第295話 ゾネス川を往く(2)
すみません、寝落ちしておりましたm(_ _)m
水曜分です。
目的地である樹環国の首都は、このゾネス川の遥か上流にある。
海に面し、最も下流と言っていいここ港湾都市ベレンから、どうやってそこまで川を遡るのか。答えは単純、人力である。
甲板の下の方から何人もの揃った掛け声と水音が聞こえ、船が流れに逆らって加速し始めた。多分原付くらいの速度が出ている。
このハートン・スマーク・コメルケル号の左右にはたくさんのオールが突き出ていて、船員の人はそれを使って水を掻いているのだ。
地球世界だとあっという間に息切れしてしまいそうなやり方だけど、身体強化した人類にはそんな常識は当てはまらない。
「おー…… 川の流れは緩やかに見えるけど、それでも逆走してここまで速度がでるのは凄いな」
感心して自然と漏れ出た僕の呟きに、コメルケル会長がニンマリと笑う。
「うむ、凄かろう! この船の船員は、引退した冒険者を中心に集めた力自慢達だ! 俺様達を確実に首都まで運んでくれることだろう!
まあ、櫂が使えないような狭い場所では、このトゥヤの水魔法が頼りだがな」
「はい、お任せください」
会長が奴隷の双子の大人しい方、トゥヤさんを抱き寄せながら言う。その心中は分からないけど、彼は穏やかに微笑んでいる。
なるほど。僕らがメディテラ海を渡って南方大陸に移動した時も、似たような方式で船が運用されていたっけな。
双子の活発な方、ピリュワさんに視線を移すと、彼の体が僅かに橙色に発光していてる。
僕の視線に気づいた彼は、ひょいと肩をすくめて見せた。
「俺はほら、あれとか上の奴をなんとかしないといけないからさ。もしもの時は俺が船を動かすけど、今まで練習でしかやったことないなぁー」
あれとか上の奴。ちょうど船の進路上にいた蚊柱が、見えない障壁にあたったかのように船の脇にそれていく。
加えて、今この瞬間も僅かに降灰は続いているのだけれど、この船には全く灰が積もっていない。
どちらも、ピリュワさんが弱い風の障壁を張ってくれているおかげのようだ。
甲板には小さめのマストも置いてあるので、緊急事にはあれを立て、ピリュワさんの風魔法で航行するのだろう。
「なるほど。ピリュワさんの風魔法が無かったら、かなりしんどい旅になってたでしょうね……」
「そ。俺らって結構大事な人材なのよ?」
「ふむ…… やはり船での輸送では水か風魔法の使い手が必要だな。俺の商会でも勧誘を強化しなければ。
--ん? あれは…… タツヒト、右舷を見てみろ。この灰色に染まった中で、美しいものが見られるぞ」
メームさんに言われて船の右側に視線をめぐらせると、空も、遠く離れた河岸の森も降灰のせいで灰色だった。
そして川すらも灰が混じった色合いだったのだけれど、水面から目の覚めるような色の何かが飛び出した。
驚いて目を凝らすと、それはピンク色のイルカだった。最初の一頭に続いて数匹が加わり、彼らは水面に出たり入ったりしながら少し離れた場所を泳ぎ始めた。
モノトーンに染まった景色。そこに突然現れた鮮やかな色彩に、思わず口角が上がる。
「わっ、綺麗ですね! あれが話に聞く川海豚ですか?」
「だろうな。しかし本当に見事な薄紅色だ…… あっ」
ざばぁ!
突如として、川海豚達の後ろから巨大な魚が現れた。
そいつは最後尾にいた川海豚を一口で丸呑みにすると、残された群れに追い縋った。
川海豚達は必死の様子で逃げていたけど、一匹、また一匹と数を減らし、群れは全て巨大な魚の胃に収まってしまった。わずか十数秒の出来事だった。
巨大な魚も去り、また白黒の世界に戻ってしまった景色を眺めながら、二人して絶句する。
「--そ、その、なんだかすまない……」
「い、いえ、メームさんのせいではありませんから……」
そんなやり取りをしていると、それを見ていたコメルケル会長が噴き出した。
「くっ…… がっはっはっはぁっ! あんな事、このゾネス川では日常茶飯事だぞ?
俺様は見たことがないが、この船よりも大きいゾネス川の主と呼ばれる魔物もいるらしい。一目見て見たいものだな!」
その後、僕らの男女関係について根掘り葉掘り聞いてくる会長をなんとかやり過ごし、最初の休憩が終わった。
逃げるように甲板を降り、向かったのは船首側、ヴァイオレット様とプルーナさんが担当している場所だ。
談笑しながら水面を警戒していた二人が、近づいてきた僕に気づいて振り返る。
「あ、タツヒトさん。今のところ異常はありません」
「うん。ありがとう、プルーナさん。ヴァイオレット様、交代です。甲板へどうぞ。
それと、コメルケル会長に気をつけて下さい。僕らのこと、根掘り葉掘り訊かれますよ?」
「ははは、それでは休憩にならないな。では、後を頼む」
ヴァイオレット様が休憩に入った後、僕らは二人して暫く警戒を続けた。
景色は相変わらず灰色だけど、行き交う船も少なく、流れも穏やかだ。
視線は周囲に置きつつ、ピリュワさんの風魔法についてプルーナさんと呑気に議論を交わしていると、前方に異常が生じた。
大きく曲がった川の上流から、幾つもの影が流れてきたのだ。
今通っている場所は比較的川幅が狭く、影は川幅いっぱいに広がるほどに多い。
「ん? あれは…… 流木かな?」
身体強化して目を凝らすと、どうやらそれらが流木らしいことが分かった。
大きさはそれぞれ人くらいのものから、その数倍はありそうなものまである。
「何か流れてきているんですか? えっと、僕にはまだ見えませんけど……」
プルーナさんが蜘蛛人族故の八つの目を凝らすけど、魔法型の彼女にはまだ視認できないようだ。
「かなり先の方だからね。うん、やっぱり流木だ。でも、結構大きいし、ずいぶん数も多いな……」
「でかい流木だぁ? --おぉ、俺にも見えたぜ。兄ちゃん目がいいなぁ。しかし、ちょっと危ねぇなぁ……
避けようにも数が多い。兄ちゃん、なんとか出来ねぇか?」
後ろで操舵輪を握っていた船員さんが、僕らの話を耳にしてそんな事を言う。
確かに、頑張って船の方が避けるより、僕らが動いた方が良さそうだ。
「ええ、任せて下さい。プルーナさん、もう少し近づいたら魔法で撃っちゃおう。バラバラに砕いたら船の邪魔にならないだろうし」
「わかりました! じゃ、僕が右側のをやりますね」
「おぅ、頼むぜ! 『船長! 前方にでかい流木多数! 冒険者の兄ちゃん達が小さく砕いてくれるそうですぜ!』」
『分かった! おい、漕ぎ手連中に注意するよう伝えろ! 櫂が破片に当たったら壊れちまう』
『へい!』
操舵手の人がワンプ船長達に伝えるのを聞きながら、僕らは前方を注視する。
そして流木群が射程圏内に入ったところで、僕が左側、プルーナさんが左側に向けて魔法を放った。
『爆炎弾!』
『螺旋岩!』
--ドババァンッ!
火球と岩塊が着弾し、水柱を上げながら流木を粉砕した。
その後も二人して何発か魔法を打ち続けると、船の経路上からは流木が一掃された。
「おぉー、さすが『白の狩人』だな。これなら進めるぜ。ありがとな!」
「えへへ、任せて下さい!」
操舵手の人にお礼を言われ、はにかむように笑うプルーナさん。可愛い。この子も、会った当初に比べて明るくなったよなぁ。
ちょっとしみじみしながら彼女の顔を見つめる。すると。
サバァッ!
両脇から聞こえてきた複数の水音と共に、船上に悲鳴が鳴り響いた。
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