニアさんが居た。
「ロ、ロスニア、一体どうしたんだ……?」
「えと、一旦座った方が……」
メームさんとプルーナさんが、彼女を気遣うように言葉を掛ける。
一方、以前にも彼女のこんな様子を見た事がある面子は、驚きながらもどこか冷静だった。
ロスニアさんはそんな僕らに構わず、祭壇方に向かって滑るように走り始めた。
「あっ…… お、お待ちを! 今は司教様が--」
焦って制止する修道士さんの脇をすり抜け、ロスニアさんはあっという間に祭壇の前まで到達した。
祭壇上の妖精族の司教様が、突然現れたロスニアさんに気づいて説法を止め、参列者のみなさんもざわめきながら彼女に注目する。
突然のことに固まっていた僕らも、やっとロスニアさんの後を追って走り始めた。
後ろからではよく見えないけど、彼女は体の前で手を組んだ祈りの姿勢のまま、祭壇の後ろの壁に掛かる教会のシンボル、合わせ楔を一心に見つめているようだった。
「--旅の司祭ですか……? 如何なさいました。今は説法の最中です。どうか--」
怪訝そうにロスニアさんに語りかける司教様は、途中で目を見開きながらその言葉を飲み込んだ。
ロスニアさんの体から、強烈な、しかし神々しい白光が放たれたのだ。これは、あの時の……!?
「ロスニアさん!」
声をあげて彼女に向かって走り寄る。しかし僕らが彼女の元に到達する前に、その体から彼女のものではない、男女のどちらかも判然としない声が響いた。
『--山の峰に座す白き都の民よ…… 古の若木、其は福音にあらず…… 呼び覚まさば、大いなる禍が降り来らん……』
言葉を発し終えたロスニアさんの体から光が失われ、その体が傾ぐ。
僕は床を思い切り蹴って加速し、スライディング気味に彼女の体を受け止めた。
「ふぅ…… 間に合った。けど……」
あたりを見回すと、僕らを除く、その場の誰もが呆然としていた、。
しかし数秒ほどすると、参列者の何人かがその表情を恐怖に歪めて小さく悲鳴を上げ始めた。
悲鳴と混乱は連鎖し、教会内は騒然とした様相となった。
教会内の混乱は、司教様の必死の取りなしでなんとか収まった。
とりあえずその場はお開きになったけど、帰路に着く参列者の皆さんは、大人も子供もひどく不安そうな様子だった。
それはそうだろう。神にも縋りたいようなこの状況下で、『大いなる禍が降り来らん』なんて言われたら、冷静ではいられないはずだ。
僕らはというと、司教様に連れられて教会付属の治療院に来ていた。
意識を失ったロスニアさんはその一室のベッドに寝かされて、今は司教様自ら診てくれている。
--この治療院に入った時から、何か異様な気配がするのだけれど、今はそれどころじゃないな……
しばらく険しい表情で診察を続けてくれていた司祭様は、小さく頷くとふっと表情を緩めた。
「--うん。急激な魔素欠乏に似た症状ですね。しばらく休めば意識を取り戻すでしょう」
「よかった…… ありがとうございます、司教様」
多分大丈夫だとは思っていたけど、それを聞いてホッとした。僕に続き、他のみんなも司教様に頭を下げる。
「いえ…… しかし、あの白き清浄な光と魂に染み入るような甘美な声…… この者、いえ、この方は一体……?」
司教様は、少し慄くようにロスニアさんを見た。僕はみんなと目配せして頷き合うと、言葉を選びながら話し始めた。
「司教様。僕らは『白の狩人』という冒険者パーティーでして、彼女、ロスニア司祭はその一員です。
実は、彼女がこうなるのは二度目なんです。最初の時に教皇猊下に拝謁させて頂く機会もありまして、その際に-- あっと、キアニィさん、お願いできますか?」
「ええ。っと、これですわねぇ?」
僕の意図を察したキアニィさんが、ロスニアさんの懐からブローチのようなものを取り出し、僕に手渡してくれた。
「ありがとうございます。猊下から、神託の御子の証としてこれを下賜されたんです」
ロスニアさんが猊下からもらったブローチを見せると、司教様は納得したように大きく頷いた。
「ではやはり、先ほどのは神意の顕現…… おぉ、真なる愛を」
司教様は、そのままベッドで眠るロスニアさんの側に跪いてしまった。
何かちょと気まずくなってみんなの方に視線を戻すと、ゼルさんが首を傾げながら口を開いた。
「にゃー…… しっかし神様ってのは、にゃーんでああ分かりづらい言い回しをするんだにゃ?」
「ゼル。その言い方、ロスニアが聞いたら怒られるでありますよ?」
「にゃ、そうだにゃ。黙っててほしいにゃ……」
いつも通りのゼルさんの様子に、みんなが揃って頬を歪める。ちょっと雰囲気が明るくなった。
「あはは…… でも、さっきの神託はあまり穏やかじゃなかったですね。
意味はよく分からなかったですけど、なんというか、警告のような響きがありました」
僕がそう言うと、跪いていた司教様がゆっくりと立ち上がった。
「ーー『山の峰に座す白き都の民よ』、これはおそらく、私達ロプロタの市民を指しておられます。
あの神託は、私達に大いなる災いが降りかかるという、神からの警鐘なのでしょう……」
「なるほど…… しかし司教様。『古の若木』とは何だろうか?
何やら、それが大いなる災いの原因のように聞こえたのだが……」
ヴァイオレット様の質問に、司教様は数秒ほど黙り込んだ後、絞り出すように答えた。
「--心当たりは、あります。残念ながら…… 失礼、私はすぐに行かねばなりません。
どうか御子様のお側にいて差し上げて下さい。代わりの者も付けましょう。それでは」
険しい表情でそれだけ言うと、司教様は速足で部屋から出て行ってしまった。
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