第301話 鉱山都市ロプロタ(1)
遅くなりました。木曜分ですm(_ _)m
ちょっと短めです。
激しいスコールに見舞われ、ゾネス川の主と思わしき巨大魚と邂逅してからさらに一週間後。僕らを乗せた船は今、異様なほどに整った川を遡っていた。
一定間隔で蛇行しているその川は、どこを切り取っても同じ川幅で、河岸には一定の傾斜が設けられている。
コメルケル会長曰く、長い時間をかけて土魔法で整備されたものらしい。まるで地球世界の護岸工事が施された川のようで、奇妙な懐かしさを覚えてしまう。
一緒に船首側で警備についている土魔法の大家、プルーナさんは、とても丁寧な仕事だと感心していた。
蛇行によって傾斜はかなりマシになっているけど、それでも川の流れは早めだ。
そこを逆行して登っているので、漕ぎ手の皆さんは掛け声のピッチを早め、トゥヤさんも水魔法でアシストしているようだ。
辺りが夜のように暗いため、船の周囲には僕が浮かべた複数の灯火が漂っている。
それに照らされた川の水すらも灰で黒く染まっているのが見える。
水面から船の向かう先に視線を移すと、遠くに微かな明かりが見え始めた。
「ワンプ船長! 明かりが見えてきました!」
きっと、これから向かう街の明かりだろう。僕は甲板屋上を降り仰いで声をかけた。
「了解だぁ! お前ら、もう一踏ん張りだぞ!」
「「へい!」」
船長の檄に、漕ぎ手の皆さんはさらにピッチを早める。
そうして遡り続けること数十分。傾斜は急に終わりを告げ、大きな湖に出た。
そしてそこに寄り添うように存在するのが鉱山都市ロプロタ。樹環国の首都だ。
港湾都市ベレンを出てから数えておよそ一ヶ月弱。長い船旅の末ようやく辿り着いた首都は、結構標高が高い位置にある。正直アクセスは悪い。
それでも人が多く集まっているのは、鉱物資源に富み、周辺に存在する数多の古代遺跡から魔導具まで発掘できるからだ。
そんな経緯で成立した街のせいか、鉱精族や妖精族も一定数いるらしい。
前評判では、白壁に鮮やかな色合いの屋根の建物が立ち並ぶ、非常に綺麗な街ということだった。
しかし港に降り立った僕らが目にしたのは、一言でいうと地獄のような様相だった。
時刻はまだ昼前だと言うのに、ひどい降灰のせいで月夜のように暗い。
南西の空がほのかに赤く光って見え、時折地響きのような音も微かに聞こえる。僕らの目的地であるラスター火山は、未だ噴火中のようだ。
風魔法による保護が追いつかないのか、外よりかなりましだけど、都市の中にも灰が降り積もっている。
港の一角に視線を移すと、ぼんやりと光る街灯のようなものが設置されていた。
そこには、血色の悪い顔の多くの樹人族が押し合うように身を寄せていて、その姿から亡者という言葉を連想してしまった。
どうやら日の光を発する魔導具らしいけど、供給が全然足りていないみたいだ。
ここに来るまでいくつもの村や都市を経由してきたけど、そのどこと比べても住民に元気がない。
「予想はしていたが、凄まじい状況だな…… 俺様達はともかく、普通の樹人族には辛かろう……」
隣にいたコメルケル会長がチラリと僕を見たけど、すぐに視線を逸らした。
スコールを乗り切る際に使ってしまった天候操作魔法、天叢雲。
当然の事ながら事態が落ち着いた後、この魔法について会長達から問い詰められた。
けれど僕は、たまたま天気予報の勘が当たっただけだと言って白を切った。
苦しすぎる言い訳だけど、疲弊した僕の様子を見て何かを察したのか、会長達も追及をやめてくれた。
……天叢雲が、今のこの国の人達が求めてやまない魔法だとは分かっていた。
生きる上で陽の光が必要不可欠な樹環国の人達に対して、力を尽くさない事に罪悪感も覚える。
でも、晴れ間を作り出せるのは僕が魔法を使っている間だけだし、国全体を陽光で包めるほどの力は無い。申し訳ないけど対応しきれ無いのだ。
あと、この魔法は神器である天叢雲槍が無いと使用できない。
あの時はやむを得ず使ったけど、槍が狙われる危険もあるので、なるべくなら魔法の存在すら知られたく無かった。
コメルケル会長達がそんな事をするとは思えないけど、人の口に戸口は建てられないからなぁ……
その後、会長達は港に控えていた馴染みの業者さん達と軽くやり取りを行い、遥々運んできた食料等の荷物を船から搬出した。
やはりこの状況下での食料は嬉しいようで、港の倉庫の人達は窶れた顔に笑顔を浮かべて対応してくれていた。
その辺りの諸々の手続きが終わった段階で、僕らはやっと一息着くことができた。
「ふむ。あの様子では、食料は想定以上の価格で捌けそうだな。カカウに関しても、メーム殿達のおかげで思わぬ付加価値が見つかった。上手くすればいつも以上の値が着くだろう。
これは笑いが止まらんな! がっはっはっはっはっ!」
「うむ…… もっと検証が必要だが、あれは確かに重要な効果だろう」
コメルケル会長の言葉に、メームさんがなぜか僕の方をチラチラ見ながら神妙に頷く。
この付加価値というのは、カカウが持つ媚薬効果の事だ。普段なら薬として少量だけ摂取するカカウだけど、コメルケル会長はチョコレートとして大量に摂取していた。
すると、その、いつもよりそういった欲求が高まるのを実感したそうだ。
同じくチョコレートを食べていた僕らにも少しその実感があったので、多分間違いないだろう。
地球世界のカカオの場合は俗説だった気がするけど、こっちのカカウにはしっかりとした効能があるのかも。
「さて…… 俺様が『白の狩人』に出した護衛依頼は、港湾都市べレムと、ここロプロタとの往復の区間におけるものだ。
しかし、このロプロタの中にあっては護衛も不要。一時的にお前達は自由の身だ。
俺様達は、取引や挨拶周りのためにある程度ここにとどまる必要がある。その間、タツヒト達も諸々の用事を済ませてくるといい。
だが、遅くとも一ヶ月くらいで済ませて欲しい。そして、必ず生きてここに帰ってくるのだぞ?」
「はい……! 行ってまいります。会長達もお気をつけて」
いつもと違って神妙な様子の会長に、僕は大きく頷いた。
「なんか火山に行くらしいけど、頑張ってねー」
「皆さん、お気をつけて。無事をお祈りしています」
双子や他の船員さん達とも別れた僕らは、とりあえず大通りを進みながら作戦会議を始めた。
「ああは言いましたけど、僕らもすぐには出発できないですね」
「ああ。まずは目下最大の障壁、呪炎竜について調べる必要があるだろう」
「なら冒険者組合に行くべきであります! きっとこっちであります!」
「あ、待ってシャムちゃん! 逸れちゃうよ!」
新しい街にはしゃぐシャムに頬を歪めながら、僕らはひとまず冒険者組合に向かう事にした。
お読み頂きありがとうございます。
よければブックマークや評価、いいねなどを頂けますと励みになります。
また、誤字報告も大変助かります。
【月〜金曜日の19時以降に投稿予定】
※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。




