第297話 双子奴隷の村(1)
金曜分です。大変遅くなりましたm(_ _)m
跳鰐の大群を無事退けた後、甲板の上にはすごい数の魔物の死骸が残された。
ヴァイオレット様達が担当していた左舷側を見てみると、立派な体格をした群のボスらしき個体が転がっていた。
冒険者から奪ったのか、でかいカトラスのような武器と、粗末な鎧まで装備していた。
他の個体より頭も良かったのだろう。多分、こいつが流木を使った陽動作戦を考えたんだ。
竜種がその筆頭だけど、普通の人間より遥かに高い戦闘力に知能まで有しているのは普通にずるい。
船員さん達の話では、跳鰐はこの辺ではあまり見られず、ゾネス川に連なる別の水系でよく見られる魔物なのだそうだ。
この異常気象でそこら中で生態系が乱れているので、彼らも食糧不足か何かでこっちに流れてきたんだろう。
ちなみに跳鰐の肉は、ちょっと硬めの鶏肉といった感じで美味しいらしい。
そんなわけで、急遽甲板の上で鰐の解体ショーが始まった。
ただ、船室の冷蔵室はカカウなんかでいっぱいなので、自分達で消費できる分と、今日の停泊先の村へのお土産分だけ捌くことにした。
残りはちょっと勿体無いけど、魔核と討伐部位だけ剥ぎ取って船尾から投棄した。
すると血の匂いに誘われたのか、でかいピラニアのような魔物がウヨウヨ集まって来て、僕らが捨てた死骸に殺到した。
数えきれないほど集まったそいつらは、バシャバシャと騒がしい音を立てながら肉を食いちぎっていき、死骸は骨格標本に早変わりした。
船員さん達には見慣れた光景だったようだけど、僕らはちょっとショックで引いてしまった。
船から絶対に落ちないようにしないと……
跳鰐の一件以降は平和なもので、時刻はそろそろ夕刻に差し掛かろうとしていた。降灰の影響もあってあたりは急速に暗くなりつつある。
そんな中、僕は何度目かの休憩中、甲板屋上で商人二人の話に耳を傾けていた。
「ふむ…… やはり俺の商会が、港湾都市ベレンに支店、というか製造拠点を作るのが良さそうだな」
「うむ! そうして貰えると助かるな。俺様は個人としても商会としてもチョコレートが欲しい。
だが、こっちから原料を送って、帝国でチョコレートに加工してまた送り返して貰うとなると、輸送費が嵩むだけだからな」
二人はチョコレート事業の方針について話し合っていて、今、二つの商会の妥協点が見つかった所だ。
メーム商会、というか僕らは、いつでもチョコレートが食べられるようにカカウを安定して入手したい。
そのためには、カカウを扱っているコメルケル商会との連携が必須だけど、彼女達もチョコレートを欲しているのだ。
「ああ、それは俺達にも言えることだ。やはり、この辺りが落とし所だろう」
「ふふふ…… 今の提案によって、俺様達は製造技術を持たずにチョコレートを入手できるようになるな?
メーム殿の懸念はわかるが、俺達の商会は流通に特化している。自分達で作ろうとは思わんさ。安心して欲しい」
コメルケル会長が見透かしたように笑う。な、なるほど……
原材料を扱う会長達がチョコレートの製造技術まで手に入れてしまうと、メーム商会は原材料の入手そのものが困難になるか、製造済みのチョコレートを高い価格で購入せざるを得なくなってしまう可能性がある。
なのでこの妥協点は、コメルケル商会からそのモチベーションそのものを挫く狙いもあったのだ。
ベレンに作った製造拠点から製法が漏れるリスクはあるだろうけど、その代わりメーム商会は広大な樹環国の市場に参入できるわけだし。
「--さてな。だがまぁ、全ては海上封鎖が解かれてからだな」
「がっはっはっはっはっ、それはそうだろう! 俺様も一度そちらにお邪魔したい。何せ、メーム商会なるものが本当に存在するかどうかも、現時点では定かでは無いからなぁ!」
「ふふっ、コメルケル殿の立場からするとそうだろう。勿論歓迎するとも」
おぉ…… メームさんはコメルケル会長の指摘を、顔色一つ変えずに受け流してみせた。
なんかこう、一流商人同士の会話って感じだ。こういう時のメームさんて、本当に格好良いんだよね。思わず胸がときめいてしまう。
「--ところでメーム殿。君はもうタツヒトを抱いたのか?」
「ああ、それに関しては…… うぇっ!?」
しかし、会長の突然の話題転換に、メームさんの表情は大きく崩れてしまった。勿論僕も崩れた。
「コ、コメルケル会長。突然、何を言っているんですか……!?」
「いやなに。お前達が休憩にくる度に探りを入れてわかったのだが、『白の狩人』の面々は、タツヒトと強い信頼と体とでつながっているようだな? シャムとプルーナとはまだのようだが……
一方、メーム殿に関してははっきりとは分からなかったが、今の反応からすると…… こっちの方面でもお行儀の良さが出てしまったかな?」
最後まで言わず、やれやれといった感じで首をふる会長。ちょっとみんなと話しただけで、何でそこまで言い当てられるの……?
メームさんは反論しようとしているみたいだけど、赤面してぱくぱくと口を動かすだけで何も言えないでいる。
そしてそこに、さらなる追い打ちをかける人物が現れた。
「タツヒトさん、そろそろ交代のお時間ですけど…… あれ、どうしたんですか?」
甲板屋上に来たプルーナさんが、僕らの様子を見て首を傾げる。
「おぉ、プルーナ。ちょうど良い所に来たな! 今、タツヒトとの関係を進められずにいるメーム殿に喝を入れていたのだ!
シャムはまだ早いだろうが、プルーナ、お前もまだのようだな? 欲しい物は行動を起こさねば手に入らぬぞ?」
コメルケル会長の言葉に、プルーナさんの顔にも朱色が差す。
こういう場面に遭遇する度に思うけど、こんな時、どんな顔をしたらいいのか分からない…… 笑えばいいのかな?
「あ、あー、そういう事ですか…… えっと、僕とシャムちゃんは少し事情があって、でも多分、一年以内には、その、タツヒトさんと、し、します……」
「ほぉ、そうなのか!」
「あはは、そ、そうなんですよ…… でも、メームさんには何の障害も無いはずです。タツヒトさんも、メームさんの事好きみたいですし。ね?」
突然プルーナさんに振られてめちゃくちゃ焦ったけど、何とか声を絞り出す。
「えっと、その…… はぃ……」
「おっほぉ! タツヒト! お前何人もの女と寝ておいて、なんだその初々しい反応は!? たまらんな!
メーム殿! 男にここまで言わせて、応えなければ女ではないぞ!?」
「--あ、う……」
さっきまでの格好いいメームさんは消え去り、今は可哀想なほど狼狽し、呻き声しか出ない様子だ。
我ながら業が深いけど、こんな様子のメームさんも愛おしく思える。いや、何とか助けなければ。でも、僕の立場で何が言えるんだ……?
そんな混乱した現場で、甲板屋上で息を殺していたワンプ船長が躊躇いがちに切り出した。
「あー、コメルケル会長。盛り上がっているところ悪いんでやすが、そろそろ今日の停泊地に着きますぜ」
「む、そうか。仕方あるまい、今日はこの辺にしておいてやろう。お前達、半年ぶりの故郷だぞ!」
「あはは、そんなに頻繁に帰省しなくてもいいと思うけど」
「もぉ、父さんと母さんが悲しむよ?」
コメルケル会長が、双子奴隷のピリュワさんとトゥヤさんを抱き寄せながらそんな事を言う。
--ちょっと待って欲しい。
「あ、あの、聞き間違いでしょうか。今その、会長が所有する奴隷であるお二人の故郷の村に、今から停泊するとおっしゃった気がしたんですが……?」
僕の感覚からすると、自身が奴隷として使役している人間を連れて、その家族の元を訪ねるなんて、気まずいなんてものじゃないと思うんだけど……
僕はゼルさんを形式上奴隷として所有していた時期があったけど、もしその時に「ちょっと両親を紹介したいにゃ」とか言われたら、断固として拒否していただろう。その場で解放するとかなら別だけど……
ちらりとメームさんの方を伺うと、彼女も目を見開いている。良かった。少なくともメームさんは僕と感覚が近いようだ。
「いや、聞き間違いでは無い! 俺様達は年に二回、首都とベレンを往復する。これから停泊する村にはその度に寄っているぞ? 安心しろ、気のいい連中ばかりだ!」
コメルケル会長の言葉に、僕らは呆然と顔を見合わせてしまった。
図太いというか器が大きいというか…… やっぱり只者じゃないな、この人。
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