第299話 鬣犬人族の宿命
ちょっと長めです。
宴席の後、村にお邪魔した僕らはそのまま村長宅に泊めて頂く事になった。
メームさんは一階の客間、コメルケル会長達とその護衛である僕らは、二階の別々の客間を割り当ててもらった。
ただ、僕らは護衛としてここに来ているので、今夜は交代で会長の部屋の前に立つ必要があった。
最初の時間は僕とロスニアさんとで見張りをしていたのだけれど、これが中々過酷な仕事だった。
会長と双子が居る部屋からは、最初和やかに談笑する声が聞こえていた。
しかし、時間が経つにつれて声は囁き声になり、嬌声に変じ、激しくベッドの軋む音まで聞こえ始めた。
--やっちゃってますね、これ。
「ず、随分激しいですね……」
「そ、そうですね…… あはははは……」
ロスニアさんと互いに赤い顔を見合わせながら苦笑する。
さっきまで僕らも小声で談笑していたのだけれど、こんな状況ではそうも行かない。
正直当てられて妙な気分になって来ているし、ロスニアさんもチラチラと僕の方を熱っぽい視線で見てくる。
今が護衛中でなければ、その、始まってしまいそうな雰囲気だった。まさか護衛依頼にこんな大変さがあったとは……
二人してもじもじしながら耐えること暫し。一回戦が終わったのか、部屋の中が静かになった。
安堵と、ほんのちょっと残念な気持ちを感じながらホッと息をつくと、会長達の部屋のドアがガチャリと開いた。
「ふぅ、ふぅ…… タツヒト、すまんが水を持って来てもらえるか?」
中から現れたのは、息を乱し、上気した顔のコメルケル会長だった。
吸い寄せられるように視線が下がり、巨大な双丘にごくりと喉が鳴る。
彼女は一糸纏わない姿で、その見事すぎるプロポーションを惜しげもなく晒していたのだ。
「は、はい。すぐに……」
目が離せない状態でなんとそれだけ口にすると、彼女がにんまりと笑った。
「--ふふっ、タツヒトよ、視線がバレバレだぞ? 全く、淫らな男だな!
どうだ。ロスニア殿と一緒にこちらに混ざらぬか? いや、いっそのことメーム殿も呼ぼう! 護衛なら部屋の中でもできよう……?」
彼女が招き入れるかのように半身になると、ベッドの上に生まれたままの姿で横たわる双子の姿が見えた。
トゥヤさんは息も絶え絶えといった様子だけど、ピリュワさんは僕の視線に気づき、とろけた表情で手を振ってくる。
「い、いえ! 水をお持ちします!」
踏み込んだら戻れなくなる。そう確信した僕はそれだけ言って一階への階段に走った。
後ろから残された二人の会話が聞こえてくる。
「がっはっはっはっ! 本当に愛いやつだ!」
「コ、コメルケルさん! 少しふしだらに過ぎます! 創造神様が見ておられますよ!?」
「む。俺様も聖教の信徒だ。それを言われると弱いが…… 果たして、司祭の身で快楽に耽るロスニア殿に言えたことかな?」
「あぅ…… そ、それは--」
一階から取ってきた水を渡した後も、コメルケル会長達の夜は終わらなかった。
その後、おそらくあと二回戦ほどしてからやっと静かになったところで、ちょうど僕の休憩のタイミングとなった。
会長達の隣の部屋へキアニィさんを起こしに行くと、「全く眠れませんでしたわぁ……」と赤い顔でぼやいていた。でしょうねぇ……
護衛をキアニィさんとロスニアさんに引き継ぎ、僕は寝る前に用を足そうとトイレに向かった。
このお宅では、母屋から少し離れたところトイレ小屋がある。
母屋を出て、大気を漂う灰の層を経て弱められた月明かりの中を歩いていくと、ちょうどトイレ小屋の方から向かってくる人影があった。
暗闇に目を凝らすと、メームさんだった。
「あれ。こんばんは、メームさん」
結構な深夜だけど、トイレの帰りかな? そう思って気軽に声をかけたら、その反応は激烈だった。
彼女は、声をかけられたことで初めて僕の存在に気付いたようで、弾かれたようにこちらを振り向いた。
「タ、タツヒト!? ぅわ……!」
よほど驚かせてしまったのか、彼女は後ずさる際に足を絡れさせ、そのまま後ろに倒れ始めた。
危ない……! 僕はすぐに駆け寄り、彼女の後頭部が地面に激突する寸前で手を差し込んだ。
僕が彼女に覆い被さるような格好になってしまったけど、間に合ってよかった。
「ふぅ…… 大丈夫ですか? すみません、驚かせてしま……?」
太ももに、何か硬い感触を感じる……? 何だろうと思い視線をメームさんの腰のあたりに移した僕は、驚愕に目を見開いた。
彼女の股間のあたり。そこの衣服が、棒状に盛り上がっていたのだ。僕が感じた硬い感触はこれだったらしい。
え…… これ、どう見ても…… 何が起こっているのかわからず、思考がフリーズする。
視線をメームさんの顔に移すと、彼女は赤面して俯き、今にも泣きそうな顔をしている。
な、何か言わねば……! 混乱の極みにあった僕は、とても率直な感想を口にしていた。
「え、えっと…… ご立派ですね……?」
「……!」
僕の言葉を耳にした彼女は、ばっと顔をあげると、静かに大粒の涙を流し始めた。
「わっ……!? ご、ごめんなさい! えっと…… ま、まずは起き上がりましょう。 それで…… あ、一旦そこに座りましょう。うん、そうしましょう!」
「……ぐすっ」
僕はさめざめと涙を流すメームさんを助け起こし、近くに転がっていた木材に一緒に腰をかけた。
どうしていいのか、なんと声をかけていいのか分からず、僕はひたすら彼女の背中を摩った。
暫くそうしていると、しゃくりあげていた彼女が悲しげに笑った。
「--ふふっ、驚いただろう……? お前にだけは、知られたくなかった…… だというのに、くそっ……! コメルケル殿のせいだ……!」
--なるほど。コメルケル会長達の嬌声は、一階のメームさんの客間まで響いていたようだ。
「すみません…… でもその、あれだけ聞こえてたら、誰だってああなっちゃいますよ。僕だってその、そうでしたし。あははは……」
いまだに混乱しているせいで結構変な台詞が口を衝いた気がする。しかし、彼女は少し目を見開くと、ほのかに笑ってくれた。
「ふふ、お前はこんな時でも優しいな。 --少し話し、いや、愚痴のようなものを聞いてくれるか?」
僕が頷くと、彼女は鬣犬人族が背負う過酷な宿命について、静かに語り始めた。
鬣犬人族は亜人であり、もちろん全員が女性だ。しかし、他の亜人にない大きな特徴を持っている。
それは、その辺の男性より遥かに立派な…… えっと、アレをお持ちだということだ。
メームさんは、亜人が鬣犬人族しか居ない小さな集落の出身だそうだ。
他の亜人の例に漏れず、親は只人の両親と鬣犬人族の母親の三人だった。
亜人には自分と同じものが必ず生えていて、只人の女には生えていない。それが普通だと思って育ったらしい。
しかし、好奇心の強かったメームさんは、一念発起して閉鎖的な集落の外へと飛び出した。
おそらく、運悪く大人達がそっち方面の教育を施す前に出てしまったんだろう。
外の世界で様々な亜人達と関わるようになり、メームさんは大きなショックを受けた。
アレが生えている亜人は、鬣犬人族だけだったのだ。
集落の外で、自分と同じ鬣犬人族に会う事は無かった。そして、思えば自分達の集落の人口は年々減っていた。
自分達の種族は、外の世界では受け入れられ無い。
あの狭く閉鎖的で、滅びゆく集落の中でしか伴侶を得ることができないのだ。
そう結論づけた彼女は、それから徹底的に色恋沙汰を避け、ひたすら仕事、商売に生きてきたのだ。
「商売に打ち込む間は、楽しくてそれ以外の事を忘れることが出来た…… 自分が伴侶を得ることなど諦めていた。
だがタツヒト、お前と出会って全てが変わってしまった。
最初は只人の女として現れたお前は、そのまま俺の友人となり、かけがえの無い恩人となった。
その状態で実は男でしたと言われて、友情は時を置かずに恋慕へと変わった。もう、お前を知る以前の自分には戻れない……」
「メームさん……」
そこまで言ってもらえてとても嬉しい気持ちと、申し訳ない気持ちが同居している。
せっかく覚悟を決めて生きていたメームさんを、僕が騙し討ちしてしまったような形だ。全面的に僕が悪い。
しかし、そうだったのか…… そういえば地球世界のブチハイエナも、雄より雌の方が立派なものをお持ちだって聞いたことがある。
「しかしあれだな…… 意気込んでここまでついて来たものの、お前に拒絶されるのが怖くて、俺は結局仕事に逃げてばかりだった。本当に情けない女だ……」
「そんな事は……!」
「聞いてくれてありがとうタツヒト。だが、やはりお前でもこんな女は受け入れられないだろう……
もし許されるなら、これからも友人として付き合って--」
立ち去ろうとするメームさんの手を引き寄せ、僕は感情のままに彼女を抱き寄せた。
腕の中で彼女がびくりと硬直し、ついで抱擁から逃れようとする。
「は、離してくれタツヒト! お前にそんな事をされたら、また……!」
「メームさん、聞いて下さい。僕のいた世界では、その、生えている女の人はとても人気でした」
「な、何!? それは本当か……!?」
頭に、一部の界隈では、という文字がつくけど、あながち嘘じゃない。あのジャンルは最早一般性癖と言っていいだろう。うん、いい事にする。
それに何より、アレの有無でメームさんの魅力は損なわれたりしない。
「はい。でも、そんな事は関係無く僕はメームさんが好きです。だからその、メームさんさえ良ければなんですけど、友人から先に進んでみたいです……」
「……タツヒト!」
メームさんは、僕を押し返した腕を今度は背中に回し、強く抱き返してくれた。
彼女と、自分の鼓動がだんだん早くなっていくのがわかる。
僕らはどちらともなく抱擁を緩め、お互いの顔を見つめあった。そして--
「あなた達…… 今は護衛依頼中ですわよぉ?」
「「……!!」」
間近で聞こえた声に飛び上がった。急いで振り返ると、声の主、キアニィさんが呆れた表情で側に立っていた。
そ、そうだ。今はコメルケル会長の警護中だった。トイレから戻らない僕を心配して、探しにきてくれたのだろう。申し訳ない……
「ご、ごめんなさい!」
「すまない! 俺がタツヒトを引き止めたのだ!」
メームさんと二人して頭を下げると、キアニィさんは面白がるように頬を歪めた。
「ふぅん…… 厠の側でいったい何をしているのかと思いましたら…… ふふ、明日、詳しく聞かせて下さいましよ? さぁ、戻りますわよ」
「はい……」
「本当にすまない……」
村長宅に向かって歩き出すキアニィさんに、僕とメームさんはとぼとぼと付いていく。
気づくと、僕とメームさんは手を繋いだままだった。顔を上げると、同じタイミングで気づいたらしい彼女と目が合った。
なんだか可笑しくなって笑うと、彼女も同じように笑い、僕の手を強く握り返してくれた。
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