第294話 ゾネス川を往く(1)
遅くなりましたm(_ _)m
今週はこの時間帯での更新になりそうです。。。
コメルケル商会にお呼ばれした日の翌日。コメルケル会長がカカウを栽培している村へ視察に行くと言うので、僕らは護衛としてついていく事になった。
もちろんこの護衛依頼の報酬は別途頂くけど、船の護衛依頼を引き受けた段階で、会長は僕らがこっちの依頼も引き受けることを予想していたみたいだ。
目を離した隙に蛇に丸呑みにされていたなんて事になったら、困るのは僕らだし。何より知り合いに死なれてしまうのは目覚めが悪いしね。
強力な双頭大蛇を討伐して間もないせいか、村には特に大きなトラブルもなく到着することができた。
村は頑丈な木の柵に囲まれていて、中央の広場を囲むように、木の骨組みに葉っぱを重ねた茅葺き屋根の家屋が立ち並んでいる。
帝国や王国などの影響を強く受けている港湾都市ベレンと違い、昔ながらの暮らしを守っている印象だった。
一方村の人達の服装は、カラフルでエキゾチックな髪飾りなどをつけているのに、着ているのが街に売ってそうな普通のシャツやズボンだ。
ミスマッチ感がすごいけど、今は火山灰による日照不足のせいで気温が下がっているので、応急的に街から衣服を買って来たんだろうな。
村の人達はコメルケル会長の姿を目にすると、とても歓迎して迎え入れていた。
加えて、でかい双頭大蛇に会長達が襲われ、僕らがそれを討伐して助けた言う話をすると、初対面の僕らを丁寧に持て成してくれた。
曰く、この村が豊かになったのはコメルケル会長のおかげで、その恩人を助けてくれたあなた方もまた恩人だとか。
やっぱり近くにいる人からの評判はいいんだよね、コメルケル会長。
ちなみに肝心のカカウはと言うと、多少生育が悪いものの、十分収穫できる状況だったようだ。
カカウが実る木は背の高い木の下の日陰気味な環境を好むので、降灰や日照不足の影響も少なかったらしい。
会長曰く、これならば首都に持っていく量は確保できるだろうとのことだった。
視察のさらに翌日。僕らはいよいよ南西の首都へ向かうため、港に集合していた。
「これは…… とても立派な船ですね、アマンカさん」
「ええ。河川用の貨物船としては私達の商会でも最大の、ハートン・スマーク・コメルケル号です」
隣で一緒に船を眺めていたアマンカさんが、自信満々に名前を教えてくれた。
目の前の船は、全長50mを超える立派なもので、河川用としては確かにまず見ない大きさだ。
甲板が低めで船底も浅めなので、海を往く船よりも扁平な断面形状をしている気がする。
樹環国を貫く巨大なゾネス川とは言え、川は川だ。海と違って、浅かったり木々が生い茂ったりしている場所を通る都合上、こういった形状なんだろうな。
その大きな船には、昨日の村から運び込まれた今季最後の分のカカウが積み込まれている。
長い船旅で運ぶことがちょっと心配だったけど、どうやら冷蔵の魔導具を使用しながら運搬するようだ。
他の物資の積み込みは完了しているので、あれの積み込みが終わったら出航の予定だ。
「ハートン・スマーク…… その単語はまだ未学習であります。どんな意味なのでありますか?」
シャムの素朴な疑問に、アマンカさんはついと目を逸らしながら答えた。
「--『偉大で美しいコメルケル』です。ちなみに、当商会の海洋向けで最大規模の船はパチャ・カマチーク・コメルケル号で、意味は『世界の覇者たるコメルケル』です」
「--えっと、どちらもいいお名前だと思います。その、自信に満ち溢れていて……」
「私は反対したんですよ? だって馬鹿みたいじゃないですか。ですが会長がどうしてもとおっしゃるので……」
プルーナさんのフォローに、アマンカさんは頭の花を少し萎れさせながら苦笑いしている。
ちなみに、僕らがラスター火山への足として交渉し、確保に失敗してきた船は、全てコメルケル商会のものだったらしい。
直接交渉しようにも、悪徳商会だという噂からメームさんも攻めあぐねていた。下手にお願いしに行ったら、どんな要求をされるかわかったものではないしね。
幸い、噂は噂でしかなかった事がわかったので、会長から護衛の話が提案されなければ、メームさんの方からお願いしていたそうだ。
尚もアマンカさんが愚痴を言っていると、当の会長本人がご機嫌な様子で登場した。両脇にはいつものように奴隷の双子を侍らせている。
「おぉ、揃っているな! どうだ、このハートン・スマーク・コメルケル号は! 俺様に相応しい船だろう! がっはっはっはっ!」
先ほどの船の名前の意味を知ってしまったせいで、みんなコメントできずに顔を見合わせてしまった。
しかし、そんな中でも一流の商人たるメームさんは如才が無かった。
「ああ、さすがコメルケル殿だ。河川用でこれほどのものとなると、帝国でも中々見ない。
ところで、今の時期は特に危険だろうに、本当にご本人で首都に向かわれるのだな」
「無論だ! 俺様は、首都との取引は欠かさず自分自身で行くようにしている。そして今回は、いつもより更に大きな成果が見込める大事な取引になるはずだ。
メーム殿も、帝国から樹環国に漂流したと言うのに、わざわざ危険な火山に近づこうという剛の者だ。
自信の商会を大きく躍進させうる取引であれば、多少の障害があろうとも自分で行く。そういうタチだろう?」
「……ふふっ、そうだな。そのおかげで今の俺がある」
メームさんがチラリと僕の方を見る。確かに、彼女は過酷な砂漠越えの末、珈琲事業によって聖都で財を成した。
そして偶然とはいえ、今度はチョコレートで更なる成功を収めるだろう。これも彼女の行動力の賜物だ。
「ほほう……? これはまた、おもしろい話が聞けそうだな。おっと、積み込みが終わったようだ。
さぁ、乗り込むとしよう! アマンカ、留守を任せたぞ!」
「はい、お任せ下さい。コメルケル会長、メーム様、そして『白の狩人』の皆様。どうかご無事で」
少し心配げなアマンカさんに見送られながら、僕らはぞろぞろと乗船した。
この船の船長はワンプさんという食虫植物型の樹人族で、10年以上ゾネス川を行き来している大ベテランだ。
他の数十人の船員さん達もほとんど同じ種族で、これは元から偏りがあるということではなく、少ない日射量でも元気に動ける人員が集められた形らしい。
僕ら『白の狩人』はワンプ船長と顔合わせした後、早速仕事に取り掛かった。
「--それじゃあ、手筈通りの配置でお願いします。休憩は30分ごとに回して行きましょう」
「「応!」」
船の甲板の最上部で軽く打ち合わせした僕らは、船体の各部に散って哨戒を始めた。
想定される脅威は水性の魔物や鳥型の魔物、それから海賊ならぬ川賊なんてのも出るらしい。
最初に休憩に割り当てられた僕は、甲板最上部に置かれた良い造りの椅子に座った。
隣には、相変わらず奴隷の双子を侍らせているコメルケル会長がどっかりと座っている。
雇い主には安全な船内に居て貰いたいところなのだけれど、それではつまらんと言うのでこの形になった。
ちなみに、メームさんも話し相手にと誘われてここに同席している。
「さて、首都まではうまくいけば一ヶ月もかからずに着く…… その間、タツヒトやメーム殿からは色々と面白い話が聞けそうだ」
コメルケル会長は、上機嫌な様子で机の上に置いてあったチョコレートを取ると、大きな口で豪快に齧った。
「うむ、やはり美味い!」
「会長会長。俺もチョコ食べたいなー」
「あのぅ、できれば私も……」
「はっはっはっ、しょうがない奴らだ。食っていいぞ!」
「やたっ!」
「ありがとうございます!」
会長からチョコレートを受け取った奴隷の双子、ピリュワさんとトゥヤさんも、嬉しそうにそれを齧りだす。
なぜ部外秘のチョコレートを彼女達が食べているのか。これには浅い事情がある。
首都への船旅は、一ヶ月弱はかかると見込まれている。
その味を知ってしまい、尚且つ手元に多くの在庫を抱える僕らは、そんな長期間の間チョコレートを我慢することができない。特にキアニィさんあたりは。
となると船に持ち込んで食べることになるのだけれど、閉鎖空間である船の中で隠れて食べることは困難だ。無用な軋轢を生みかねない。
であれば、いくらか会長達に売ってしまった方が、僕らとしても道中気楽にチョコレートを楽しむことができるだろう。
--という事を、なんとコメルケル会長の方から提案されてしまった。
反論できなかった僕らは、彼女の言う通りに在庫のいくらかを売ることにした。
ちなみに、チョコレートの原料がカカウであることはバレているっぽい。まぁ、あれだけ大量に買い込んでいればそうか。
船の件もあるし、この街にきて以来、全てコメルケル会長の掌の上のような気がしてくるな……
「……コメルケル会長。あなたはここまで読んで『白の狩人』に護衛を依頼したのか?」
メームさんの問いに、コメルケル会長はチョコに汚れた口元を舐め回しながら答えた。
「ん? さぁな。だがまぁ、欲しいものがあれば、手段を選ばず行動するのが俺様の主義だ。
それに比べ、メーム殿は少し行儀が良すぎるように思えるなぁ。おっと、これは余計なお世話か」
「……! --いや、全っくもってご指摘の通りだ。肝に命じておく」
神妙な表情でメームさんが頷くのと同時に、ワンプ船長の声が響いた。
「出航ー!!」
舫を解かれた貨物船、ハートン・スマーク・コメルケル号は、最初は川下へ流された後徐々に減速し、ゆっくりと川上に向けて進み始めた。
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