第296話 ゾネス川を往く(3)
めちゃくちゃ遅れました。木曜分ですm(_ _)m
「--しまった!」
さっきの流木は陽動だったのか……!
慌てて後方を振り返ると、両舷の甲板の縁、漕ぎ手の人達が居るあたりに魔物が何体も出現していた。
そいつらは、二足歩行の鰐のような見た目をしていた。人ほどの背丈に対し、巨大な口を備えた頭部がアンバランスな程に大きい。
普通の小緑鬼くらいの知能があるのか、長い粗末な槍を握り、爬虫類特有の感情の感じられない目でこちらを睥睨している。
「跳鰐があんなに……! にいちゃん達、あいつらを助けてくれ!」
僕らとほぼ同時に魔物に気づいた操舵手の人が、漕ぎ手の人達を指して叫ぶ。
「任せて下さい! プルーナさん、右舷へ! シャム、そこから援護を!」
「は、はい!」
「分かったであります!」
この貨物船は、甲板の中央付近に二階建て居住スペースを持ち、会長と船長、それからシャムとメームさんはその屋上部分に陣取っている。
僕は隣のプルーナさんと甲板屋上のシャムに声をかけながら、右舷へ走り出した。
そうしている間にも、跳鰐と呼ばれた鰐型の魔物が次々と甲板に飛び乗ってくる。
両舷の漕ぎ手の人達は泡を食って船首と船尾へ逃げようとしているけど、何人かは魔物に阻まれて逃げられずにいる。
「「ヴォゥゥゥッ!」」
調子の悪いバイクの排気音のような独特な咆哮と共に、一匹の跳鰐が腰を抜かした船員の人に槍を突き出した。
まずい。射線上にこちらへ避難してくる船員さん達がいて、魔法じゃ狙えない……!
間に合わない。そう悟りながらも足に力を入れた瞬間、視界を黄色い影が高速で走り抜けた。
影が通り抜けた後、初めに跳鰐の槍が細切れになった。
次に首、腕、足、尻尾に切れ込みが走り、その体が積み木を崩すようにバラバラになった。
「にゃはははは! 今日は鰐肉で宴だにゃ!」
文字通り目にも止まらぬ速さ魔物を解体したゼルさんが、両手の夜曲刀を血振るいしながら笑う。
そうだった、右舷には彼女が居てくれたんだった。
「ほれ、あっちに逃げるにゃ」
「た、助かりました!」
ゼルさんに助け起こされて船首側に逃げてくる船員さんとすれ違い、僕らは彼女に合流した。
「加勢します! まずは甲板の奴らを一掃しましょう!」
「おぅ! こんにゃに食べ切れるかにゃ〜?」
その姿がブレるように消え、こちらを警戒して槍を向ける跳鰐達の間を、ゼルさんが一陣の風のように駆け抜ける。
全く反応する間を与えられず、跳鰐達の首が落ちる。
よほど手に馴染むのか、武器を普通の双剣から夜曲刀に変えてから、ゼルさんの高速戦闘技術はさらに洗練されたように思える。
「ヴォゥッ!」
「おっと!」
突然横手から突き出しされた槍を屈んで躱し、足のバネを使った槍で首を穿つ。
延髄を断ち割る感触が手に伝わり、槍を引き抜くと跳鰐は痙攣しながら地に臥した。
『木棘槍!』
「や! ややや!」
「「ヴォッ……!?」」
僕の背後に控えたプルーナさんが発動させた魔法が、太い木の棘をいくつも甲板から生成し、何匹もの跳鰐を串刺しにした。
加えて甲板屋上からシャムの援護射撃が降り注ぎ、跳鰐達の脳幹を正確に撃ち抜く。
右舷側だけですでに十体近くの跳鰐が討伐されたけど、倒した側から追加が川から上がってくるので、甲板上の数は減っていない。
しかしまずい。僕まだ一匹しか倒してないぞ。今から巻き返さないと。
「おぉ! 双頭大蛇の時はしっかり見られなかったからなぁ!
『白の狩人』はやはり手練揃いだな! さすが俺様、いい買い物をしたぞ!」
「ちょ、ちょっとコメルケル! 危ないから乗り出しちゃダメであります!」
「コメルケル会長、彼らはあなたの護衛をしているんだぞ!?」
走り出した僕は、甲板屋上から聞こえてきた声にずっこけそうになった。
さ、さすがコメルケル会長、肝が据わっていらっしゃる。気を取り直し、僕は跳鰐の群れに突進した。
甲板に上がってくる跳鰐を次々に倒して行くと、やっと敵兵力の供給が途切れる瞬間が来た。
すると、甲板屋上で趨勢を見守っていた船長が声を上げた。
『よし! トゥヤ、全速前進だ!』
『わかりました! 『水よ!』』
普段と違い鋭い声で指示に応えた双子の大人しい方、トゥヤさんの体が橙色に発光する。
すると、漕ぎ手が両舷から避難したことで下流に流されていた船がガクンと揺れ、徐々に上流に向かって進み始めた。
どうやらトゥヤさんが水魔法で船を動かしているようだ。漕ぎ手の皆さんが頑張っていた時よりも速度が出ている。
「「ヴォッ、ヴォッ、ヴォッ--」」
甲板の下から聞こえていた跳鰐達の声が後方に遠ざかってゆく。
念の為ゼルさんとプルーナさんとで船尾に向かうと、すでに左舷側の面子が揃っていた。
「む、三人とも無事だな。重畳」
ちらりとこちらを見たヴァイオレット様が頷き、すぐに水面に視線を戻す。
彼女の斧槍がべっとりと血に濡れているので、やはり左舷側も激戦だったようだ。
「ええ、こちらは怪我人もいませんでした」
「それはよかったです。こちらは、襲撃時に転倒して怪我をした方が一人いましたが、すでに治療済みです」
ロスニアさんが安心したように微笑む。よかった、損害は軽微みたいだ。
ほっとして後方の水面に視線を移すと、跳鰐の群れは僕らを諦めていないらしく、一定の距離で追尾してきている。
……ちょっとしつこくない? 僕と同じ感想を持ったのか、同じく水面を覗き込んでいたキアニィさんが眉を顰める。
「あの方達、随分と泳ぎが達者ですわねぇ。このままだと、こちらがバテてしまいかねませんわぁ」
「ですね…… じゃ、ちょっと痺れてもらいましょう。『雷よ!』」
バァンッ!
まだ数十頭は残っていた跳鰐の群れの中心付近。そこに僕の放った雷撃が突き刺さった。
一瞬で電流が水中を駆け巡り、元気に泳いでいた群全体が体をびくりと硬直させた。
僅かに痙攣しながら水面に浮かぶ群れが、どんどん後方に引き離されていく。
「な、なんの音だ!?」
すると、甲板屋上から驚いた顔のワンプ船長が顔を出した。
「あ、すみません、僕の魔法です! 跳鰐達を麻痺させました! 今の内に振り切りましょう!」
「本当か、よくやってくれた! 『聞いたかお前ら! トゥヤだけに仕事させてんじゃねぇ! 全力で漕げ!』」
『お、おぉ!!』
持ち場に戻った漕ぎ手の人達が、船長の言葉を受けてピッチをやはめてオールを動かし始めた。
船はさらに加速し、しばらくすると跳鰐の群れは見えなくなった。
ほっと一息つくのと同時に、ここが人里からそこまで離れていない場所だと気づいた。
こんな場所にあの規模の魔物の群れがいるのか…… 楽しい旅行になりそうだ。
お読み頂きありがとうございます。
よければブックマークや評価、いいねなどを頂けますと励みになります。
また、誤字報告も大変助かります。
【月〜金曜日の19時以降に投稿予定】
※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。




